気になる人を曇らせたいオペレーター日記   作:朝起きるのが嫌い病

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第2話

刺すような冷気が辺りを包み込んでいた。吐く息は白く、深呼吸をすれば凍ってしまいそうだった。

 

「………アーツか」

 

油断したとアポピスはため息を吐いた。安易に街の外に出るべきではなかった。天候が雨から霙に変わる。

 

地面が凍り付く音が聞こえる。靴底に感じる地面の感触に変化が生じる。

 

「あ、脚が…」

「靴底を地面に付け続けるな!凍るぞ」

「何だこれ、アーツか?」

「警戒ッ、周囲に人影在り!クッソ、こんなゴーストタウンに来るんじゃなかった」

 

部下たちの動揺をBGMにアポピスはあるものを取り出す。それは杖だった。先端に禍々しい鉱石を輝かせ、持ち手に炎の意匠を施した長さ30cmほどの鉄製の杖だ。

 

「全員その場から動くな。陣形を崩さず全方位を警戒」

 

アポピスが杖を振るうと気温こそ上がらないものの靴底が地面に固定されることはなくなった。

 

「私の冷気を塞き止めるか」

 

そこに立っていたのは少女だった。人形を想起させる端麗な顔立ち、静謐な水面を描いたような蒼い瞳、そして白髪から伸びるウサギ耳。通常であればナンパしていたであろう少女だ。しかし、そうはしなかった。

アポピスは思った。ああ、こいつ天敵かもしれないなと。

 

「初めまして、素敵な白ウサギのお姫様。素敵な歌声ですね。俺はアポピスと言います。お名前をお聞きしても?」

 

アポピスは警戒は解かずにしかし敵意を抱くことはなく話しかけた。部下であるアールドという青年は尊敬の念を抱いた。

 

「この局面でナンパするとか半端ないですね」

「流石我らの隊長。ケルシ―さんの好感度を稼ぐために女遊びを始めた男は違うな」

「これが15歳か」

「………」

 

アールドのセリフに同調するメンバーとフロストノヴァの威圧に言葉を失うメンバーに分かれていた。

 

しかし、そんな彼らの余裕も少女と目が合った瞬間に激減する。少女の冷たいその眼差しに息が詰まった。今もこちらを見つめてくるその瞳が、自身を凍てつかせているように思えて恐怖が身体を苛む。

 

「…フロストノヴァだ」

 

名乗ってくれるんだと思ったのは最も古株のアールドとアポピスだけだった。

 

「要件をお聞きしても?」

 

「…不審な奴らがうろついていたと聞いてな。怪しげな奴らの捕縛、もしくは抹殺が私の仕事だ」

 

多くは語るつもりはない。そう言いたげだった少女にアポピスは目を細めた。

 

「もしかして数日前に俺たちみたいな服装をした者たちを拘束しました?」

 

「ああ、そうだな」

 

「そうか………殺したのか?」

 

アポピスは敬語を止め声のトーンを下げた。少女は少し間を空け、口を開く。

 

「私は殺人狂ではない………抵抗しなければ身の安全を約束しよう。するのであれば、少しも苦しまない様に殺してやる」

 

急激に気温が低下していく。地面の水分が凍り付き霙は雪に変わっていた。

 

「1分以内に周囲が銀世界になるな」

 

そう零したアポピスはアールドに声を掛ける。

 

「アールド!アーツで俺の体温を固定しろ。その後に全員を連れて速やかに撤退!」

 

杖を振り視認不可能な壁を作り上げると自分と敵を閉じ込める形で複製した。アールドのアーツは固定。指定した対象の何かを固定することができる。しかしその時間は3分程度。使いどころがあまりないアーツだった。

 

「ま、待ってください。それなら隊長だって!」

 

「無理だ。お前たちがいると俺は全力でアーツを使えないし、目の前のウサギ耳は逃げ切るよりも早く俺たちを凍らせるだろう。お前たちが逃げてから隙を作るから行け」

 

「スノーデビル、各自散開、配置に付け」

 

少女が命令を下す。時間はあまりなかった。

 

「合理的に考えろ。ここで全員死ねば新しく捜索人員が来てまた同じ目に遭う。俺に後悔をさせないでくれ」

 

その言葉を15歳の少年に言わせたことが悔しかったのか、アールドは唇を噛み拳を握る。そして、未だに恐怖に捕らわれている人員と少年を置いていくことに納得できない人員を連れその場を走り去る。

 

「………悪いな。――――♪」

 

「俺の仲間は追わせねえよ」

 

冷気は不可視の壁に押しとどめられ、拡散を止められていた。

 

「なるほど、透明な壁のようなもので周囲を囲み冷気を閉じ込めているのか」

 

「御明察」

 

体温が下がらないというだけで周囲を凍てつかせる冷気は、依然脅威だ。

 

「勝算もなしにこんな策はとらねーよ」

 

アポピスは不敵に笑うと杖を掲げた。瞬間、レユニオンの構成員が吹き飛んだ。何の前触れもなく、凄まじい衝撃音と共に虚空を舞う。

 

「ッ!」

 

警戒をするも一人、また一人と吹き飛ばされていく。半数以上が無力化されたところで、レユニオンの構成員が不可視の衝撃を避けた。

 

「まあ、気づくよな」

 

吹き飛ばされるレユニオンの構成員は全員、杖の延長線上にいたのである。故に、延長線上にいなければ問題ないと彼ら小隊は判断していた。

 

その油断を杖を下ろした状態で走り回っているアポピスが穿った。

 

「何!?」

 

「ぐわああああ!」

 

「――――!」

 

フロストノヴァ以外の構成員がすべて吹き飛ばされたのである…それも同時に。

 

「別に杖を向けた方向以外に攻撃できないとは言っていないし、広範囲攻撃が不可能とも宣言した覚えはない」

 

不敵な笑みを浮かべて走り回るアポピスだったが内心は冷や汗ものだった。アポピスは殺されても数時間以内に復活できる。しかしそれには弱点もあるのだ。例えば海底に沈められた場合は、詰んでしまう。なぜなら、彼は蘇生できるだけで周囲の環境を復活直後のマリオよろしく無視できるわけでもないからである。蘇生した瞬間に再度死亡するという無限ループに陥ることになる。

 

これが氷漬けにされた場合も同じ可能性があるのだ。

 

つまり、死ぬにしても氷漬けにされるわけにはいかないのだ。まあ、この男仲間がいない場所で死ぬ気などないわけだが。

 

「…最悪自害すればいいか」

 

地面を蹴って距離を詰めていく。確実に相手の意識を刈り取るため、アポピスはフロストノヴァに接触してアーツを放つつもりだった。

 

「ッ!?」

 

その目論見は叶った、しかし目的は達成できなかった。

 

アポピスの指が少女の肌に触れた途端、鋭い痛みを感知したからだ。瞬間、アポピスはアーツを使用しフロストノヴァから離れる。

 

「――――♬」

 

フロストノヴァのアーツが鋭いつららのようなものを作り出し、アポピスへと放った。貫かれればただでは済まないと感じたアポピスは体を捻り、回避するがそこで自身の時間切れを悟った。

 

氷の刃と化したつららが彼の脇腹を貫通する。鮮血が周囲に舞い、苦悶の声が静寂に響いた。

 

「ぐッ………やばいな。明らかに手を抜いてるくせにこれかよ…」

 

二重の意味でアポピスは限界だった。一つは、アールドのアーツが切れ体温が劇的に低下していること。二つ目は、アーツの過剰行使だ。先ほどから冷気の勢いはとどまらず、壁を貫かんと増していた。そのため、攻撃以外にもこの結界を維持するためにアーツを限界まで使用していた。アポピスはガス欠状態だった。

 

先ほどフロストノヴァの額に触れた指先を見れば軽い凍傷になっていた。しかし、指はまだ動く。アポピスは頭をフル回転させていた。どうすれば生き残れるか?氷像になる以外の死に方は何だ?正直自害する前に俺の意識が飛びそうだ。

 

「お前はよくやった。仲間を逃がし、冷気を塞き止め、同胞を薙ぎ倒して見せた。殺さずにな。その上、限界を超えた身体で立ち上がる。素晴らしい戦士だ。殺すのが惜しい」

 

少しづつ身体が凍っていくのを感じながら、アポピスは賭けに出た。冷気で傷が凍り付いていることを幸いに、彼は足を踏み出し続ける。その速度はあまりにも遅いが、その瞳には確かな覚悟があった。

 

「これだけの規模のアーツ、相応の代償を支払っているだろ?命を削って戦っているのか?」

 

「………」

 

「フロストノヴァ、聞かせてくれ。アーツを発現したのはいつだ?いつからそうなっている」

 

アポピスは死に体で幽鬼のように足を前に出す。戦意も敵意もなくただただ、覚悟だけを内包した瞳にフロストノヴァは警戒を僅かに緩めた。

 

「…9歳だ」

 

「その時から身体は凍えているのか」

 

「………そうだ。鉱石病の影響なのか、アーツの副作用なのかは不明だがな」

 

少しづつ距離を詰める。

 

「………そうか」

 

彼女に触れられる距離に来たアポピスは、歩くのを止めた。

 

「寒くて痛かっただろ」

 

アポピスはフロストノヴァの右手を不意打ち気味に握りしめる。

 

「ッ!?」

 

反射的に振り払おうとする少女にアポピスは困り顔で笑みを浮かべる。その笑顔があまりにも優し気でフロストノヴァは抵抗するのを止めた。

 

アポピスの五本の指が少女の手のひらを握った。それは、とてもしっかりとした握り方だった。力まかせに握りこむのではなくそっと包みこんでくるのに、少しもゆるぎがない。思いがけないほど確かで優しい感覚だ。

 

「冷たいな」

 

「当たり前だ。凍傷になるぞ?」

 

動揺するフロストノヴァにアポピスは再度笑いかける。

 

「でも、君の方が痛かったはずだ」

 

凍傷の痛みと寒さに腕を振るわせながらも決して自分から放そうとはしないアポピスに、少女は何を言うべきかわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■月◇日

 

いや、上手くいってよかったよ。なんかいい感じの雰囲気で見逃してもらおう作戦。あの後、適当に俺の身の上話も絡めて時間を稼いだ後体勢を立て直して助けに来たアールドの援護もあり逃げ出すことには成功した。

 

重度の凍傷と失血、脇腹の傷。かなり重症の状態で運ばれたわけなんだけど、ケルシーは全然動じてなかった。

結構ショックだ。もっと動揺してくれると思っていたのに。顔を見に来るくらいだったし。ああ、後アーツはなるべく使うなと言われた。

 

ケルシーは、俺の部下とかAceさんを見習ってくれ。あと、フロストリーフ。むしろ、他のオペレーターたちに心配された。俺の部下の新人君は号泣して謝ってきたし。違うんだよ、俺が泣いてほしいのはケルシーなんだって。あと、俺の病室はウサギ耳は入室禁止でよろです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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