天空競馬場のスぺ   作:木口領

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第26話 前代未聞の大レース

ゲートが開いた。

一斉に22人のウマ娘が飛び出した。暗がりにスポットライトの光が走る。

最初に飛び出したのは大外のタマモクロスだ。3馬身離れてメジロライアンが2番手となる。

シンボリルドルフ、ナイスネイチャ、メジロドーベルが横一線に並び、その後にスペシャルウィークとトウカイテイオーが追いかける。

 

タマモクロス一人が先行した形だ。第二コーナーを曲がった先でそのまま第一の障害物へと迫る。藁でつくられた腰まである高さの壁が第一の障害物だ。

本来は飛び越えるための物である。しかし、このタマモクロス、飛び越える気などさらさらなかった。

 

「よっしゃ。初っ端から派手にかましたる」

 

バチリと白い稲妻を纏うとそのまま藁の直前まで迫り、一気にオーラを解放した。

コースを横切る藁が無秩序に吹き飛んだ。穴の開いた道をタマモクロスが走り抜けた。

その後ろから次々に第一障害物にウマ娘がたどり着く。タマモクロスが開けた穴を通る者もいれば、いびつな形となった藁の壁を超える者もいる。

メジロドーベルが藁の変形した部分を通る羽目となり、シンボリルドルフとメジロライアンより1馬身ほど後退していた。

 

向こう正面に入りレースはタマモクロスが独走状態だ。そのまま全体のペースが上がる。かと思いきや逆に遅くなった。

メジロライアンとドーベルが後ろを振り向く、視線の先にブライトがにっこりと微笑んでいた。

 

「ウデを上げたねっ、ブライト」とメジロライアンが言うと、ペースをやや速めた。

その様子に「お姉さまには通用しませんか、残念です」とのブライトの声が小さく聞こえてくる。

 

先頭のタマモクロスは馮で書き換えられたペースに合わせ走りをゆっくりにしていた。内側のコースをとると徐々に集団と合流していった。

ライアンと交代する形で2番手にタマモクロスが入る。その外にシンボリルドルフがいる。さらに外にはナイスネイチャがいて、一馬身離れてメジロドーベルが追走している。

序列第一位を囲むようにして、200階組が走っている。

 

「あのまま、逃げていかなかったのか」

「下層っ子のスキルで頭冷えたわ。物にぶちかますためにウチは参加したんやない。ウチはアンタと喧嘩しに来たんやと」

 

言い終わる直前にタマモクロスの小さな体から白い雷がドーム状に広がった。シンボリルドルフとその内側後方にいるメジロドーベルを巻き込んでいる。

その白い雷に合わせるようにして外側から黒い霧のドームが広がった。ナイスネイチャだ。霧のドーム内にメジロライアンとシンボリルドルフを捕らえている。

 

「ネイチャ!」

「タマモ。あんた1人で勝てるわけないでしょ。この怪物に」

 

白と黒が重なり合う中、第二の障害物ゾーンが見えた。丸太が横向きに5列分置かれていた。このペースで走れば6秒とかからずに突入する。

 

「アタシの馮の中でジャンプなんてキツイでしょう。思いっきり体力使っていいんですよ。・・・アタシもキツイけど」

「確かに、少々厄介だ」

 

そう言いながらもシンボリルドルフの走りは全くと言っていいほど変化がない。ナイスネイチャの馮とタマモクロスの馮の合わせ技の中で、不敵な笑みを浮かべている。

同じく黒い霧に巻き込まれていたメジロライアンも聊かの衰えを見せてはいない。鍛え上げた筋力と切れ味ある走りでコールタール以上に重みが増大した中であっても、無理を通す走りで進んでいた。

メジロドーベルも動じない精神力を以てタマモクロスの痺れる白い雷の中を進む。

 

「相性あるのは分かっているけど、こう抗われるとへこむわ~」

「気張れやネイチャ。効いてへんわけやない」

「ああ、このままの状態を続けられると私でも流石に辛い。だから」

 

シンボリルドルフの脚が一度フォームよりも高く上がると、芝のコースに叩きつけた。そこから波打つような錯覚をレース場に出ているウマ娘たちは感じた。暗闇から波が襲う。

その波の感覚が収まると、黒と白のドームが消えていた。

 

「吹きとばさせてもらった」

 

馮を強制解除されられた衝撃で、ナイスネイチャとタマモクロスがバランスを崩した。そのまま第二の障害物ゾーンに突入した。

囲いが崩れた。シンボリルドルフの前に隙間ができた。その隙間を悠々と進むルドルフであったが、2人のウマ娘がまだ食い下がる。

 

「行かせないっ」

「今度はあたしたち、メジロのウマ娘が相手だ」

 

メジロドーベルとメジロライアンが息の合った走りで皇帝を捉えに出ていた。

 

 

 

その様子をスタンドで見守るメジロマックイーンが胸の前で両手を握る。無意識に力を込めていた。

隣に立っているトレーナーも真剣そのものだ。その額からは汗が一粒流れている。

 

「皇帝シンボリルドルフ。未だ衰えずか。タマ姐さんたち4人をあしらってやがる」

「ですが、ライアンもドーベルもまだ走れますわ」

 

第二の障害ゾーンを超えると向こう正面の直進は残り僅かとなり、第三コーナーへと差し掛かる。

先頭はいまメジロライアンがいてシンボリルドルフを2番手、挟み込むようにメジロドーベルが進む。

やや遅れてタマモクロスとナイスネイチャが走り。その後にスペシャルウィークとトウカイテイオーが着けていた。

 

第三コーナーに入る。これ以降障害物は存在しない。

コーナーの終わり、メジロライアンの後ろにつけたシンボリルドルフが、不意に消えたように見えた。スタンドから見ていて、スポットライトが当たってなお存在感が薄まっていた。

 

「ライアン! 惑わされないでくださいませっ!」

 

とメジロマックイーンが声を張り上げた。しかし、その声が届くころにはもう遅かった。

メジロライアンが一度肩越しに振り向いた。後ろにいたはずの皇帝の気配が消えたからだ。しかし後ろを向いてもメジロドーベルの姿しか映らない。その状態で右を、左をと見まわすもシンボリルドルフの姿が無かった。

前に視線を戻す。ライアンは驚愕に顔をゆがめた。前にシンボリルドルフの姿があったからだ。

 

「気を取られた隙に。いやそんな隙は見せていない。一体どうやって」と呆けた走りを一瞬していた。それが大きな差となった。

 

シンボリルドルフに先頭を許し、そのまま第四コーナーに差し掛かった。

さらに一段とスタンドからの応援の声が高まりを見せた。

 

 

 

スタンドの応援が高まる中、スペシャルウィークとトウカイテイオーがじっと前だけを見ていた。

彼女たちには声援が聞こえていないようで、スポットライトの先の暗い空間に2人だけで走っていると錯覚を起こすほど穏やかなものだった。

春のエキシビジョンマッチとはまるで反対だ。

 

第四コーナーに入る。その先頭は自分たちの夢に立つウマ娘が走っている。

すぐ後ろにメジロ家の2人がいて、さらにまだ差し返そうとタマモクロスとナイスネイチャが続いて走る。

 

しかしトウカイテイオーにはそのウマ娘の姿が見えていない。彼女が見ているのは先頭のウマ娘だった。そしてもう1人、自分の隣を走るウマ娘だ。この2人のウマ娘しか彼女の眼には映っていない。

 

自然とトウカイテイオーの頬が上がり、口角がつられて持ち上がる。その眼には炎が宿り、背中には周囲の暗闇すら吹きとばす翼が生えていた。

噴火直前にまで膨れ上がった自分のオーラを押しとどめる最後の一時、テイオーは隣で並走するスペシャルウィークを見た。

 

「スぺちゃん、ボクについてこれるかな」

「ついていきます。そして、勝ちます」

 

スペシャルウィークの目にも青紫の光が宿っている。足に馮のオーラが溢れんばかりにたまっていた。テイオーにはそのスペシャルウィークのエネルギーが、まるで数か月続いた雨を1滴残らずため込んだダムのように感じた。そのダムの水門を全て開け放つ直前をイメージさせた。

 

「じゃあ、いっくよ!」

「はいっ!」

 

同時に、オーラを解放した。

炎の翼を羽ばたかせ、文字通り飛ぶようにトウカイテイオーが先頭に迫る。

コーナーで遠心力がかかる。馮の加速でいつも以上の遠心力だ。それを翼のコントロールでテイオーは遠心力を物ともせずに最短距離を突っ切った。

ぐんぐんと前に詰め寄る。シンボリルドルフまで迫る。最後の直線に入った。残り400mだ。

 

「来たかテイオー」

「勝負だ」

 

シンボリルドルフが視線を向けた。熱い炎の翼を宿したテイオーがそこにいる。

その光景をみて、本当にうれしそうな目をシンボリルドルフがしていた。そして、強く言った。

 

「面白い。来い2人とも」

「2人?」

 

テイオーが後ろを振り返る。2馬身差はあれどスペシャルウィークが迫ってきている。

「ついてきたね」とテイオーは尻尾を一度強く振った。喜びだった。

しかし、テイオーと同じ時に仕掛けたスペシャルウィークは今2馬身後ろだ。馮の差が表れている。これ以上の伸びはスペシャルウィークにはないだろう。そうテイオーは確信した。

その直後、スペシャルウィークの姿が消えた。スポットライトが追いついていない。

ゾクリと震える気配がある。隣だ。やや遅れてスポットライトがテイオーの隣を照らす。スペシャルウィークがそこにいた。

青紫のオーラに、暖色系の柔らかくも分厚いオーラを絡めた姿のスペシャルウィークがいたのだった。

 

 

 

メジロマックイーンのウマ耳がピンと張った。

 

「あれは!」

 

と口元を手で押さえて、目があらんかぎりに開かれている。

スペシャルウィークの追い込みを見て、その光景が他のウマ娘の走りと重なったからだ。

 

「ゴールドシップさんの末脚」

「スぺのやつ。ちゃんと受け取っているじゃないか。あの時のゴルシちゃんの脚を」

 

ダートと芝の差はあれど、あのフォームで瞬間移動したかのような爆発的な末脚は確かにゴールドシップそのままだ。

ゴールドシップの目が輝いている。そして大きく息を吸い込むと、肺にためた空気をすべて放出するかのように応援を発した。

 

「スぺッ! 勝て! 勝たないとこれからにんじんを生姜漬けにすっぞ」

「スペシャルウィークさん。がんばって」

「お前たち。行けっ!」

「先輩がんばれ!」

 

スタンドの歓声は最高潮だ。

 

 

 

残りあと200を切った。もはや小手先の技は意味をなさない。誰が前を行くかだけの勝負だ。

スペシャルウィークは一歩いっぽ踏み込む脚を、まるで走馬灯に残る絵のごとく、心に刻んでいた。

母親の馮はこのレースで尽きる。その想いをすべて忘れまいと刻んでいた。

 

肺が苦しい。トウカイテイオーの熱量で肺が張り裂けそうだ。

脚が重い。シンボリルドルフの覇気が、動くなと、命じてくる。

腕がつらい。ナイスネイチャの思いがのしかかってくるようだ。

喉が渇く。タマモクロスの意地がのどに張り付いている。

 

母親の馮がその外からの力に向かおうとするのを、スペシャルウィークは抑える。

 

「おかあちゃんごめんな、守られているのすっごくうれしいんだけど、やっぱり私、日本一になりたい」

 

とその全てを走る力に変換していた。文字通り全身全霊を懸けた走りだ。

 

シンボリルドルフとトウカイテイオーと並ぶ。残りあと少しだ。

3人が並んだ。いや、3人だけじゃない。

 

「ウチの事も忘れたらあかんよ。1度やられたぐらいじゃまだ倒れへんで。勝負はついてへん」

 

タマモクロスが白い雷をまとって差し込んでくる。

 

「アタシも、1番狙っているんだからっ」

 

ナイスネイチャが黒い馮を足の裏に集中し、加速の力に換えていた。

 

「あたしらだって、負けない」

 

メジロライアンとメジロドーベルもそれぞれ全力で追随する。

 

7人が横一列に並んだ。そして。

 

「うあぁっ!」

 

と雄たけびにも似た声が重なった。7人全員の声だった。

スポットライトが密集している。一本の光の線のようにして進んでいく。

 

そのまま光の線がゴール板を横切った。

 

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