天空競馬場のスぺ   作:木口領

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第08話 戦いに挑む者たち

理事の電撃発表から1週間目の朝が来た。

競馬塔内の混乱は落ち着きを取り戻してはいたが、全階層混合エキシビジョンマッチの日を待ちわびてそわそわとしている雰囲気が街に広がっていた。

 

3人は宿にて朝食を食べていた。

トウカイテイオーは、朝食を食べ終わったあとの紅茶タピオカを啜っている。

スペシャルウィークは、焼きそばを片手鍋に入れて食べている。

ライスシャワーは、クロワッサンを3つにメロンパンが2つ、カレーパンにドーナツ、チョココロネとクリームパンにバゲットと控えめな朝食だった。

 

3人とも、無言だ。

ここまでの間に、スペシャルウィークは、芝3200mで最下位16着となり50階に落ちた。次のレースの開催までの期間を1月半後に再設定した。

トウカイテイオーは自分のレースを2週間早めていた。つまり来週だ。なぜならそれは、エキシビジョンマッチに参加することを見込んでだ。

 

ライスシャワーはレースを変えずにいた。

 

「もうすぐだね」

 

トウカイテイオーがちらりと時計を見た。あと5分で8時という時間だ。

エキシビジョンマッチ開催まで残り3週間という日の今日。参加するウマ娘の発表があるのだ。エキシビジョンマッチに参加したいと名乗りを上げた下層のウマ娘580名、中層74名、上層8名、グランドマスターが2名。その中から選ばれるのは18名のみ。

 

「でも、ライスちゃん。本当に参加しなくていいの。・・・もう間に合わないけど」

「うん。ライスは50階のレースがんばるよ。それにちょっと怖いし。スペシャルウィークさんはこわくないの?」

「怖くはないかな。それにすごくわかりやすいと思うの。私、グランドマスターとか200階とかよくわからないんだけど。皆で走って、その中で一番になったら、きっとそれは日本一だって。ほら分かりやすい。だからすっごく出たい」

 

スペシャルウィークの焼きそばと、ライスシャワーのバケットを半分こにして焼きそばかけバケットを2人で食べている。

トウカイテイオーにもおすそ分けとくるが、それを遠慮する。トウカイテイオーにとってはそれは1食分だ。トウカイテイオーがこの2人の食事量に胃がもたれなくなったのはつい最近のことだ。すでに3段ボール分のにんじんは消費しきっている。新たに5箱が増えている。

 

ずずずっ、と紅茶タピオカをすすりながら、携帯をいじる。

天空競馬場のオフィシャルサイトに今度の新企画レースの情報が少しずつ発表されていた。

 

「本当の新レースはこれから練り上げる。今年の春、夏、秋、冬、にそれぞれ1回ずつエキシビジョンマッチが組まれる。今回は芝2800m」

「全ての距離とか条件とか書いてありますけど、どんなレースになるのか全然わからないんですよね」

「しっかし、エキシビジョンマッチに参加できるのが、トレーナーたちの抽選投票って、どうなんだろうね。ボクのこと知っているのかな? やだよボク、走れないの」

「でも、私たちもよく知らないんですよね。他のウマ娘さんのこととか」

 

話していると、カチリと時計が鳴った。8時になった。

今回のエキシビジョンマッチに出るウマ娘が発表される時間だ。

 

テレビに特別放送が流れる。しばらく新企画の内容が語られる。オフィシャルサイトと大差ない内容だ。

そして、ついにエキシビジョンマッチに参加できるウマ娘が発表となった。

 

10階から90階クラスの下層からは8名。100階から190階クラスから5名。200階以上から3名。グランドマスターが2名。

合計18名による芝2800mフルゲート走だ。

 

「グランドマスターから2名って、ずいぶん大盤振る舞いだね」

 

と軽口を言っているトウカイテイオーだが、スイッチが入ったかのように顔つきが変わった。

ライスシャワーがビクリとしてパンくずをこぼしていた。

 

そして、ウマ娘の名前が発表される。

 

「1番から8番は90階以下、上を恐れぬ無鉄砲ウマ娘たち。その実力で下剋上はなせるのかっ。全階層混合エキシビジョンマッチ(春)の出走ウマ娘を発表します」

 

アナウンサーはやや興奮気味だ。

 

「1番、やる気を見せれば最強の一角。気まぐれな覇者。ゴールドシップ」

「2番、UC34全てのチャンネルに同時に映った都市伝説。その正体は人かウマ娘かはたまたSCPか。アストンマーチャン」

「3番、レースと仕事の両立を果たす最速アルバイター。アイネスフウジン」

「4番、純朴な美少女。ユキノビジン」

「5番、実力未知数。ポテンシャルは最高峰か。選抜レースの結果だけでトレーナーの心をつかんだ天才少女。トウカイテイオー」

「6番、常識は、敵だ。栗毛の超特急。ミホノブルボン」

「7番、雷のように一気に差し込む脚は一種の魔法か。スイープトウショウ」

「8番、堅実な走りで力をつけてきた。サクラチヨノオー」

 

トウカイテイオーは無意識にこぶしを握った。スペシャルウィークは肩を落とした。

どぅどぅ、とライスシャワーが背中をなでている。

テレビでは、中層、上層の出走ウマ娘の紹介が流れていく。

 

9番、エルコンドルパサー。

10番、グラスワンダー。

11番、マチカネタンホイザ。

12番、ウイニングチケット。

13番、キングヘイロー。

14番、ナイスネイチャ。

15番、マヤノトップガン。

16番、サイレンススズカ。

 

その放送に、スペシャルウィークはテレビをガッとつかんだ。

 

「スズカさんが出る。のに、私、参加できなかった」

「どぅどぅ」

 

放送は続いていく。

 

「さぁ、ここからがメインディッシュ。しかも2大巨塔が参戦。グランドマスターの紹介です」

「序列第九位。17番、メジロマックイーン。メジロ家の名優がこの舞台を選んだ!」

 

マックイーンの名前の登場に、3人がテレビに集中した。

テレビでは、長い髪涼やかに、気品をまとってたおやかに歩くマックイーンの映像が流れている。その画像を2つに割るようなカットインで入ってきたのは、もう一人のグランドマスター。

 

「18番、ナリタブライアンだ!? 3年前この下剋上レースのアイディアを理事長に植え付けた1人。天井破りのナリタブライアンが今度は自身が蓋となって立ちはだかる」

 

口に草を食み。鼻に白いテープを貼り。金色の瞳が獲物を求めるように吊り上がり。無造作に流れる長いポニーテールが野獣を感じさせる。メジロマックイーンとは対称的な出で立ちのウマ娘が映っている。

 

「メジロマックイーンにナリタブライアン、か。・・・相手にとって不足なし」

 

左のてのひらを右こぶしで強く打つ。パンっと乾いた音が部屋にこだました。

 

「がんばってね。テイオー」

「がんばってください」

「うん。・・・勝ってくるよ。それじゃ今日も特訓しよっか」

 

食事の後片付けを終えて、3人は塔を目指した。

練習場として開放されている階は決まっている。下層選抜レースのクラスは2階だけが練習場だ。他の階層になると10階層刻みで大体下1桁台の、1階、2階の2層分が練習場とされている。

練習できる内容も階によって少し異なる。2階は軽く走りのチェックができる25m短距離レーンが並び、52階は200台のルームランナーがひしめくジム(内8台が行方不明)。71階にはプールがあり、他の階層にもそれぞれ、芝、ダート、ウッド、マシン、アスレチック、ロッククライミングにパルクール場などがある。

 

今日目指すのは31階の長距離走向けに解放された芝の練習場だ。3人とも示し合わせたわけではない。それでも芝2800mを意識して練習場に向かっていた。

その考えは、他のウマ娘たちもおんなじだった。

 

練習場につくや、さっそく、先ほど名が挙がったウマ娘の姿がみえる。

 

「『だって、私はマーちゃんですから』」

「だけどさ、あんた」

 

手に持つデフォルメされたウマ娘のぬいぐるみをちょいと操り、短すぎず長すぎない鹿毛の髪をふわりとさせ、ぬいぐるみと同じ王冠をかぶっている。

ライスが小さく、アストンマーチャンさんだ、と言った。

近くにはダイワスカーレット、ウオッカもいる。

 

「今回のレースは長距離なのよ。マーチャン。あなたが得意なの短距離でしょ。今回はパスしたほうがいいんじゃない」

 

心配していると前面に出した顔でダイワスカーレットは提案していた。その様子に隣のウオッカが口を出した。

 

「そう言って、スカーレットが出たいだけじゃ」

「・・・っ! そうじゃないわよバカ」

「誰がバカだ。そういうお前こそバカなんだ」

「なによ」

「なんだと」

 

いがみ合う2人をみて、アストンマーチャンは口元までぬいぐるみを引き寄せると、腹話術のようにして。

 

「『ウオッカとスカーレットは、仲良しさんですね』」

「仲良くない!」

「あやや」

 

即座に2人に否定される。

右頬に人差し指をあてて、アストンマーチャンはちょっと困ったようにはにかむと、

 

「スカーレットの言いたいことはなんとなく、わかる気がします。だけど。たとえ負けたとしても、その次に勝ったら、それはドラマになりませんか?」

「勝てる見込み0%だっていうのに、よく言えるわねあんた」

「だって、私はアストンマーチャンですから」

 

アストンマーチャンたちのやり取りのさらに奥では、ミホノブルボンが黙々と、淡々と、正確なペースで走っていた。

さらに反対側の壁にはゴールドシップの姿も見える。今回はやる気があるのか、真剣な表情だ。

 

今日の31階練習場は、空気がピリっと乾いている。

 

「みんな、考えることはいっしょだね」

 

そういうと、トウカイテイオーは柔軟体操を始めた。ペタリと地面についている。

スペシャルウィークとライスシャワーも同じく柔軟体操を始めた。

一通り、準備運動が終わると、

 

「今日は、本気で走りませんか?」

 

と、スペシャルウィークが提案した。

トウカイテイオー、ライスシャワー、そしてスペシャルウィークで2800mを、だ。

トウカイテイオーはうなずき、ライスシャワーが、いいよ、と答えた。

 

「そういえばスぺちゃん。今日は重り、つけてないよね?」

「つ、着けてないですよ。あの重りつけて走るのが最初のレースだけでいいなんて、知らなかっただけです。別に着けたいわけじゃ」

「そのレースも、ハンデ有りチェックつけたからでしょ。ほんとスぺちゃんは」

「うぐぅ」

 

と、ぐうの音もスペシャルウィークは、出ない。

最初の評価こそハンデによる評価ポイントの加算はあるが、10階層からのレースでは勝つか負けるかが重要となる。

58階レースの後、ゴールドシップの指摘で重りのことを初めて知ったスペシャルウィークは、雷が落ちたように驚いていた。

 

「皆走っているから、当たらないように、できるだけ迷惑にならないように、準障害物走みたいな感じだけど。いいよね」

「やりましょう!」

「うん」

 

レース場の空いている箇所に3人横並びになると、いちについて、よーい、スタートのトウカイテイオーの合図で一斉に走り始めた。

序盤の小競り合いから、トウカイテイオー1番、ライスシャワー2番、最後にスペシャルウィークの順番になる。

最初のコーナーを曲がる。他に走るウマ娘を避けながら。

その最中、ライスシャワーが違和感に気づく。トウカイテイオーの背中が、スペシャルウィークの追い上げが、昨日までの走りと確かに違う。

 

「テイオーさんも、スペシャルウィークさんも、ライス以外を見てる?」

 

と思った。3人だけのレースの走りじゃない。何かをイメージして並走している感じだ。

一緒に走るライスシャワーには、そんな2人がイメージしているウマ娘が見えた。徐々に、鮮明さを増して。彼女たちが見ているのは18人が走るレースだ。

全階層混合エキシビジョンマッチを2人はイメージしていたのだった。今度のレースの18人に、スペシャルウィークとライスシャワーが参加して、20人の大レースだ。

 

トウカイテイオーは先頭集団だ。メジロマックイーンにつける形で後ろ半馬身ほど後方を陣取る。スペシャルウィークは馬群後方に位置している。

先頭から後方までは10馬身以内。サイレンススズカを先頭に走るレースがイメージとして浮かぶ。

イメージがぼやけているウマ娘もいる。下層、中層で顔しかわかっていないウマ娘たちだ。

それでも、参加に名乗りを上げたウマ娘のレースをできるだけかき集めて毎夜研究していたことで、3人とも走りのイメージが共有されていた。

 

第4コーナーに差し掛かった。終盤だ。

 

「動画で見ていると、もう少し先で、スズカさんは仕掛ける。先頭でっ」

「マックイーンは絶対好位置をキープする。倒すならコーナーでプレッシャーをかける。並べれば、スピードなら絶対勝つっ!」

 

と、中でもサイレンススズカとメジロマックイーンのレースの研究は欠かしていない。

スペシャルウィークが見ているのは、つねに先頭のウマ娘だ。

 

ライスシャワーも、負けてはいない。

後方から猛然な勢いで走りこんでくるスペシャルウィークに抜かれまいと速度を上げる。

 

そして、ゴールとなった。

 

よろよろと、レース場から外れ、芝の上でゴロンと横になった。

3人の結果は、トウカイテイオー1位、ライスシャワー2位、3位にスペシャルウィークとなっていた、しかし。

 

「くっ、ダメだ。この走りじゃメジロマックイーンに届かない。おんなじ様に走っちゃダメだ」

「はぁはぁ、後方から差すんじゃ、遅い。もっと脚を溜めるか、もっと前につけなくちゃ。スズカさんと距離は縮まらない」

「ふ、2人とも、本気、すぎるよ~」

 

イメージ中では勝てなかった。

 

「よし、もう一本!」

「っはい!」

「ふえぇ」

 

その日は、位置を変え、仕掛けるポイントを変え、戦略を変えて何度も、2800mを走った。

ライスシャワーが1位になることもあれば、スペシャルウィークが勝つこともある。

気づいたときには3人のレースに、アストンマーチャン、ダイワスカーレット、ウオッカ、ゴールドシップが参加していた。

 

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