藤原佐為が生きていた時代の物語   作:こうやあおい

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第十一話:それぞれの内裏事情

 早いもので栞と佐為が出会ってから三度目の夏が見えてきた。

 

 

 その夏の田植えの時期──。

 

 この時期、下級貴族を含めた下級官人の多くが農作業のために宮廷から離れる。人を雇う財も力もない彼らは自ら働く他ないからである。

 

 下級官人が出世を掴むには学問しか道はない。

 それでも盤石な上級貴族の壁は崩し難く、大学寮を出ても公卿にまで昇り詰めるものは一割にも満たない──その一割未満でさえ受領階級を含んでいるため、只人(ただびと)が貴族まで昇れる可能性はいかに小さいものか。

 まして大臣にまで昇ったものなど……、と菅原顕忠(すがわらのあきただ)は蔵人の詰所である蔵人町(くろうどまち)で控えながらふと昔のことを思い出していた。

 

 ──菅原道真の左遷以降、代々学問で身を立てていた菅原一族はその威光を急速に失いつつある。

 道真とはほぼ無縁の自分のようなものですら『菅原』というだけで大江氏などに一歩劣る扱いに甘んじなければならなかったのだから迷惑千万と言えるだろう。

 それでも学問以外に道はないのだ。他の菅原の人間の例に漏れず、顕忠自身も元服後には大学寮は紀伝道へと入った。

 

 そうして足掛け九年──ようやく官人登用試験(対策)に及第し喜び勇んで任官を待ったもののなかなか決まらず。待ちに待った挙句、山陰の中国(ちゅうこく)(じょう)として下向するよう言い渡された日の夜は屈辱で一睡もできなかったほどだ。

 外国(京の外)に出ることは恥。──そう思いつつも山陰で過ごした四年が全くの無駄だったかというとそうでもない。

 かの地は唐人(からびと)が多く来たる地。大学寮ではかじった程度だった漢音を磨き、唐土(もろこし)の言葉を問題なく話せるまでになった。そして、幾人もの唐人から碁の相手をするたびにこんな話を聞かされた。

 

『唐土では碁打ちは重んじられている』

 

 まだ都が平城にあった頃は大陸の皇帝のためにと碁の上手を重用したという話もあったが、既に遣唐使さえ廃止されて久しい。囲碁は私的分野の趣味であり公的にはなんの力も持っていないのが現状だ。管弦などの高雅なものと違い、帝の御師などという職位があるわけでもない。

 だというのに──唐土には()()があるという。

 碁を幼少の頃から得意としていた顕忠は身を思わず乗り出すほどその話に惹かれた。とはいえ所詮は遠い大陸の話。羨むことさえ虚しいというもの。などと感じていたちょうどその頃、京からのうわさを伝え聞いたのだ。春宮がことのほか碁に執心であられる、と。

 うわさによれば唐土のように囲碁を公のものにしたいとまで考えていると聞いた顕忠は、その日から自身の腕を密かに磨き始めた。万に一つも機会に恵まれれば、自分こそが当代一の碁の上手と名乗りをあげられるように、だ。

 幸い任地には唐人が多いためか碁の上手が多く、数年が経つ頃には顕忠は我こそが天下の碁打ちだと胸を張れる力を付けたと自負していた。

 

 そうして四年の任期が明け──帰京した顕忠はしばらくして大学允(だいがくのじょう)に任じられた。

 

 そこに()()()がいたのだ……と顕忠の拳に力が入る。

 

 算道にて学ぶ学生に類稀な美しさを持つ少年がいる、と当時の大学頭(だいがくのかみ)が頬を緩ませていたのをよく覚えている。

 藤原佐為──、藤原姓だというのに上級とは縁のない下級官人の出らしく、学生の少ない算道ではひときわ目を引く存在だった。

 とはいえ算道そのものは本科からは独立した存在でもあり、せいぜい「見目麗しい少年がいるらしい」と大学寮内でうわさになっていた程度だ。

 だというのに、あれはいつのことだったか。

 

 算道にえらく碁の強い学生がいるという話を伝え聞いたのは。

 

 大学寮という場所はまさに学問を極める場所であり、雑戯は堅く禁じられている。許されているのはせいぜい琴と弓の稽古だ。が、碁は卑しいものではなくあらゆる雑戯を禁じられている僧侶でさえ律令で例外扱いされている高雅な趣味。碁にばかり夢中になり学問が疎かになるという警告を鳴らす儒家もいたが、そんな儒家たちに愛されたのもまた碁であり、そのような雅致な遊戯を禁じることは不可能に近く、大学寮内でも囲碁だけは黙認扱いをされていた。

 密かに碁で身を立てたいと目論む顕忠は公の場での囲碁の地位向上を図ろうと折に触れて学生に碁を打たせ、儒と碁がいかに繋がっているかを説き、囲碁への関心の高まりが内裏まで届けばと心を砕いてきた。本科の学生を相手に熱心に教え続けた。

 だというのに、まさか算道の学生の、まだほんの少年に評判になるほどの碁才があるとは思ってもみなかったのだ。

 

 算道の学生は得てして盤上遊戯に長けている傾向はある。囲碁との親和性が高いのは否めない事実だ。

 みなはその事を怪しげな数字ばかりを見ているから先読みが身につくのだろうと下に見て冷笑するのが常であったが──そのうわさの少年は、藤原佐為は、いつ誰が挑んでも軽やかに白星を上げると紀伝道や明法道の学生の間にまで名声が広がるようになった。

 

 ──どうせあの君の美貌に見惚れて手を誤ったのだろう。

 

 そのような戯言も飛び交っていたが、顕忠はどこか脅威を覚えた。

 とはいえ、算道は閉ざされた世界。藤の花が咲くには相応しくない場所だ。権門の藤家に縁を持たぬ輩など脅威ではなく、下級官人のまま一生を終えるだろう相手に気を取られるなどは無意味。すぐに思い改めた。

 それよりも心を砕くべきは自身の出世だ。顕忠は大学允を務めている間、どこぞの公卿が碁好きだと聞けば飛んでいき縁を繋ぐという弛まぬ努力を繰り返し、ついに六位の蔵人という晴れがましい官職を手にするに至った。

 

 六位の蔵人とは帝の秘書たる蔵人所の官人である。

 本来なら地下の身分にも関わらず、昇殿が許され禁色さえ許可される羨望の位でもある。

 そのため権門の子息が任じられるのが常であるが、彼らはその地位には長く留まらず、すぐに出世していくのもまた常だ。

 一方で顕忠のように学問を修めた者が任じられる例もあり、そのような人間にとっては昇殿を許されるというのはこれ以上ない至極の喜びであった。

 

 顕忠が六位の蔵人となってすぐに当時の帝が譲位したが、春宮──今上──は前評判通りの囲碁好き。顕忠の碁の上手を伝え聞いた今上は顕忠を蔵人の地位に留めた。

 そうして、時おり今上から囲碁のために召されるまでになり……いずれはそれを足がかりに出世を、と思い描いていた顕忠をこんな話が襲ったのだ。

 

 あの藤原佐為が課試に通ったという。しかも全問正解(甲第)でだ。

 

 算道は得てして大学寮を出ても式部省の省試なしに任官される場合も多く、七月をもって大学寮を出た彼はすぐに秋の除目での任官対象となった。

 その際に彼を気に入っていた先の大学頭の推挙でもあったのか、はたまたうわさを聞きつけたのか。彼が類稀な美貌かつ神童と呼ばれたほどの碁の上手であると今上の耳に入ったらしい。

 

 ぜひ側にとの今上の声もあり、大初位(だいしょい)という不文律を大幅に破った彼は従五位下──異例中の異例で昇殿まで許され侍従に叙された。

 

 その彼の昇殿に際する拝舞の優美な仕草はいまも語り草になるほどであったが、顕忠としてはこの美しいばかりの若人の下座につかねばならない自分の不幸を呪った。

 一度たりとも対局したことのない相手であったが、彼と打ったという学生に石を並べて見せてもらうこと数度。もしや勝てないのではないか……と一瞬だけでも脅威に感じた心情が未だ尾を引いているせいで彼を快く思えないのかもしれない。

 

 しかも蔵人と侍従の職務は似通っており、多くの場合は納言や中将などとの兼職──顕忠や佐為ではなく権門の公達たち──だ。

 つまるところ大学寮上がりの六位の蔵人や侍従がいくら今上の側に仕えても権力とは程遠く、基本は昼夜問わずの雑務に従事するのみである。

 しかしながらそれこそが今上の狙いだったのだろう。佐為が内裏にあがるまでは時折り今上の対局相手をしていたにすぎない顕忠であったが、今上は上達への意欲を見せて本格的に教えを請いたいと願うまでになった。

 

 とはいえ管弦や儒学と違い碁の師などという職位はなく──宣旨の降りる正式なものにはなり得なかったが、今上は佐為と顕忠を師として碁を学ぶようになっていった。

 

 なぜ一人ではなく二人を指名したのだろう。疑問に思った顕忠であったが、蔵人、しかも六位ともなれば激務で出仕日数(上日)は他の官職に比べ桁違い。ほぼ毎日、内裏に上がって雑務をこなさなければならない。

 ゆえに顕忠一人に負担をかけまいという今上の心遣いに他ならない。そう顕忠は理解していたが、一方で不満もあった。

 今上が顕忠と佐為を召す割合はほぼ同じだったものの、佐為の方が公務に自由が効く。よって今上は女御たち──に仕える女房たち──を鍛えて欲しいと佐為に後宮での業務を与えたのだ。

 今上としては、自身の妃の棋力を間接的に鍛えて共に打つという楽しみのためだったのかもしれない。

 が──、ただでさえ佐為が昇殿して以降かしましかった宮廷の女官女房たちがこの後宮での佐為の公務に文字通り狂喜乱舞したというのは顕忠本人も見知っていることである。

 

 以来、宮廷一の花とも謳われる美貌の君の気をなんとか引こうとみな手ぐすねを引いている。などという話を聞かない日はなかったほどだ。

 

 忘れもしない。あれは佐為が昇殿して最初の端午の節句のことだ──。

 

『いつも変わらぬ美しさの橘の君に──』

 

 たまたま温明殿の辺りを歩いていたらそんな場面に出くわした。

 花橘をあしらった薬玉を女官に贈る佐為がいたのだ。

 相手は橘内侍(きのないし)──宮廷一の美姫とも呼ばれる才媛。歳の頃は佐為よりやや上か。

 こちらはこれほど出世に心を砕いているというのに、女遊びに余念がない辺りは腐っても藤家の人間か。神童ではなく業平(なりひら)の再来の間違いであろう。などと思ったことを鮮明に覚えている。

 その後も麗景殿の宰相の君など名高い美女ばかりと浮名を流していた彼だったが、それがただのうわさなのか真実かさえ顕忠にとってはどうでもいい話であった。

 

 あのような美しいばかりの男になにができる──。

 

 そう思っていたというのに。

 

『佐為殿が四条の大臣(おとど)の姫君とご結婚されたそうだぞ』

(そち)大臣(おとど)の姫君と──!? 長秋卿が許したのか!?』

『それが……式部卿の宮さまがたも婚礼に駆けつけられ、それは立派だったという話です』

 

 まさか大臣家の姫を妻とするとは──。あの日の衝撃は忘れられない。

 いくら宮廷の女官女房と恋をしようがしょせんは遊び。みなが分かっていることだ。

 だが結婚となると、おおよその場合はそれ相応の相手が北の方となるものだ。

 男の出世は女の家にかかっていると言っても過言ではないのだから、みな良い家の娘を口説き落とそうと目論んでいる。が、現実はそう上手くいくはずもなく、下級貴族が大臣(おとど)の姫と、などとお伽話にさえ描かれないだろう。

 ましてあの姫は今上や院にも寵愛され──、摂関家の嫡男が求婚していたという話さえ聞くほどだったというのに。

 

 いったいどんなまやかしを使えばそのようなことが可能なのか。

 あの姫の後見人は放縦不羈(ほうじゅうふき)で知られる源博雅といえど、身分違いがわからぬほど愚かな人とも思えない。どんな手を使い許可させたのか。

 一つだけ確かなことは、いずれ(そち)大臣(おとど)が帰京すれば佐為は押しも押されもせぬ内大臣の娘婿。出世も思いのままとなるだろう。

 

 このままでは下座に甘んじるだけでは飽き足らず──いずれ上達部となった佐為を生涯に渡り見上げ続けなければならなくなる。

 

 そんな思いが顕忠の胸中をよぎった。

 

 そして顕忠は佐為への認識を改めた。ただ美しさをひけらかし女房女官に騒がれるばかりの若人だと思っていたが、妻としたのは大臣家の姫。これは彼の野心の為せる技に他ならないだろう──と。

 

 ──せめて今上の寵愛を奪われるわけにはいかぬ。

 

 そう誓ったことを思い出しつつ、顕忠は校書殿を出て清涼殿へと向かう。

 そろそろ昼。官人の退出を見届け、今上の夕餉の準備などやることが山積みだ。

 

 などと思っていると今まさに思い浮かべていた渦中の人物──佐為と博雅が揃って今上と話をしている様子が見え、無意識に舌打ちをした顕忠は慌てて雑色の袍で口元を押さえた。

 博雅をお召しということは政務とは関係ない管弦遊びの話題に違いない。いちいち気を取られている場合ではないと雑念を振り払う。

 

 

 

「ど、どどうしましょう……! ああどうしましょう!」

 

 一方の佐為は博雅と共に今上から話を聞き、退出して共に四条の屋敷に帰ってなお焦ったように同じ言動を繰り返していた。

 

「なんなんです……?」

 

 見かねた栞が博雅に尋ねれば、博雅は苦笑いを零す。

 曰く、今上が近々管弦の催しを主宰するらしく。その趣向は楽人を殿上人と地下人に分け、その腕を競い合わせるのだという。つまり殿上人対地下人の管弦対決であるが、演奏者の選出を今上自ら行い──殿上人側は博雅や式部省の宮など錚々たる管弦の達人を選んだ上で最後に博雅と佐為を前にしてこう言い放ったという。

 

『笛には藤の侍従──そなたをと考えている。そなたも長秋卿の笛を間近で聴き習う機会に多く恵まれ、さぞ上達したことであろう』

 

 つまり博雅たちに混じって佐為は横笛を担当しなければならず、恐れ多くて混乱しているのだと栞は理解した。

 全く解せないという面持ちなのは博雅だ。

 

「佐為殿は笛には一家言あるように感じられだが」

「そりゃ……多少はできるという自負はあります。が、博雅三位(はくがのさんみ)や宮さまがたに混じるなどとても……!」

 

 佐為にとってあくまで管弦は趣味だ。秀でてはいるが、当代一の名人に囲まれるとやはり劣るだろう。

 とはいえ選出された以上は拒否する権限など佐為にあるはずもない。

 

「まあ、しばらくは私もここに通って教えよう。叔父上たちにお出ましいただくのも恐縮だし、ある程度仕上がったらこちらから出向いて合わせて本番に備えれば問題なかろうよ」

 

 そんな博雅の声に顔を引きつらせる佐為とは裏腹に栞は感嘆の声を漏らした。

 

「では、宮さまのお屋敷で予行を行う際には私もお供してかまいません?」

「良いんじゃないか? なァ佐為殿」

「え!? あ、まあ……」

 

 はい。と呟いた佐為に栞は声を弾ませた。久々の外出である。

 

 

 そうして一ヶ月ほどの間、佐為は博雅に師事して横笛の腕を磨いた。

 元から笛の上手い佐為であったが、その上達ぶりは見て取れて、本番前の式部卿の宮の屋敷で行った予行では博雅や親王たちに囲まれても危なげなく吹きこなしており栞も本番の成功を確信して嬉しく思った。

 一方、式部卿の宮の屋敷に勤める女房たちは世に名高い美貌の君が来るとあって色めき立っていたという。

 

 

 本番は晩夏。納涼と称した今上主催の私的な御遊だ。

 殿上人の席は清涼殿東孫廂に、地下人の席は東孫廂に面した地面に用意された。

 

「こっそり垣間見に行きましょうよ!」

登華殿(ここ)でただ聴いているだけなんてもったいないわ……!」

「しっかり見て栞殿に背の君のご活躍ぶりを教えて差し上げないと……!」

 

 当日の後宮は登華殿も色めき立ち、どうにかして管弦対決の様子を見に行こうと女房たちは盛り上がった。

 

 むろん盛り上がるのは登華殿だけではなく後宮全体であり──後宮殿舎のうちの一つ、麗景殿。

 この殿舎の主である麗景殿の女御は、今上の皇子を産みまいらせた身でありながらも後ろ盾が心許ないゆえか奥ゆかしく、このような催しの際も慎ましくしているのが常だ。

 

「そなたたちは行けばよいではありませんか」

 

 そわそわと落ち着かない女房たちを見た女御がそう言い、彼女たちは互いに顔を見合わせる。

 

「ではせっかくですし、そういたしましょうよ」

 

 誰ともなくそう言い、そのうちの一人が奥で大人しくしていた一人の女房に声をかけた。

 

「宰相の君、あなたもお出になりませんと……」

 

 すると、宰相の君、と呼ばれた女房は小さく首を振るう。

 

「いえ、わたくしは……」

 

 艶やかな黒髪が揺れ、同僚たちはその見事さに感嘆しつつ一人がうっとりとして言った。

 

「まるで絵物語から抜け出てきた姫君のようだこと……」

 

 彼女の優美な様子に見惚れる女房の一人を横にほかの女房たちも捲し立てる。

 

「あなたが行かなければ佐為の君も張りがないというものですよ」

「そうです。どうせ北の方は御所にはお出ましにならないのだし……、裏腹に橘内侍(きのないし)は行くというのに」

掌侍(しょうじ)の君はご公務ですから……」

 

 控えめで煮えきらない態度の宰相の君に女房の幾人かは息巻いた。

 

「四条の姫にならともかくも、橘内侍(きのないし)に遠慮することなどありませんのに」

「だいたい佐為の君もひどいわ。宰相の君をこそ橘内侍(きのないし)よりご寵愛なさっていたのに、急に(そち)大臣(おとど)の姫とご結婚なさるなんて……!」

 

 興奮気味の女房たちを女御がとりなし、場が収まって宰相の君はほっとしたように息を吐いた。

 

 宰相、とは参議の唐名である。

 『宰相』と付く通称で呼ばれる者は、なにかしら参議にゆかりのあることがほとんどだ。

 事実、宰相の君の祖父は参議にまで昇った人物であり、両親に先立たれた彼女は祖父の養女となり暮らしていた。

 しかしその祖父も亡くなり身寄りもなく、伝手をたどって宮仕えをする運びとなったゆえに参議だった祖父のゆかりの女房、『宰相の君』という女房名を麗景殿の女御に与えられた経緯がある。

 深窓の姫とは言わないまでも、人前に出るのは恥と言われ育った身としては姿形を隠せぬ宮仕えに抵抗があった。が、生きるための選択肢は他になかったのだ。

 

 それから二年ほど経った頃だろうか。佐為が侍従に任官され初めて後宮のこの麗景殿を訪れたのは。宰相の君は在りし日のことを思い浮かべる。

 

 御簾の内から彼の姿を初めて見たとき、この世にこんなに美しい殿方が存在していたのかと言葉をなくした。

 むろん見惚れていたのは自分だけでなくその場にいた全ての女人で、それからというもの誰もが彼の気を引こうと競うように励んだ。

 一方で、あの頃から佐為は宮廷一の美姫と名高い橘内侍(きのないし)と恋仲だという噂もあり諦めた層も一定数いたという。

 いずれにしても自分には関係のないこと。そう思っていた自分に多少なりとも武器があったとすれば囲碁だろうか。

 幼い頃に引き取ってくれた祖父と遊んだ思い出のおおよそは囲碁だ。だから人より多少は優れている自負はあった。

 

 その日はたまたま、女房の一人と打っていた。

 理論派で強者である相手を前に思いのほか熱くなり、対局後にああだこうだと検討していた時だ。佐為が来る日は事前にわかっていると言うのにそれさえ忘れ、彼が来たという侍女の声で慌てて奥へと引っ込んだのだ。

 しかし当の彼は残された盤面を見て興味を引かれたようで、その日の麗景殿での囲碁指南が終わったのちに宰相自身の部屋へと赴き御簾の外から声をかけてきた。

 

 一局打たないかと誘われ、断るのに精一杯。

 さすがの彼もぶしつけだったと感じたのだろう。

 引き下がったと胸を撫で下ろした数日後、文が届いた。

 艶めいた和歌(うた)ではなく、やはり対局したいと仄めかす内容だったが、美しい手蹟()に心惹かれて返事をしたためた。

 そうして文のやりとりが続けば、いずれ男君が訪ねてくるのは知れたことだ。

 

『あなたの温かな文の通り、なんと優美な……』

 

 新手枕を交わした朝に初めてこちらの姿を見た彼は、自分こそが美しい顔を湛えてそう褒めてくれた。

 そうして逢瀬を重ねて碁も打つ仲に至ったが、三子を置いてなお真剣な対局の叶わない自分を彼は碁の相手としては満足しなかったに違いない。それでも何とはなしに通ってくれ、彼との付き合いは続いた。

 

 あれは佐為が結婚する前の端午の節句のことだ。

 探しに探してようやく見つけた。と、山吹の花をあしらった薬玉を贈ってくれた。

 山吹は参議の飾る花。薬玉に使う例はあまりないが、自分のために尽くしてくれた佐為の心遣いがただただ嬉しく、一度は呪った宮仕えという運命さえ喜びに変えることができた。

 

 このまま時折りそばにいられるだけで構わない。

 そう思って間もなくの秋、佐為は(そち)大臣(おとど)の姫と結婚した。

 

 宮仕えをしている以上は人並みの家庭を望むのは難しいことだ。ゆえに佐為との結婚を夢見たことなど一度もない。

 まして相手は大臣(おとど)の姫。仮に自分が参議の養女のままであっても、とても勝てる相手ではない。

 むしろ我が君は大臣家の婿となれる器であったと誇らしくすらあった。

 それに──。

 

『妻は碁が強いんですよ』

 

 結婚後に初めてこちらを訪ねてきた際、佐為はそう言っていた。

 急に他の女人と妹背となった言い訳ではなく、本心であることがよく分かった。彼にとって──少なくともあの時は──手放せない碁の相手だった。大臣家の姫だからなどは関係なく、ただただそんな理由で大臣(おとど)の姫を北の方としたのだろう。

 佐為の身分を思えば、おそらくは望むことすらおこがましいほどの身分差だ。それを分かってなお碁のためにあの姫を得た。時々、あの人が碁のことでいつか身を滅ぼすのではないかと不安がよぎることもある。碁しか見えていないのが彼だと分かってはいても──。

 

 こちらへの通い自体は減ったが、それでも宿直の際には佐為はここへ寄ることもあり、宰相の君に現状への不満はなかった。

 まして宮廷内にいるだろう彼の馴染みの女人たちと競うなどとても……、と今宵の管弦対決の垣間見に向かう同僚たちを見送りながら思う。

 このような御遊が催される夜、佐為はこの部屋に来て泊まっていくことも多い。が、今宵の催しには彼の北の方の後見である博雅も共に出るのだから、きっと彼はまっすぐ妻の待つ四条へと戻るだろう。

 ならば待っている必要もないか……、と宰相の君はそっと清涼殿の方角に背を向けた。

 

 

 宮中を取り巻く人々の思いはそれぞれなれど、着々と準備は進められていく。

 殿上人側は佐為以外は博雅や式部卿の宮など皇族で固められ、対する地下人側は雅楽寮の楽人や管弦の覚えある地下の家系から選ばれている。

 そうして今上の納涼に相応しい楽曲というお題のもとで、按察使(あぜち)の大納言が判者を勤めることとなっていた。

 

 

 “その音色たるや浄土に響く音もかくやという素晴らしさで、地下(じげ)も宮さまがたの気品さ高雅さには及ばぬものの、なかなかどうして素晴らしく。まして月明かりの差し込む清涼殿に浮かび上がる佐為の君のお姿ときたら鬼神も魅入られるほどに素晴らしく宮さまがたにも劣らぬ優美さで、多少の音の劣りなど掻き消しておいででした。

 按察使(あぜち)の大納言さまもそうとうに悩まれたご様子で、最終的には殿上人側を選ばれたものの、世に二つ無き管弦の競となり主上(おかみ)も双方にたいそうな禄を給われ痛く感動されたご様子をお見せでした。

 それにも増して佐為の君の晴れ姿を垣間見に来た見物の女人の重みで清涼殿周りの板や反橋は崩れ落ちてしまうのではと思わせるほどの賑やかさで、そんなお方を背に持たれたことを誇りに思いませ。“

 

 

 ──などという清少納言からの文を明け方に戻ってきた佐為から渡され、栞はくすりと笑みを漏らした。光景が目に浮かぶようである。

 

 裏腹に当の佐為は疲労困憊と言った面持ちで、帰ってくるなり束帯を脱いで(しとね)に横になっている。

 

「本当に気の張る夜でした……」

 

 栞は文を閉じ佐為の方に目をやった。

 

主上(うえ)もとても感じ入っていらした、と清少納言殿がおっしゃってますよ」

「もちろん得難い経験ではありましたよ。宮さまがたの楽の音は素晴らしく……地下方の技量も申し分なくて」

「あなたを見ようと清涼殿周りが崩れ落ちるほどの数の女人が駆けつけたらしいですね」

「……また清少納言殿はそんな戯言を……。そりゃああれだけの方々が揃っていれば誰もがそばで聴きたいと思うでしょう」

 

 もしも奏者に選ばれていなければ自分も見物に参上している。とこぼす佐為に栞は肩を竦める。

 

「佐為の君……」

「はい?」

「大役ご苦労さまでした。じきに秋ですし……慰労も兼ねて羽を伸ばしに宇治にでも出かけません?」

「それも良いですが、栞」

「え……?」

「そなたも夜通し待っていてくれたのでしょう?」

 

 横になったまま佐為が栞に向かい手招きをした。その仕草があまりに艶かしくて、見慣れているというのに胸が高鳴った自身に栞は驚く。

 佐為は否定したが、清少納言の言い分は誇張ではなく事実に違いない。観られなかったのは口惜しいが、彼女の言うとおりそんな君を背に持っていることを誇るべきなのか。

 とりあえずいまは朝寝に誘うこの人に付き合い、しばし微睡もう。と栞は誘われるままに(しとね)へと入った。

 

 

 

 なお、この夜の管弦対決は数世紀後に書かれることになる『平安京草紙』の中で少しだけ触れられている。

 その説話の中には“藤の侍従見たさに押し寄せた女房たちの重みで清涼殿向かいの簀子に穴が開いた”などと誇張されて描かれた一文が見られ、「かの侍従の美貌とはいかほどのものであったか」と読者に想像させるのだった。

 

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