天空競馬場のスぺ   作:木口領

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第25話 更に挑む者たち

天空競馬場155階で行われるエキシビジョンマッチは、特別ルールのレース場だ。

溢れんばかりに会場へと集った観客の声が響いている。その声がコースに届くころには光がなくなっていた。

コースの殆どが真っ暗闇に埋もれている。コーナーとゴール板、そして障害物のある部分のみが今天井からのスポットライトで照らされていた。本来はレース場中央にあるライブ用のライトだ。

観客席は明るいが、それが逆にコースの暗さを際立たせている。

今回のレースはスポットライト障害レースだ。暗闇の中をウマ娘たちがスポットライトを浴びながら駆け巡る。

 

パドックに明かりがついた。周囲八方の床からライトが照らしている。

次々にパドックにウマ娘たちが登場してはレース場の芝の上に降りていった。

 

そんな中、メジロブライトがライアンとドーベルに向けてゆっくりと歩いていった。

 

「ドーベル。ライアンお姉さま。お久しぶりです。本日はご一緒に走れて嬉しいですわ~」

「ブライト。元気にしてた」

「はい~。そうそうわたくし、マックイーンさまと離島で走りましたの。優雅で、華麗な走りでして、やっぱり見ているとぽやーんとしてしまいます~」

「わかるわかるっ」

 

メジロ家の内情の話題で会話が盛り上がっていた。それでも気持ちを緩めすぎてはいない。

メジロドーベルも、メジロライアンも、そしてブライトも程よい緊張感の中にあった。

 

「また、お紅茶を飲みながらお話ししたいですね~」

「そうだね。けど、今は」

 

ライアンが視線をメジロ家の輪の外に向けた。その先に、緑色の軍服に似た勝負服のウマ娘が立っていた。ライアンだけじゃない。他のウマ娘の視線とスタンドの観客の視線も集まってきている。皆が見ている先にいるのは、グランドマスター序列第一位、皇帝シンボリルドルフ。この天空競馬場で最強の名高いウマ娘だ。

 

シンボリルドルフは目を閉じている。威風堂々とした佇まいをしている。その立ち姿が大樹を彷彿とさせて、メジロドーベルの頬に一筋の汗を流させた。

 

「厳しい戦いになるね」

 

メジロライアンがつぶやくように言った。

パドックにはレース参加予定尾ウマ娘の姿が全員ある。もうすぐゲートインの時間だ。

 

そんな矢先、パドックを照らしていた光が突然消えた。会場がざわつく。

天井のスポットライトが代わりについた。その光は出走するウマ娘の中のただ1人を照らしていた。皇帝が光の中に浮かび上がった。

そしてもう一つ、スポットライトが照らす場所があった。レース場中央のライブ会場だ。徐々にせり上がっている。

上がり切るとライブ会場の電気がついた。4人のウマ娘がそこに立っていた。

 

一人ずつスポットライトの焦点が合っていく。強い光を当てていく。

 

舞台の右を照らした光は、小柄な白い芦毛の少女を暗闇から姿を浮かび上がらせる。青と赤を基調とした勝負服の少女、白い稲妻を迸らせながらタマモクロスが現れた。

今度は舞台の左側をライトが照らす。栗毛で丸っと癖のあるツインテールのウマ娘が姿を現した。ナイスネイチャだ。

そして、ライブ中央をスポットライトが照らした。2人のウマ娘がそこにいた。

栗毛をポニーテールでまとめ、前髪から中心一房に白いメッシュを入れた少女だ。トウカイテイオーだ。

そして、その横にスペシャルウィークが立っていた。黒鹿毛の髪が肩ぐらいまでの長さがあり、全体的に丸みを帯びている。その前髪は白いメッシュがあり、三つ編みハーフアップをしている。スペシャルウィークのウマ耳には、小さな紫色のリボンが光を照り返している。

 

4人とも勝負服を着ていた。スペシャルウィークはナイスネイチャの昔の勝負服を、トウカイテイオーはタマモクロスのお下がりだ。

きつい部分は縫い直しをして、今回用に改めなおしていた。

 

天空競馬場のスタッフが慌てて中央に向かっていく。しかし、ライブ会場の階段を上る事が出来ない。黒い霧に絡まれて足が上がらない。

 

「アタシの馮、階段とか坂で使うのが一番効果的なんだよね。登れないでしょ」

 

ナイスネイチャの馮だ。黒い霧が煙のように地面を這っている。

それでも無理やり階段を上がろうとするスタッフに、今度は白い雷が襲った。

 

「ま、上りそうなやつはウチの雷でビリってな」

 

タマモクロスが人差し指を立てて拳銃のように、ばん、と言う。ナイスネイチャの黒い霧だ大半が脱落し、討ち漏らしをタマモクロスが掬っていく。この2人のウマ娘が守るライブ会場には誰も近づけない。

裏方で南坂トレーナーが「貸し借りに対して取り立て多すぎませんか」と嘆きながらコンソールを操作していた。

 

ライブ会場の中央でスペシャルウィークとトウカイテイオーがマイクを持って一歩前に出た。スポットライトが合わせて動く。

 

「カイチョー。いや、序列一位、皇帝シンボリルドルフ。ボクはずっと貴方と勝負したかった。カイチョーを倒して今日、ボクは皇帝を超える帝王になる。そう誓った3年前のあの日から」

「私は日本一のウマ娘になるために、今日、あなたに挑戦状を叩きつけます!」

 

そういうと、スペシャルウィークとトウカイテイオーは手から何かを投げる仕草をした。

会場のざわめきはひとしおだ。実行委員にも止めさせるためにと動きがある。

しかし、その前に、シンボリルドルフの前に一つの白い布が落ちてきた。スポットライトがその白い布を浮かび上がらせた。

 

手袋だ。

 

決闘の合図の手袋が叩きつけられたのだ。トウカイテイオーとスペシャルウィークからの挑戦状だ。その手袋を拾うことは、この決闘を受けたことに繋がる。実行委員の最上位の者が受理したとなれば、他の実行委員は動けなくなる。

それがトレーナーの仕掛けた策だった。そしてこういう大掛かりなイベントは理事はともかく、理事長の好みには合致しているはずだ。

 

シンボリルドルフはじっと手袋を見ている。そして、ライブ会場の中央にいる2人を向いた。

その口元は、笑っていた。

 

「乱入癖は治らないのか、トウカイテイオー」

「それはカイチョーが悪いんだよ。こんな目の前にいたら、喰いついてくれ、って言っているようなものじゃん」

「それを抑えるための楔だったのだが、自分の力に変えたからなお質が悪い。しかも友達まで増やして」

 

頭を押さえて、前髪を一度払うようにかき上げた。

気迫が変わった。周囲の芝が風にあおられるようにシンボリルドルフを中心にして外へと揺らいでいる。

 

「わかった。受けよう。皇帝は越えられないから皇帝なんだということを、教えようじゃないか」

 

そう言って、手袋をとった。

 

「会長、いいのですか」

「構わない。私が許可をした。・・・理事長、あなたのお考えを聞かせてもらいましょうか」

 

シンボリルドルフが視線を観客席の上に向けた。来賓用特別室がそこにある。外からは黒い影しか見えないがそこに理事長が居た。

少しの間があり、ターフビジョンに明かりがともった。

大きな文字で『許可』の2文字が描かれていたのだった。

 

会場がどよめいた。

そのビジョンの文字をみたシンボリルドルフがさらに続けていった。

 

「こんな事態を引き起こしたんだ、お前たちも一緒に走るんだろう? タマモクロス、ナイスネイチャ」

 

気迫が叩きつけられる。パドックからライブ会場までは距離があるというのに、骨に染みるほどの気迫だ。

その気迫を受けて、ナイスネイチャの黒い霧が揺らめいた。ネイチャが頭を押さえた。

 

「あちゃあ。やっぱり目付けられちゃったよ」

「上等! ってな。売られた喧嘩は買うしかあらへん。元よりそのつもりや」

 

そういう2人の瞳に荒々しさが現れている。走ることを望んでいる顔付きだ。

急遽ゲートが増やされることになった。18人プラス4人の合計22人のゲートだ。

 

飴を口に含んだトレーナーが、観客席に顔を出した。メジロマックイーンたちの横に立つと、胸のつかえを吐き出すように大きくため息をついた。

 

「何とかうまく行ったか。いやぁ、冷や冷やもんだった」

「また大きな事仕出かしてくれましたわね」

「しょうがないだろ、俺に拒否権はなかった」

「ノリノリだったくせによく言う」

 

ジト目のメジロマックイーンの視線を受け流しつつ、ライブ会場からパドックに向かう4人のウマ娘の姿を追っていた。

ライブ会場から4人が下りると、スポットライトが追随していく。

 

「しかし18人から枠を増やすなんて、どうしてそう思いついたのですか」

「昔の下層では30人越えレースなんてざらにあった、という話を聞いたことがあってな。中層以上はさすがにないんだが。俺の前の時代から下層も18人とかに減ったらしい。それで減るのなら増やせるだろうってことだ」

「まったく、おばあ様も見ているのですから自重してくださいませんか。また悪戯していることを言われてしまいます」

 

ははは、と笑ってトレーナーはごまかした。

ゲートが増えるまで少し時間が経ち、ようやくレース開始の準備が整った。

 

18番シンボリルドルフの外側に、19番トウカイテイオー、20番スペシャルウィーク、21番ナイスネイチャ、22番タマモクロスの順でゲートインをした。

 

 

ゲートの中でスペシャルウィークは落ち着いていた。

深く息を吸う。大地から足元を伝ってエネルギーが這い上がり、心臓を経由して吐いた息とともに大気に広がる。そんなイメージをしながらゲートが開く時を待っていた。

不意に、トウカイテイオーが話しかけてきた。

 

「スぺちゃん覚えてる? この天空競馬場に初めて参加した日の事」

 

穏やかな口調であったが、トウカイテイオーの声には熱が籠っている。

スペシャルウィークは静かにうなずいた。

 

「覚えています。昨日のようにはっきりと。テイオーさんと初めて会って、受付の場所で夢を話し合いました」

「『カイチョーを倒すのはボクなんだから、一緒に走ることになるか、もしくはボクが序列一位になっているかのどちらかになるんだ』って言ったよね。カイチョーとスぺちゃんと一緒に走ることになったね」

「はいっ。そして私はあの時よりも強くなりました」

「それでも、ボクが勝つよ」

 

トウカイテイオーがシンボリルドルフに視線を向けた。檻に閉じ込められた小さな猛獣がその獰猛な瞳で獲物を捕らえている、そう感じる目をテイオーはしている。

シンボリルドルフが腕組を解いた。

 

「ああ、楽しみにしている」

 

そして、ゲートに入ったウマ娘全員が走る構えをとった。

2000m芝の特別レースが、間もなく開始となる。静寂の中の空気がピンと張り詰めた。

 

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