天空競馬場のスぺ   作:木口領

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第21話 息吹の少女たち

メジロマックイーンが驚いている。

特訓を始めてから1週間しか経っていない。にもかかわらず、トウカイテイオーが葉の上に立っているのだ。時間にして1分ではあったが、バランスをとるように上半身を揺らしながらしっかりと立っている。

 

「ライアンが見たら、メンタルやられますわね。これは」

 

そういう頬に雫が一つ流れている。

トレーナーが基本を飛ばして複合スキルの特訓に入っていたのも頷ける。レースで走って知っていたつもりだったが、まだ自分は彼女をどこかで侮っていたようだ、と頬を拭った。

 

プールサイドへスペシャルウィークが上がる。彼女も5秒程度は立てるようになっていた。こちらも速いペースだ。この屋敷にいる予定の1か月で一つの葉の限界浮上時間に達するぐらいだろうと予測していたが、このペースでいけば来週にはスペシャルウィークは葉っぱ一つはクリアする。トウカイテイオーに至っては今日にも突破しそうな勢いだ。1時間かけてプールの反対に到着という目標も、1か月以内に到達してしまうのではと思える。

 

メジロ家本館で本格化を済ませ馮の使い方を少し学んだ状態であって、メジロライアンが3か月、メジロドーベルが半年かけた訓練をたった1か月で終える気配だ。

天才という言葉はあまり好きではないが、彼女たちに向かってならその言葉が当てはまる気がする。

 

「まったく。理不尽ですわ」

 

もし本当にクリアしてしまったら、それを目撃したメジロマックイーンはこの光景を思い出すたびに、ドーナッツ10個はやけ食いしなければ気が済まないだろうと考えていた。

隣では一つの葉の上に座禅を組み、水中に沈みまた徐々に浮いてくるを繰り返しているゴールドシップがいる。「あの葉っぱは一度沈むと生命エネルギーを放出しきるまでは上がらないはずなのに」と思うが、気にしたら負けと突っ込む気持ちをぐっと抑えていた。

 

釣り組はメジロブライトとサイレンススズカが見守っている。

まだ釣れたという報告は上がっていない。

 

出っ張りとなっている岩に腰を掛けて、タオルをブランケット替わりに羽織ると、メジロマックイーンは頬杖をついて見守った。

 

トウカイテイオーが目標の半分までいったのがそれから1週間後。スペシャルウィークも10分は超えてきている。最初の内なら葉の上で逆立ちしている余裕すらできていた。

そして、釣り組のなかからライスシャワーが一匹目の魚を釣り上げた。

 

「まったく。本当に。理不尽ですわ」

 

ドーナッツ10個に、イチゴのショートケーキを追加してやろうとメジロマックイーンは心に決めた。

そして、塔に戻る日の前日。

 

「1時間23秒。達成しました!」

 

スペシャルウィークが両手を上げていた。舞い上がった水敵が数粒ほどプールに水紋を作った。

ぱちぱちと拍手する11人の音が反響する。

この場に全員集合していた。すでに彼女たちは目標をクリアしている。

トウカイテイオーは3日前には達成し、釣り組もライスシャワーが5匹。アストンマーチャンが2匹。ダイワスカーレットとウオッカがそれぞれ3匹を釣り上げた。

 

「これで全員目標達成だな。いや、1人2人が届けば御の字と思っていたが。お前たちすげーな」

 

飴の棒の先を握りつつトレーナーが言った。皆が得意気な顔をしている。

 

「明日からまた塔に戻る。そのまえにせっかくだ。皆で走ろうじゃないか」

「走るってどこをですか?」

「このメジロ家の島をぐるりと一周だ」

 

スペシャルウィークの問いに、トレーナーは大きく円を描くように手を回した。

それを見ていたメジロブライトが手を合わせると、

 

「あらあら~。懐かしいですね~」

 

嬉しそうに言った。メジロマックイーンが頭を押さえているがそれ以上何かを言う気配はない。

地下から抜け出して、各々、服を着替えに部屋へと帰る。

その間に、メジロ家の執事とメイドを巻き込んで島全体を使ったレース場を作った。要所に執事とメイド達に立ってもらうように頼んだのだった。

 

久しぶりの靴と蹄鉄の感触を確かめるように、スペシャルウィークはその場で跳んだ。いつもよりも滞空時間が長い。

数度ほど繰り返すと、今度は大きく息を吸い込んだ。

息を止める。

自分の中に入った空気が手の先から足の先まで複雑に体中に広がる感覚がある。広がりきると今度は収縮するように肺に集まってくる。全て集まった際に息を静かに吐いた。

その吐いた息に青紫色のオーラが混ざる。スペシャルウィークの色だ。

手のひらを見る。自分のエネルギーとは別の包みこむ気配を感じる。桃色とオレンジ色が斑に溶け合ったような感覚のエネルギーだ。

 

「どうしたのスぺちゃん。気迫が満ちているのが目に見えるよ」

 

横で柔軟をしているトウカイテイオーが聞いた。

スペシャルウィークは手を軽く握った。

 

「おかあちゃんたちの馮をようやく感じられました」

「前に言っていたやつ? どんななの」

「こそばゆいような感じです」

 

そうこうしているうちに、皆の用意ができた。

サイレンススズカにスペシャルウィーク、トウカイテイオーの横にはメジロマックイーンが居て、ゴールドシップ、ダイワスカーレットとウオッカ、アストンマーチャンにメジロブライトがそれぞれスタートラインに引いた線に並んだ。

 

「みんな準備完了だな。今日は好き勝手に走っていいぞ。ゴールは砂浜だからな。まちがえるなよ」

 

トレーナーがそういうと、皆が走る構えに入った。

スタートの合図とともに一斉にウマ娘たちが走り出した。

 

サイレンススズカが飛び出し、その横にスペシャルウィークが付いた。ダイワスカーレット、メジロマックイーン、トウカイテイオーが続く。

最後方にはゴールドシップとメジロブライトだ。

 

森に入る。土をかき上げてウマ娘たちは進む。

その速度はスローペースだ。森の中だからだけが原因じゃない。馮だ。

 

「みなさま~、レースは始まったばかりです。のんびりいきましょう」

 

メジロブライトが走るペースをゆったりとさせる。彼女が支配するのはレース展開だ。

アストンマーチャンの足の回転率が目に見えて遅い。レースのすべてがブライトのペースとなった。

 

「あやや」

「これがスキル。こいつはきついっすね」

 

アストンマーチャンとウオッカが馮の力を肌で感じる。本格化の入り口に立った今、その発動したときの気配の差がよくわかる。

 

「うっし。じゃあ、このゴールドシップ様も出し惜しみしないで見せてやるぞ」

 

歯をきらめかせてゴールドシップが高々に宣言した。皆の尻尾が反射的に反り立つ。ウマ耳が後方に集中した。

別の意味で危険を感じたからだ。

 

「『みんなゴルシちゃんになる』発動っ!」

「なんですかっ! その妙に嫌なネーミングは」

 

ついメジロマックイーンが叫ぶ。その走りの感覚が徐々に変わっていく。大股の走り方だ。その走り方は、ゴールドシップの走りに近い。

脚を支配されている。そう感じたマックイーンが自身の馮でフォームを維持する。

トウカイテイオーが苦悶の表情を浮かべる。

 

「ボクより足長いから、走りにくい」

「葉っぱに乗ったことを思い出してください。お腹に力入れて、今度は葉ではなく全身からエネルギーを外に与える感じですわ」

 

ゴールドシップの馮に抗っているのはメジロマックイーンだけだった。

サイレンススズカもライスシャワーも同じくステロイド走法をさせられている。

 

「マックイーンも一緒に走ろうぜ。ゴルシちゃんスタイルで」

「嫌ですわ」

 

メジロマックイーンとゴールドシップがやりとりしている最中、先頭のサイレンススズカが加速した。馮の支配範囲から逃れるためだ。橙色のオーラを集中し、地を抉って駆ける。いつもの走りでない分抵抗がかかるがお構いなしといった加速だった。

スペシャルウィークがそれに続く。

 

「ありゃあ。頑張るね2人とも。けどアタシの範囲からは逃れられないぜ。なぜなら」

 

ゴールドシップがペロリと下唇を舐める。少々鼻息荒く続けた。

 

「この島全体がアタシの領域だからだ。観客も鳥も魚も今動けばゴルシちゃんスタイルだぜっ」

「なんてはた迷惑な能力ですの!」

 

森を抜ける。今度はアスファルトで舗装された道路がある。屋敷の倉庫と桟橋までをつなぐ道だ。

軽快な音を響かせながら、各ウマ娘が走っていく。メジロ家のメイドと執事の姿がちらほら見える。

 

アスファルトの道路から石畳の階段を駆け上がる。その先を進むと緩やかにカーブを描いて下降する道に突入した。

もうすぐ直線に入る。ゴールの砂浜まではもうすぐだ。

 

「よしよし、いい感じ。だいぶ慣れてきたぞ~」

「テイオーさん?」

 

トウカイテイオーの走りが徐々に元通りに戻っていった。ゴールドシップの支配から逃れ始めている。

完全ではないものの、今ならラストスパートを掛けられる。

赤い気迫が一瞬辺りに広がる。メジロマックイーンが熱を受けて顔をしかめる。トウカイテイオーが笑っている。

 

「お先っ!」

 

と加速をした。柔らかな足首が勢い殺さず、体を前へと繰り出している。

メジロ家の離島に来る前より速い。安定感も増している。エキシビジョンマッチではマックイーンの影さえ踏めなかったテイオーが今では先行している。

 

「本当にどれだけ成長スピードが速いんですか。まったく。けれど。ダメですわ。まだまだ、全然ダメですわ」

 

メジロマックイーンがふっと体を沈めた。

 

「メジロ家の名優に勝つには足りませんわっ」

 

合わせるようにしてマックイーンの走りが変わった。

後ろのウマ娘たちもギアを上げていく。

 

先頭は相変わらずサイレンススズカだ。その横にピタリとスペシャルウィークが張り付いている。

トウカイテイオーとメジロマックイーンの足音が近づいている。すぐ近くだ。ゴールドシップも猛追してきている。

直線の先、砂浜が見えた。

 

「スぺちゃんと走るの、なんだか楽しいね。スぺちゃん。本当に嬉しそうに走るから」

「スズカさんは私の目標なんです。だから一緒に走れて幸せです」

「このまま一緒でもいいとちょっと思ったんだ。けど、やっぱり、前は譲れない。譲りたくない。だから考えたの。目いっぱい走るために」

 

橙色のエネルギーに黄色が増える。二重螺旋を描いて脚に力が集まっている。

足の裏から地面に力が流れる。溢れる力を受け止めきれず、大地から四方にエネルギーが飛び散っている。

 

「崖の上でスぺちゃんが見せてくれた走り方。2つの馮を混ぜ合わせる力。これで私は新しい景色を見に前へ行く」

 

その光景に一瞬呆けたスペシャルウィークだったが、負けじと同じく加速の力を集める。青紫色の力が集まる。

 

「負けませんっ」

 

同時に、地面を蹴った。衝撃音がウマ耳を覆う。

砂浜に入ればゴールはすぐだ。地面に引かれた線を上書きするようにウマ娘たちが駆け抜けた。

そのままの状態で「あっ」とサイレンススズカが気づいた。

「と、止まれない!」遅れてスペシャルウィークも現状に気づく。トウカイテイオーも同じだった。

メジロマックイーンがブレーキをかける。しかし、その背中をゴールドシップがアクセル全開で押していた。

 

そうして、そろって海に突っ込んでいた。

ウマ娘の足で描いたブレーキの線が複数続く砂浜を、やたら大股で歩くカニが横切っていった。

 

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