天空競馬場のスぺ   作:木口領

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第02話 ウマ娘人生初のレースはハンデ有りの選抜レース

10人のウマ娘たちが、静かに闘志を燃やし、ゲートが開くのを待っている。

 

天空競馬場の初レースは参加するウマ娘の能力、素質、技術を図る評価テストである。ここでの走りによって、今後のレースの抽選、組み合わせ、枠順、その他さまざまな有利なこと不利なことが発生する重要なレースでもある。中層以上のトレーナー、ウマ娘たちからは選抜レースと称されている。

観客もまばらに入っている。中には、青田買い狙いのトレーナーの姿もちらほらあった。

 

一日のうちに3から16レースは組まれる選抜レース。その午前の部4階最後のレースにスペシャルウィークは組み込まれていた。

 

静かに、発馬機の中で開始の時を待つスペシャルウィークは、自身の心臓の音がだんだんと大きくなっていくことに気が付いた。

ちゃんとしたレースはウマ娘人生初である。発馬機でのスタートも初である。母親お手製のもので練習をしていたことはあるが、小さな個室のような閉塞感のある本格的なゲートは、今のスペシャルウィークにとって圧迫感があるものだった。

姿勢をやや前方に倒し、ゲートが開くのを待つ。

 

ぴりぴりとした空気が満ちる。

ウマ耳がせわしなく動いている。

心音は、一層の高鳴りとなっている。

しっぽがゴワついている、気がする。

 

「あっ」

 

初めてのゲートが開いた。その音は、スペシャルウィークが想像していたよりも大きな音で、ビクリと体が硬直した。

と思った時には、すでに致命的な遅れとなった走りだしになってしまった。

巻き返そうと足を踏み込む。が、

 

「シャツが、重いっ」

 

ハンデの重りで自分のイメージ通りの走りができない。後方に追いすがるのが今のスペシャルウィークには精いっぱいだった。

一団まとまって走る中、6番ゼッケンが最後尾3馬身は離れた位置につけていた。

気合をいれる、が、鼓動はなお高く、集中力がそがれ、いつものような走りができない。

差を縮められずに第1コーナー、第2コーナーを回っていく。重りのせいで外に体がよれていく。

向こう正面に入っても依然として最後尾3馬身差でスペシャルウィークは走っていいた。

 

観客席のトレーナーたちのほとんどは、最後尾のスペシャルウィークを気にも留めない。

先頭集団で走っているウマ娘の中に、100階組、200階組に入れる素養を感じるウマ娘がいるかを、ストップウォッチとともに図っている状態だ。

一団のペースは、ややハイペースだ。

 

そのまま、1100m地点の上り坂に入っていった。

4階芝2000mのレース場は、第3コーナーにかけて上り坂であり、第4コーナーにかけて下りとなる。この場で仕掛けるウマ娘は少なくない。

上り坂で自分のペースを握り、相手のペースをかき乱せればそのまま下りで差をつけられる。と今までまとまっていた一団にゆがみが生じていた。

上り坂が苦手なウマ娘がいる。隙間が開く。こじ開けるように位置をとる者もいる。ハイペースですでに息を切らしている者もいる。

 

第3コーナーを回り、下り坂に変わるころには集団は3つに分かれていた。先頭集団と、遅れた者たち。そして、

 

「おかあちゃんの、にんじん俵を担いで走った山に、比べれば、こんなシャツ、なんってことない!」

 

その間に陣取ったスペシャルウィークの3つだ。

力強い走りに、はげた芝が大きく宙を舞った。

スペシャルウィークにとってはただガムシャラに走っていただけだったが、初めてのレースで舞い上がった気持ちのまま、集団に飲まれる事態にならなかったことが幸運だった。都合のいいコースを、走りやすいペースを自分の状態で作り出せるから。

加速していくレースの中で、上り坂でもペースを落とさない脚で、走りにだんだんと重りの違和感がなくなってきたスペシャルウィークは、脱落していくウマ娘たちを追い越していく。

坂道を下りきった先、ついに先頭集団に追いついた。

そして、そのまま先頭に躍り出た。

 

会場が一度ざわついた。

致命的なスタートの遅れ、そして序盤の計測タイムと今までのトレーナー経験から、6番ゼッケンが先頭集団に追いつくことなどないと判断していた者たちが多数だからだ。

レースに熟なれていない初等部、中等部なら十分あり得るが、ここは天空競馬場。初陣の選抜レースとはいえ、塔を攻略する実力を自負するものたちが挑むレース場なのだ。

そのなかで、スペシャルウィークの追い上げは、素質を期待できるもの、かもしれないという可能性が見えるものだった。

 

第4コーナーに差し掛かる。

スペシャルウィークの顔が陰る。焦る。

一番角度の急なコーナーは、加重移動が一番困難な場所で、今日一番に大外へ体がもっていかれる。そのすきに内を進む集団に追い越されてしまった。

 

予想外の走りに、会場にまたどよめきが走った。

 

それでも、何とか先頭集団にスペシャルウィークはついていく。

四番手、参番手、二番手、

二馬身差、一馬身差、半馬身、頭、ハナ、そして、

 

「いっちゃくだーーぁ」

 

頭一つ追い越したところで、ゴール板を横切った。

そのまま少しずつ速度を落とし、膝に手を置いて、スペシャルウィークは荒い息を吐いていた。

心臓が口から飛び出そうな感覚がある。初めてのレースは、精神面においても肉体的にもかなりのハードなものだった。

 

「一番下のレースでみんな速い。これが日本一の競馬塔」

 

一着になったことの喜びよりも、予想以上にレースが困難なものであることを肌で感じ、身が引き締まる思いをしていた。

 

はぁー、と大きく息を吐いて顔をあげると、スタッフの一人がスペシャルウィークに近寄っていた。

手に持つ機械をいじると、腰からじじじっ、とチケットが一枚印刷された。

 

「君は50階行きだ」

 

そういうとチケットをスペシャルウィークへと差し出した。

受け取ったスペシャルウィークは、口をぽかんと、目を真ん丸に、まるで埴輪のような顔で困惑した。

何か重要なものであることはわかる。しかし、意味が分からない。そして、レースの後で頭も回らない。

 

「この紙ってどうすれば。記念品? ちぎってたから何かの切符? どこか駅にでも置いておくもの? でも都会の駅はタッチだったし」

 

紙をじっと見ても何もわからない。

そうしている間に周りには誰もいなくなっていて、

 

「て、テイオーさ~ん。助けてください。私、迷子です」

 

さぁーっと青い顔になって天井に向けて助けを求めていた。

 

 

2分8.6秒。スペシャルウィークがゴールしたタイムだった。

その事実に、今回レースを見ていたほぼすべてのトレーナーは、スペシャルウィークをスカウトすることはしないと決めたのだった。

最後尾から一着になった気力は評価できるが、ゲートの遅れ、コーナーの膨らみ、そしてそれらを直せたとしても2000m2分台をきるのは難しい走り、と感じていた。

100階の壁は越えられない。そう判断した結果だった。

午前のレースが終わり、人が去っていく。

そんななか、一人のトレーナーが、レース場に飛び降りていた。

 

「確かに、今のままじゃあの娘は100階すら越えられない。が」

 

トレーナーは、スペシャルウィークが先頭集団に追いついた地面を眺めていた。場はレースの後で荒れている。口元にはキャンディーの棒が見える。

興味深く荒れた芝を見ている。

 

「ふーん」

 

鼻を鳴らすと、携帯を取り出し、パシャリと一枚、地面をとった。

そのまま、画面をいじり、歩きながら、今日のウマ娘たちの階層状況を確認している。

そこには、スペシャルウィークが50階行きの表示があった。続いて、5階トウカイテイオーのレース結果と50階行きも表示されている。

トウカイテイオーのタイムを見て、口笛を一つふいた。クィっと棒付きキャンディの棒を舌で転がした。

 

「トウカイテイオー。こっちの娘はすごいな。頭一つ飛び抜けている。・・・にしても、スペシャルウィークの評価ポイントがこの娘と同等の50階行きとは。レースの運びじゃないな。多分ほかに評価する点があったんだ。じゃないとせいぜい20階行きが妥当な走り」

 

と画面に集中していたら、地面に足を取られて転びかけた。

そこは芝がえぐれた様な穴があった。

 

「何だこの穴は。ここのスタッフの見逃しか? いや、さすがにこの穴を見逃すシステムをこの競馬場はしてはいない。とするとさっきのレースではげるほどの力、重さがかかった」

 

はっとひらめいて、トレーナーは驚愕した。

その芝の穴は、先ほどのレースでスペシャルウィークの全力の蹴りで抉れたものだった。水分をたっぷりと含んだ重馬場でもない状況で、ウマ娘の脚で芝が剥げるほどの力がかかることはほとんどない。下層のレースならなおさら起きない。

あるとすれば、ウマ娘の体重が想定外の重さとなっていること。

 

「まさか、選抜レースのハンデキャップか」

 

つぅっと頬に汗が流れる。ハンデを背負って走っていたのなら、スペシャルウィークの走りの評価がガラリと変わる。そして、50階行きの謎も解ける。

あの結果で50階にいける評価となると、50kg以上の重さを背負っていることになる。

 

「これは、予想外の収穫かもな」

 

そういうと、スペシャルウィークとトウカイテイオーの状況連絡をウォッチに追加していた。

そして、そのあと勝手にレース場に降りたことで、このトレーナーはスタッフにしこたま怒られていたのだった。

 

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