天空競馬場のスぺ   作:木口領

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第09話 全階層混合エキシビジョンマッチ(春)それは予想外から始まる特別な

さらに日は流れ、とうとう全階層混合エキシビジョンマッチの日になった。 

 

トウカイテイオーは60階に上がっている。50階クラスのタイムレコードをたたき出し、レースは文句の付けどころのない勝利であった。

1つ文句をつけるとしたら、レースの終わった後だというのにレース前の気迫を感じるすごみでいたことだろう。スカウトタイムで誰も近づけないほど、ぴりついていることが見て取れる。

 

ライスシャワーは第3位で60階入りを果たしていた。一緒のレースで走ったミホノブルボンが1位で、機械のような精密な走りをみせる彼女もやはり気が滾っていると、ライスシャワーは一緒に走って感じていた。

 

練習にもさらに磨きがかかっている。

砂場に旗を立ててのビーチ・フラッグスやインターバル走、キャッチボール、棒倒しにカバディ。追い込みとスタミナの走力を増す訓練を進めていた。

途中、ゴールドシップとスペシャルウィークがボルタリングで半命がけの壁のぼりをしている、など、特訓内容は多岐にわたる。

 

集中力を鍛えるには、やはり、囲碁がいい、と。3面打ちの訓練もした。

レース前にけん玉は欠かせない、と色違いのマイけん玉を各自持った。ゴールドシップは白のけん玉。スペシャルウィークが紫のけん玉。トウカイテイオーが赤のけん玉。ライスシャワーが青のけん玉だ。

 

練習前にいち早く、けん玉で技が決まるか。それが練習入りできる条件となっていった。

つまりは、じゃんけんならぬ、じゃんけん玉。

 

周りのウマ娘たちが呆れる中、4人の中ではけん玉が主軸になった。日がたつにつれて、写真判定を必要とするほど、けん玉の技の入りが早い。

それが、予想外に効果がある。

 

けん玉を上達することで、思考をつかさどる前頭前野の働きが最小限になる。つまりは、脳がリラックスした状態であり、それは、ゾーン、と呼ばれる集中状態に入りやすくなる。

囲碁もそうだ、動画で研究する際に観察する視野が広がる。様々な角度から、様々な状況を理解するのに一役買った。

 

ドロリ濃厚いくらタピオカのパックジュースは、肺活量を鍛えるのに。ただし飲みすぎは胃がもたれてしまうという欠点があった。

そんなこんなで、考えられるだけの知恵を絞り、勝つための練習を続けたのは、今日、この日のためだ。

 

 

エキシビジョンマッチの会場は、14階芝のレース会場が選ばれた。

下層のレース場が選ばれた理由は、レース場に一切の仕掛けがないレース、という意味がこもっている。

 

控室で体操着に着替え、5番ゼッケンをつけたトウカイテイオーが鏡を見て座っている。

部屋の中には、スペシャルウィークとライスシャワーがいた。

 

「ありがとうね。スぺちゃん。ライス。特訓に付き合ってくれて」

「いいんです。それに重り着ないで済むって知って、体が軽くて楽しかったです」

「ライスも。お友だちと走れて、楽しかったです」

 

その手には、けん玉が握られている。ライスシャワーにとって、友達とのつながりだった。

トウカイテイオーの座る席の前にも、けん玉が置かれている。やさしくなでる。

 

「最初は、ゴールドシップの思い付きだったのに、みんな旨くなったよね」

「あはは、まさかここまでハマるとは思いませんでした」

「でも、みんなで技を競うのって、気持ちがよかったです」

 

一撫でごとに、濃い練習の日々が思い起こされる。トウカイテイオーにとっても、スペシャルウィークにとっても、ライスシャワーにとっても、あれだけの練習を友達と行ったことは、このウマ娘人生のなかで初だった。

 

様々な思いを消化し、昇華させ、パドック開始まであと30分。不思議と静かな気持ちになっていったトウカイテイオー。

それが嵐の前の静けさを連想し、ライスシャワーはそれ以上の声をかけられない。

しかし、スペシャルウィークは別の意味で声をかけられない。

しばらくして、

 

「じゃあ、がんばって」

 

と言って、2人は外にでた。

扉を閉める。

10m程離れたところで、立ち止まり、スペシャルウィークは壁に頭をこつんとこすりつけた。

 

「あ~あ。テイオーさんに応援の言葉かけたら、諦めようって思ってたのに」

 

スペシャルウィークの顔は見れない。肩が震えている。

 

「やっぱり。走りたいよぅ。このレースは日本一に向かっている気がするのに。私、日本一になりたいのに。蚊帳の外」

「スペシャルウィークさん」

 

頭を壁につけて、涙をこらえる。

しばらくして、スペシャルウィークが落ち着き、スタンドへと歩く。ゆっくりと。

 

 

 

パドックには、すでに準備ができたウマ娘たちがいる。100階以上のウマ娘たちは勝負服を、90階以下は体操着にゼッケンのスタイルだ。

トウカイテイオーが体操着姿で、メジロマックイーンが勝負服姿で、互いに凄みあうかのように対立し、握手している。

 

ナリタブライアンの姿もある、隣にはマヤノトップガンとナイスネイチャがいる。

 

「ひっさしぶりだね。下のレース場に立つの。ほら見てみて~。コースがほわわ~んって」

「・・・何を言っているのかわからん。が、レース場が敵、な状況じゃあないな。・・・思ったほど何も起きん。気分がのらん」

「お二人さん。上層の特別レースばっかり走っているから毒されているんだよ。ふつうは地面が刺客になんないよ」

 

マヤノトップガンが、良バ場を見てはしゃいでいる。ただの良バ場で走るレースなど何十レースぶりか、記憶にもおぼろげだった。

ナリタブライアンは渇望した展開になりそうな気配がない、とレースへの気勢がそがれている。

そんな二人に対して、ナイスネイチャが呆れていた。

 

サイレンススズカは一人で立っている。他のウマ娘とは離れた場所でじっと天井をみていた。

 

全員がパドックに姿を現しているなか、しかし、1枠1番、ゴールドシップの姿が無い。

 

「ゴールドシップさん。どうしたんだろう」

 

スペシャルウィークの疑問は周りの観客の疑問でもあった。

ややあって、一報が走りこんできた。

 

ゴールドシップ。棄権。と。

 

ゴールドシップがマイクを取っている。

記者会見のように囲まれている中で、棄権について、騒ぎになっている。

天空競馬場関係者もいろいろと集まっている。駿川たづなの姿も見えた。

 

「悪ぃ、捻挫だ。全治1か月。今日のレースは走れねえ」

 

思わず、ゴールドシップかと疑う真剣な表情で、彼女は語った。左手には分厚く包帯が巻かれている。

足ではなかったことは幸いだ。しかし、今日のレースはドクターストップがかかっていた。走れない。

 

「レースはどうなるんだ?」

 

と一人のトレーナーが声を上げた。

駿川たづながその問いに答えた。

 

「レースにつきましては当初の計画通り、18人での出走という結論になりました。初回の全階層混合エキシビジョンマッチで出走数に関しましては変えないと理事長からのお達しでございます」

「でも、それじゃあ代理のウマ娘は」

「アタシの代わりになるウマ娘はすでにいる。理事から指名の権限を貰っている」

 

ふたたび、ざわめきがある。

ゴールドシップが選ぶウマ娘は、参加の抽選に名乗りを上げたなかから好きに選べることが条件となった。下層にはこだわらない。

誰を選ぶのか、ゴールドシップがやる気を見せたウマ娘のことを周りは語っている。

しかし、どのウマ娘になるか、皆目見当がつかない。

 

ゴールドシップが目をつぶり、静かに深呼吸をひとつすると、声を荒げて宣言した。

 

「アタシが指名するウマ娘は・・・スペシャルウィーク。キミに決めた!」

 

マイクでまっすぐ、スペシャルウィークに向けて示す。一斉に。スペシャルウィークに向けて一斉に視線が集まった。

スペシャルウィークが横にずれる、とマイクと視線もついていく。スペシャルウィークが後ろを振り向く、が誰もいない。スペシャルウィークが自信なさげに自分を指し示すと、ゴールドシップがうなずいた。

 

「ええぇぇっ!!」

 

競馬塔の14階にスペシャルウィークの悲鳴が響いた。

 

 

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