天空競馬場のスぺ   作:木口領

24 / 27
第24話 夏のエキシビジョンマッチも波乱(を起こす側)の予感

赤い屋根が特徴の宿の一室で、2人のウマ娘がベットにうつぶせになって、たれていた。

たれテイオーとたれスペシャルウィークだ。

2人は夏のエキシビジョンマッチで参加できないことに驚き、トレーナーに文句を言い、全てを発散し終えてベットの上でたれウマ娘と化していたのだ。

窓の外からはセミの鳴き声が聞こえてくる。

 

椅子に座ったライスシャワーがテレビをつけて見ていた。

今日はエキシビジョンマッチの夏に参加するウマ娘の発表の日だ。

 

「テイオーさんとスペシャルウィークさん。テレビそろそろ始まるよ」

「うー。参加できないことが分かったから見る気失せちゃった。めぼしいウマ娘がいたら教えて」

「私もー」

 

たれ化が進行してすでに液状化に近い2人だった。

ライスシャワーがティーカップでアイスティーを啜っている。レモンの酸味が効いていた。

2人が液状と化している最中に、ウマ娘の発表が次々と流れていく。

下層からメジロブライトの名前が挙がっていた。

 

「あ、ブライトさんだ」

「本格化どころか、馮使いこなしてますものねブライトさん。でも何で下層にいるんでしょう」

「たしか、ペースをのんびりできるけど、本人がそれ以上にのんびりとしているから勝ちきれない、ってマックイーンが言ってたよ」

「・・・なるほど。ありえますね」

 

液状が混ざりそうになりながら、スペシャルウィークとトウカイテイオーはライスシャワーと会話していた。すでにどこが口だかすら分からずじまいだ。

下層で知っているウマ娘の名前はメジロブライトだけだった。中層も名前の知らないウマ娘が続き、上層でメジロ家のウマ娘がまたまた挙がった。それも2人。

メジロライアンとメジロドーベルの2人だ。

 

「メジロ家から3人。なんかすごいことになってるね」

「お2人も200階走者ということは、スズカさんやネイチャさんクラスの実力ってことですか。メジロ家はすごい」

「たぶん今のテイオーさんたちのほうがすごいことになっているとライス思うの」

 

アイスティーを飲み干してカップをテーブルに静かに置いた。

最後にグランドマスターの紹介がある。今回のグランドマスターは1人だ。3人がテレビに意識を向けた。未だ2人は液状化しているけれども。

 

「っ!?」

 

その液状した姿が一気に固形化した。トウカイテイオーもスペシャルウィークも思わず立ち上がっていた。愕然とした表情をしている。

テレビのアナウンサーが誰の名前を言ったのか、一瞬理解できなかった。しかし、映像が誰の名前だったのかを悠然と物語っていた。

 

「序列一位。カイチョーだ」

「皇帝シンボリルドルフ」

 

目を見開いて、瞳孔が揺れるようにトウカイテイオーは驚いていた。あり得ない。そんな声が顔に描かれている。

スペシャルウィークもその名前を言う以外に言葉が続かない。日本一のウマ娘と称された名前がテレビに映っている。そのウマ娘がエキシビジョンマッチに出る。

彼女を超えることが、日本一のウマ娘なのだと、天空競馬場に来た初日にテイオーに聞いていた。つまり、夏のエキシビジョンマッチは日本一への道そのものだ。春とは比べ物にならないくらい。

 

こんなチャンス滅多にない。だけど、参加できない。

スペシャルウィークが呆然とテレビを眺めている最中、トウカイテイオーはやるせなさが徐々に怒りとなってこみあげてきて「うがー」と吠えた。

ライスシャワーのウマ耳がぺたりと頭についていた。その顔は恐怖に慄いていた。そのまま、テイオーはドアを強引に開けると、宿の裏手にある切り株の穴めがけて走り去っていった。

ぎぃと扉が揺れる音を聞きながら、ゆっくりとウマ耳を立てていったライスシャワーが、

 

「はうぅ。びっくりしました」

 

と、未だ閉まり切らない扉を見つめていた。

その横でスペシャルウィークはまだテレビを見つめている。

 

不意に、電話が鳴った。内線だ。

スペシャルウィークは動かない。

ライスシャワーが恐る恐る電話をとる。受付から荷物が届いたという連絡だった。

ちらりとスペシャルウィークを見る。固まっている。電池が切れたロボットのようにじっと止まってテレビを見ている。

 

胸に手を当てて息を吸う「よし」と気持ちを切り替えてライスシャワーが受付へと向かった。

荷物はスペシャルウィーク充ての段ボールだった。開けなくても中身がわかる。芳醇な土が混ざったにんじんの匂いが段ボールから漂ってきていた。

北海道にいるスペシャルウィークの母親からの荷物だ。

部屋に持ち帰る。スペシャルウィークの姿勢が変わっていた。ベットに腰を下ろしている。

 

「スペシャルウィークさんにお荷物届いていたよ」

「ありがとうライスちゃん」

 

やや上擦った声でスペシャルウィークが答えた。

少々意識ここにあらずの状態でスペシャルウィークは段ボールを開いた。大量のにんじんの上に、1つの箱と1通の手紙が添えられていた。

手紙を取り出す。北海道の母親の文字でかかれた手紙だった。

 

内容は、スペシャルウィークを労わる内容ではじまり、母親の周りの近況と続いていく、その途中に、生みの母親が残した開かない箱が開いたという話が書いてあった。

スペシャルウィークも覚えている。どんなに力を込めても、犬のリッキーに引っ張らせても、子ヤギのメリーに踏ませても開かなかった木箱だ。

その箱が1か月ほど前に急に神棚から床に落ちると、あっさりと開いたようだと書いてあった。すぐにでもスペシャルウィークに送る予定だったが、いろいろあって、今頃送ったという。お詫びもかねていつもよりも3割増しのにんじんを入れたらしい。

「通りで重たいわけだった」とライスが目を丸くしている。

 

「これが、あの箱」

 

木で組まれた細長い箱を取り出す。蓋を開けると、そこに2通の手紙と紫色のリボンが入っていた。

手紙を取り出した。見たことのない筆跡だ。けれどそれが誰の字かは分かる。手紙を開く。

『名もない私の可愛い娘へ』とはじまる文章だった。

スペシャルウィークがまだお腹の中にいる際に書いた手紙だ。

一行ずつ目を通す。だんだんと手が振るえてくる。目元が滲んできた。

 

『この手紙を読んでいる貴方は、たぶん悩んでいるはずですね。貴方がどのように育っていたのか想像するしかないですが、私のようなら皆を困らせるぐらいの元気な子になっていそうですね。貴方の未来を想うのが楽しい反面。見られないのはやっぱり寂しいものです』

 

つらつらと、一文字一文字に思いが宿っている文字で、生みの母親はスペシャルウィークに向けて話している。手紙という媒体を通して未来の娘に語りかけている。

手紙は続いていく。一緒に居られなくてと謝る箇所もあれば、育ての母との思い出も書かれている。その親友に生まれてくる子供をお願いしたときにひと悶着あったことも綴られていた。最終的には了承してくれたが『ちゃんと生きろ』と頑固なおかあちゃんだった。

 

そして、この箱の事に話題が移る。スペシャルウィークが、その自身の中に眠る馮に触れたときに開く仕掛けをしていたという。

死期を悟った自分が、スペシャルウィークに向けてできる唯一の事は愛情と共にありったけの馮をお腹の中に込めることだった。

傷つかないように、全てから守るために。

 

『でも、その想いはあなたがウマ娘として走るには重荷になることは分かっていました。でも母親として支えたかった』

 

2枚目に手紙が続いた。

どれだけ、お腹の中にいるときから、ずっと愛されていたかと、スペシャルウィークの頬に一粒の涙が流れた。

ぽとりと手に落ちる。

 

『もし私の馮があなたを遮っているのなら。私を乗り越えてほしい。だってウマ娘は走るために生まれてきたのだから』

 

手紙には流れるような文字でそう綴れていた。

母親を胸の内に感じる。馮じゃない。ただの純粋な想いに、愛に気づいて更に涙があふれてきた。

手紙にぽつぽつと雫がこぼれる。

 

『もう一人のお母さんより』

 

最後にそう綴られて手紙は終わっていた。

読み終えたスペシャルウィークは大声で、わんわんと泣いた。ライスシャワーが抱きしめている。その胸で今までで一番泣いていた。

その声は宿の裏にいたトウカイテイオーにも聞こえるほどだった。

 

しばらく、泣き声が続いた。

 

十数分後、スペシャルウィークは泣き止んで床に座りなおした。赤く腫れた目で箱に入った紫のリボンを見つめると、右のウマ耳のリボンと差し替えた。

鏡の前に立って最後にきゅっと絞る。まだ赤い目ではあったが、実に晴れやかな顔をしていた。

 

同時にドアが開いた。

 

スペシャルウィークがドアに顔を向けた。トウカイテイオーが立っている。彼女の顔も実に晴れやかだ。すべてのうっ憤を晴らし、そして何かを決意した。そんな顔をしていた。

じっと2人が視線を交差させている。

何も言わずとも、次に何をやるのかははっきりと伝わっていた。

 

「じゃあ、行こっか」

「はい、行きましょう」

 

ライスシャワーに「行ってきます」と2人が同時に言うと、塔目指して歩き出した。

 

塔の高速エレベーターで100階まで上がっていく。

60階まではほかの乗客がいたが、今は2人きりで進んでいた。

トウカイテイオーがスペシャルウィークを見る。目の充血はやや収まってきている。それよりも目を見張るものがある。スペシャルウィークの存在感が増しているのだ。

 

「スぺちゃん、変わったね。解放されたって感じがしてる」

「初めてかもしれないです。今までも本気でしたけど、本当に本気で走りたいってうずうずしています」

「そっか」

 

と話している間に100階へとたどり着いた。

そのまま、200階行きのエレベーターに向かう。向かう先はトレーナーの個室だ。

200階行きのエレベーターを待つ間、今後の方針について考えていた。

 

「でも、どうしましょうか。トレーナーさんに散々出たいって言いましたけど、ダメだって断られてますし」

「再投票は実行員が良しとしないだろうし、ゴールドシップみたいに空きがでても対策されていてもう代理がいるから入る余地がないっていってたしね」

「ウマ娘18人の名前は発表されてます。フルゲートじゃあ割り込めないですよね」

「タマモクロスのように入るには空きがないよね」

 

むむむっ、と悩んでいる。しかし名案は浮かばない。

それでも2人に諦めるという発想はなかった。

そんな2人を見て、がっくしと肩を落としたウマ娘がいた。拍子に長い赤青のハチマキが床をこすっている。

 

「エキシビジョンマッチの時期で100階におったら、ごっつう危険なオーラはなっている奴に合わなあかんのかいな」

「しっかも、なんか主人公クンだもんね。こりゃまいった、ほんとタマモっぽい」

 

タマモクロスとナイスネイチャだ。手提げ袋を下げている。買い物帰りだった。

何をしているとタマモクロスが聞いた。何をしたいかはテイオーとスペシャルウィークのオーラを見ればわかるが、確かめずにはいられなかった。

ほんの数日目を離した隙に、この二人の生命力が増しているのを感じ取る。片方はマグマのような滾りを彷彿とさせ、もう片方は大河のような存在感があった。

 

返ってきた答えは案の定、エキシビジョンマッチに参加したいというものだった。シンボリルドルフと戦いたいという。

ナイスネイチャがそっとその場を離れようとした。しかしタマモクロスに阻まれる。

 

「とりあえず、ここじゃなんだし、部屋いこうや」とタマモクロスの案に3人は頷いた。1人はやけっぽい感じでうなずいている。

 

そうして200階のエレベーターに4人は乗った。

 

 

 

「で、なんで俺の部屋にいるんだ。お前ら」

「まあまあ、そう言うなって。美人なウマ娘が4人も部屋入ってんねん。姦しいにプラス1や」

「それはご遠慮願いたいのだが」

 

と、口の中の飴を舌で転がす。

トレーナーは知っていた。この時期に部屋のドアのチャイムに出てはいけないことを。そっと外を覗き込んだトレーナーはその知識が生きた思いだった。

覗き窓からトウカイテイオーとタマモクロスがドアの前に立っていたのが見えたからだ。

音を立てずにドアから離れたつもりだった。しかし本格化をしたウマ娘の耳の良さはそのさらに上を言った。ドアを破らんばかりにドンドン叩かれる。仕舞いには馮を使いかねない有様だった。

根負けして、出頭するような気持ちでドアを開けると更にトレーナーは驚いた。ナイスネイチャだけでなくスペシャルウィークまでいたからだ。

回を増すごとに来る人数がパワーアップしていると頭を抱えていた。

そんなトレーナーに対してお構いなく、ウマ娘たちは部屋に上がりこむと、早速ベットとテーブルを占領し、作戦会議に花を咲かせていたのだった。

 

議題はもちろん、エキシビジョンマッチの夏へどうやって参加するか、だ。

その様子を眺めているトレーナーは頭の中がぐちゃぐちゃになる思いだった。レース出場するウマ娘発表前に散々無理だと言って聞かせたが、ウマ娘発表後にはもはやその言葉を聞いていなかったのではと思える熱意で参加する方法を模索している。

一度飴をがりッと噛んだ。

 

「テイオーの夢がシンボリルドルフを倒すことだったな」

 

トウカイテイオーが頷いた。

 

「そしてスペの夢も日本一のウマ娘になること」

 

今度はスペシャルウィークが頷いた。

飴の棒で口の中の位置を整えると、トレーナーは息を吐いた。

 

「その両方の夢がエキシビジョンマッチの夏に出場する。そりゃあ諦めんよなうちの気性難たちなら・・・たく、俺はシンボリルドルフが出るなんて聞いてなかったぞ」

「そういうわけで、お願い。どうしても出たいんだ」

「私も、お願いします」

 

棒を掴み口から飴を取り出すと、トレーナーはしゃがんだ。

 

「いいか。エキシビジョンマッチは理事長の案だが、そのレース開催のために実行委員が仕切っている。お前たち2人を捻じ込むためにはこの2つを同時に納得させるしかないんだ」

 

4人のウマ娘が頷いた。

 

「しかも、理事長が考える新レースに対してケチをつけるんだ。その後どんなお咎めがくるかわかったもんじゃない」

「そういうの飴っち大好きやないか。リスクが大きいほどやばい橋渡りたがるトレーナー気性変って南坂言っとったよ」

「あんにゃろう。よし、今回巻き込んでやる」

 

飴を含みなおし、斜め上の天井を一度にらんだ。南坂が住んでいる部屋の方角だ。

トウカイテイオーが耳をピンとたてた。

 

「なにか案があるの」

「ある。その前に」

 

スペシャルウィークに向かい合う。

 

「スぺ。お前吹っ切れたのか」

「生みのおかあちゃんといっぱい話しました。手紙だったけれど、いっぱい想いをもらいました」

「そっか、その想いを背負ったんだな」

 

トレーナーは立ち上がると、一度、大きく手を叩いた。

それを合図にして4人のウマ娘が立ち上がった。

3週間後のエキシビジョンマッチの夏に向けて各々進んでいく。

 

そうして、エキシビジョンマッチの日になった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。