藤原佐為が生きていた時代の物語   作:こうやあおい

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第十七話:祈り

 新嘗祭も無事終わり、新年──。

 

 

 五節大師という大役に加えて紫宸殿で舞った栞には予想よりも遥かに莫大な禄が贈られた。

 

 栞はそのほとんどを佐為の実家に贈るといい、それとは別に正月用に用意された品も携えて新年の挨拶のため佐為は自宅へと戻った。

 むろん佐為自身、栞の用意した正月用の衣装を身に纏っている──これは一年で最重要とも言える正妻の仕事だ。

 

 四条から牛車に揺られることしばらく。

 七条まで下れば市場の広がる庶民じみた景観が見え始める。賑やかさも増してくる。この辺りは公卿はまず足を踏み入れない場所でもある。

 

 括りとしては“月卿雲客” ──昇殿を許された公卿・上人──の住む場所なれど、京でも一、二を争う敷地を誇る大邸宅である四条の栞の屋敷と佐為の家は同じ『貴族屋敷』と呼ぶのも憚られるほどに違いがある。

 それでも官位相当の使用人はおり、牛車が着けば屋敷の上土門(あげつちもん)が開けられた。

 

「若……!」

「おかえりなさいまし……!」

 

 三面廂の寝殿に対屋が一つ、侍所と小さな庭。簡素な屋敷とはいえ下級官人の邸宅としては十分な広さだ。

 

 父はついぞ貴族階級に及ばない身であったが、五位に昇れば収入は桁違いに跳ね上がる。貴族(五位)只人(六位)の壁は高く厚く、超え難い。

 ここ数年は両親や使用人の衣装、調度品類は栞が立派に整えてくれたが……それでも屋敷の修繕や維持くらいは自身の給与で十分に賄えている。

 佐為は寝殿の檜皮葺(ひわだぶき)の屋根を見上げる。

 あれは自身が従五位下を賜った際に古くなってきた家を修繕させ造らせたものだ。

 檜皮葺(ひわだぶき)こそは貴族の証──五位以上の屋敷にしか許されていない。

 

 思えば自分の生まれは下級官人だが、自身はあまりそのような──ある種の庶民的な──暮らしをしたことはないように記憶している。と、佐為はぼんやり考えた。思い上がりかもしれないが、子供の時から意識だけは既に貴族でいた。

 

 佐為自身の所属する『藤原氏』もかつては権勢を誇っていたらしいが没落して既に日が長い。

 その傍流も傍流の生まれである佐為の父は若い頃にはさる公卿の屋敷に家司として勤め、母もまたその家の女房として共に暮らしていたという。

 そのうちにその公卿に昇進を取り立ててもらったのだろう。地方での任に就くために父は下向し、身重だった母は京に残って自分を産んだのだと聞いている。

 おおよそ記憶にはないが、囲碁を最初に覚えたのもその屋敷でだったのだろう。

 一度諸国に派遣されれば小さく貧しい国でさえそこそこの財は築けるものらしく、帰京した父はこの屋敷を建てた。対する母は相変わらず女房業に精を出して稼ぎ、自分には複数の師をつけて幼い頃から学業に手習いにとずいぶんと仕込まれたものだ。公達に見劣りしないようにと身の回りのものに蓄えた財のほとんどを注ぎ込んでもらった。

 そうして早めに元服を済ませた自分は大学寮に入れられ、父は再び地方官に任じられ今度は母と共に下向した。

 

 以来、家に帰ることはほぼなく──課試に通って侍従に取り立てられ昇殿を許された。

 

 この世界は純然たる身分社会。

 労せず昇殿を許される家系はもとより大臣にまで昇れる家系もほぼ決まっており、その牙城は崩しがたい。

 例外があるとしたら、それは学問──菅原道真などはいい例だろう。

 ゆえに下級官人が学での昇進を自身の子息に託すのはよくあることだ。──そういう意味では、両親の目論見は成功だったと言える。

 

 自分は遅くにようやくできたたった一人の嫡男。

 思いがけずに容貌さえ優れて生まれついた自分に彼らは一家繁栄の夢を託し、いつの日か内裏へ上がる日が来ても困らぬよう公卿にさえ引けを取らない教養を身につけさせた。

 貴族らしい品格を保てるよう、下級官人の私的業務と言われる農業などもいっさいやらせずひたすら知識を身につけさせた。

 

 そうしてあわよくば大国を預かるような受領の物持ちの娘あたりと結婚させたかったのだろうな。と、佐為は遠い目をした。

 受領どころか天下の大臣(おとど)の姫を妻としてしまった。

 

「父上、母上、おめでとうございます」

 

 屋敷に上がり、寝殿の母屋へと進んだ佐為は奥に座する両親に新年の挨拶を済ませた。

 自身の姿を見た母が、まあ、と目を見張ったのが映る。

 

「立派なお召し物ね……」

 

 父も恐縮しきりに頷いた。

 

「四条の三位(さんみ)御方(おんかた)さまからは去年にも増して大層な贈り物をいただき……。あちらとのご縁で近頃は物騒なこともなくありがたいとそなたからもお伝え申し上げて欲しい」

 

 ふ、と佐為は笑う。

 

「それはよかった。私もなかなか戻れないもので、家のことを案じていたんです」

 

 京というのは下れば下るほど治安も悪くなってくる。

 隙を見せれば強盗に押し入られることもざらであるゆえに、家の警備というのは頭の痛い問題なのだ。が、有力者の縁続きとあらば相当な抑止力となる。

 既にこの家は大臣家の婿の生家だと知れているためそうそう手は出せないのだろう。

 

豊明節会(とよのあかりのせちえ)で四条の姫さまは主上(おかみ)の御前で舞を納められたそうね、天女もかくやというお美しさだったと伝え聞きましたよ」

「ええ、みな言葉をなくして魅入っていました」

「そんなお方があなたの北の方だなんてねぇ……いまだに恐れ多くて。くれぐれも姫さまに失礼のないよう、大臣(おとど)と長秋卿を主人と思し召してお仕えなさいよ」

 

 母の言葉を受けて佐為は頷く。

 自身の実家にまで豊明節会(とよのあかりのせちえ)で栞が舞ったことが届いているとは。よくよく狭い世界と言える。

 などと思いつつ、挨拶も済ませて一通り屋敷の様子を見てから佐為は自宅を出た。

 牛車を走らせてしばらく。四条の屋敷の豪奢な四足門が見えてくる。

 

 ──幼い頃から、学業のかたわらで碁を学んできた。

 学業で身を立てるためには人より秀でろと厳しく躾けられたというのに、物心ついた頃から心奪われたのは碁だった。きっとあの十九路の宇宙には魔力でも宿っているに違いない。

 偉大な大陸の儒学者たちでさえ碁を嗜むと学業が疎かになるとの批判を展開しつつ、結局はその魅力に取り憑かれていたのだ。

 そのせいだろうか。雑戯の一切を禁じられているこの国の大学寮でもまた、碁を学び碁を打つことは見逃され黙認されていた。自身の学んだ算道ではむしろ学業の助けになると秘密裏に推奨されていたほどだ。そのことは今でも心からありがたかったと思っている。学業漬けの日々も歓びに変えて精進することができたからだ。

 そうしていつしか、囲碁に人生を捧げたいなどと有り得ない望みさえ抱くようになっていた。

 

 ──唐の役人のように碁で取り立ててもらえればどんなにか良いだろう。

 

 唐には皇帝に仕え囲碁の腕のみで奉仕する官職があると知ったのは大学寮で見た古い文献からだ。多数の異民族が集うという長安の、想像を絶する広大な城で聖なる皇帝に仕え碁にて奉仕する。そんな夢のような話、自身が太古の生まれであったならば必ずや大陸へと渡り、きっと阿倍仲麻呂のように皇帝の目に留まってみせようと幾度となく夢想した。出自など関係なく、実力のみでのしあがる。この国では夢想することさえ虚しい絵空事だ。

 そして遣唐使も廃止されて久しく唐さえ滅びたいま、かの文献で見た話などおとぎ話に等しい存在。時おり空想に興じるための慰みもの。現実は大学寮を出たとて出自が下級官人である以上、位を得ても初位から地道に昇進を重ねるしか術はなく、生涯をかけてさえ貴族層に届く可能性はごくわずか。まして昇殿など、万に一つの望みさえもないのだ。

 そのうえ碁で立身したいなど、夢の中の夢──。

 

 そう諦念していたというのに、よもや思いが叶うかもしれないと知ったのは今上が即位した後だ。

 

 春宮時代から碁に熱心で唐土のように碁を公のものにしたいと話されているとは風の噂で耳にはしていたが。即位後、今上は折りに触れて六位の蔵人である菅原顕忠を御前に召し、碁の相手を請うていると大学寮の官人から伝え聞いたのだ。

 宴の際に碁を打たせるなどさして珍しくもないことだが、どうやら今上は棋力向上に熱心だとの話も聞き、佐為は自分に目をかけてくれていた先の大学頭にそれとなく、だが熱心に訴えた。恐れ多くも内裏で碁を打つ機会があれば是が非でも賜る栄誉に預かりたいと。

 碁に優れているという矜持は幼少の頃からあった。菅の蔵人が大学寮の役人であった頃から碁に熱心であったことは聞き知っていたが、彼に劣っていると感じたことは一度たりともない。だから、と彼と競おうと思ったわけではないが、彼ができるのならば自分とて──と感じたことは否定できない。

 そのためには人より抜きん出ようと、最高の結果で大学寮を出るのだと死に物狂いで励んだ日々は今も鮮明に覚えている。

 今上の住まう内裏に、清涼殿に上がるなど下級官人の出には過ぎた望みだ。だが両親はその過ぎた望みを自分に託して賭け、財産のほとんどを注ぎ込んでくれた。

 そしてそんな神聖な場所に住まう今上が、自分と同じく碁に執心している。ならば、これを神の思し召しと理解し叶わぬ望みを抱いても罪にはならぬだろう。

 是が非でも内裏に上がらなければ──、あの魑魅魍魎の巣食う朝廷で生き残らねば、自分の目指す高みには辿り着けない。そんな風に感じた。

 

 だからだろうか?

 

 妻にと望んだ人が大臣(おとど)の姫だったのではなく──大臣(おとど)の姫()()()妻にと望んだのだろうか。

 栞と初めて対局した時、得難い腕を持った少年(ひと)だと思った。

 この人が成長すればどんなにか……そう思って再会した相手は大臣(おとど)の姫で、自分には手の届きようもない人だったと知った。

 それでも対局さえ叶えば良いと、そう思ったはずだったのだ。

 だが──藤の中納言と結婚されたらもう手が出せない。そう感じて彼女を欲したのは……。

 

「殿……!」

 

 到着を知らせる声に佐為はハッと意識を戻した。

 何を考えているのだ、と首を振るう。

 久々に昔を思い出して感傷的になっているのか、と牛車を降りて屋敷の中へと向かう。

 

「おかえりなさい……!」

 

 母屋に入ればいつも通りに栞が迎えてくれ、ふ、と佐為は笑った。

 

「ただいま」

「ご両親はお元気でした?」

「ええ。立派な衣装に調度品にといろいろ贈っていただき恐縮していました」

「そんな大袈裟な……。でも気に入っていただけたなら良かった」

 

 こちらに歩み寄ってきた栞は佐為の手を取って火桶の方へ促した。外で冷えただろうと気遣ってくれているのだろう。

 

「ねえ佐為の君、一月のうちに博雅さまたちを呼んで賭弓(のりゆみ)をしません? たまには付き合ってください」

「いいですよ」

「え、ほんとうに!?」

「その代わり私が入った方は敗色濃厚ですけど、それでよければ」

 

 冗談めかせば栞は小さく肩を揺らした。

 佐為も微笑んでその肩を抱き寄せる。

 

「明日は出仕がありませんから、二人でゆっくり過ごすこととしましょう」

「それは一日中碁を打ちたいという意味ですか?」

「そ……そういうわけでは……」

 

 ないこともない、と濁すと栞は苦笑いを漏らす。

 ふ、と佐為は笑った。

 なにを考え込むことがあるだろう?

 碁のためでも、大臣(おとど)の姫という要素のためでも良いではないか。

 いまの自分は、間違いなくこの人の居るところが自身の居場所だと感じているのだから。思ってそっと栞の髪に唇を落とした。

 

 

 京の冬は冷える。

 暦の上では春となったばかりだが、まだまだ『春』には程遠い寒さだ。

 

 夜明け前、ふと目の覚めた栞は寒さから身震いをした。

 その振動が伝ったのだろう。

 

「……栞……?」

 

 掠れた声が聞こえて、栞はしまったと薄闇の中で佐為を見た。

 

「すみません、ふいに目が覚めて」

「じき……夜明けですからね」

 

 言って、佐為はぐいと栞の肩を引き寄せ自身の胸へと抱き寄せた。

 

「これで少しは暖かいでしょう?」

 

 間近で佐為の声を受け、栞は佐為に身を寄せつつ頷いた。

 暖かい。冬に誰かと寝る暖かさは、佐為に出会わなければ知らなかったことだ。

 佐為も同じように感じてくれているならいいのに……。甘えるようにして下半身を絡ませ、栞は再び目を閉じた。

 

 冬は早朝。──などと言う人もいるが、冬の朝ほど目覚めの辛い季節もないような気がする。

 

 おおよそにして冬の朝は女房たちが炭櫃(すびつ)にくべる炭の用意に行き交う物音で目が覚めるものだ。

 そのうちに命婦が手水を持ってやってくる。それでも(しとね)からなかなか出られないというのに、佐為はそうでもないらしくいつも先に起きている。

 

「栞……! 雪が降っているようですよ」

「え……」

 

 寒いと思ったら、と身を捩る栞とは裏腹に佐為は意識を庭の方へと飛ばしているようだ。

 

「格子をあげるにはまだ寒いでしょうか……」

「佐為の君?」

 

 彼は外の景色を見たいと思ったのか起き上がって女房に声をかけている。

 (しとね)の中からぼんやり見ていると、佐為は白い狩衣を身につけて髪も結い上げないままに烏帽子だけを掴んで外へと向かってしまった。

 そのうちに彼に付き添って行った女房が戻ってきて、「一面の雪景色で素晴らしいのでぜひ姫さまもおいでくださいと殿が……」と言付けてきて栞はようやく身を起こした。

 さすがに自身も狩衣を着て外に出ていく力は朝から出ず、顔を洗い身支度を整えてから妻戸を開けて簀子へと出てみる。

 

「わ……!」

 

 雪のせいだろうか。いつもの朝より眩しい光が瞳に飛び込んできて栞は思わず目を窄めた。

 

「栞……!」

 

 佐為の声が聞こえて見やると、粉雪がちらちらと舞い散る先で彼は庭の椿を見ているようだった。

 

「ひと枝手折っても構いませんか……?」

「え、ええ……」

 

 気に入ったのなら誰かにやらせればいいものを自ら摘みたいとは。佐為のこのような部分は自分も含めて風変わりなこの家に馴染んでいると言えるかもしれない。

 (きざはし)の方へ向かいながら佐為を見やる。その横顔は本当に嬉しそうに椿を見つめており、いまを盛りに鮮やかに開いた赤い花を彼は手折った。

 そうしてこちらを向いた佐為はにこりと微笑み、栞は思わず目を奪われてしまう。

 雪の反射を受けた白い狩衣が垂らしたままの佐為の艶やかな黒髪や血色の冴えた唇を際立たせており、彼の口の端からのぼる息さえ雅やかだ。

 

 ──なんて美しい人だろう。

 

 舞う粉雪さえ、まるでこの光景を彩るために降っているかのようだ。栞が目を逸らせずにいると、佐為は(きざはし)を登って栞の目の前まで歩いてきた。

 

「美しいでしょう?」

 

 佐為はなお目を細めて手折った椿を栞に差し出してくる。

 その様子は椿にも増して美しく、栞がやっとのことで頷けば佐為は口元を緩めながらその枝を栞の耳元に髪飾りのようにして挿した。

 

「ああやはり、よくお似合いですよ」

 

 どうやら彼は自分に見せるためにわざわざ自ら手折ったようで、栞は頬が震えて思わず目を伏せた。

 すれば佐為の袖の先の手が少し赤みを帯びているのが目に映り、冷えているのだとそっと両手で包む。

 

「こんなに冷えて……」

「でもせっかくの美しい朝ですから」

 

 はやく母屋へ入ろうと促せば、佐為はもう少し雪景色を眺めようと言い、二人して(きざはし)に腰を下ろして寄り添いあう。

 

 朝の冷えた清涼な空気に一面の銀世界。

 中島にかかる太鼓橋にも雪が積もり、その下の朱色をいっそう鮮やかに映えさせている。

 

 こうしていると、しんしんと降る雪の中に二人だけで佇んでいるかのようだ。

 そっと佐為を見上げると、目が合った佐為は、ふ、と口元を緩めて栞の額に唇を寄せ、先ほどよりも強く抱き寄せてきて栞の目尻が無意識に滲んだ。

 

 

 ずっとこのまま、ずっとこの人と一緒にいたい──。

 

 

「まあ姫さま、殿……! こんなお寒い中でなにをなさっておいでですか……!」

 

 目を閉じてそんなことを思っていると命婦の声が聞こえ、身体に触りがある前にと寝殿の中へと戻されてしまった。

 

 そうして長炭櫃(ながすびつ)のそばで佐為は雪に濡れた狩衣を脱ぎ、栞も重ねていた衣を脱いで寛ぎつつ暖を取る。

 格子は明かりとりのために上半分を上げられたものの、御簾や壁代、几帳で何重にも守られた母屋の奥の、さらに大きな火鉢のそばにいればそれなりに冷気は凌げて暖かい。が、ここからでは外の風景は楽しめずに佐為はしきりに残念がっていた。

 せっかく美しい景色だったものを、と悲嘆する彼はぶつぶつとなにやら和歌(うた)を詠んでいたが、栞は付き合えないので流し聞いておく。

 

「栞……」

「はい」

「香炉峰の雪は……と唐でも言われてるというのに」

 

 すれば彼は和歌(うた)から漢詩に切り替えてきて、こういう機転はさすがに大学寮から昇ってきた人だけある。と、栞は肩を竦めた。

 

「いま御簾をあげたら女房たちに恨まれてしまいます」

 

 佐為は白居易の『香炉峰下新卜山居』から「香炉峰の雪は簾をかかげて看る」を引用したつもりらしいが……と答えれば、彼はいよいよ複雑そうな顔をして栞は苦く笑う。

 

「もう少し陽が高くなれば子供たちが庭で雪遊びをしたがると思いますので、混ざります?」

 

 屋敷の使用人は家族で住んでいるものも多く、子供の数もそれなりにいる。それほど雪景色が恋しいなら彼らと一緒に遊ぶのも一興だろうと冗談めかせば、さしもの佐為も呆れたように息を吐いた。

 その様子を見て栞は肩を揺らす。

 が──。

 

「あ……」

 

 ぽとり、と栞の手にふいに何かが落ちてきた。

 見れば赤い花が転がっている。髪に飾っていた椿の花首だ。

 その光景に栞はやや動揺した。

 一瞬だけ不穏な予感がよぎり、せっかく佐為がくれたのに……と拾い上げるとよほど悲しげな表情をしていたのだろうか。そっと佐為が手で頬に触れて慰めるように言った。

 

「そんな顔をせずとも……椿の花はもともと落ちやすいのですから」

 

 栞がそのまま佐為の胸にもたれかかりつつ手の中の椿を見ていると、佐為は命婦に手水鉢に水を張って持ってくるよう言いつけた。

 そうして運ばれてきた小さな手水鉢に椿を浮かべてみるよう佐為が促し、栞は手の中の椿の花を水に浮かべてみる。

 

「ほら、美しいでしょう?」

 

 浮かべる椿の数を増やせば屋敷の中でも椿観賞が楽しめる。と、かえって上機嫌の佐為を見て栞も少しだけ頬を緩めた。

 新年早々、なにを不安になることがあるだろう。

 ただこのまま、ずっとこのままいつまでもそばにいたい──。と、栞は佐為の胸に顔を埋めてそっと単衣の裾を握りしめた。

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