藤原佐為が生きていた時代の物語   作:こうやあおい

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第十話:夷狄襲来 - 外敵対策は大宰府(こっち)に丸投げで京の貴族連中は現場も知らずなぜああも呑気にのんびり構えて(略) -

 ──筑紫。大宰府。

 

 「(とお)朝廷(みかど)」と称されるほどの権限を持つ重要な地方行政機関であり、この国の西側の防衛及び外交を一手に担っている。

 

 その長官を務めるのは時の内大臣、源某(みなもとのなにがし)

 某代天皇の后腹・故一品式部卿の宮の嫡男でのちに臣籍降下した彼は「大臣」の権限と先の左大将という経験を活かして高麗(こうらい)唐土(もろこし)との貿易──正式な国交はなかったものの──を円滑に進め、また兵団を再編成して西側の守りを強固に作り上げていた。

 

 ──栞の父でもある彼が筑紫に赴いて数年。

 

 台風(野分)の季節のとある夜。その日も例に漏れず、外は酷い豪雨という有り様であった。

 

大臣(おとど)! 大臣(おとど)!! 対馬守(つしまのかみ)が参っております!!」

 

 ふいにけたたましい知らせが飛び込み、大臣は飛び起きる事となる。

 急ぎ政庁の政務の間へ顔を出せば、大宰少弐に連れられた濡れ鼠の対馬守(つしまのかみ)が伏して声を上げた。

 

「申し上げます! 今より五日前に夷狄(いてき)の来寇を受け対馬介代(つしまのすけだい)及び数多の民が攫われ、島は壊滅の危機に瀕しております!」

 

 あまりの報告にさしもの大臣も絶句した。

 聞けば彼は来襲を受けて賊徒に対抗しようと兵を率いるも多勢に無勢。一時後退して最終防衛線だけは守り抜くよう命じ、自らは報告のために大宰府へと決死の覚悟で渡ってきたという。

 一通りの報告を聞いて大臣はすぐさま控えていた少弐以下に命じた。

 

「筑紫の武士団全てに状況を伝達せよ! 賊徒の規模を顧みて山陽の武士団数個も内大臣権限で増援に来させるのだ、急げ!」

「ハッ!」

「それと、駅馬(はゆま)の用意を!」

 

 海賊の出没はさして珍しいものではないが、島一つを襲うというのはいささか規模が大きい。

 夷狄(いてき)という報告だったが、唐土(もろこし)高麗(こうらい)とは現時点で敵対関係にはなく、友好的なやりとりが叶っているのだ。とあらば、賊の出自次第では厄介な外交問題となりかねない。

 ──都まで飛駅(ひえき)発遣(はっけん)してもこの野分の時期だ。七、八日はかかるに違いない。その上、議政官(連中)の協議の結果を悠長に待つのは愚の骨頂。

 

 対馬守(つしまのかみ)によれば賊の規模は数千。賊船は四、五十隻。早急に鎮圧しなければ、対馬のみならず壱岐や引いてはこの筑紫をも襲うだろう。

 いや、最初の襲撃からすでに五日は経っている。壱岐は十中八九既に襲われているはずだ。つまりもう一刻の猶予もない。

 賊が筑紫(ここ)へ辿り着く前になんとしても撃退せねばならない。

 

 過去、大宰府独自の決定を朝廷はああだこうだと批判ばかりしてきたが幸いにも自分はただの大宰帥(だざいのそち)ではない。内大臣なのだ。ある程度までは事後報告も許されよう。最優先すべきは朝廷の顔色伺いではなく筑紫、ひいては鎮西の防衛だ。

 

 

 そうして大臣自ら大兵団を率いて陣頭指揮をとっている頃、各駅馬を飛ばしに飛ばして都を目指していた飛駅使(ひえきし)の鈴付きの馬は、六日目の朝に朱雀門へと辿り着いた。

 

「筑紫の(そち)大臣(おとど)より火急の知らせにございます!!」

 

 飛駅使(ひえきし)は清涼殿の滝口に通され、地面へと伏した。

 この身分の者に今上が直接に顔を見せることなどあり得ず、話を聞くのは蔵人頭の一人である源の頭弁(とうのべん)だ。

 頭弁(とうのべん)飛駅使(ひえきし)から報告を受け、やや血相を変えて清涼殿の母屋へと戻った。

 

主上(おかみ)!」

 

 そうして今上が右大臣と話しているのも構わず割り込み、跪く。

 

「筑紫より報告にございます。夷狄(いてき)の来寇により対馬は壊滅状態。次官ほか島民が攫われ、賊の規模は数千、賊船約五十隻。頻発する海賊騒ぎとは一線を画しており、(そち)大臣(おとど)は筑紫の武士団及び周辺国から数個の武士団を呼び寄せ御自ら陣頭指揮をとってこれの壊滅にあたる由にございます。なお、改めての報告書を無事提出できるよう武運を祈ってほしいということで……」

 

 頭弁(とうのべん)の報告に、清涼殿にいた全ての人間が凍りついた。

 

「……なんと……?」

 

 今上ですら目を見張ってそう呟くのが精一杯と言った具合だ。

 

 むろん女官も女房たちも控えていた蔵人や侍従たち──佐為含む──も例外なく絶句していた。

 

 ハッとしたように今上は眼前にいた右大臣を見た。

 

「右大臣、至急参議以上を集め朝議を! 頭弁(とうのべん)、使者に褒美を取らせよ」

「かしこまりました」

「侍従、佐為の侍従……!」

 

 そうして今上は佐為を呼び、やってきた彼をまっすぐ見やった。

 

「そなたはすぐ四条へ戻り、北の方に今のことを話して差し上げよ。落ち着くまで出仕を控え、姫についていてやるがよい」

「しょ、承知いたしました」

 

 佐為もまた顔面蒼白といった具合で、今上はそれだけ告げると再び右大臣に向き直った。

 

 

(そち)大臣(おとど)からの報告書によると対馬守(つしまのかみ)から報告を受けたのが七月二十六日。本日は八月二日……既にケリがついているか未だ闘いの最中か」

「とあらば、恩賞を出すか否かをまず決めなければならぬだろう」

「それよりも高麗との関係をどうするかだ。国交もない、賊の主体も分からずでは動きようがないではないか」

主上(おかみ)はまた(そち)大臣(おとど)の判断に任せ勅を出すなどと甘いことをおっしゃっているが身内贔屓がすぎるというもの」

 

 

 そうしてこれと言った具体的な結論も出ないまま朝議が続くも、筑紫から遠く離れた朝廷にできることはなく。

 

 渦中の筑紫では要衝(ようしょう)の防衛体制を強化した上で博多湾に浮かぶ能古島に前線基地を構え、兵船五十隻が玄界灘に飛び出して賊船と激しい戦闘を繰り広げていた。

 その最前線で自ら指揮をとっていたのは大臣その人であるが、赴任して以降に行ってきた兵団再編成が功を奏して賊の鎮西本土への上陸前に迎撃態勢を整えるに至ったのは上等と言えるだろう。

 海賊対策に水兵を強化していた甲斐もあり、無数の弓矢が賊船に降り注いでは賊を撃退していく。

 

 それでも天はどちらの味方か。野分(のわき)のせいで海は荒れ、戦闘は激しいものとなっていった。

 よくある朝鮮からの海賊とは毛色が違っており、ひとたび賊の乗船を許せば大太刀で凄惨に嗜虐の限りを尽くす様を見て大臣は接近戦の回避を指示。射程の限界まで距離を取り弓矢で応戦するよう命令を出した。

 

 

 その筑紫の戦闘の様子さえ分からないまま、都では時間だけが過ぎていった。

 

 佐為は四条の屋敷の東の対に籠りきりの栞を心配しつつも黙って見守るしか術はなく。

 

「栞……」

 

 時折り馬場に出ては弓を引いている彼女は、おそらく父の援護に駆け付けたい心境なのだろう。

 矢は寸分違わず的に射られていき、その見事さがかえって佐為をはらはらと案じさせた。

 出仕を控えるよう言われているため内裏がどう動いているかは分からないが、様子を見にきた博雅によれば陰陽師に闘いの行方を占わせたり、僧官を呼び寄せて加持祈祷を盛大にやらせているらしい。

 

 ──占いや祈祷が前線で兵を率いている父の役にどう立つというのか。

 

 と、相も変わらず迷信じみたことを受け付けないらしき栞は苛立った様子を見せていたが、それ以外にできることはないのも事実だ。

 が、栞の焦燥も無理からぬこと。珍しく博雅でさえ神妙な様子で憤りを見せていた。

 というのも、議政官内では博雅の叔父であり栞の父には従兄弟にあたる源の中納言のみが筑紫の状況を憂い安否を気遣っている状態で、他は藤家同士あるいは藤家の顔色を伺っている状態だという。

 “源氏(げんじ)大臣(おとど)”などこれを機に消えてくれればありがたい。──そう考えている層は民がいくら死のうが気にも留めないのだ。とは博雅の弁だ。

 

 藤原氏の端くれとして、佐為にはこの賜姓皇族と藤家の睨み合いをどう見ればいいのかはっきりとは分からずにいた。

 

 所詮はこの一大事に出仕しなくて良いと言われる程度の自分には考えることすらおこがましいのだ。

 今上の言う通り、今は栞についていることが自分の役目なのだろう。

 少し風が出てきた。佐為は栞を屋敷内へ連れ戻そうと歩み寄る。しかし栞は弓を構えて矢を引き絞り、まるで風に煽られることを計算済みのようにきっちりと的に射ってみせた。

 

「なんと……! 先の左大将のお血筋とはいえ見事なものですね」

 

 さすがの佐為も目を見開いて感嘆し、栞はいいえと肩を落として弓を下ろした。

 

「今は野分(のわき)の季節です。筑紫の野分(のわき)は都よりも激しいものだと聞き及んでおります。海が荒れ狂う中で父上たちはどうなさっているかと思うと……」

「栞……」

 

 佐為は宥めるようにして栞の手を引き、東の対の中へと連れ戻した。

 女房たちが小袿を持ってきて栞に羽織らせ、それでも栞はぼんやりと外を見つめている。

 

「佐為の君」

「はい」

「私のために出仕をお控えなさってるんでしょう? 筑紫から知らせが届くまでにはまだ時間もかかるでしょうから、気になさらず参内なさってください」

「今は私などが出仕してもお役に立てることはありませんよ。それに主上(おかみ)もそなたを心配なさってお気遣いくださっているのですから」

 

 佐為は栞の肩を抱き寄せて自身の胸に引き寄せ、髪に指を絡めながら宥める。

 小さく栞が笑みのような息を溢したのが伝った。

 

「ありがとうございます、そばにいてくださって」

「なにを感謝することがありますか。私たちは妹背なのですから」

 

 軽く言えば、わずかに栞が肩を揺らしたのが伝った。

 佐為もつられて頬を緩めつつ思う。

 この広い屋敷に大臣(おとど)の姫がたった一人で残されたのだ。任地は遠く、危険も多い。

 都を出たことのない自分には想像すら及ばないが、今生の別れすら覚悟をして姫一人をここに残して行ったに違いない。

 ──そんな大臣(おとど)鍾愛(しょうあい)の姫を、なまじ碁が強いというだけで妻とした自分など叩き斬られても文句は言えないのではないかと佐為は一人自嘲した。

 

 

 八月四日、筑紫。

 

 野分(のわき)により海は時化ており、鎮西の兵船及び賊船は壱岐に上陸しての合戦に相成っていた。

 

「放てーーーッ!!!」

 

 源氏の(そち)大臣(おとど)壱岐守(いきのかみ)が構えていたと思しき塹壕(ざんごう)に陣を構え、一斉放射で賊を討った。

 その賊の応戦具合から、幾度となく討伐してきた高麗の海賊とは違うと確信しつつ大臣は思う。

 

 当初の予測通りに壱岐は既に一度蹂躙された後であり、壱岐守(いきのかみ)以下主だった官人は無残に惨殺されていた。島民・家畜問わず生き延びた者はごく僅かで、聞けば賊に連れ去られた者も多いという。

 

 ならば尚さら高麗の仕業とは思えず、大臣側の武官武士たちは嵐の中で賊を追い詰め捕らえていった。

 そのうちに野分(のわき)が去り、賊は再び船に乗り込み逃亡を図る。

 大臣は二十隻ほどを追撃に出すも、以下のような指示を出した。

 対馬を越えれば高麗の制海権に入る。よって深追いはせず、その先は高麗水軍に任せよ、と。

 さらには賊の残党が肥前の海岸沿いの要衝(ようしょう)を襲う可能性を考慮し、国司以下には警固体制を整えておくよう既に命じてある。──この布陣があたり、数日後に筑前に程近い湾岸部を襲った残党を肥前の国司率いる兵士たちは無事に討ち取り、十余名を生け捕りにして大宰府へと移送してくることとなる。

 

 

 こうして十日以上続いた戦闘の後、源氏の大臣(おとど)は壱岐と対馬の被害状況の詳細を調べるよう命じて数名のみを残し、大宰府の政庁へと帰還すべく船を出させた。

 

 

 ──姫。

 

 

 玄界灘の潮風に吹かれながら、大臣は都に残してきた一人娘のことを浮かべる。

 もう何年も会っていない姫はどう成長しているだろう。今回の出兵も博雅あたりから伝え聞いているだろうし、さぞ心配しているに違いない。

 

 早いもので、姫ももう数えで二十歳となる。

 

 あの姫が産まれた時、どう育てたものかとずいぶん頭を悩ませたものだ。

 血筋だけなら女王と遜色ない姫だ。ゆえに春宮に入内させれば将来の皇后にふさわしいと誰もが思い、また藤家が恐れていたことは肌で感じた。一世源氏の台頭を藤原一族はよく思っておらず、濡れ衣での配流の憂き目にあったのは一人や二人ではない。

 だからこそ、姫を(きさい)がねとすることを早い段階で断念したのだ。上流の姫は常に政争の道具だ。特に栞は数代に渡り帝の信任が最も厚かった一品式部卿の宮の孫にして左大将の姫。源氏一族から悲願の立后も夢ではなく、入内すれば今上も三后の空位を待って姫を中宮にしただろう。

 しかし、その道のりは権力闘争という名の鬼が巣食う険しい旅だ。その中に身を置かせることが姫の幸せとも思えず、帝の外祖父となる夢など最初から抱かずにいた。

 

 そのように考える皇族や賜姓皇族はなにも自分に限ったことではない。

 

 従兄弟で親友でもあった博雅の父宮もそうだ。

 帝位への夢など最初から抱かなかった彼は薨る直前まで我が子の行く末をひどく気にかけていた。

 幼くして父を喪ったのが不憫で、博雅以下の宮の息子たちを我が子同然に目をかけてきたつもりだ。

 その博雅がまたどうしたことか、類稀な管弦の才に恵まれたばかりでなく、文筆なども卒なくこなす優秀な人物でありながら、野心というものを微塵も抱かない性質のまま育ってしまった。公務に熱心というわけでもなく、藤家の眼中に入らない彼は出世はそこそこで終わる代わりに政争にも巻き込まれず穏やかな生涯を過ごせることだろう。

 何事にも鷹揚な性格で、だからこそ姫の、栞の後見を頼んで都を離れたのだ。

 仮にも大臣(おとど)の姫が落ちぶれるようなことがあってはならない。と、幼い頃からずいぶん心を砕き栞には色々なことを身につけさせてきたつもりだ。

 摂関家にやるつもりもなく、大嘗祭のあとに藤の中納言──当時はまだ宰相だったが──からそれとなく姫を室に迎えたいと仄めかされた時も交渉の座にはつかなかった。

 そもそも、その昔は五世女王まで降嫁は許されなかったのだから、望まぬ結婚をさせるくらいなら未婚を貫き気楽に過ごさせればいいのだ。

 それだけの財産は充分にあるのだから。少なくともあの屋敷の中であれば、自由に生きていけるのだ。

 

 ──などと考えていた姫が結婚したと博雅からの文で伝え聞いたのは、一年ほど前の話だ。

 

 姫が望めば……とは都を離れる際に博雅に伝えてはいたが、あまりに青天の霹靂で政庁の政務の場で文を開いた瞬間に卒倒しそうになってしまった。

 

 聞けば相手は藤家、とは言えとうの昔に没落した一族の傍流で今や下級官人の出。本人は若くして課試に通り侍従に取り立てられ昇殿も許されたということで、今上の覚えがいいのも才ある若者であるのも伺い知れたものの。

 身分違いも甚だしく、いったいどういうことだと頭を痛めていたら式部卿の宮まで文をくれ、いかに婚礼の儀が素晴らしかったかを切々と伝えてきた。

 

 藤原佐為という名の美貌の朝臣で、博雅が言うには姫とは後宮で偶然出会い、囲碁を通して交流するうちに通う仲になった。

 

 という事であったが。

 そのあまりの美しさは後世まで語り継がれるほどだと式部卿の宮でさえ絶賛していたから、おそらく容貌には優れた青年なのだろう。

 下級官人の出の例に漏れずの大学寮出身ゆえに、この大宰府に詰めている佐為と同時期に大学寮にいた官人を片っ端から集めて人となりを聞けば、全ての者がやはり彼の容姿を褒めそやした。

 曰く、暇さえあれば碁を打っている青年らしく、おおよそ出世欲らしきものは見えなかったということだ。

 

「姫……」

 

 彼らの言い分が正しいならば、昇進や生活のために大臣家の姫を無理やり我がものとしたわけでなく栞の方が彼を好いて受け入れてのことなのだろう。

 元よりこれだけ身分に差があれば栞が肩身の狭い思いをすることもなかろうし、かえって良かったのかもしれない。

 算道出身で財産管理の手伝いをしてくれ助かっているとは栞がくれた文にもあり、博雅や宮たちが不満を漏らしていないのが栞が幸せでいる何よりの証拠だろう。

 

 しかしこの目でそれを確かめることができる日はいつになるやら。

 一日でも早く姫に、そして婿君にも会いたいものだ……と野分(のわき)明けの爽やかな景色の中で見えてきた博多湾を前に大臣は頬を緩める。

 

 

 とはいえ、この討伐戦の事後処理を思えば頭が痛いばかりであり。

 八月十日を過ぎたあたりで肥前守(ひぜんのかみ)らが捉えた賊徒が政庁に移送されてきて、大臣は自らが捉えた賊と合わせて幾日もかけ尋問させた。

 漢語及び新羅語の通訳を複数付けて調べたところ、ごく数人に新羅語が通じた。曰く、自身は高麗人であり高麗にて同じように襲撃され捕らえられていたという。

 他は漢語がなんとか通じたものの意思疎通は困難で、唐土(もろこし)の異民族か……よもや渤海(ぼっかい)靺鞨(まっかつ)系の遺民ではないかと感じつつ大臣は──使者を遣わす勅は出ていたため──高麗に使者を送った。

 

 高麗は高麗で賊徒の襲撃を複数回受けていたらしく、水軍がこれの大半を討ち取ったあとに救助した中にいた対馬介代(つしまのすけだい)に対馬・壱岐の島民引き渡しの旨を伝えていた。その上で(そち)大臣(おとど)からの使者を受けた高麗は正式に大宰府へと高麗側からも使者を遣わすことを決定した。

 そして船を数隻出した高麗の使者は、対馬介代(つしまのすけだい)も含めた百五十人ほどの救助者を乗せて大宰府へと向かった。

 

 その使者団が途中の対馬・壱岐にて島民を下ろし、無事に筑紫に着いたのが八月末日。

 使者を迎え入れつつ源氏の(そち)大臣(おとど)は考えた。

 大宰帥(だざいのそち)兼内大臣権限でここまでは独自にやったが、保護している高麗人の返還や賊徒の対処、さらには高麗官人曰く取りこぼした賊の船に捕らえられている和人の救出に既に向かっているということで、これらの対応はさすがに大宰府主導で決められるものではない。

 

 とりあえず高麗の使者を手厚くもてなしつつ、状況を目の当たりにした対馬介代(つしまのすけだい)に詳しく話を聞くことにした大臣だが、賊徒の主体が異民族であるのは間違いないということだ。

 その話も含めて書状にしたため、急ぎ朝廷へと馬を走らせる。

 大臣としては保護した高麗人を返還し、かつ使者に贈品を与えた上で高麗国に正式に感謝状を出して改めて残りの民の保護・返還を一刻も早く求めたいところであった。が、さすがに朝廷の決定に先んじて動くわけにはいかないだろう。

 まして有職故実という名の『先例』を重んじる朝廷なのだから尚更だ。

 

 ともかく出来る限り迅速に対処を決定して知らせて欲しい。

 との大臣の願いを乗せた使者は翌月の七日に内裏に辿り着き、すぐさま議政官は朝議を開いた。

 

壱岐守(いきのかみ)含め官人・島民の百余名が殺害され、家畜や民家、寺なども襲撃されて壱岐は凄惨な有様であったということだ」

「なんと恐ろしい……! 鎮魂の祈祷をさっそくさせねば」

「捕らえた賊徒の中にはやはり高麗人もいたのだ。この賊も夷狄(いてき)ではなく明確に新羅の賊と見た方がいいのではないか? 国号が改まっても新羅人が消滅したわけではあるまいよ」

(そち)大臣(おとど)も全く早まったことをしてくれたものだ」

 

 朝議はおおよその場合、下位の者から順に発言していく習わしであるが、昨今は大納言以上の藤原一族が意思決定するだけの場と化しているため他の一族は参加しない場合も多い。

 しかしながら今回ばかりは全員揃っており、源の中納言が習わしに抗うように口を開いた。

 

高麗(こうらい)は使者を遣わせてこちらの捕虜を救出・保護し送り届けてくれたと大臣(おとど)は書いているではありませんか。対馬介代(つしまのすけだい)の弁でも高麗(こうらい)夷狄(いてき)の来寇を受け水軍は何度も対処しているようですし、大臣(おとど)高麗(こうらい)の申し出を受けて一刻も早い残された島民の救出を訴えておいでです」

 

 視線が一斉に源の中納言に集まった。

 中納言にしても源氏側がよく思われていないことはわかっており、せめて誰か味方につけねば。と、ちらりと藤の中納言を見やった。──彼は未だに四条の姫に懸想しているゆえにおそらくその父に関わる意見も甘くなるはず。

 年若い彼は目線で訴えられて逃げられなかったのだろう。小さく喉を上下させる様子を見せた。

 

「わ、私も源氏の大臣(おとど)の判断は迅速で的確であったと思います。あの方は内大臣でいらっしゃるのですから、朝廷を代表して高麗の使者を受け入れても問題はないでしょう。いずれにせよ高麗が公式に民を救助してくれたのは事実。すれば、こちらもあちらに正式に礼をするのが筋というものかと」

 

 その様子を見ながら源の中納言は内心で息を吐いた。

 (そち)大臣(おとど)としては事後処理を全て大宰府主導でやりたい思いなのだろう。が、朝廷の顔を立てねば源氏一族の立場が危ういゆえにまどろっこしい思いを抑えて書状を送ってきたに違いない。

 朝廷には朝廷の決まりがあるとは言え、結論が出るのはいつになるのか──。

 

 そんな朝議は一日では結論が出ずに、三日後になってようやく高麗に謝状を送ることで落ち着いた。

 また、筑紫への恩賞を出すかどうかで揉めに揉めたが、今後も海賊騒ぎは避けられないと見込んで現場の文官・武官の士気の維持のためにも結局は出すことに決まった。

 

 そうして九月十日の朝、今上に召された博雅は四条に寄って佐為を伴い出仕した。

 

 

「此度の夷狄(いてき)の来寇……犠牲も出たとは言え源氏の(そち)大臣(おとど)の活躍で予想された被害よりも少なく済んだことは不幸中の幸いであった。源朝臣博雅(みなもとのあそんひろまさ)藤原佐為朝臣(ふじわらのさいあそん)、そなたらを大臣(おとど)の代わりと思い篤く礼を言う」

 

 

 今上は一通りの議政官の結論を語って聞かせた上で博雅と佐為にそう言った。

 二人は首を垂れて深く頷く。

 今上としては一難去って安堵したのだろう。小さく息を吐いた。

 

「侍従、四条の姫の様子はいかがか?」

「はい。ずっと父君の安否が気がかりな様子でしたが、無事と聞き及び今朝はようやく落ち着いたようでした」

「そうか。私も大臣(おとど)が筑紫にいてくれて頼もしい反面、そのせいであの方にはひどく心細い思いをさせていると申し訳なく思っているのだ。今後もそなたがしっかりそばについていてやって欲しい」

 

 言われて返事をしつつ佐為もほっと胸を撫で下ろした。

 

 

 そうして朝廷から大宰府に使者が戻り着いたのが九月の末。

 その勅諚に従い、(そち)大臣(おとど)は高麗の使者に礼状と共に金銀等の贈品を持たせ、保護していた高麗人を返還して帰国する彼らを見送った。

 高麗側が行方知れずのこちらの民を救助した場合は再び送り届けてくれるよう依頼し、その後のことはまた改めて朝廷で協議するということで、まだまだ全てが終わったとは言えずに大臣は無意識にため息を吐いた。

 

 ともかく、ちょうど秋の除目(じもく)ということもあり賊徒の討伐の際に活躍した幾人かは出世という形で禄が贈られるということだ。

 朝廷からの禄で不足な分は大宰府の予算から出すことを大臣は決めた。ここは都とは違うのだ。一部の人間にのみ恩賞を与えても意味はない。命がけの闘いに臨まねばならない場合もあるというのに、禄もなしでは彼ら──末端の武人たち──の士気は維持できないからだ。

 

 そうして、高麗が海賊船の追討にて救助した和人の五十名ほどを送り届けてきたのはそれから二ヶ月後のことであった。

 朝廷は未だ元新羅の陰謀を疑っていたが、やはり賊徒の主体は靺鞨(まっかつ)系の異民族。高麗人も含め住民を攫い労働力として使う目的だったという。

 

 その一連の報告書をしたためて朝廷に送り、再び高麗に礼状を送り終えて全てが終結した時には既に年が明けていた。

 

 

 今ごろ内裏では正月行事に追われている頃だろうか──と大臣はふと思う。

 分かっているのだ。まつりごとは朝廷の核。有職故実を重んじる貴族たちは日々多種多様な行事に追われている。

 

 そんな彼らの目に、果たして都以外が入っているのだろうか……と、時折り思うことがある。

 この筑紫に赴任して数年、筑紫の武士団はずいぶん強固に成長した。

 今は自分が統率できているが、この先に彼らを制御できない事態となればいったいどうなるのだろうか。

 いや筑紫に限らず、武士というのはその名の通り武力を有している。中には貴族崩れの武士さえいるのだ。

 その力を貴族(彼ら)とて知らぬわけではないというのに、最近は地方官に任じられてさえ下向して来ない者も大勢いる有り様だ。その穴埋めをするのは現地の豪族。既に地方権力に入り込む世襲制さえできつつあり、文武ともに彼らに侵食されつつある。

 だというのにいつまで貴族(彼ら)は都から動かず、今の生活を続けていられるか──。

 

 ふとよぎらせた思いを掻き消すように大臣は首を振るった。

 

 

 

 なお、彼の懸念通りに朝廷の支配力が弱り武士の台頭する世がいずれ来ることになるが──それはまだしばし先の話である。

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