仲間と明日を迎えるために   作:ありすふぃあー

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ニ話

 重く輝く剣がある。

 

 

 

 その剣を持つたびに、頭に巡るあの映像。

 

 

 

 近付いてくる戦いの気配。

 

 

 

 ―――迫る復讐の時。

 

 

 

  逃げ惑う人の姿が目に浮ぶ。

 

 

 

  そしてこちらを指差しこう叫ぶのだろう。

 

 

 

  魔人族が来た、悪魔だ、魔物がやってきた、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何度も叫んだ。止めてくれと、喉を潰されても必死に叫んだのだ。

 

 

「逃げて、ユーリ!」

 

 

 布の引き裂かれる音。それに重なるようにして響く悲鳴。

 

 歪む視界。

 

 それは血か、涙か。

 

 辺りに満ちているのはこちらを蔑んで見下げた視線と、下卑た男たちの笑い声。

 

 さらされた白い肌に群がるようにして無数の手が蠢いている。

 

 汚される。そのきめ細やかな白い肌も、背に生える一対の純白の翼も。

 

 

「母さん、母さん……!」

 

 

 必死に叫ぶも、体はそこら中傷と血だらけで思うように動いてはくれない。

 

 ただその蹂躙される様を見ていることしか出来ない。

 

 喚声、嘲り。

 

 誰も助けようとはせず、むしろその状況を楽しんでいた。

 

 

「この悪魔が!天人族のくせに魔物なんか生みやがって!」

 

 

 体が軋む。なにか強いものに縛り付けられたかのように軋む。

 

 ―――魔物?

 

 それは誰のことだろう。

 

 ―――僕は、魔物?

 

 そこにいたやつらが汚らしいものを見るような目でこちらを見下ろす。次いで、腹部に衝撃。

 

 蹴られたのだと理解したのは群がられた母の姿が遠のいたときだった。

 

 悲鳴と涙。

 

 冷たい床、浮ぶ嘲笑、揺れる視界、たゆたう蝋燭の火、散らばった白い羽。

 

 明けぬ夜。

 

 母の白い手が、こちらに向かって伸ばされる。

 

 それを掴み取ろうと、こっちも必死になって腕を伸ばす。

 

 お互いにボロボロの腕、傷だらけの手。

 

 名前を叫んだ。届かない。必死に伸ばすのに、それでも届かない。

 

 蝋燭の明かりに照らされて煌いた刃が振り下ろされたとき、

 

 母の手はゆっくりと沈んだ。

 

 

「あ、ああ……、あぁ、……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 

 この日。

 

 血で赤くなっていく視界の中、子供は復讐を誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界が開ける。

 

 

「夢……か」

 

 

 寝覚めが悪い。この夢を見たのはもう何度目か。

 

 額の辺りを拭ってみれば、やはりびっしょりと汗をかいていた。

 

 時刻は夕方。どうやら書物を読んでいる最中にそのまま寝てしまったらしい。

 

 地底湖に行って水浴びでもしてくるか、と考えたとき控えめに扉を鳴らす音が聞こえてきた。

 

 

「誰だ?」

 

「アリスです。ご主人様、あの……よろしいでしょうか?」

 

「ああ。構わない」

 

 

 扉が遠慮がちに開いていく。そこから顔を出したのはアリス・シュテルン。

 

 海を挟んでさらに奥、キャロル大陸のキャル王国の没落貴族の少女である。

 

 あるとき、気が向いてユーリが奴隷市場に行った時に、目玉商品としてセリに出されたところを買い取ったのが出会いだった。

 

 別に夜伽などの目的で買ったわけではない。一目見た瞬間に、この少女に魔術の素質があることを見抜いたが故の購入だった。当時本人はどうされるものかとビクビクものだったが……、まぁ当然だろう。貴族だった少女が奴隷にまで成り下がり、しかも買われた先は半魔半神の男なのだ。

 

 しかし時が経つにつれ、アリスは徐々にユーリに心を開いていった。

 

 奴隷という身分は変わらないが、嫌がるようなことはなにもせず、課せられたことといえば魔術の勉強のみ。

 

 人間に多大な恨みを持つ理由も以前に聞いたことがあるアリスは、それからしばらくして自身の意志でユーリに忠誠を誓ったのだ。

 

 が、それでもそのおどおどした様子は相変わらずで、いまだに顔は見せども部屋に入ってこない。まぁ、それが恐怖でなく遠慮からきている感情だということもユーリは知っているから強くは言えないが。ユーリは嘆息しながら部屋へ入るように促した。

 

 

「それで、どうしたんだ?」

 

「あ、はい。アイン様から作戦室においでくださるようにと」

 

「作戦室?」

 

「はい。どうやら人間族が動き出したようでして……。オリヴィエ様やミミ様、ユリウス様方もすでに集まっておいでです」

 

 

 自分の部下である主要のメンバーが勢ぞろいしているということは、ついに戦を始めるときが来たのだ。

 

 一瞬、身震いが体を突き抜ける。武者震いだ。

 

 ユーリは立ち上がると漆黒の外套を翻し、アリスと連れ立ち部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  作戦室はそのユーリ一派が住み着いている地下迷宮の奥にある遺跡の少し手前にある。

 

  中はそれなりの広さであり、大きな円卓を囲むように幾人かの人影が並んでいた。

 

  その最奥、地図を広げて主を待つアインの姿を確認し、ユーリは口を開いた。

 

 

「アイン、人間族が動いたというのは本当か?」

 

「は。現在確認を取っておりますが、ほぼ間違いないかと」

 

「のこのこと地下に歩を進めてきたか。地上だけでは飽き足らずによくもまぁ」

 

 

 会話に横槍を入れてきたのは左、二人の少女と並んで座る一人の男。

 

 

「ユリウスか」

 

 

 ユリウス・アーヴィング。ユーリの盟友であり、唯一無二の親友でもある。

 

 魔人族の父と人間族の母を持った半魔人で、境遇としてはユーリに通じるものがある。

 

  やはり人間族に追われ、ユーリの父が住む城に一時期住んでいた。

 

  だからユーリにとってユリウスは幼馴染のような存在でもある。

 

 

「……人間族、許せないわ。水菜姉さんの痛み、そっくりそのまま返してやるんだから」

 

「………………うぅ」

 

 

  その左右にそれぞれ座るのは倉木鈴菜と倉木水菜。純粋な人間族の姉妹であり、ユリウスの父親の兄弟の娘―――つまりユリウスの従兄妹にあたる。

 

  水菜は小さい頃に魔人族に囚われ、幽閉され、そして陵辱の限りを尽くされたのだと聞く。

 

  小さい頃に囚われたせいか、はたまた精神的なショックからか。水菜は全く言葉を解さなかった。

 

  いまでこそ理解することだけは出来ているが、やはり喋ることは出来ないでいる。

 

 

「そうよ。人間族なんてミミがぼこぼこにしてやるんだから!」

 

 

  アインの右隣に座っていた少女―――ミミがそう言って立ち上がる。

 

 彼女は見た目こそ人間族に似ているが、獣人族の一種である妖狐の者である。

 

 昔、ミミがまだ子供だった頃に人間族の罠に引っかかり衰弱していたところをユーリに助けられてから、ミミはユーリの家来になったのだ。

 

 

「ボクも……人間はあんまり好きじゃないよ」

 

 

 そしてその隣。背中に一対の純白の翼を持つ少女オリヴィエ。

 

 見てわかるとおり彼女は生粋の天人族である。まだユーリが小さかった頃、一時期天人族が暮らす村にいたことがあり、そのとき両親が死んでしまったオリヴィエをユーリの母親が迎え入れたのが出会いだった。が、魔人族とのハーフを生んだ母親は村を追われ、人間族や魔人族の村を転々とし……。

 

 あれ以来ずっと共にいることを考えれば、この中でオリヴィエは最も長い間ユーリと供にいたことになる。

 

 その面々を見やり、ユーリは自分が一人ではないことを再認識した。

 

 

「それで、人間族はどの辺りまで踏み込んできている」

 

 

 アリス共々席に着いたユーリは、すぐさま状況確認の言をアインに尋ねる。

 

  アインは円卓の中央に地図をスライドさせると、その一点を指差した。

 

  その地図はこの地下迷宮の地図である。とはいえ、迷宮の名の通り広く迷路のように続くその全てが解読されているわけではなく、ユーリたちが住処にしている一帯だけなのではあるが。どういった経緯でこの迷宮が造られたかは定かではないが、魔物などが出没することから人間族はおろか天人族や魔人族もそうそう近寄ったりはしないので、ある意味便利な場所であった。

 

  アインが指差したのは、ユーリたちが使っている範囲の迷宮では二つしかない地上への出入り口の一つであり、その先は地上のアーフェンと呼ばれる地域に出る。ここは以前まではユーリの父親が住んでいた魔人族の城があったのだが、人間に襲撃され父が亡くなった後に取り壊された。現在は新しい人間族の村となっており、いまも開拓移民がいろいろとやっているのだろう。

 

 

「進入してきたのは開拓移民か?」

 

「いえ。その開拓移民に依頼された王都キールの兵士たちです」

 

「まぁ、そうだろうな。開拓移民などが魔人族が住んでいるという噂の地下迷宮にのこのこ入ってくるとは思わない。さしずめ、魔人族の住んでいる場所が近くにあって怖いから王都に排除を依頼したか的な…。まるで我々は害虫だな?」

 

 

 皮肉めいた失笑を浮かべ、ユーリはアインに視線を向ける。

 

 

「アイン。本格的に動くぞ」

 

「御意に。して、どのように」

 

「俺とオリヴィエとミミとアリス、そしてユリウスたちで地下に侵入してきた兵を討つ。お前は兵を率い地上を封鎖しろ。逃げた人間がいれば後々面倒だ。ネズミ一匹とて取り逃がすな」

 

「はっ。ですが……」

 

 

 ユーリの作戦に、しかし咄嗟にアインは声をあげた。

 

 

「なんだ?」

 

「我々が地上を包囲するのには依存はありませんが、それではあまりにもユーリ様の方の兵力が少なすぎるのではないかと」

 

「そんなことか。ならば、アイン。お前は俺が人間族なんぞに遅れをとるとでも思っているのか?」

 

「……恐れながら、ユーリ様は我々にとって大切なお方です。万一のことがあっては……」

 

「アイン」

 

 

 無造作に、ユーリはアインの名を呼んだ。

 

 それだけ。それだけでアインはそれ以上の言葉を呑み込み、恭しく頭を下げた。

 

 

「……失礼しました。ユーリ様の身を案ずればこその戯言とお許しください」

 

「まぁ、いいさ。これが俺たちの初陣なんだ。……誰もが俺の力量を推し量るだろうよ」

 

 

 だからこそこの戦いは重要な好機となる。

 

 アーフェンの魔人族が復活したと、大きな狼煙となるだろう。

 

 ユーリの口元が狂喜に歪む。

 

 ついに、復讐の時が来たのだ。

 

 

「抵抗する者は兵士だろうが村人だろうが皆殺しにしろ。素直に投降する者がいれば捕虜としておけ。無抵抗の者を殺すのは性に合わない」

 

「御意」

 

 

 アインは深く頭を垂らし、地上部隊を率いるために作戦室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見上げた青空はどこまでも澄んでいて、吹き行く風は優しく髪の間をすり抜けていく。

 

 アーフェンの村。

 

 今日も今日とて開拓移民のこの村は平和の中に佇んでいた。

 

 周囲を山々に囲まれたキール王国の中でもこのアーフェン地方は険しい山が多いが、その分天然の水に事欠かず、冬も雪解け水が降りてくるので豊富。さらに南が大陸との交易のために開けているので、風の通りもよく、作物の実りも良い。

 

 しかしこの整った環境の地に、人間が移り住んできたのはつい最近のことだ。

 

 ここはほんの数年前までは魔人族の支配地だった。

 

 が、キール王国の憂いとなっていたその魔人は、北東の大陸からやって来た勇者によってその脅威は排除された。

 

 水色の修道衣に身を包んだ少女―――エステルはゆっくりと青空を仰ぎ見る。

 

 キラキラと輝く太陽の日。響いてくる鳥のさえずりは平和を象徴しているようだ。

 

 

「エステル様ー!」

 

 

 呼び声に振り向けば、そこには開拓移民の若者がこちらに手を振りながらやって来た。

 

 

「どうしました?」

 

「いや、あるやつが農作業で怪我しちまって。エステル様、いま手空いてます?」

 

「空いてなくても行きますよ。どこです?」

 

「あ、こっちです。どうぞ」

 

 

 若者に先導されるままに歩を進めてみれば、そこには蹲っている青年がいた。

 

 エステルはそのままその青年に駆け寄ると、膝を下ろした。

 

 

「どうしました?」

 

「あ、エステル様。いえ、なんか腰を痛めちまったみたいで……」

 

「腰ですか」

 

 

 見てみれば青年の手は腰を押さえている。農業というのは腰に負担がかかるものだから仕方ないのだろう。

 

 エステルはその腰の部分に両手を添えるようにすると、口の中で小さく呪文を唱えた。

 

 集約する魔力。水のマナがエステルの手に宿され、そこから若者の腰へとゆっくりと降りていく。それがスゥッと溶け込むようにして消えた頃には、青年はゆっくりと立ち上がっていた。

 

 

「おお、動ける!」

 

「治療の魔術は施しましたが……。どこか他に痛むところはありませんか?」

 

「はは、大丈夫ですよ。これでまた安心して農作業が出来るってもんです」

 

「そうですか。それは良かったです」

 

 

 そう言って微笑んだエステルの動きに水色の修道衣が小さく揺れた。

 

 水色の修道衣は“水の神アーティマ”に仕える者の衣装。エステルはまだなりたての修道女ではあるが、並以上の魔力と姉の偉大さから正教会からも一目置かれる存在である。

 

 とはいえ、本人にその自覚はまるでないのだが。

 

 そもそもそんな彼女がこんな開拓移民の村に来たのもその自覚のなさにある。

 

 エステルは自分がまだまだ半人前であると常々思っている。それはあまりにも大きく遠い存在の姉、“火の神ガヴェウス”の聖騎士であるエスネアへの少なからずのコンプレックスでもあったが。そんなエステルは修行の一環としてこの開拓移民の手伝い、ならびにそこに在住する村人やいまだ出現する魔物と戦う兵士の治癒のためにこんな辺境の村までやってきたのだ。

 

 正教会としては名前も実力も一級品のエステルには教会の中にいてほしかったのだが、それをエステルはやんわりと拒否してしまった。他の修道女とあまりに対応を違えてしまえば教会の立ち居地も悪くなるのでそれ以上は何も言えず、今回の派遣と相成ったのだった。

 

 エステルがここに来てかれこれ半年になる。それまで概ね平和に過ごしてきたエステルは、無条件に明日も平和であるだろうと思い込んでいた。

 

 だから知らない。

 

 脅威は直ぐそこまで来ていることに。




読んでいただき有難うございます。
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