天空競馬場のスぺ   作:木口領

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第20話 メジロ家の試練~離島編~

朝の食卓にて3人のウマ娘が正座をしている。

スペシャルウィークとサイレンススズカ、そしてメジロブライトだ。

昨日崖から落ちた件をメジロマックイーンが知り、怒髪天を衝くレベルで説教が始まったのだった。

その勢いたるや苛烈を極め、ライスシャワーの朝食が食パン1斤で止まるほどだった。

 

スペシャルウィークはともかく、サイレンススズカまでまともに説教を聞いているのは珍しい。とトレーナーは新しい飴を4つとりだした。

先ほどからマシンガンの如くご高説を流しているメジロマックイーンの口元に飴を近づけた。

訝しげな表情を浮かべながらもメジロマックイーンは飴を手に取り、見ずに口に含んだ。言いたいことはまだ半分も言っていない、それを飴で口に封をしたのだった。

口に入れた途端、紫がかった芦毛の尻尾とウマ耳がけば立った。

 

「なんですの、この味は!」

「珍しいだろこの飴。ここの執事の一人が飴作り得意でな、ゴールドシップとアイディア出し合ったらしく、タコをもとに甲殻類をブレンドして作り上げた自信作だとか」

 

お前たちもとスペシャルウィーク、サイレンススズカ、メジロブライトに飴を渡す。

形が蟲だ。サソリのようなムカデのような黄色い蟲型の飴だった。口に含むには度胸がいる。

舐められずにサイレンススズカが飴を見ている。小さな舌をだしてメジロブライトが飴の先に触れている。スペシャルウィークがためらいを見せずに頬張っている。

そしてトレーナーが手を一度叩く。これで説教はおしまいの合図だ。

3人のウマ娘がほっと息をついた。そのまま足を崩して床に脱力して座った。たれウマ娘が3人だ。

 

「マックイーンさまのお説教は、いつも早くて、ついていくのが大変です~」

「でも、皆無事でよかったです。崖から足が離れたときはもうだめかと思いましたから」

「スぺちゃんすごかったよ。あんなにはっきりと見える馮使ってたんだから」

「えへへ。あの時は夢中で、気づかなかったです、が・・・ああっ」

 

脱力の姿勢から一転、スペシャルウィークは一気に立ち上がった。尻尾もウマ耳も髪さえもビンと針のようにとがっている。

そして顔が青白くなっていく。

 

「私、馮使ったってことは。おかあちゃんの馮が消えちゃったっ」

 

まるで冷凍明けのようにスペシャルウィークの両手が震えている。

その言葉を聞いていたメジロブライトの目に青さが重なる。スペシャルウィークをじっとみると、微笑んで言った。

 

「大丈夫ですよ~。まだちゃんと残ってます」

「本当ですか、よかった」

「はい。ほんの一部が消えているようです。いえ消えた、というよりも、混ざったように見えますね。お母さま方の想いがスペシャルウィークさんの色に溶け込んだ。そんな感じですね~」

 

スペシャルウィークの反り立った尻尾から力が抜けてふにゃりと垂れた。

トレーナーは時計を見た。トレーニング開始の予定はあと1時間後だ。各々のウマ娘は朝食後のクールダウンとなる。

その前に全員を集める。今日のトレーニング前に聞いておかないといけないことがあった。

 

「昨日マックイーンと話したのだが、ここの施設を使って馮と本格化の特訓をする。許可が下りたんでな。メジロ家お抱えの専用技師が作った施設だ。いつもよりもはかどるぞ」

 

ウマ娘たちがざわついた。トレーナーがそのまま続ける。視線はスペシャルウィークに向いていた。

 

「お前の走りはムラが大きい。多分母親の馮が抵抗になっていたんだ。どんな力なのかは俺には分からないが、今までの走りから想像するに母親の想いと合致しないときにお前は真価を発揮できない。馮でも同じことがいえる。物によってはマックイーンが5の消費で済むところ。お前は10も20も消費してやっと同じだけのことができる。これは大きなハンデだ。200階以上で戦うにはな」

 

視線がスペシャルウィークに集中する。彼女の頬に汗が一粒見えた。

 

「スペ。いや、スペシャルウィーク。お前はどうしたい」

 

全力を出してさえ影さえ踏ませない強者たちがいるのが上層だ。日本一のウマ娘を目指すからには、力を使うことをためらっている余裕はない。そんなハンデを背負って戦い抜けるほど、これからの天空競馬場は甘くはない。その認識はスペシャルウィークにはあった。

それでも、母親の想いが消えることは望んでいない。答えられない。

 

「わからないです」

 

スペシャルウィークの回答を聞いてトレーナーは「なるほど」と小さく言うと、その次にハッキリと断言した。

 

「スぺ、じゃあお前は強くなれ。他のウマ娘の倍強くなれ」

「え? それって」

「言葉通りの意味だ。消費が人の倍かかるなら、倍の容量を持てばいい。ばあ様の『ウマ娘になれ』は俺にも分からん。ただ言えることは、ハンデを背負っているのは塔の最初からそうだったろう。何を今更悩んでんだ。ってことだ」

 

スペシャルウィークの顔が最初呆けたように白くなり、その後一気に赤みを増した。

 

「ち、ちがっ。最初のは間違えただけで重り着たいなんて思ってないですよ」

「変わらん。変わらん。対して違いはない」

「そう、かな?」

「そうだ。それにその母親の馮はちょっとやそっとじゃ消えない。あのばあ様が対話できるほどと言ったんだ。どんだけおっかねぇレベルか知れたもんじゃない。もしハンデを脱ぎたいと思うのなら。それは日本一が届くときだ。お前と母親の夢を掴むのなら、誰も文句など言えない。スぺ、お前自身も文句ないだろう」

 

スペシャルウィークが胸を両手で包むように当てると、そっと深い息をした。そしてゆっくりと吐き切った表情は、晴れていた。

よし、とトレーナーが言うと、マックイーン視線を向けた。マックイーンは一度頷いた。

一度その場は解散となった。

 

 

 

トレーニングの時間になると、皆が水着に着替えて集まった。

メジロ家の一室に、屋敷と趣の違う岩肌見える扉がある。地下に続いている階段だ。

扉が開く。ひんやりとした空気が足元を這った。

 

「おいおい、まさか本当に隠し黄金があるんじゃないか」

「ありませんわ。そんなもの」

 

ゴールドシップが目を輝かせている。メジロマックイーンがたしなめた。

仄かに薄暗い階段を下りていく。着いた先には大きなプールがあった。大きさの異なるスイレンの様な葉がいくつも浮いていた。大きいものではトウカイテイオーが寝転んでもはみ出ないサイズであり、小さいものは片足ギリギリのサイズだった。

 

「ここで泳ぐの? でもおっきな葉っぱが邪魔だね」

「泳ぎませんわ。この葉っぱがトレーニングの主役なのです。テイオーさんとスペシャルウィークさんの馮の技術向上をするための訓練の場ですわ」

 

そういうと、メジロマックイーンがふわりと葉に飛び降りた。水紋が広がる。

皆が感嘆の声を上げた。マックイーンが葉の上に立っているからだ。水に沈んでいない。

 

「おもしろそ~。ボクもっ」

「あっ、テイオーさんお待ちになって」

 

トウカイテイオーが制止する間も無く飛び乗った。メジロマックイーンの乗った葉と同じ大きさの葉っぱだった。

しかしテイオーの体重を支え切れず、一瞬と持たずに水に沈んだ。

水面にトウカイテイオーは顔を出した。水をピュゥと吐いた。

 

「乗れないじゃん」

「だからお待ちになってと言ったのです」

 

手を差し出してトウカイテイオーを引っ張り上げた。葉が水面に揺れている。

 

「この葉っぱは馮のエネルギー、つまり生命エネルギーを受け取るとその分だけ浮力を増す性質をもっています」

 

へぇ、とそれぞれの口から声が漏れる。

トウカイテイオーがプールのふちに移動した。続けてマックイーンも葉から離れた。

 

「でも葉っぱの上に乗れるなんてステキね。絵本のお姫様になった気分を味わえそう」

「スカーレットがぁ? ライス先輩は似合いそうですね。遠めで写真撮ったらおやゆび姫になれそうです」

「ちょっと、アタシは似合わないっていうの!?」

 

騒ぎ出した2人を余所に、アストンマーチャンがプールのふちに座るとパシャパシャと葉っぱに向かって水をかけた。

その横でスペシャルウィークが魚がいるかと覗き込む。何の気配もない。水面が揺れているだけだった。

皆がいろいろな形でこの施設の訓練に興味津々である。

メジロマックイーンが訓練の内容を続けて言った。

 

「このプールの葉っぱを渡って向こう側に着くのが訓練になります。ただし、目標タイムは1時間で到着すること。前後1分は猶予として認めています」

「一瞬だけ乗って、たたたっと駆けちゃダメってことだね」

「その通りですわ。特に最後の方の小さな葉は馮が強すぎても安定しません。弱すぎれば沈みます」

「大きな葉っぱで59分待ってからとかは?」

「やってみてもいいですが。1つの葉っぱは大小関係なく3分程度が浮いていられる限界ですわよ」

 

大きいサイズの葉っぱはこちら側に集中し、数も6と限りがある。トウカイテイオーの案はあまり効果がなさそうだ。

葉っぱを次々に選んで進むのが一番効率がいい進み方だった。

 

「ここではテイオーさんとスペシャルウィークさんが訓練していただきます。スカーレットさんとウオッカさんとマーチャンさん、ライスさんはこの先に進んでください」

 

プールのさらに奥にある扉を開けると、メジロマックイーンが先導して進んだ。

 

「どんな修行するんですか」

 

ダイワスカーレットがウマ耳をうずうずさせながら聞いた。先ほどの絵本になるような体験をする修行を期待していた。

その隣で歩くメジロブライトが答えた。

 

「お魚さん釣りですよ~」

「魚釣りが修行?」

「はい~」

 

と、のんびりとした口調だった。

ダイワスカーレットは理解できていなかった。頭には普通の魚釣りのイメージしか思い描けない。それが修行になるとは到底思えなかったからだ。

その背後の道からは、ぼちゃんという水音が何度も聞こえてきた。「そこで三回転ひねりだ」というゴールドシップの応援の声も聞こえる。

細い道を1つ2つと曲がった先でまた広い部屋に出た。そこは電気の光が無く、一段と暗い区画だった。

前に伸ばした手が暗闇で霞んでいる。

 

「あの、電気は」

「ありません」

「え?」

「この暗闇の中で魚を釣っていただきます。目標は1人1匹です。慣れないうちは釣り針など少々危険ですのでこちらから手渡し致しますわ」

「この真っ暗闇で、魚釣り」

 

ダイワスカーレットが目を凝らしてあたりを見る。何も見えない。ただ水辺のひんやりとした気配がある。どこか外に繋がっているのか風と水の流れる音は聞こえてきた。

先ほどの葉っぱの上に乗る修行とは違い、予想以上の地味さにやや、やる気を下げていた。

 

「そうそう、ここの魚は目が退化しております。この暗闇です。その分耳など他の器官が発達しています。音に敏感ですので、静かに待つのがコツですよ」

 

4人が位置について座った。あと一歩ほどの距離にはもう池に入るという位置だ。

手にした竿を目の前の暗闇に向けている。

 

そうして2時間ほどが経過した。

ダイワスカーレットは2度ほど座る位置を変えている。負けじとウオッカも反対側に陣取る。

ライスシャワーは動かず。アストンマーチャンは頭をゆったり揺らして船をこいでいた。

 

「釣れないわね」

「あっちの音響いていると釣れないとかあるんじゃないか」

 

ウオッカとスカーレットが音のする方を向いた。

通路を伝って、水に飛び込む音が聞こえてくる。かすかに声も聞こえる。たまにゴールドシップがサイレンススズカを巻き込んでいるようだ。

 

もやっとした気分で、釣り糸を垂らす。あのメジロ家が無駄なことをするわけがない。という1点がこの暗闇釣りを続けている理由になっていた。この場で監督しているメジロマックイーンが音に気付かないわけがない。それでも何も言わないのは、この状況でも修行になんら問題はないという判断だった。

暗闇の中で2人は自然と眼を閉じる。音に、匂いに、感触に少しずつ敏感になっていく。

そしてもう暫くすると、竿のしなる音が聞こえた。ライスシャワーの方角からだ。2、3水の跳ねる音が聞こえると、また静かになった。

 

「おしい」とウオッカが言う。そして魚がいることがハッキリと分かった。気持ちを切り替えて暗闇の奥の水面に集中する。

 

しかし、それ以降誰の竿にもあたりはなかった。

たまに水に飛び込む音が聞こえる以外、耳鳴りがするような静寂が続いていた。

 

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