仲間と明日を迎えるために   作:ありすふぃあー

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五話

 

 地下迷宮の廊下を歩く。

 

 この地下迷宮、予想以上に複雑なようでさっきから右に左にくねくね曲がっている。

 

 先導するのはアリス・シュテルンという少女。

 

 魔人族の王に仕える人間族、と聞いたときは本当か疑ったが、これでも神殿に仕える修道女の端くれ。冷静になれば魔人族と人間族の気配の違いくらいは感じ取れる。

 

 とはいえ、いまになって考えてみれば、あのユーリもどこか魔人族ならざる気配を醸し出していたような気がするのだが……。

 

 

「どうかしましたか?」

 

「あ、え?」

 

 

 気付いてみればアリスが歩を止めてこちらを窺がっていた。

 

 その眼差しは本当にこちらを心配しているもので……。

 

 だからだろうか。エステルは思わず訊ねていた。

 

「あの……。どうして人間族であるあなたが魔人族に仕えているのですか?」

 

 いつか聞かれると思っていたのだろう、アリスは別段驚く素振りも見せず口を開く。

 

 

「私は……ご主人様に助けられたのです」

 

「助けられた……?」

 

「歩きながら話しましょう。こちらです」

 

 

 そうして再び歩き始めるアリス。それにはぐれないよう、エステルも小走りにその背を追いかけた。

 

 

「私が初めてご主人様に出会ったのは二年ほど前、海を渡った向こうのキャロル大陸でのことでした。その日王都キャルから外れたとある街で奴隷市場が開催されていました。その目玉商品として、私はその奴隷市に出されたのです」

 

「そんな!」

 

「……私は没落貴族で。元貴族の少女、という肩書きから私には高い値が付けられました。……いまでも覚えています、あの壇上に立たされたときのこちらに向ける人間の目を。まるで新しいおもちゃを買いに来た子供のように無邪気で……。そしてとても怖い眼差し。私のことを人間ではなく、ただの物としか見ていない冷え切った目。……私は身が震えました。私より先に壇上に上がって、落札されて、泣きながら男の人に引きずられて行った娘たちのように私もなるんだと、絶望に飲み込まれました。……でもその中でただ一人、私を一人の人間としてみてくれていた人がいました。それが、ご主人様です」

 

「ということはユーリ様がアリス様を?」

 

 

 アリスは頷く。

 

 

「あのとき……。私を購入したご主人様は私の横を歩きながら『これだから人間族は・・・』と仰って私の頭を撫でてくれました。とはいえ、人間族ではない相手。どんなことを強要されるのかと私は気が気じゃなかったのですが、そんな私にご主人様が提示したのは魔術の勉強だけ。あとは全部自由にさせてくれました。食事も、なにもかも人並み以上に」

 

「……そう、ですか」

 

「あるとき、聞いたことがあるんです。どうしてご主人様は人間族、そして魔人族に天人族を恨むのかと。そうしたらご主人様はこう答えました。人間族は両親の仇だから、と」

 

「仇……ですか?」

 

「気付いていましたか?ご主人様が生粋の魔人族ではないことに」

 

「……多少、ですけど」

 

「ご主人様は生粋の魔人族ではありません。ご主人様は天人族の母親と魔人族の父親の間に生まれた、半魔半神なのです」

 

「半魔半神……」

 

「ご主人様は一時期アシュタロト王国に住んでいたそうです。あそこは天人族が統治する国。ご主人様のお母様もアシュタロト王国の生まれだったそうで。ですが、ご主人様たちはひどい迫害を受けていたようです。天人族のくせに、悪しき魔人族の子供を生むなんて、と。そして町や村を転々とたらい回しにされた挙句、キール王国に。そこのとある街でお母様はご主人様の目の前で人間族に殺されたのです。……魔人族の血を受け継いだ穢れた子供を生んだ天人族として」

 

「そんな、ひどい……!」

 

「そしてご主人様はお父様―――つまり前魔王様の元に来られます。しかしそこでも迫害はありました。対極であり憎き敵である天人族の血を受け継いだ呪われし子供として。……そしてそんなご主人様を守っていた魔王様も勇者と名乗る人間族に……」

 

 

 アリスの歩が止まる。

 

 その瞳はいったいなにを思ってそのような悲しみに染まるのか。

 

 が、エステルの方に振り向いたときにはその表情は優しいものに変わっていた。

 

 

「ユーリ様はとてもお優しい方です。憎んでいるはずの人間族である私をこうして助けてくれたのですから。それに、無抵抗の者には絶対に手は出しません」

 

 

 それはエステルもわかっていた。

 

 実際ユーリは捕らえた村人を殺していない。死んでしまったのは村人にしろ兵士にしろ歯向かった者だけ。

 

 地下牢に閉じ込められた村人にはしっかりと食料や水も与えているようだった。

 

 

「だから私は誓いました。たとえご主人様がどんな道を選ばれようとも、どこまでも一生ついていこうと……」

 

 

 その笑みは、そう。本当に自分の主を信頼しきったものだった。

 

 そしてエステルの中でもなにかが変わりつつある。

 

 魔人族、というその観念が。

 

 

「エステル様、こちらです」

 

 

 そっと促され、通される部屋。

 

 そこは至って普通の、窓がないことを覗けばどこにでもある部屋だった。

 

 

「ここを、私に……?」

 

「はい。ご主人様がどこでも良いと仰ったので、私の隣のお部屋にしました。なにかあれば右が私の部屋ですのでお呼びください。あとで村人の解放にも立ち合わせるとのことでしたので、迎えに来ます」

 

 

 恭しく頭を下げ部屋を去っていくアリス。

 

 エステルはただ呆然と自分のイメージと現実の齟齬を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく時間が経って迎えに来たアリスと共に、エステルは地下迷宮から地上に出た。

 

 そこには無傷のまま解放された村人たちが元気な様子で集まっていた。

 

 

「あ、エステル様!」

 

 

 そのうちの一人がエステルの姿を見つけ、駆け寄ってくる。他の村人もそれに続いた。

 

 

「エステル様、おれたち解放されたんですよ!」

 

「エステル様のおかげだそうですね!」

 

「ありがとうございますエステル様!」

 

「まさか魔人族が私たちを解放してくれるなんて……!」

 

 

 次々と感謝の言葉をかけてくる村人たちに、エステルは笑みでもって答えた。

 

 と、

 

 

「ひぃ!」

 

 

 そのうちの一人がエステルから少し後ろに離れて立つアリスとその肩に座るロリスの姿を見て小さな悲鳴を上げた。

 

 他の村人たちもその姿を見るなり和気藹々とした雰囲気を消していく。が、それでも罵詈雑言は並べなかった。せっかく解放してもらったものをそのようなことで失くしたくないのだろう。

 

 そんな村人たちの反応に、アリスは苦笑いを浮かべる。これは仕方ないことだと、そう諦めたような表情で。

 

 それを見たエステルはなにか言おうとして、しかし口を閉じた。いまアリスに何か言ったところでどうにもならないだろう。

 

 

「…………行きましょう、エステル様」

 

 

 それに耐えかねたように、最初に話しかけてきた村人がエステルの手を引っ張る。

 

 

「え、あの」

 

「ここからはやく離れてキールに行きましょう。あそこなら安心して平和に暮らせる」

 

「……すいませんが、それはできません」

 

 

 そう言う村人の腕を、エステルはやんわりと自分の腕から外した。

 

 

「……エステル様?」

 

 

 驚きの表情の村人に、エステルは一歩下がる。

 

 

「私はここに残ります」

 

「エステル様!?」

 

「まさかエステル様、俺たちの代わりに……?」

 

「そうだよ、卑しき魔人族が俺たちをそうそう簡単に解放するわけなかったんだ!」

 

 

 瞬間、どこからか石が投げられ、それがアリスの腹にぶつかった。

 

 

「っ!」

 

「この悪しき魔人族が!」

 

「俺たちの村を壊しやがって!」

 

 

 次々と投げられる石。それに怒りをあらわにしたロリスが眼を光らせるが、

 

 

「駄目よ、ロリス」

 

 

 それをアリス自身が阻止した。

 

 ロリスが強力なレジェンド種のフェンリルだとはいえ、契約した主が駄目と言ってしまえば動くことは出来ない。

 

 ロリスは静かに、その場に身を埋める。

 

 飛んでくる石が痛くないわけがない。アリスなら防御結界だって張れるし、かわすことだってできるだろう。

 

 でもアリスはそれをしない。むしろそれを甘んじて受け入れていた。

 

 

「やめてください!」

 

 

 そんなアリスの前に、エステルが庇うように立ち塞がる。

 

 

「なにをしてるんですエステル様!いまのうちに、さぁ、早く!」

 

 

 腕を取り、無理やりにでも引っ張っていこうとする村人。それでもエステルは断固としてそこから離れようとはしなかった。

 

 

「なんで魔人族なんて庇うんですエステル様!」

 

「違います!アリス様はれっきとした人間族です!」

 

 

 エステルの言葉に驚愕の表情を浮かべる村人たち。だが、それも一瞬だった。

 

 

「だからなんだっていうんです!例え本当にそいつが人間族だったとしても魔人族に組してたら魔人族と一緒ですよ!」

 

 

 そう言う村人に、各所からそうだそうだと声が上がる。

 

 

「そんな……!」

 

「良いんです、エステル様。人間族のほとんどは、そう思うでしょう」

 

 

 後方からの声に振り返れば、アリスは所々を赤く腫らしながらも小さな笑みを浮かべていた。

 

 これは全て仕方のないことなのだと、その笑みが暗に言っていた。

 

 その姿を見て、エステルは胸を締め付けられるような感情を感じた。

 

 魔人族と言うだけで否定してきた人間族。それを疑問にも思わなかった人間族。……私。

 

 それがこれか。

 

 この光景を、自分はユーリやアリスと会わなければどう思ってみていたのだろう。

 

 それを考え、エステルはゾッとするような感覚を覚えた。

 

 …………このアーフェンの地で魔王が勇者によって退治されたと聞いたとき、私は、確かに、……嬉しく思っていた。

 

 けれど、その裏では悲惨な人生を送ってきた者がいる。

 

 ……憎しみを抱く心も、悲しみを抱く心も、魔人族も人間族も変わらない。

 

 なのに、どうして人間族はこうも魔人族を見下して見るのか。

 

 ……私は見ていたのだろうか。

 

 苦しさと悔しさで、涙が出そうになる。

 

 謝りたかった。魔人族と言うだけで疎まれたユーリや、魔人族と共にいると言うだけで雑言を浴びせられているアリスに。

 

 

「……もう、やめてください」

 

「エステル様……?」

 

「もうやめてください!」

 

 

 大きく言い放ち、エステルは村人の腕を振り払った。

 

 

「エステル……さま?」

 

「私は自分の意思でここに残ることを決めたんです!だから、どうかやめてください!」

 

「で、でもエステル様、俺たちは……」

 

「私はここに残ります。大丈夫、心配しないでください。だから、だからどうか…………」

 

 

 ポロポロと頬を伝うのは涙。

 

 そんなエステルを見て、村人たちは石を捨てていく。

 

 表情は納得していなかった。……いや、魔人族を庇ったエステルに非難の眼を向ける者すらいた。

 

 そのまま去っていく村人たち。その背を眺め、エステルはゆっくりと涙を拭った。

 

 

「……良いのですか、あれで」

 

「良いんだと、思います」

 

「あれではエステル様も魔人族に加担したように見えてしまいますよ。……もしかしたらもう二度とキールに戻れなくなるかもしれないのに」

 

「……そうかもしれません。けど……私には、どうしても向こうのほうが間違っているように見えたんです」

 

「エステル様……」

 

「だから、これで良いんです」

 

 

 振り返り、見せるは笑顔。

 

 

「私は、ここで……どうすべきか決めようと思います。魔人族というものを傍で見ながら」

 

「エステル様……」

 

「そのエステル様というの、止めにしませんか?私もこれからアリスさん、と呼ばせて欲しいですから」

 

 

 そっと唱えるは治癒の呪文。マナを手に宿し、赤く腫れてしまった頬に触れる。

 

 

「……はい。では私もエステルさん、と」

 

 

 夕焼けに染まる赤いアーフェンの村の中。

 

 佇む二人の少女の人影は、ただ優しい表情に包まれていた。

 




読んでいただき有難うございます。
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