仲間と明日を迎えるために   作:ありすふぃあー

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一話

 

 俺は一体何者なのか。悩むときがある。

 

  父は魔人族、母は天人族。

 

 闇と光の混血。正反対に存在する種族。相容れず戦いの歴史を繰り返してきた者たち。

 

 その両極の血が体の中で蠢き、せめぎ合う。

 

 俺は一体なんなのか。

 

 天人族、魔人族、それともどちらでも無い何か?

 

 誰か、俺に教えてくれ……。

 

 

 

 

 俺は一体、何者なのかを……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んん……。」

 

 

 瞼に微かな光を感じ、目を覚ます。

 

 見慣れた石造りの天井。次いで明滅に揺れるランプの明かりが網膜を照らした。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 吐息を一つ。そのまま体を起こし、ユーリは近くの椅子に掛けてある上着に袖を通した。

 

 同時に部屋に響き渡る控えめなノック。

 

 この時間ならば、この部屋に訪れる主など一人しかない。

 

 

「入れ」

 

 

 と静かに促すと、重々しい音と供に扉が開き予想通りの人物が入ってきた。

 

 

「おはようございます。ユーリ様」

 

「ああ。毎度変哲のない挨拶だな、アイン」

 

 

 左様で、と仰々しい様子で頭を垂らしてくるのはアイン・リーベルト。

 

 見た目通り生粋の魔人族で、父がまだ存命の時には右腕の位置にいた男。

 

 戦闘能力はそれほど高いというわけではないが、その頭の切れは誰もが一目置いており、参謀としてユーリが信頼するところだ。

 

 

「状況に変化は?」

 

「いえ、今のところはまだ」

 

 

 そうか、と答えるこの一連の会話もいつものこと。

 

 しかし、予感というものか。

 

 何か今日は少しどこか違う気がする、虫の知らせ……というべきか。

 

 

「……なにかあるのではないか?」

 

「さすがはユーリ様。おわかりになりますか?」

 

「勘だ。とにかく話を」

 

 

 御意、とアインは頷き、モノクルをツイと正す。

 

 真剣な話をする時のアインの癖だ。それだけでこの話の重要性がわかるというもの。

 

 

「まだ不確かな情報ではございますが、近いうちに人間族が動き出す可能性が高まりました」

 

「……ほう」

 

 

 咄嗟に落ち着かせたが、怒りをも含んだ笑みが浮かぶ。

 

 おそらく残虐なことこの上無い顔をしているだろう。

 

 

「人間族が……。俺たちの住処を奪うくらいでは飽き足らないと見える。どうしても俺たちを根絶やしにしないと気がすまないみたいだな」

 

 

 ユーリのギラギラした瞳がランプへと向けられる。

 

 大きく揺らめくその炎は、まるでユーリの眼光に戦き身を捩ったかのようだ。

 

 

「魔人族だからと一方的に駆逐するのが人間族のやり方でございます故」

 

「そんなことはわかっている。……しかしまぁ、これはある意味良いタイミングだな、アイン?」

 

「仰る通りで。これを機に起ちますればと」

 

 

 父が死んではや幾年。

 

 人間族に住処を追われ、薄暗い地下の底で力を蓄えたこの時。どれほど待ちわびたことか。

 

 

「あのまま地上だけを開拓していれば良かったものを。人間族とはどこまでも強欲だな」

 

 

 視線を転じ、ベッド脇に置いてある銀色の剣を見やる。

 

 

「復讐の時は近い。父と母を殺した人間族、母を追放した天人族、父を貶めた魔人族。……積もりに積もったこの恨み、この燃え滾る炎で惨劇に変えてやる」

 

「御意に」

 

 

 暗い笑みが、闇に浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世界にはいくつかの大きな大陸がある。

 

 その一つ。エイジス大陸の南に位置するキール王国。

 

 王都キールではいま隣国のシュレイル王国との祝賀に向かってせわしなく催し物の準備に取り掛かっていた。

 

 迎え入れるのはシュレイル王国第一王女のルシア・シュレイル・リーゼロッテ王女。

 

 第一王女との婚儀ともなれば、世間体も政略的にも多大な影響を及ぼすことは周知の事実。

 

 最近民からの不評が絶えないキール王国正統家の神谷王家としては、とにもかくにも成功させたい結婚であった。

 

 今回結婚するのはキール王国第一王子、神谷桐継王子。

 

 王子という立場でありながら武勇に優れ、かつても何十もの魔人族を打ち滅ぼしてきた云わば武勇伝に語られるのような王子だ。

 

 その桐継は王城のテラスからにわかに活気付く城下町を見下ろしていた。

 

 

「隣国との政略結婚か……。どうもこういうのは好きになれないんだが……」

 

 

  ぼやいても仕方がない、とは思う。

 

 一国の王子として生まれ出た身。国が栄えねば民が滅んでしまうことも重々承知している。

 

 それに、なにより可哀そうなのは相手のルシア王女だと思う。

 

 聞けばまだ二十にも満たない、年端もいかない少女らしい。いろいろとまだやりたいこともある年頃だろう。

 

 シュレイル王国も最近衰退気味らしく、今回の婚姻はあちらにとってもまた活力を取り戻すためのきっかけとなるだろう。

 

 

「王子、こんなところにおられましたか」

 

「ん……?あぁ、獅童と……香澄か」

 

 

 声に振り返れば、そこには二人の女性が立っていた。

 

 キール王国魔術部隊長獅童玲(しどうれい)と、近衛騎士団長の齊藤香澄(さいとうかすみ)。それぞれこの国の要となる存在だ。

 

 

「どうした?」

 

「婚儀の際の礼服の寸法を取りたいのに王子がいないと、先程侍従長が嘆いておられましたよ」

 

「そうか、わかった。…しかし、どうしてその事を君のような者が伝えに?」

 

 

 質問に、玲はにこやかな笑みを浮かべて

 

 

「ふふっ、暇だったものですから」

 

「……なるほど?」

 

 

 獅童玲の笑みは見た者を心を和ませると言われている。

 

 獅童家はもともと王家側近の貴族だが、そこの育ちにしては玲は奔放な性格をしていた。とはいえ、貴族としての身構えや心構えもしっかりとしており、特に文句を言う者はいない。むしろ貴族から民まで多くのものに好かれている。

 

 対してその斜め後ろに控えている齊藤香澄。いままでの会話で一度も喋らなかった彼女だが、別段珍しいことでもない。きりっとした目つき、整った顔に銀色に輝く鎧越しにも見て取れる引き締まった筋肉。それなりの武勇を誇る桐継でさえ、彼女には剣で一度も勝ったことはない。それほどに強く、また寡黙な少女であった。

 

 ともにまだ二十歳を迎えて間もないが、充分に責務を全うしており、彼女たちがいればこの王都キールも安泰だろう。

 

 桐継はそんな二人の肩に、労うように手を置いてその場を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キール王国領内の連なる山々の間に不気味に聳え立つ一つの大きな城。

 

 フォベイン城と呼ばれるその魔人族の城は、上空を厚い雲が覆い、一筋の光も浴びずただ闇に浮ぶようにしてそこにあった。

 

 その城の最奥、王座の間に一人の男性が座っている。

 

 王座のほかに魔人の気配はない。静寂と闇が混同する様はまるで、煌びやかな宮殿というよりは朽ちた王族の城といった風貌ですらある。

 

 瞳を閉じ、男はナニかを考えていた。

 

 神妙な表情で思考に埋まっている男の前へ、不意に音もなく一人の少女が姿を現した。

 

 

「魔王マクギリス様」

 

 

 厳かな調子の声でその少女が王座に座る者の名を呼んだ。

 

 魔王と呼ばれた男は瞼を開け、そのなにもかもを見通しそうな視線で眼前の少女を見据える。

 

「マリンですか。どうかしましたか」

 

「アーフェンに動きがあります」

 

 恭しく頭を下げながら、少女―――天野マリンは言葉を紡いだ。

 

 その内容に、魔王は口元を笑みに歪ませた。

 

 

「……ユーリ君ですか」

 

 

 先代の魔王の一人息子。

 

 とはいえ、その正体は魔人族と天人族の間に生まれた半魔半神。

 

 人間に両親を殺され、天人族からも魔人族からも蔑ろにされながら育ち、ずっと全ての種族に復讐を誓っていたが、さて……。

 

 

「配下を集め、決起に向けての準備を着々と行っている様子。現在は地下にて軍勢を整え、ちらほらと動きも活発になってきています。……数日中には動き出すかと」

 

「そうですか」

 

 

 まるでどうでも良いと言わんばかりのマクギリスの態度に、マリンの眉間にしわが走る。

 

 

「気になりませんので?」

 

「そうですね。いまのところはなだなにも」

 

「……軍勢はいまはまだ少数ですが、先代の一人息子という肩書きは大きく、先代に仕えていた魔人族が徐々に集まってきている様子。このまま放置していれば数は増えていく一方かと。早めにつぶしておく方が賢明かと思われますが……」

 

 

 マリンにはどうにも先代の強さが瞼から消えない。

 

 その忘れ形見とも言えるユーリ・アジェスターが動いているのだから、マリンとしては気掛かりである。

 

 そんなマリンの感情を読み取ったかのように、マクギリスが小さく笑みを浮かばせる。

 

 

「気にしすぎてはいけません。所詮は子供の動きですよ」

 

「…………は」

 

 

 主であるマクギリスが気にするなというなら、それに仕えるマリンとしてはもはやなにも言うことはない。

 

 ふとマクギリスは視線を宙へと泳がした。

 

 

「先代が亡くなってはや幾年。ユーリ君はどれだけ大きくなったのでしょうね」

 

 

 それは言外に、どこか楽しみにしているようなニュアンスが含まれていることにマリンは気が付いていた。

 

 マクギリスの視線が戻る。

 

 

「引き続きマリンには偵察を任せます。なにかまた動きがあったら教えてください」

 

「御意」

 

 

 来たとき同様、音もなくマリンの姿は闇へと溶けるように消えていった。

 

 そして再び静寂。そんな中、マクギリスは誰にでもなく呟くように口を開いた。

 

「ユーリ君。例えあなたがどのような道を辿ろうと、それは破滅の道でしかないのですよ」

 

 王座に響くその言葉は、まるで未来を暗示する呪詛のような響きを纏っていた。




読んでいただきありがとうございます。
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