「なぁ、ミカン。そろそろオレにジムバッジくれないか」
「ダメです。それはそうと、そろそろわたしたちも結婚しませんか」
「しない。そもそも付き合ってない」
「あ、そうでしたね。あまりにも長く深い付き合いをしていたので勘違いしていました。……これはもう事実婚というやつではないでしょうか」
「違う。マジで違う」
「ふふ、最近はわたしのお腹も大きくなってきて――」
「それはお前が食べすぎで太ってきてるからだろ」
「殺すぞ」
「ごめんなさい」
オレは今日もアサギジムに挑んで惜敗していた。惨敗ではなく惜敗だ、そこのところ間違えるなよ。
昨日よりは追い込んだと思ったが、まだ戦略が浅かったようだ。しかしもう少しで勝てるはず……タブンネ。
「どうしたんですか、急に暗い顔をして」
ミカンがオレの顔を覗き込む。
「別に。なんでオレがこんなところにいるのかなーって思ってただけだ」
「こんなところって酷い言い方ですね。アサギジムを何だと思ってるんですか?」
「悪魔の居城」
今オレはアサギジムの休憩室にいた。
オレの隣ではミカンが座っている。
茶髪のロングヘアを二房結い、でこを出している。胸元に大きなリボンを付けた白いワンピースを着た、小柄で可愛らしい少女だ。
彼女自身は体重が増えてしまったと言っていたが、見た目的には全く変わっていない。
オレにジムバッジをくれない悪魔みたいな女でもあるのだが。
「ふーむ、今日も伸びてますね」
「ん? また動画をあげたのか?」
「はい」
ミカンは数年前にジョウト地方で発売されたポケギアソリッドという板状のコンピュータ端末を操作していた。
どうも最近、ミカンはポケチューブというやつを始めたらしい。
はがねタイプポケモンとの触れ合いや誰かさんとのポケモンバトルの動画をあげており、軒並み好評と言っていた。誰かさんとは一体誰のことだろうか。
「まぁ、オレには関係のないことだが」
オレはミカンから目を離し、明日の戦略を考える。が、すぐに思考は中断された。
「あ。そういえばあなたに言わなきゃいけないことがありました」
「……なんだよ?」
嫌な予感がする。
ミカンが突然オレに用件をふっかけるときは大抵ロクなことにはならないのだ。
そして、予感はやはり的中した。
「一週間後、コガネシティのスタジアムでわたしたちがポケモンバトルすることになりました」
「またかよ!?」
オレとミカンはほぼ毎日と言っていいほどにアサギジムでジムバッジを賭けてバトルをしているのだが、たまに他の町に出張バトルをさせられることがある。
なんでもオレたちのバトルはアサギシティで名物になっており、それが他所の町に広がって、さらに他地方に伝わり、もはやジョウト地方の看板になってしまっているらしいのだ。
スタジアムでのバトルは毎回客席が満たされ莫大な興行収入が生まれ、他地方にも動画中継されるため、ジョウト地方の広報を目的にチャンピオンも四天王、さらにジムリーダーもこぞって協力しているらしい。
人の負け試合をなんだと思ってるんだ、それでも人間か!? いいやお前ら人間じゃねえ!(反語)
「あなたが早くチャンピオンになってくれればワタルさんも楽になるのですが。あの人、カントーとジョウトのチャンピオンを兼任していますから。――まったくあなたという人は」
「ねぇそれ誰の目線で言ってるの? 誰がオレを足止めしてるか知ってる?」
「あなたが名前を教えてくれないのが悪いです」
「だからといって伝説のポケモンをぽんぽん繰り出してくるジムリーダーがどこにいるんだよ! フロンティアブレーンでももうちょっと自重してたわ!」
ふん、と鼻を鳴らしてオレは立ち上がる。
「あら? どこかに行かれるのですか?」
「お前に教える必要はない」
「……。辛辣なことばかり言っていると――今度から毎回6対6のフルバトルにしますからね」
「さーせんしたミカンさん! 私がこれから向かうのはヒワダシティのツクシくんのところです!」
「はい、よくできました」
「えへへー。……ちくしょう!」
おとーちゃん、おかーちゃん……オレまだまだ弱いみたいだ。こんな小さい女の子(同年代)に脅されて屈しちゃったよ。
***
「――ということがあったんだが。ツクシよ、オレにもう一つバッジをくれないか? オレはもうあの悪魔と戦いたくない」
オレはヒワダシティに逃げ込んで、紫髪のジムリーダー――ツクシに愚痴を言っていた。
「あはは、気持ちはわかるけどそんなこと流石に認められないよ。大丈夫だって、何度も挑戦したらきっといつかは勝てるよ」
「……いいのかそんなこと言って。そろそろオレはあの悪魔に直接攻撃を仕掛けかねないぞ。なんなら奇襲も厭わない」
「うーん、どうやってもキミがミカンさんに反撃されて泣く未来しか見えないなぁ。というか、早くキミの名前を教えてあげればいいのに。どうして教え」
オレはツクシの口元に指をやって言葉を遮った。
「ツクシよ。それ以上はいけないぞ」
「う、うん。…………え? なんで?」
ツクシは一旦頷いたが、すぐに問い返してきた。しかし、教えられないものは教えられないのだよ。
それはともかく、ツクシは、ジョウト地方最年少のジムリーダーと呼ばれており、虫タイプ専門のトレーナーだ。さらに幼くして新種の虫ポケモンを発見して育成した、将来有望な研究者でもあるのだ。
ツクシはオレよりもほんの少し年下だが、親友と呼んでも過言でないほどに仲良しだと思っている。……少なくともオレは。
「心配しなくてもボクもキミのことは親友だと思ってるよ」
「マジ?」
「マジだよ」
おぉ。おとーちゃん、おかーちゃん、これまでポケモンしか友達がいなかったオレに親友ができたよ。やっぱり旅って偉大だね。
「よっしゃ。じゃあ今度ツクシの私物をおとなのおねえさんに売りつけよう。許してくれるよね、だって親友だもの」
「これほど自分の発言を撤回したいって感じたの初めてかも。一回死んで欲しいな」
「流石はマイベストフレンド、容赦のない言葉だがそれも気の置けない仲ということなのだろう」
「……キミってミカンさんがいないところでは、基本的にクズだよね」
「はっはっは! そのミカンもオレに一度でも負けたら、これまでの屈辱を何倍にも重ねて復讐してやるのだ!」
「へぇ、具体的にはどうするの? 親友だから教えてよ」
「そうだな! 例えばオレに負けた瞬間を全国各地方に中継して、リプレイで何度も流してやるとかだ! ポケッターやポケスタグラムにも拡散してやる! ……ぐふふ。自分でも引くぐらいエグい復讐だ」
「うん。じゃあ今度ミカンさんに会ったら教えておくよ」
「――やめろツクシ、その技はオレにきく」
オレは自分でも気持ち悪いと思った笑みを抑え、一転してツクシに土下座した。
はい、ツクシ様の優しさに調子に乗っていましたごめんなさい。
「でもミカンさんって本当にすごいよね。まだ若いのに、ここ数年ではがねタイプ最強のトレーナーって呼ばれるようになったんだから」
「えっ、マジ?」
「うん。ホウエンチャンピオンも認めてたよ。『彼女ほどにはがねタイプのポケモンを愛し、使いこなすトレーナーはいない。数年後には、はがねタイプ使いの権威と呼ばれるだろう』って」
マジか……マジなのか。
「本当にすごいよ……どこぞのバカな誰かさんのためにここまで強くなるなんて」
「? 何か言ったか?」
「なんでもないよ。……はぁ」
なぜかツクシが溜息をついていた。なぜだろう馬鹿にされた気がする。
まぁ、それはそうと。
ミカンのやつが世界的に有名になるほど強くなっていたとは――。
「あの悪魔、今ですら胸板がはがねタイプ並みに鉄壁なのに、強さでもそんな風に評価されてたのか。どこまで堅くなるつもりだ」
「キミ、それ直接本人に言ってみたら?」
馬鹿野郎、そんなこと言ったらオレがフルバトルで殺されるだろうが。伝説6体を相手にするとか絶対に嫌だぜ。
「まぁ、アイツの評価なんてどうでもいいよ」
「え?」
ツクシが少し不思議そうな顔をした。
「――オレは世界最強のジョウトチャンピオンになるまで、アイツに名前を言わないと
オレは言葉を続ける。
「アイツがはがね使いで最強と呼ばれるんだったら、オレは世界で最強のトレーナーになるだけだ。――一週間後、コガネシティでアイツを倒してみせるからテレビで見とけよ、ツクシ」
「…………」
ツクシは呆気に取られたかのようにオレを見る。そして――。
「ふふ」
と目を細めて小さく笑った。
どうしてだろう、ツクシのその笑みはここにはいない誰かを羨んでいるかのように感じた。
が、ツクシはオレの顔を見つめて。
「あはは! うんっ、がんばってね!」
「おうよ!」
オレは気を新たに対ミカン戦の戦略を考えるのであった。
***
「――ということを彼が言ってたよ」
『ありがとうございます、ツクシくん』
ツクシはポケギアソリッドで電話をしていた。相手は先ほどまで話していた少年の愚痴の対象になっていた少女だ。
「彼はやっぱり昔から変わらないね。ミカンさんも世界的に有名になったし。『計画』も最終段階かな?」
「そうですね」
ツクシは通信相手――ミカンに先ほどの少年との会話の一切を報告していた……悪口含めて。
それはまさに少年が聞けば「裏切りだ!」と喚き立てるであろう事態だが、これはツクシに限った話ではない。
実は少年が知らない裏側で、とある計画が始動していた。
協力者はジョウト地方全域のジムリーダー及び四天王・チャンピオン。
彼らはそれぞれ少年に注目しており、少年の動向を逐一この計画の主導者たるミカンに報告しているのであった。
――計画の目的は『彼を他地方をも圧倒する最強のジョウトチャンピオンに育てる』こと。
――計画内容は『ミカンという絶対的な障壁を用意し、彼に立ち向かわせることで強くさせる』こと。
この計画が成就した暁には、ジョウト地方に多大な躍進が起きると確信されている。
なんせ世界最強のトレーナーがジョウトで誕生するのだから。グッズやら興行収入やらで大金ががっぽがっぽである。大人はお金にうるさいとはこのことか。
……とはいえ、一番利益を得られるのはこの少女だろう。ミカンにとってこの計画の成就は念願である。
「彼が昔、約束してくれたんですよ。『オレが世界最強のチャンピオンになったらお前を迎えに行く』って」
そのミカンの声には熱い息が込められていた。
今は通常の音声通話だが、もしビデオ通話にしていたら頬を上気させた彼女の顔が写しだされていたことだろう。
「しかし、よくこの計画もここまで順調に進んだよね。正直、ボク絶対にうまくいかないと思ってたよ」
「そうですか?」
そりゃそうだろう、とツクシは内心でつぶやいた。
この計画を成す大元の条件として、彼にチャンピオンを目指せるぐらいの気概と才覚があり、ミカンにも彼を超えるだけの力を常に備えていなければならないのである。
「本当にどうやって一人で伝説のポケモンを何体も捕まえたんだい? ……というか、そんなに見つけられるものなの?」
「ふふふ、これもひとえに愛の力のおかげです」
「愛って……。それで伝説のポケモンを見つけられたらマツバさんも苦労しないだろうに」
ツクシは昔からホウオウを追い求めているエンジュシティのジムリーダーの顔を想像した。
「わたしの彼への想いがポケモンたちを引き寄せているのかもしれませんね。――でも最近、彼、イブキさんにちょっかいをかけているみたいなんですよ。まったく他の女の人に目移りするなんて許せませんよね、お仕置きしなきゃ。具体的には彼を真っ暗の空間の中に閉じ込めて――」
「…………………」
唐突にミカンが背筋が凍えるぐらいに暗い声を出し始めた。
(あー……これなんて言うんだっけ。彼が以前何か言ってた気がする。――ああ、そうだ『ヤンデレ』だ)
ツクシは以前彼から教えてもらった単語を思い出す。
ヤンデレとはたしか病的なまでに一人の男性に恋をしている女の子のこと。
彼が『フィクション』の中だったら大好物って言ってたやつだ。
まぁ、ミカンのは恋というよりもさらに濃厚な愛だと思うが。
「ミカンさん落ち着いて。彼もイブキさんとはよくバトルをする間柄だから、仲が良いんだよ。ボクも彼とはよく揶揄い合うしね」
「……それは、そうですね」
ミカンは浮かない様子であるが、ひとまず納得していた。
ツクシは内心で誤魔化せたことを安堵する。
どうやら彼がイブキさんにしている『ちょっかい』について、具体的なことは聞いていなかったらしい。いやぁ、本当によかったよかった。
もしそのことをミカンが聞いていたとしたら、少年は今頃抹殺されていることだろう。
ツクシがそう思うぐらいに、少年の
「まぁ、彼もミカンさんとの約束はちゃんと覚えているみたいだから、きっと大丈夫だと思うよ」
「――えへへ、本当ですか? ツクシくんも彼とわたしが相思相愛だと思いますか? やっぱりわたしと彼は相性バツグンみたいですね」
「うわっ急に元気になった」
唐突に元気になったミカンにツクシはドン引きした。
それはともかく、ツクシは彼女が言ったことに関してはあながち間違いではないと思っている。
それは彼がミカンに何度も敗れながら、他地方のチャンピオンで妥協しないことから容易に想像できる。
彼の実力自体はもう既に世界でも有数のものになっているのだから、ジョウト地方にこだわらなければポケモントレーナーとして大きく名を残せるだろう。
それでもミカンに挑み続けるのは。
「それだけ彼もキミとの約束を果たすことに執着しているんだろうね。キミたちは本当にお似合いだと思うよ」
「――ツクシくん後でいかりまんじゅうを贈りますね。いいこいいこもしてあげます」
「いかりまんじゅうは欲しいけど、後ろのはいらないよ」
ツクシは大きくため息をつく。
(まったく、どうしてボクが二人の手助けをしなくちゃいけないんだろう)
少年とは親友と呼称するほどに仲が良い。だから、彼の夢を応援したかったのだろう。
――しかし。
彼がたった一人の少女のために何年もかけて約束を果たそうとする。
そのことが、ほんの少し……ほんの少しだけ。
彼にそこまで想われている、その少女が羨ましいと感じてしまっていた。
……それはそうと。
「その約束の内容で、どうして名前を言わないということに繋がるのかは分からないけどね」
「わたしもそう思います」
やっぱり彼の独特な心理は経験豊富なジムリーダー達でも理解しきれないものだと、ツクシは改めて認識するのであった。
***
一週間後。
コガネシティ・スタジアムにて。
「ミカンっ! 今日こそお前を」
「――あなた。わたしの胸のことを鉄壁と呼んでいたらしいですね」
「エッ」
「
少年はやはりミカンにボコボコにされるのであった。