天空競馬場のスぺ   作:木口領

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第05話 不完全なダート

「うわ、結構入っているね」

「今日レース少ないから、かも」

 

58階スタンドの観客の入りはなかなかだった。

本日の50階クラスのレースが3つしかなく。午前の部はダートが1つ、芝が午後の部に2つあるのみ。時間帯もずれているため、見たいレースが被る心配もない。

 

下層では珍しく200階クラスのトレーナたち、ウマ娘たちの姿もちらほら見える。気が乗れば100階、200階クラスの走りを見せるゴールドシップが目的だ。

前情報で、レース階入りしたゴールドシップがやる気の雄たけびを上げている。という情報を得ていた。

ゴールドシップの本気の走りはなかなかお目にかかるものではない。予定の入っていない者たちがこのレース場に押し寄せた結果だった。

 

「珍しいですわね」

「? なにが」

 

観戦する場所を探して歩いている途中、メジロマックイーンは眉をへの字に曲げてレース場をみていた。場は稍重だ。

 

「下層では天候操作はほとんどしないはずですわ。100階以上の特別レースではよくあることですが、この層で良以外のレース場設定は聞いたことがありません。しかも、ただの稍重場ではなさそうです。見た目明らかに内と外で水分量にムラがあります。・・・もしや」

 

キッとした目つきで一角をにらむ。視線の先には柱の凸部分を背に200階の走者であるウマ娘の姿があった。右からエアグループ、フジキセキ、マヤノトップガン、ヒシアマゾンだ。

 

「やりましたわね」

 

メジロマックイーンが足を止めたことで、しばらく、その場で佇んでいた3人。に対して、一人のトレーナーが声をかけてきた。青年後期から壮年初期ぐらいに見える長身の男だ。側頭部に大きく刈り込んであり、後ろ髪をウマのしっぽのようにまとめている。

左胸には、擦れたトレーナーバッジが光っている。

 

「おーい、マックイーン」

 

その声に、メジロマックイーンは驚いていた。自分のトレーナーだったからだ。棒付きキャンディーを堂々となめている人物は、ほかにいない。

トレーナーが近づくと、

 

「と、うん? トウカイテイオーと、おいおい、ライスシャワーまでいるのか。どうしたんだ」

「お二人をご存じなのですか?」

「おう一方的にな、今度の二人のスカウトタイムに突っ込んでいこうかと思ったウマ娘2人だ」

「スカウトタイム? なにそれ」

 

聞きなれない言葉に、トウカイテイオーは反応した。

 

「スカウトタイムは、レース後のトレーナーとウマ娘の勧誘可能時間の事だ。四六時中スカウトさせるわけにはいかないと決まった天空競馬場のルールだな。破ると、重い場合はトレーナー権利はく奪ものだ」

「だから、レースの後にはうじゃうじゃと集まってきたんだ。あれはびっくりしたよ」

「ライスも。急にいっぱいの人が押し寄せてきて、怖くて、逃げました」

 

トレーナーのスカウト合戦に怯えたライスシャワーが午前中いっぱい1階噴水に身を潜めていたのは、それはまた別のお話。

 

「でも、誰をスカウトするの? やっぱり速い娘?」

「速いのもそうだが、100階以上に進めるかどうかだな。ウマ娘を抱えることはトレーナーにとってもおいそれとできることじゃない。能力、技術の調整。レースの選定。100階以上はライブ用の特訓も追加。勝負服の発注に、トレーニング場の確保。時間の管理。ライバルの情報収集。食生活の見直しとか食費。税金の計算。青色申告用の帳簿付け。ウマ娘の年末調整に自分の確定申告。抱えるウマ娘の数が増えれば仕事量は激増する」

 

左手の人差し指から一本一本仕事内容ごとに折り曲げ、両の手で足りなくなったときに、手を広げて、大変なわけだな、とひらひらさせていた。

 

「それで、トレーナーさんはどうしてここにいらっしゃるのかしら」

「そうそう、マックイーンが来ていることに驚いたが、帰ってくるなら連絡入れろよな。って、俺の目的はな、ほれアソコの」

「ゴールドシップさん?」

「の、隣のヤツ」

 

ゴールドシップにまとわりつかれ、なぜか発馬機近くで太極拳を一緒に踊っているウマ娘がいた。白い前髪と、同じ三つ編みハーフアップをしている。右のウマ耳には青いリボンを結っている。

スペシャルウィークだ。

動きが徐々にだが、様になっている。

 

「スペシャルウィーク。あいつの初レースを見てな。俺の見立てが正しければ、あいつは本物か、超大バカ者かだな」

「確かに、あたたかい友情の持ち主だと思いますし、ゴールドシップさんに好かれる感性をお持ちのようですが、初戦のタイムは散々といってもよいのでは?」

「タイムだけ見ればそう思うよな。実際、走りを見ていたほかのトレーナーたちもウォッチしてない。ほれ、これみな」

 

と、携帯の画面を3人に見えるようにだした。トレーナー専用のアプリには、どのウマ娘を観察対象にしているかや、次のレースのスケジュールなど、細かな情報が載っていた。

スペシャルウィークをウォッチしているトレーナーは、一人だけだ。トウカイテイオー、ライスシャワーには二桁のウォッチがついていた。

 

「この一人が俺だな。誰も見ていない。これが70階を超えればちらほら増えるだろう。スカウトするなら絶好のチャンスだ」

「100階に届かなければ意味ないんじゃないですの」

「ねぇねぇ、トレーナーはなんで100階にこだわってるの?」

 

マックイーンとトレーナーの会話に割り込むように、トウカイテイオーが質問をした。話を聞いていて気になるのは100階を境にトレーナーにとっても何かあるらしいこと。

トレーナーは棒付きキャンディを口から取り出し、指揮棒のように軽く振りながら答えていた。

 

「ウマ娘は100階以上に行くためにトレーナーとの契約が必須なんだよ。で、トレーナー側も100階以上のウマ娘がいるかどうかがランクに関係する」

「えっ、100階に上がるのにトレーナー必要なの。知らなかった」

「まぁ、トウカイテイオーとライスシャワーの2人なら問題ないと思うぞ、できれば俺のスカウト受けてほしいが、今一番俺が欲しているのはスペシャルウィークだ」

「ゴールドシップさんはどうなんです?」

「あいつが走る気になれるレースを提供するのは骨だ。俺だけの頑張りじゃ無理だ。手に余る。あいつが本気で走りたいと思える環境に周りがなっていくのなら、大歓迎だけどな」

 

肩をすくめて、トレーナーは、はははと笑った。

そろそろ、レースが開始される。順番に発馬機に入っていく。ゴールドシップが1番ゼッケン1枠。スペシャルウィークは3番ゼッケン2枠だ。

18人全員がゲートイン完了し、スタートの瞬間を待っている。

 

「さて、200階組がテコ入れしたレースが始まるぞ。やる気があるゴールドシップの脚が生かせるのは、外側の比較的良に近い場所だ。しかし、ほかのウマ娘は内側を嫌って外に展開することは目に見えている。それでも大外に行くか、それとも内側の不良場に突っ込むか。なかなか味のある真似をしてくれる。スペシャルウィーク、おまえはどう動く」

「スぺちゃーん、勝ちなよー」

「スペシャルウィークさん、がんばれー」

 

各ウマ娘、一斉にスタートを切った。

 

 

スペシャルウィークの2回目のスタートは、やや遅れたものの、昨日のレースに比べれば及第点の走り出しだ。

昨日と同じく、黒いシャツの重みは感じるが、前回よりは慣れている。重たいシャツを着たまま太極拳を練習していたことも体の使い方を理解するのに一役買っていたのかもしれない。

とはいえ、いつもより重たい状態で水分を多量に含んだダートに脚が沈む。それだけじゃなくて、

 

「いた、いたたっ。みんなの砂が、泥団子ぶつけられているみたいにいっぱい」

 

後方の内側に位置したスペシャルウィークに、前方のウマ娘の駆けるあしで跳ねた、水分で固まった土が散弾のように撒かれる。

少し前のウマ娘の土を避ける、と、その前にいるウマ娘の土が当たる。不良に近い位置であれば、なおさら土の威力が増していた。内側で後方に陣取った今、敵はめり込む地面の土と、前方に広がる宙の土。すでに体操着とゼッケンは泥まみれだ。

 

「でも、さらに後ろのゴールドシップさんも条件は同じはず」

 

と振り返ると、走り出しと同じ清潔な1番ゼッケンをしたゴールドシップが悠々と走っていた。

 

「なぜにっ」

 

と思うスペシャルウィークに土が被る。ゴールドシップがよけるのはスペシャルウィークが巻き上げる土だけだ。

スペシャルウィークを壁に、最小限の回避で最後尾で脚をためている。

 

「おもしれーやつだな。スぺ。お前は」

 

スペシャルウィークが内側で全弾受けきっている様子を見て、ゴールドシップが笑っていた。

足腰はなかなか強力。しっかりと溜めれば爆発する末脚を感じる。それなのに、馬群に沈む走りをしている。レースに慣れていないことは明白。馬群の捌き方をこれからどうするのか、何も考えていないのか。やはり見ていて楽しい。

ただ、それよりも気になるのは、スペシャルウィークの巻き上げる土の量だ。

 

「あいつの体重は、引っ張っていったときにすでに分かっている。無理やりかき上げるようなことをしなければこんな量の土は巻き上がらない」

 

スペシャルウィークが巻き上げる土の量、威力が他のウマ娘よりも大きいことも、ゴールドシップにとっては楽しいことだ。

その原因を特定するように、スペシャルウィークとほかのウマ娘の違いを後方から観察する。そこに面白さが必ず潜んでいるとの直感だ。

 

「走りに違和感はない。狙ってはないな。なのに土にめり込む脚が深い。あいつ太ったか。この短時間に。・・・なーるほど」

 

にんまりとした笑みを浮かべた。とたん、スペシャルウィークのしっぽが危険を感じたようにすくみ上った。

スペシャルウィークのウマ耳が後方に向けて全振りしている。

 

「何かする気だ。絶対ヤル気だ。速く逃げないと。あれは何かしでかしたいとうずうずしている子供と一緒だ」

 

ゴールドシップから一歩でも離れたい胸中だった。が、

 

「前に行きたい、のに。前に道が、無い」

 

前方から外にかけて完全に防がれている状態の中、スペシャルウィークが突破する術はない。

 

内側は大きく開いている。不良のダートを走るウマ娘がいないためだ。しかし、スペシャルウィークは内側に行かない。内に行くという選択肢が思いつかない。ほぼ人生初といっていい複数人でのレース展開で、みんなが走っているからと同じコースを知らず知らず選択していたのだ。

 

そのまま、第2コーナーを進む。

向こう正面は緩やかな上り坂だ。良バ場なら一息つける位置だろう。しかし、バ場にムラがある。この直線は斑模様が地面に見えているほどだった。

 

靴に、蹄鉄に着く土が変わる。地面が固い場所と柔らかい場所が入り乱れている。砂場と泥場が織り交ざったコースは、脚に負担がかかり、一歩の歩幅が微妙に変わる。レースを走るウマ娘たちは非常に走りにくそうだ。

集団に少し間隔のズレができた。歩幅の違いで前に詰まったり、そして離れたり、を繰り返す。

 

スペシャルウィークにとって、その隙間は開きかけたドアに見えた。光っている。

 

「前だッ」

 

と、やや強引に割り込んだ。

 

前に走っていたウマ娘の速度とリズムが乗っていれば、割り込めなかっただろう。しかし。

歩幅が狭くなるとき、つまりは気づかないほど小さなブレーキを掛けるときを突かれた形となり、スペシャルウィークの体が捻じ込まれれば、対抗できない。

ハンデの重りがプラスされたパワーに、競り負ける。

 

そうやって、スペシャルウィークはこの上り坂の直線で、ポジションを上げた。

 

第3コーナーを進む。

今度は、フラットなバ場だ。先ほどの手が打てない。隙間がない。集団を抜く手段がない。

 

「前。前。前ッ」

 

気持ちが逸る。しかし、壁は崩れない。

そして第4コーナーに差し掛かった。一団のペースが上がる。

 

 

 

スタンドのトレーナーがその様子を注意深くみている。トウカイテイオーは励ましの声を出し、ライスシャワーがハラハラしていた。

 

「スペシャルウィークさんは馬群に沈みましたわね。ゴールドシップさんも最後尾。あそこから巻き返すのは厳しい。このレース第4コーナーからの直線は短い。ここで詰められなければ勝機はない」

「そうだな、第4コーナーが勝負だが、スペシャルウィークは出られないな。途中はよかったんだが、袋小路に迷い込んだ。レース経験は未熟、か」

「そりゃーね。人生2回目のレースで人生初のダートだもん。わかってないよねスぺちゃん。・・・でも勝てー」

 

トウカイテイオーの言葉に口に含んだキャンディーを落としかけた。

 

「おい、今の本当か。そんな状態でこの天空競馬場に挑んだのか」

「うん、だって得意が分からないから適正距離全部にチェック入れたんだよ。スぺちゃん。・・・それ以外にもだけど。でもこれでダートはあまり得意じゃないってわかって」

「・・・なるほど、超大バカ者だったわけか」

「ああっ」

 

レースを見ていたライスシャワーが声を上げる。

トレーナーとトウカイテイオーがレースから目を離したのは一瞬。第4コーナーの入りから出までの間だけだった。

なのに、

 

「ゴールドシップが1番、だと」

 

第4コーナーはこれまでになく内側が不良な状態だ。泥濘といってもいい。誰もが嫌ってそこを走らない。

しかし、このゴールドシップ、そんな誰もが嫌う中を悠々と、堂々と、全力で駆け抜けた。どのウマ娘も外に回らなければいけない中、最短で、最速で、泥を天高く巻き上げながら爆走する。

直線に入るときには、すでに馬群を離して走っている。

 

「流石だな。やる気のある時のあいつは下層じゃ敵なしだ」

「・・・いえ、その後ろに1人、くらいついていますわ」

 

初めて、このレースで真剣な眼で観察を開始したメジロマックイーン。なぜなら、ゴールドシップの快走に対して、後にぴったりとついたウマ娘がいたからだ。

スペシャルウィークだ。

 

トレーナーは再び、声を失った。

 

 

ゴールドシップは1番で駆けている。その自分の蹄鉄の音と微妙に異なる音が後ろからぴったりとくっついていることが聞こえていた。

肩越しに後ろを振り向く、先ほどよりも泥まみれなスペシャルウィークがいた。顔も、足も、服も泥がついていない場所がないといっていい。

それでも闘志衰えず、ゴールドシップと同じ道を彼女は走っていた。

 

ゴールドシップが走った道は、ダートウマ娘なら避ける場所だ。少なくとも、レース経験があれば慣れた道を走るほうが、速い。

自分だから取れたルート、ゴールドシップだけが走るウイニングロード。その道に、レースを知らないからこそ無遠慮にスペシャルウィークは入り込めた。

 

「前に、行けるのは、ここ、だけだぁっ」

「勝つための執念、か。いや、違うな。前に行くしか見えなくなったのか」

 

ゴールドシップの剛脚が地面をえぐる。その土は後方に舞い、そのほとんどをスペシャルウィークは避けずに突っ切る。

少しでも引けば、少しでも横にずれれば、コーナーでここまで追いすがることはできなかっただろう。

震えるほどの集中力だ。思わず、ゴールドシップが口笛を一つ吹くほどに。

 

そして、直線に入れば、自分のすぐ後ろから追い越そうと脚を速めた。後ろを見ずとも、耳をそばだてずとも、すぐ横に、スペシャルウィークを感じる。

目の端に映る。すでにハナ差まで追いつかれている。ゴールはあと100mだ。ここで抜かれたら、差し返す距離は、無い。

 

「やっぱおもしれーはお前は。だけど」

 

その瞬間、ゴールドシップとスペシャルウィークは時間が圧縮された中にいた。走馬灯の一種だ。足が一歩地面について離れるか否やの数瞬の間。

ゴールドシップが振り向く。実際には振り向いていないのかもしれない、がスペシャルウィークは確かに見た。確かに聞いた。

 

「このゴールドシップ様を本気にさせたんだ。これからこの塔一緒に走ろうぜっ」

「えっ」

「これは餞別だ。覚えておけ。そして受け取れスぺ。ゴルシちゃんの末脚を」

 

足が地面から離れた。あと50m。ゴールドシップはすでに3馬身先にいる。

 

「あ・・・れ・・・」

 

理解できない。あと少しで前に出れると確信していた。

なのに、気づいたら遥か先に背中がある。前が遠のいた。そしてそのままゴール板を横切った。

1着ゴールドシップ。2着スペシャルウィーク。

 

ゴール板を横切ってから少し走った先でスペシャルウィークは地面に仰向けに倒れた。天井を見上げて。まぶしいライトがだんだんとかすんでいく。

 

「負けちゃいました」

 

スペシャルウィークは、泣いていた。

 

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