気になる人を曇らせたいオペレーター日記 作:朝起きるのが嫌い病
『フロストノヴァ、これ以上、アーツを使うな。ひとまず、レユニオンを下がらせる時間は作る』
『許可できない。ロドスはアレックスを殺害した。彼女らを…脅威を龍門に向かわせることはできない』
『………追撃するなら好きにしろ。でも体勢は建て直せ』
アポピスは考える。自分の役割はこれ以上の損害を出さずに、レユニオンの撤退を終わらせること。これがフロストノヴァにアーツを使わせない条件だった。加えて、アポピスとしてはロドスのメンバーにもこれ以上の無理はして欲しくない。
アポピスは再びアーツを使って一足飛びにAceの背後を取る。完璧な奇襲。強者とは言え、通常は反応できるはずのない一撃だが歴戦の男はそれを超えてくる。
懐から取り出した短剣を盾で往なし、武器を振るう。紙一重で躱したアポピスの前髪は風圧でパタパタと揺れる。
「時間稼ぎか………ドクター!」
撤退するレユニオンを視界の端で捉えたAceはドクターの指示を仰ぐ。その間、アポピスは斬撃を繰り出し続けているが、Aceの守りを崩せずにいた。
(やっぱりだめだな………アーツなしじゃ、この人には勝てない)
彼は先ほどから全くと言っていいほど、動いていない。多少の移動はあれど立ち位置が1m以上動くことはなかった。
アポピスの短剣をハンマーで受け、彼はアポピスを正面から見据える。そして、鍔迫り合いを放棄し短剣を振り払った。
「………誰だ」
「?」
「いや、そんなはずはない。だがその技、その体捌き、そのアーツ。お前は………」
自らの思考に否を突きつけたがる彼に動揺が走り、隙が生まれる。Aceの言葉にアポピスも動揺していた。
(いやいや、この一瞬で違和感を持つのか。おかしいだろ)
瞬間、アポピスの背後に衝撃が走る。凄まじい衝撃に襲われ、前方に吹き飛ばされたアポピスは顔を引きつらせる。アーミヤのアーツに吹き飛ばされたことよりも、目の前に迫っているAceのシールドが問題だった。
(このまま強打を受ければ、仮面が割れる!)
腕をシールドに突き出し、咄嗟にアーツを発動させる。衝撃と共にAceを含めた小隊が吹き飛ばされ、冷たい土煙が視界を包む。
「Aceさん!」
メテオリーテの回収を行っていたアーミヤは悲鳴を上げる。凄まじい衝撃と音の津波がアーミヤを通過し、そして背後の建物に影響をもたらした。
フロストリーフが気絶している真後ろに佇む建物は、衝撃の余波によって瓦礫を吐き出す。
「フロストリーフさんッ」
瓦礫に押しつぶされることを危惧し、アーミヤがアーツで瓦礫を吹き飛ばすのと同時に赤い流星を描く白い人影が少女を回収し、勢いのまま建物に突っ込んだ。
瓦礫で建物の入り口が倒壊しているが、僅かに空間ができており二人はそこに転がっている。フロストリーフを助けに建物にダイナミックエントリーしたアポピスとフロストリーフが、この場にいた。
意識を取り戻したアポピスの眼前にはフロストリーフの大斧が迫っていた。
「ッ」
アポピスを敵だと思っている少女からすれば、自身を守るために最低限の防衛行動だったのだろう。殺意はなかった。ただ手傷を負わせるための攻撃。
赤色が舞い地面を汚していく。
「ぐッ!」
腕に軽い切り傷が入っただけだった。アポピスはそのまま、少女を突き飛ばす。
「仮面がねえな………」
ついでにアポピスの仮面は大斧を受け止めた衝撃で、外れていた。一応、顔を隠す布はあるのだが、その前に対処すべき問題があった。
「アポ…ピス」
「久しぶりだな、フロストリーフ」
少女は、舌を縺れさせ言葉にならない音を吐き出す。少女が見たのは、殺されたと思っていた仲間の顔。動揺しない方がおかしい。何せその仲間の身体を傷つけたのも自分だから。
「え?あ、何で…」
理解が追い付かないのだろう。
「あ、ああッ………ああああああああああああッ」
絶叫する。伏せた獣耳ごと頭をぐしゃぐしゃにして、目の前の光景を否定する。手足が震える。奥歯がかみ合わない。眩暈と耳鳴りがする。
「どう、して………」
「しぶといもんでな」
「生きてるのか………」
フロストリーフはアポピスの方に駆け出し躓きかけたところを、受け止められた。少女は、そのまま思い切り抱き着いた。
そして自身の身体に付着した少年の返り血で再度現実を観測し、感情が揺らぐ。
絶叫は出なかった。キャパシティを超え、微かに漏れる嗚咽に少年は目を細め少女を引きはがす。
「本当に生きているのか?」
「足は付いているぜ」
「わ、私は………」
「謝らなくてもいい、この程度の傷ならすぐ治るさ」
アポピスは困ったように眉を下げて、笑って見せた。古参メンバーを除くと、アポピスと最も交流があったのは、フロストリーフである。衝撃は大きかった。
「事情はあまり詳しく説明できないが、俺は生きてる。でもこれは隠せ。レユニオンを止めるためには俺がここにいる方が良い」
震える手をそっと頬に添えて、アポピスは少女が流す涙を受け止める。
「どうして………?」
フロストリーフは頑固な子供の如く、首を横に振った。
「内外から攻略しないと余計な犠牲者が出る。フロストリーフ、わかってくれ」
瓦礫が砕かれる音が聞こえる。おそらく数分後に、アーミヤたちが道を開けるのだろう。少年は一枚のメモを差し出した。
「これには、レユニオンの幹部と構成員の規模が書いてる。ここぞという時に、ドクターに見せろ。ただし俺の存在は隠してくれ」
フロストリーフは、メモを受け取ると泣きそうな顔で立ち上がる。そして、瓦礫の方へ歩き始める。危うい足取りだがアポピスは声を掛けない。
少女は、歩きうつむきながら、振り返り立ち止まる。足元に落ちる水滴を眺めながら、覚悟を決める。顔を上げ、顔をくしゃくしゃにしてそれでも彼女は言い切った。
「必ず帰ってこい」
切なさに濡れた涙声を覚悟に変えて、彼女は少年を見た。
「ああ、死ぬ気はねえよ」
少年は真っ赤な嘘をついたのだった。