順調に栄光への道を進むと思われた彼女に、再び試練が立ちはだかる。
「再発ですか?」
「ええ、骨膜炎です」
足に違和感がある。
そう彼女が、告げて来たのは年が明けてすぐだった。
すぐ病院に連れていき診察を待ち、告げられたのは骨膜炎の再発だった。
「春は療養をおすすめします」
やっとライバルのケガが治り、今度こそリベンジすると意気込んでいたところへまさかの結果になってしまった。
復帰戦を毎日王冠へ定め、長いリハビリが始まった。
ライバルの天皇賞(春)を観戦に向かう車内で、彼女に聞く。
「本当に良かったのか?チーム室で観戦も出来たじゃないか?」
「うん、直接見たいから」
その目は、あの頃のまま真っ直ぐ前を向いていた。
「届かない!届かない!これはもう無理!先頭がさらに引き離していく!史上初の連覇だ!」
実況の興奮する声を聞きながら、手前の柵を力一杯握りながら。
ライバルから決して目を逸らさないように。
「大丈夫、絶対大丈夫、あの娘なら絶対に諦めないから」
5着に沈んだライバルを見る目は疑い無く。
「もっと強くなるから、私も負けられない」
そう言い、リハビリ施設に戻った彼女の目には闘志すらある。
10日後、ライバルに二度目の骨折が判明したと言うニュースが日本を巡った。
その時の彼女は、流石に凹んでいた。
自身初めてで唯一の敗北を喫したライバルはまたも試練を迎えている。
借りを返そうとしたら、ケガをしてしまい、一緒に闘えず。
そのライバルもケガをしてしまい、戦線離脱。
それを2度も。
なかなか巡り合わない。
自分とライバルはそういう星の元なのかと思ってしまいそうで。
「大丈夫、君は言ったじゃないか。あの娘は絶対に諦めないんだろ?ならいつか巡り合うさ」
「そうだね…あの娘なら絶対に…」
先輩達の協力もあってメンタルケアはなんとかなった。
よくケーキ屋に連れて行かれていたようだが、何故か帰ってきた後は私の顔を見ると挙動不審になっていた。
リハビリは順著に進み復帰レースとしていた毎日王冠が近づいてきた。
ライバルも天皇賞(秋)に復帰することが分かり、負けられないと練習強度を上げていた。
「トレーナーさん!もっと私やれますからぁ!」
そう叫びながら坂路を駆け上る彼女の肉体は、ケガをする前に比べるまでもなく出来上がっていた。
「よーし、いいぞ!あと二本やろう!それが終わったら近所で花火大会があるから一緒に行こう!」
「よーし!やったりましゅかぁ!?え?今花火行こうって!」
みんな浴衣は持ってきたかぁー!
当たり前だよ!
トレーナーの甚平も用意してあるよ!
オッケー!
先輩達は坂路を駆け上りながらそんな会話をしている。
「う…わ、分かってましたよ…二人っきりだなんて…思ってませんよーだ」
ぶつぶつ言いながら坂路で先輩達をゴボウ抜きする。
その後の花火大会では、チームの皆が浴衣を着飾り、彼女も急遽レンタルしてきたという浴衣で一緒にまわった。
途中屋台で線香花火を買い、皆で勝負をする。
負けた人は何でもない一つだけ言う事を聞くというもの。
負けられない闘いがここにあったね。
皆のことは仲間だけど、今日、この瞬間からライバルだよ。
なんでも一つ、なんでも…ふふふ。
先輩達の気合が上がったのが分かる、確かにこのご褒美は魅力的だ。何をお願いしようか。
皆一斉に火を付ける。
線香花火が輝きを放つようになった頃、トレーナーが話し出す。
「私にとって、君たちウマ娘は、打上花火なんだ。どこまでも高く、広く、光り輝く君達を地上から見上げている。恋い焦がれていると言ってもいいかもしれない。」
急にそんな話しをしたからかチームの皆は静かに聞いている。
「どんなに長くともトィンクルシリーズを10年も走れない、早ければ2年で引退する娘や、そもそも1勝も出来ずに去る娘もいる。私は今とても幸せだ。君達という花火に照らされながら、次は何が打上がるのかとワクワクしているんだ」
手元の線香花火はすでに落ちてしまったもの、小さい玉になってしまったものもある。
「さあ、そろそろ帰ろうか。ちなみに私の線香花火が最後まで残っていたね」
あ
うわぁ手元見てなかったから落ちてた
ぐぅ…やられた
先輩達はトレーナーの術中にハマったと気付き恨み節だ。
「打上花火か…」
それはトレーナーからみたら私達かもしれないが、私達からみたらトレーナーだってそうだ。
その輝きで私を照らしてくれた。
見つけてくれた。
いつもあなたの輝きに照らされているから前を向ける、前に進めている。
「ありがと、トレーナーさん」
その言葉は夜の空に溶けていった。
「やはりこの娘だ!リハビリを超え、更に強くなってレースに舞い戻った!視界良好!その先はすでに天皇賞へと向いている!」
毎日王冠では強さを見せつけ、世代最強を証明するべく次なる挑戦、天皇賞(秋)を目指す。
「それでは最後に、次のレース天皇賞(秋)へ向けて一言お願いします」
勝利後のインタビューにて返答をしていた彼女が、最後の質問を受けたあと、数秒考える仕草をして言葉を紡ぐ
「ずっと…ずっと敗けたままというのは嫌なんです。彼女に勝たないと私の物語は」
〜因縁の対決〜
彼女とライバルを煽る言葉が、試合当日まで踊った。
「調子は絶好調だね」
「うん、絶好調だね。今までになくね!」
「さあ、ライバルが待っているよ」
「行ってくるね!トレーナーさん!」
積年の思いを晴らすように、控室を出ていく彼女を見送る。
通路を曲がる彼女を見送り、チームのみんながいる場所へと進む。
すると、一人私を待っていたような男が居た。
「よ!元気か?忍野?」
「ええ、お陰様で元気ですよ。沖野さん」
ライバルのチームトレーナーがいた、正直会いたくは無かった。 今日は特に。
「それで、沖野さん。なんのようですか?」
この先輩トレーナーがなんの用事もなく世間で因縁のライバルと評される相手のトレーナーに会うことはない。
「いや、なに…その…あれだ!」
珍しく歯切れの悪い。
「先に謝っておく。すまん!出来る限りの事をしたが、間に合わなかった」
そう言い、後輩トレーナーに向かって腰を折る。
「そうですか…顔を上げて下さい。沖野さん。正直言えばそうなるだろうとは思っていました。でもあの娘なら彼女のライバルならもしかしたらと思っていました」
先に行きますね
未だ腰を折り続ける先輩トレーナーを尻目にチームのみんなへと向かう。
あぁ、これで彼女の気持ちが切れなければいいが
そんな希望を吐きながらレースは始まる。
「なんだこのペースは!?1000mのタイムが57秒5?殺人的ペースで進んでいるぞ!後続の娘は大丈夫か!?」
正直、ゲートインまでは自分の熱を抑えるのに必死だった。
だって、ずっと闘いたかったのに出来なかった。
私の方が強いんだって証明をする機会がないんだもん、早く闘いたかった。
でも
呆れた
私はこんな娘に焦がれていたのか
覇気も気概も決意も何も無い
ただそこに立っているだけのライバルだった娘
少しだけ言葉を交わしたが何も無い思わなかった
「もうどうでもいいーや」
後方から前を睨みつける。
その瞬間前を走るウマ娘達が萎縮する。
体を外に振り進撃を開始する。
今までの走りたいという思いを燃焼し。
魅せつけるように。
ライバルだった娘へ。
「後方から一人加速をしている!やはりこの娘だ!殺人的ペースなど関係ないとばかりに進んで行く!」
最終コーナーに入る頃にはライバルに並んだ。
あの娘は私の姿を見ているのだろうが、私にはもうあなたの姿なんて要らない。
一瞥することもなく抜き去る。
「さあ、世代最強の一等星が光り輝いた!もう一つの一等星は輝かない!?決まりか!」
拝啓
かつてのライバルへ
貴方のお陰で走れました。
貴方のお陰で諦めるのを辞めました。
貴方のお陰で努力を続けられました。
もう私には貴方は必要ありません。
今までお世話になりました。
追伸
本当にもう諦めたの?
「一着でゴール!やはり強かった!日本の一等星へ彼女の輝きは曇らない!」
一着でゴールした彼女の顔は、嬉しいが少なく、失望や、後悔の表情をしていた。そしてその表情を見てしまったライバルもまた…
「次は二度目の有馬へ行くぞ」
そう彼女へと伝える。
「うん、いいよ。トレーナーさんに従いますから」
本当はジャパンカップも取り三冠を目指したかったが、ジャパンカップにはあの娘が登録していた。
今の状態でもう一度一緒に走らせるのは得策ではないため見送った。
「ちなみに聞くが、ジャパンカップは現地に行くか?」
「ん〜ん。大丈夫!先輩達と一緒にテレビ観戦しますよー」
「そうか、もし行きたくなったら言ってくれ」
「はーい」
それ以上会話をせずに切り上げる。
このままではまずいな。
なんとかあの娘には立ち直って欲しいがそれをするのは沖野トレーナーの仕事か。
ウマ娘は一人では強くなれない。
ライバルが居てこそである。
「絶対に勝ってくれよ」
その呟きは、一人のウマ娘にしか拾われなかった。