天空競馬場のスぺ   作:木口領

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第22話 暗躍する白い稲妻

ナイスネイチャがストローでオレンジジュースを啜っているのは、ひとえにこの部屋で今起きていることに対して、冷静さを取り戻すためだった。

レースのカーテンはクーラーの風で煽られてふわりとなびいている。夏の日差しが床に薄い影を作って揺れている。

その影が揺れる先にタマモクロスがいた。にんじん型のクッキーを頬張っている。

 

ナイスネイチャの部屋にタマモクロスが押し掛けてきたのだ。2人は今小さな黒いテーブルを挟んで座っていた。

ネイチャがストローから口を離し一息つくと、じっとタマモクロスを見つめた。その眼が半目に近い。

 

「で、話って何。思いっきり乗り込んできて」

「まぁまぁ、そうカリカリすんなや。ちーとばかしネイチャに協力してほしいんよ」

 

手に付いたクッキーの粉をひとなめすると、タマモクロスは居住まいを正した。

 

「もうすぐエキシビジョンマッチの夏があるやろ」

「そうだね。もう春に出たアタシは夏は出れないけど」

「それや」

「どれ?」

 

コップをテーブルに置くと、ナイスネイチャも皿の上からクッキーを一つ摘まんだ。

 

「その、春に出たら次の夏には出場できないって制限。それウチ最近知ったんよ」

「タマモは春出ていないんだから関係ないんじゃない?」

「いや、な。ウチ走りたいウマ娘ができてしまって。そいつもう春に走ってんよ」

 

にんじん型クッキーを口に含む。口と指に軽く力を籠めるとパキリと半分に砕けた。その片割れをゆっくりさっくりと食べている。

食べながらネイチャは考えていた。エキシビジョンマッチの春に出ていて、タマモクロスの食指が動くウマ娘がいたかどうか。

いや、いたな。極上のウマ娘が一人。と思いつくとクッキーの残りも食べた。

 

「・・・ああ、あの主人公クンね。あんた好物だもんね、ああいうタイプ」

「今度のエキシビジョンマッチも当然出場するんやないかって思ってたんやけど、どうやらそうは行けへんらしいからさ。で、ひっさしぶりに天空競馬場の公式ルール漁ってみたんやけど、いいのがあったんや。それがこれや」

 

そう言ってテーブルに片手をついて前のめりになったタマモクロスが、もう片方の手に持ったスマホの画面を見せる。

天空競馬場の規則の文字がぎっしりと詰まった画面だ。見るのが苦痛になるほど画面を占有する黒い文字に、ナイスネイチャが思わず眼を細めている。

上から流し読みをする。画面中央から少し下あたりに、タマモクロスが見つけたいいルールに該当しそうな項目があった。

眉を顰める。その条項は上層ウマ娘の数が揃いきっていないときに組み込まれた下層中層参加の取り決め条項だった。

 

「タマモ、あんたまさか」

 

タマモクロスがスマホをしまうと、顔の前で両手を合わせ片目をつぶった。

 

「飴っちと南坂トレーナーを懐柔するの手伝ってくれへん」

 

その体勢でぐいぐいとナイスネイチャに迫る。「近いって」とネイチャがタマモクロスの肩を押して退けようと力を籠める。しかし、タマモクロスはミリ単位も動かない。

 

「諦めるって選択肢は」

「ない」

 

きっぱりとタマモクロスは言い切った。

「わかったわかった」とナイスネイチャが降参すると、タマモクロスは定位置に腰を下ろした。戻り際に5つほどクッキーを手に取っている。

 

「ほらネイチャはウチらの中でトレーナーと暴れん坊たちの仲介役な感じやん」

「そうだね。あんたを筆頭にツインターボやイクノディクタスが全然トレーナーの話聞かないからね」

「ウチはそないやない。最近は大人しくしとるし」

「はいはい。大人しいならアタシらのトレーニングにちゃんと出てほしいんだけど」

 

オレンジジュースをもう一度啜る。2枚のクッキーをいっぺんに頬張るタマモクロスを見て「さて、どうしたもんかね」とテーブルに肘をつけた。

 

「でも、本気でやる気なの? この条件、かなりのハンデだとおもうけど」

「やる。ウチの脚があいつと走りたいモードになってしまったんや。他のウマ娘じゃこの疼きは止められへん」

 

タマモクロスの眼の中にバチバチと白い雷の光が見え隠れする。

ナイスネイチャも自身のスマホで公式ルールを検索した。スマホの画面をじとっと見ている。

 

「しっかし。重りは分かるとして、なんで着ぐるみ着るのかわからないんだけど」

「スキルをある程度吸収するそうやで。全部は無理やけど3割程度妨害するって。それも内側からのスキルのみ影響するらしいんや」

「ハンデ背負って走るなんて、アタシ聞いたことないわ」

 

その言葉にタマモクロスの白い芦毛のウマ耳がぴょこりと動いた。今日は赤いウマ耳カバーをつけていない。

顎に手を当てて、何かを思い出そうと唸っている。

 

「確か、飴っちの所の、なんて言ったっけ。スペシウ、いやちゃうな。スペ・・・」

「スペシャルウィーク?」

「そう、それや。そのウマ娘もハンデ背負って戦ったらしいんよ。飴っちに聞いたんやけど。それでハンデが公式ルールにあったなって思いだしてん。ってよく名前わかったな」

「エキシビジョンマッチで走ったからね。大体の名前覚えているよ」

 

オレンジジュースが底をついた。ズズズッと残りを啜り終えると、テーブルの端に静かに置いた。

 

「というわけで、南坂トレーナーと飴っちを篭絡しに行こうやないか」

 

皿に残ったクッキーをひとつかみするとタマモクロスは一気に口に入れてごくりと飲み込んだ。

立ち上がり、ズボンで手を拭いて、荷物を取って外へと向かいだす。

 

「へっ? 今から」

「何言うてんねん。当たり前やろ」

 

玄関までタマモクロスが着くと、さっそく靴を履き「早よう」と急かし立てていた。

ナイスネイチャが息を大きく吐く。テーブルに手をついてゆっくりと立ち上がった。

 

 

 

天空競馬場200階にある隠れ家的な雰囲気のバー『天使と悪魔のぼったくり亭』は基本お酒を提供するお店だ。

しかし、ウマ娘の中にはお酒以外を目的として訪れることがある。ウマ娘の聖地だけあって、店側も酒以外にウマ娘の好みに合わせた飲み物や軽食も提供している。

 

丸椅子に座っているトレーナーの両サイドにウマ娘が座っている。近い。椅子を動かして密着2歩手前といった距離にいる。

その隣にはやや距離を開けて南坂トレーナーが静かに座っていた。

トレーナーは黙秘権を行使する取調べ中の被疑者のごとく、キャンディの棒が出ている口をむんずと縛っていた。

 

「なんやねん、こないな美人どころ侍らせといて、むすぅとした顔しとんねん」

「俺にはパトカーで連行されている気分だよ。絶対厄介ごとだろ」

 

天空競馬場に帰ってきて間もなく、タマモクロスとナイスネイチャに引っ張られるような形でこの天使と悪魔のぼったくり亭を訪れていた。

あの時のドア先に立っていたタマモクロスは、トレーナーから見たらまるで春のトウカイテイオー瓜二つだった。

ドアを静かに閉めようと努力するも、ウマ娘2人の力に負けて、結局、誘われるまま席に着いたのだった。

 

「で、何が望みだ。金はないぞ」

「そんなん知ってるって。ウチが望むのはただ一つや」

 

密着1歩手前までタマモクロスが近づく。

その様子をできるだけ遠くで見ていた南坂トレーナーは、タマモクロスが過去に戻ったと心の中で嘆いていた。

タマモクロスに迫られているトレーナーが助けの視線を南坂に送っている。それを目をつぶって回避をしていた。

南坂にできるのは、ただ見守ることだけ。関わったら火傷じゃ済まない。同じトレーナー仲間ではあるが、見て見ぬふりをするのが一番双方のためになる。とカクテルを静かに呑み込んでいた。

 

今日もピアノの曲が店内を包んでいる。その流れる音を背景にしてタマモクロスが拝むように言った。

 

「トウカイテイオーと戦わせてくれへん」

「だろうな。そんなことだろうと思ったよ。やっぱりあの時テイオーに見えたの間違えてなかったじゃないか畜生」

 

その言葉を聞いて南坂トレーナーはホッと息をついた。この時期に頼みごととタマモクロスがいうことだから、もしやエキシビジョンマッチに横やりを入れて、理事と実行委員を相手に大立ち回りを仕出かす可能性を考えていたからだ。

流石に、そんなことをしたら只では済まない。理事長が力を入れて目指す新レースの調整かつ、宣伝の意味をもつエキシビジョンマッチにケチをつけたら一体どうなることか、考えるだけで夏なのに背筋が冷やっと凍る思いだ。

 

それに比べれば下層に潜り込むことぐらい可愛いものだ。安定してきた最近はとんと聞かないが、自分がまだ下層トレーナーだった頃には何人かのウマ娘は着ぐるみを着て下層で走ったものだ。

 

と、思い出の中に逃げている南坂トレーナーを余所に、話は進んでいた。

 

「流石にレースのタイミングまでは分からんかったから、どこに潜り込めばええかは飴っちに聞くしかないんよ」

「俺に言わなくてもできるんじゃないか。南坂そういう機械いじりとか得意だろう」

 

南坂トレーナーが口に含んだカクテルを噴き出している。ハンカチで口を押え、3度咳き込んだ。

トレーナーが言った機械いじりは、言わばこの天空競馬場のシステムに無断でアクセスしろと言っているのと同義だった。

 

「出来れば巻き込まないでほしいのですけど」

「ここで飴っちがテイオーのレースを教えてくれれば、南坂トレーナーは危ない橋渡らなくて済む。ほら貸しを作るチャンスや」

「・・・なるほど」

「なんでしょう。どっちに転んでも損している気がするのですが」

「まあ、諦めなって。タマモがこうなったら諦めるのが勝ちってもんよ」

 

達観したナイスネイチャの姿を見て、ため息を男2人がついた。ネイチャの言ったことが一番安パイだと分かっていたからだ。

 

トレーナーは携帯を取り出した。テイオーのレースは今週の予定だがまだ抽選で組まれていない。

エキシビジョンマッチ夏の参加ウマ娘発表が6日後に控え、いろいろと組み換え作業が発生しているという情報が載っている。100階の特別レースとなる今度のレースのため、春よりも天空競馬場の関係者たちは大忙しだ。

 

画面を切り替える。自分の所属するウマ娘の抽選状態はトレーナー権限があれば確認できる。まだ発表になっていないが、4日後に10人のレース参加予定だ。

経験則から明日にでも確定するだろうとトレーナーは判断した。

レース参加のトウカイテイオーよりも先に、タマモクロスにテイオーが参加する日を伝えた。フルゲート走じゃなければ割り込みは可能だ。

 

日付を聞いたタマモクロスの尻尾が大きく振れていた。

 

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