天空競馬場のスぺ   作:木口領

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第04話 探偵刑事の神様走者、その名はゴールドシップ

天空競馬場50階のゴミ箱に、見慣れないパックジュースの空が捨てられている。

ドロリ濃厚いくらタピオカのパックジュースだ。

凶器の迷作いくらタピオカの後継者にして、ドロリ濃厚シリーズとコラボしてなぜ発売ができたのかと物議を醸したこともある一品。隠し味のハチミツが、さらに濃度を上げている原因とも言われている。

これを好んで飲む人、ウマ娘は限られている。

 

そのパックジュースのごみを見て、鋭い目を向ける背の高いウマ娘が一人いた。よれよれの茶色いレインコートを身にまとい。切り揃えられた銀髪ロングがきらりと光る。

懐から透明な袋とトングを取り出す。袋には赤字で証拠品(evidence)と書かれていた。

トングでパックジュースのごみを拾い上げると、慎重に袋にしまい込んで封をした。その眼は真剣だ。

 

その様子を、紫がかった芦毛の髪と尻尾を持つウマ娘が、じどっとした眼で見ていた。

 

「何をしていますの」

「いやぁ、うちのマックイーンかね」

「・・・本当に何をしていますの。ゴールドシップさん」

 

あきれが一周まわって、やっぱり呆れた様子で、メジロマックイーンはゴールドシップのおこなっていることを聞いた。

その問いに、明確な答えが返ってきたことは、今まで一度としてなかった。

 

「証拠品を集めている。ここにホシが居たって証拠を。ヤツを捕まることが、この探偵刑事ゴルンボが唯一世間様に貢献できることなんだ」

 

今回も例にもれず、マックイーンが理解できる範囲を超えた答えだった。

わかることは、ただ一つ。またゴールドシップに振り回された。ということだけだ。

 

「それはともかく。わたくしは200階に帰るところだったのですよ。実家から天空競馬場に帰ってくる日も時間も誰にも連絡していないのに、どうしてゴールドシップさんは入り口で仁王立ちで待てるんですの」

「そりゃマックイーンほどの面白、このアタシのゴルシレーダーに引っかからないほうがおかしいってもんだ。マックイーンが面白いことをしているならナノメートル単位で発見できる自身があるぞ」

「なんで、そんな能力発揮しているんですか。ほかのことにその力を使えば、あなたの剛脚なら軽く200階に到達していてもおかしくありませんのに、いまだ50階だなんて」

「なんでって、そんなこと決まっているじゃないか。面白くないレースは走る気が起きない。10人以上の参加するレースなら、ビリから5着は10階分落ちる。上がるためには面白いレースで入着5着以内に入らないと10階分の上がりはないんだぞ。しらなかったのか」

「知ってますわ。なんで面白くないと勝てないのかを聞いていますの」

「それを知るのはウマ娘の神ゴルーシア様だけだ。ゴルーシア様が降臨したら、そりゃーもう、鳥は歌い、木々が踊り、世界は平和と愛とボケとツッコミで満ち溢れるってものだ。レースとカードで出せばその瞬間勝利が確定するぞ」

 

メジロマックイーンは頭を押さえた。天空競馬場の次走レースのための調整に、ちょっと早めに塔に帰ってきたことを本気で後悔していた。かもしれない。

けれど、話の中にふといつもと違う違和感のような錯覚があった。面白いことにしか興味がないゴールドシップが、わざわざレースのない日に50階に来るわけがない。自分を待っていたのなら、そのまま200階のマックイーンの個室に強引に入っていっただろう。個室の主であるメジロマックイーンよりも先に。

しかし、実際は50階で降り、いつの間にかよれよれのレインコートを着込んでいて、そして、自分のことよりも優先する何かをしている。

何かはわからない。が、ゴールドシップにとって面白いことの琴線に触れたのだろうことはわかる。

 

「つまり、そのパックを捨てたウマ娘が一緒に走れば、ゴールドシップさん的には面白いことになる。とかですの?」

「マックイーンも気になるんだな。でもごめんな。アタシ、明日レースなんだよ。58階ダート。ま、明日は58階レースはこの一戦だけだからさ、マックイーンも見に来なって」

「・・・なんで明日のレースなのに調整もせずに、こんなところで。いえ、もう結構ですわ。それにしてもレース観戦のお誘いは珍しいですわね。明日は雹が降るかもしれませんね?」

 

窓に近づいて空を見る。夕焼けに染まる空が見える。

 

「塔なんだから雨でも雪でも雹でも槍でもにんじんでも、降ってもなんともないぞ」

「・・・知ってますわそんなこと。それと槍と、にんじんは降りませ・・・」

 

メジロマックイーンは最後まで言葉を言うことができなかった。

しっ、とマックイーンの口をゴールドシップが手で押さえたからだ。

 

「ヤツだ」

「むーっ、むーっ」

 

真剣な眼をしている。その先は交差点の影法師の先。3人のウマ娘たちが見える。スペシャルウィークに注がれていた。

ゴールドシップの手を振りほどき、息をぷはぁと吸い込んだマックイーン。抗議しつつ、ゴールドシップの目線の先を追った。

なんてことのない、小さな点が三つ見える程度だ。それもそのはず、ここは天空競馬場の50階。普通の50階とは一階層の高さが違う。

見えるだけでも驚異的な視力である。しかし、ゴールドシップはその先を行っていた。

 

「だめでした。だめなんです。ライスはやっぱりだめだったんです。ライスが近くにいるだけでみんな不幸になるんです」

「ゴールドシップさん?」

「そう言っている」

「見えるんですの!」

 

うなずいたゴールドシップはそのまま、3人の口元をみて言葉にして見せた。この距離で。対象がうつむいているとか。そんな小さなことは気にせず。

そして、にんじんが雨と降った。

 

「にんじん、降ったな」

 

メジロマックイーンの白い肌にすぅっと赤みが増した。恥ずかしさではない。その眼には涙を浮かべ、レースのハンカチーフで目元をぬぐっている。

 

「ライスシャワーさん。うっ、うっ、こんなところでこんな素晴らしい友情が見られるなんて」

「マックイーンは思ったよりドラマが好きだもんな。三角関係とか友情ものとか」

「うっ、うるさいです」

「しかし、ようやく見つけたぞ。しかもマックイーンが否定したにんじんの雨を本当にすぐ降らすなんて。これはゴルシちゃん。興奮しちゃうじゃないか」

 

最上のおもちゃを見つけた子供の様に、ゴールドシップは笑みを張り付けた。

その笑顔をみてメジロマックイーンは涙目ながら心で冥福をお祈りしていた。

 

 

翌日。

 

出走の手続き変更のために、朝からスペシャルウィーク、トウカイテイオー、ライスシャワーは50階の入階手続きの窓口を訪れていた。

トウカイテイオーは月に1度の出走予定。ライスシャワーは3週に1度のペース。そのため変更する必要はない。

変えるのはスペシャルウィークの出場希望の項目だ。

トウカイテイオーは全レースを無敗で勝つ自信があり、個室が与えられる100階まで行く日を計算して半年契約の宿を取っていた。

しかし、スペシャルウィークは自分がどの程度で100階に行けるか見当がついていない。

 

「うーん。いざ変えると考えると悩むなぁ。どうしよう」

「さすがに毎週はきついよ。というより今の状態だと毎日とかになってもおかしくないから、隔週以上がいいと思う」

「2週走って、1か月調整、とかもできるよ」

 

トウカイテイオーの案も、ライスシャワーの案も捨てがたい。どうしようか。と考えていると、どこからか醤油とワサビとにんじんのいい匂いが漂ってきた。

匂いにつられ、ふらふらと、スペシャルウィークが曲がり角に差し掛かると、わら袋が上からばさぁとスペシャルウィークの上半身に覆いかぶさった。

 

「えっ、えっ?」

「確保ーっ」

 

何が起きたのかわからないスペシャルウィーク。外から見ていても何が起きたのかわからなかったトウカイテイオーとライスシャワー。彼女たちを尻目にゴールドシップはスペシャルウィークを担ぎ上げ、颯爽とこの場を後にした。

 

メジロマックイーンが50階に降りてきたのは、すべてが終わった後の事だった。

 

入階手続き窓口のまえで、時が止まったかのように固まっているトウカイテイオーとライスシャワーがいた。

スマホでどんな顔かは昨日検索していた。ゴールドシップの語りと写真で、こっそり妄想再現ドラマを堪能していたことは、このメジロマックイーン、来世の墓まで誰にも言わずに持っていくつもりだ。

 

「トウカイテイオーさんと、ライスシャワーさん? どうしたのですか?」

「あ、えっと。どちら様?」

 

メジロマックイーンの声で、ようやく、トウカイテイオーたちの時が動き出した。

 

「・・・あ、申し遅れました。わたくし、メジロマックイーンと申します」

「序列第九位。メジロ家の名優」

「はい。グランドマスターが1座に席を置かせてもらっています」

「ふえぇ」

 

自己紹介を聞いて、トウカイテイオーが歯をぎらつかせて笑った。狙っているグランドマスターの1人にこんなところで出会えるとは思っていなかった。不意の出会いに闘志を抑えきれないと覇気が漏れていた。

そのぎらつく覇気を軽く受け流し、メジロマックイーンは柔らかに笑っている。ライスシャワーは突然のことに驚き、戸惑っている。

 

「グランドマスター様がなんでこんな下層に来ているの」

「ゴールドシップさんのレースを見に来たのですが、なぜか58階じゃなくて50階を指定してきまして。あなたがた、ゴールドシップさんをみかけませんでしたか?」

「え、っとごめん。顔わかんない」

 

と、携帯を取り出して天空競馬場のウマ娘参加者を検索した。そこには、先ほどスペシャルウィークを誘拐していった背の高いウマ娘の姿があった。

サングラスはしていた。マスクもしていた。しかし長い銀髪と高身長は隠していない。

そのことをメジロマックイーンに告げると、頭を押さえて本当に呆れた様子で、何やってんですの、と怒気をはらんだ声が漏れていた。

 

メジロマックイーンが2人を連れて、ゴールドシップが進んだほうへと足を運ぶ。匂いが強くなってきた。どうやら近くの部屋にいるようだ。

匂いが一層強くなった部屋の前に立った。ウマ耳にキャタピラの回転音が聞こえる。

部屋のドアを開ける。メジロマックイーンには確信があった。天空競馬場で醤油と刺身とにんじんとワサビとすし酢の匂いがきついこの部屋に、ホシはいる。と。

案の定、ゴールドシップとスペシャルウィークがいた。ランニングマシーンを八方つなげて、なぜか皿が流れていく。

 

「寿司食いね!」

「あ、テイオーさん、ライスちゃん。こっちおいでよ」

「何やってんの?」

「すごいんですよ。これ、ほら。世にも珍しいにんじんタワーのお寿司」

「スペシャルウィークさん。さらわれたんじゃ」

 

もぐもぐと、ゴールドシップが握ってはランニングマシーンに流すにんじんお寿司を、わんこそばの勢いのごとくスペシャルウィークは食べつくしていく。そんな光景を見て、メジロマックイーンは声を失い。トウカイテイオーが、たはは、と笑い。ライスシャワーは、おいしそう、と口元に人差し指を持っていっていた。

 

「ご迷惑をおかけしてもうしわけありません」

 

と謝るメジロマックイーン。スペシャルウィークは頭をぶんぶんと降って。

 

「いえ、迷惑なんて。とてもおいしかったですよ」

「いや、なに。あのドロリ濃厚いくらタピオカ同志と親睦を深めるために、流し寿司をしているんだ」

「貴方は何も言わないでくださいませ。貴方は今日。レースなんですよ。集中すべき時間なのに、それなのにこんなところで」

「あ、わたしも今日レースなんです」

「そうなんだ。何階。見に行くぞ」

「58階です」

 

そういったとたん。ゴールドシップの目がぐわぁと開いた。メジロマックイーンも驚いている。

 

「58階のダート、か?」

「はい」

「アタシもそのレース出るんだ。ははっ、これは本当に面白いレースになりそうだ」

 

ゴールドシップの目が怪しく光った。

その目をみて、メジロマックイーンは、やっと、勝負する気になったと、思った。半面、スペシャルウィークの冥福をまたまた祈った。

 

「よし、なら58階まで駆けていくぞ。スぺ!」

「え、あ、ちょっとまってええぇぇぇ・・・・」

 

ゴールドシップに首根っこつかまれて、スペシャルウィークは引き摺られるように消えていった。

 

「ボクたちもいこっか」

「うん」

「重ね重ね、本当に申し訳ありません」

 

微妙な空気の中、58階に3人は向かうことにした。

ルームランナーはいまだキャタピラ音を鳴り響かせていた。

 

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