気になる人を曇らせたいオペレーター日記 作:朝起きるのが嫌い病
風の音が聞こえる。朽ちた建物の瓦礫の隙間を焼けた風が吹き抜けていく。
悲鳴が聞こえる。助けを求める声、恨み言を吐き出す声、疑問を吐き出す声が周辺の瓦礫に反響する。
聞き飽きた。
もう聞き飽きたんだ。
憎悪も悲鳴も怒りも嘆きも。
「いつぞやのサルカズと戦ったのは悪手だったな」
ひび割れた天井ごしに炎に焼かれた空を眺めながら、アポピスはため息を吐いた。
アポピスは幼少期の記憶が断片的にしか存在しない。しかし、あのサルカズが話していたテレジアという名前を聞いた時、ひどく頭が痛んだ。
しかし、過去の記憶について深く考えることはない。思い出してはいけないと、過去が叫んでいるからだ。
アポピスは歩き出す。
「私が望む結末を贈ってやろう」
絶望が立っていた。
「―――――滅せよ、ロドス」
レユニオンの暴君。タルラ。
歩く災害たる怒りの化身がその大地に立っていた。ロドスの人間は、その全員が焦りを覚えた。
「アーミヤとドクターを守れ。早く!」
「全員、退避しろ!」
「逃げろ!」
「間に合わないッ、私が止める」
「ッ」
恐怖で動けなくなるオペレーター、撤退を勧めるAceとドーベルマン、タルラの攻撃を受けようとするニアール。
「ロドスはッ、私は!皆さんを傷つけさせはしませんッ!」
その誰よりも早く、アーミヤは行動を始めていた。
爆発的な気温の上昇で空間が歪み、陽炎ができる。収束された熱は爆炎となり、周囲を焼き尽くしながらドクター達を襲う。
「ッ………絶対に、皆さんを傷つけさせはしません!!!!!」
強烈な光に目を焼かれながらもアーミヤが展開したアーツが、爆炎を防ぎ続けている。
「ほう………」
タルラは目を細めて、初めてアーミヤを認知する。このままであれば助かる。そんな安易な安堵は吹き飛ばされる。
「嘘………だろ」
オペレータが呆然とした声で膝をつく。Aceは上を見て目を見開いた。
天災。源石を媒介し、一度で都市を丸ごと破壊するほどの規模である隕石群が降り注いだ。
「クソ、このタイミングで?」
「助けて!死にたくない!死にたくない!」
「もうどうすれば…」
怯えるオペレーターたちを背にアーツを酷使するアーミヤを見て、ドーベルマンが悲鳴に似た説得を行う。
「よせ!アーミヤ、それ以上のアーツは…このままでは指輪が!」
「あああああああ!この体が砕けても私は…!」
アーミヤは必死の形相でアーツを行使する。死なせない。絶対に死なせない。ここで自分が砕け散ったとしても、全員を守って見せると固く誓いアーツの範囲を広げた。
「だからお前はバカウサギなんだよ」
不意に、声が響いた。
不可視の力場が展開され、爆炎と隕石を封殺する。それは結果的にロドスだけでなく、レユニオンの構成員すらも災害から救った。
「怯えるな、ロドスの同胞たち。安心して前を見ろ。俺がいる場所で仲間は死なせねえ」
タルラは再び、腕を伸ばしアーツを行使した。それは灼熱の光線となって数十メートルの距離を一瞬で駆け抜けアポピスが立っていた場所へと接近する。しかしその光線は不可視の力場によって相殺された。
美しい火花が散り一瞬遅れて衝撃が伝わっていく。フードの裾を翻しながら少年は敵陣の正面に降り立った。
「俺の目の前で仲間は決して殺させない。そのためのアーツだ」
不敵な笑みを浮かべるアポピスの姿に一部のオペレーターから安堵の声が広がった。誰もが知っているからだ。アポピスの偉業を。アポピスと任務を行った人間はよく知っていた。その言葉は虚勢ではなく、彼の信念そのものであると。
彼が関わった任務で仲間が殺されたことは一度もない。アポピスが語るその言葉には確かな重さがあった。しかし、Aceを含めた数人は気が付いていた。アポピスが全くの無傷でそこにいるわけではないことを。混じりけのない命の赤が、彼の足元を染めていた。
「アポピスさん………血が「アーミヤ」ッ!」
「ピークは過ぎた。第二波が来る前に行け」
アポピスはこれまで聞いたこともない低い声で、アーミヤにそう告げた。ドーベルマンとオペレーターの数人は、アイコンタクトで現状を把握する。
「ニアール先導を頼む!」
「了解」
「退くぞ!走れ!」
「怪我人は担架に、意識のあるものは俺が背負って走る」
ロドスを逃がすまいとタルラは熱線を放ち続けるが、その全てを不可視の障壁で受け止める。
涼し気な顔でタルラを眺めているアポピスだが、アーミヤだけはわかっていた。その内心はこの状況への焦りとアーミヤへの激情、諦めと迷いとそして安堵の感情で爆発寸前だった。
「アーミヤ、俺が引き受ける!ドクターを連れて先に行け!」
何かが砕ける音と共に、爆炎がアポピスを襲う。
「「アポピス!」」
Aceと二アールが焦りで大声を上げる。ロドスだけでなくレユニオンすらも隕石から守っているが故に、彼のアーツの出力は限界に近かった。
「………問題ない。後で追いつくから振り返らずに行け」
被弾したのは左腕だった。白い肌は黒く焼け、痛みで指先は痙攣している。灼熱の業火で腕を焼かれたアポピスは、肩で息をしながらも引くことはない。
「ダメ、ダメです!」
必ず追いつくなんてセリフを額面通りに受け取れるほど、無邪気な子供ではない。
「後は頼みます、Aceさん」
「………ああ」
このまま残った彼がどうなるかわからないほど、愚かにはなれない。
「ドクター………あんたとは一度きっちりと話すべきだったんだろうけど、残念ながら今はできなさそうだから一つだけ」
「………」
「ロドスの目指す道は簡単ではない。歩いていくだけで傷つく。常に、この残酷な世界と向き合う必要がある。その覚悟だけはしておいて欲しい。あの人が期待するあんたに俺も期待している。バカウサギを頼む」
別れの言葉を告げる彼の思いがわからないほど、アーミヤは不感症になれない。密かに兄のように思っていたアポピスの内心を未だにアーミヤは理解しきれない。その心にあまりにも多くの感情を抱いているから。だが、一つだけ確信がある。アポピスは決して逃げるという選択肢を取らないことである。
「お願いしますAceさん!ドーベルマンさん!待って!待ってください」
「………俺はお前のことが好きになれない。だけど、結局嫌うこともできなかったな」
アポピスはアーミヤに背を向けて一つ一つ、言葉を紡ぐ。
「…アーミヤ、逃げてもいい。涙を流すことだって悪くない。迷うことは当たり前だ。だが、その歩みを止めるな。お前は――――ロドスのリーダーだろ?」
衝撃が瓦礫を破壊し、レユニオンがロドスを追跡できない様に瓦礫の山を作った。
「
爆炎が轟音と共に熱をまき散らした。
「あーあ、最後にケルシーに会っておくべきだったな」
わざとオープンチャンネルにして囁いた後悔は、ロドス全員の耳に入り通信は途切れた。
「脱出ポイントが無事でよかった。ここで輸送機の到着を待つ。周囲への警戒を続けろ」
逃げ延びた先で、アーミヤは座り込み虚空を見つめていた。
「――――ッ」
耐え切れなかった嗚咽が腕の隙間からこぼれて、空気を僅かに震わせる。無力感と罪悪感で加速する自己嫌悪。
罪の意識に苛まれぶるぶると体が震えた。
平静を装わないといけない。戦いの後の涙はしまっておくのだと。涙を流せば流石に気が付かれてしまう。
ドクターやケルシーと同じく長い付き合いがあり、決して折れることのなかったアポピスの犠牲はアーミヤに大きな傷を残していた。