Muv-Luv modeler warfare 作:ガンオタ
第11話 嵐の前の静けさ
<北太平洋上・帝国海運『秋津丸』甲板>
月明かりが照らす北太平洋。波穏やかなその海に、日本帝国の海運会社である帝国海運所有の貨物船『秋津丸』が停泊していた。
その甲板では、日本帝国最大の極右組織『皇国の旅団』の構成員たちがこれから数時間後に行われる上陸作戦の準備を終え、甲板に整列していた。
全員の手には、日本酒が注がれたお猪口が握られている。
「同志たちよ。今日これから行われる作戦は、我らにとって、いや、“日本帝国“にとっての大きな飛躍となるーー」
背後に掲げられた旭日旗と、帝国旗の前に立つ男。皇国の旅団の総帥『狭間是清<はざまこれきよ>』は、目の前に並ぶ部下たちの顔を見ながら言葉を続ける。
「先の大戦終結以降、歴代の指導者は我々を西洋諸国に売り渡してきた。古から連綿と紡がれてきた固有の文化を壊し、政治経済を疲弊させ、民族の誇りすらも売り飛ばした。そしてBETA大戦、人類救済の名の下、帝国の多くの若人の血が流されたーー」
「……ッ」
その言葉を聞いた何人かが悔しそうに唇を噛む。
旅団には、これまでのBETA戦争で戦死した帝国将兵の親類や友人が何人かいる。是清の言葉を聞き、脳裏に愛する者の顔がよぎったのか、彼らの何人かは目頭を押さえている。
「しかし、かの者たちが捧げたその尊き犠牲に対し、軍と政府は何も与えあず、答えず、挙げ句その事実を隠蔽しようと試みている。そして、我らの精神的支柱である皇帝陛下、国事総代であられる政威大将軍の権威を侵犯し、それを我が物としようとしているッ!」
日本帝国は、皇帝から任命された『政威大将軍』が国事全権を取り仕切ってきたが、1944年の大東亜戦争の終結と敗戦、そしてBETA侵攻による日本列島の最前線化などの地政学上の変化により、これまで立憲君主国の元首の地位にあった政威大将軍は形骸化、代わりに本来それを補佐すべき議会と軍部による将軍の権威を利用した独断専行の色合いが非常に強くなっている。
「そして、嘆かわしいことにッ! 五摂家の一角である焔武院家は恥知らずも若輩の女子を自分たちの当主に据え、これまでの摂家責務を放棄しようとしている! これはもはや帝国に対する“反逆行為“に等しいッ!!」
50代半ばの是清、これまで由緒ある外様武家『狭間家』の者として陛下と殿下に忠誠を捧げて来た。
滅私奉公を戒めの言葉として、己を律し、武家の責務を忠実に果たしてきた。
それもこれも全ては皇帝陛下と将軍殿下が治める帝国の繁栄と、その国体を護持するためであった。
ーー武家の矜持は、一体どこへ行ったのだッ!!
彼の黒き瞳に怒りの炎が宿る。
武家は、民の範たるべし……。
確かに世間と同じように、それまで男社会であった武家の世界でも、昨今のBETA大戦の激化による衛士不足という状況のために、武家の若い娘たちも衛士養成所で訓練を受けさせている。
国を守護する、それは武家の人間にとっては“義務“であり、“名誉“ですらある。だが、本来女子のあるべき姿とは、子を産み育て、血を絶やさないことである。当主不在の間は“慎ましく“、家を守りそれ以外のことは全部男に任せていればいい。
そのような“保守的“価値観を持つ彼の目には、最近の五摂家は、男女平等の美名を隠れ蓑に、これから起こるであろう国難から逃げようとする“軟弱者“、そう映っていた。
「軟弱な者たちによって、帝国は変わってしまったァ!! 今こそかの島を手に入れ、それを足掛かりに我らの手で、強い帝国を取り戻すのだッ!!」
是清は力強くそう言うと、手に持っていたお猪口を掲げる。それを見た他の構成員たちも同じように雄叫びを上げながらお猪口を掲げる。
「帝国万歳!!」
「皇帝陛下万歳!!」
そう叫んだ彼らはお猪口に注がれていた日本酒を一気に飲み干し、思いっきり甲板に叩きつける。
部下たちもそれに倣う。
そうだ、これは革命なのだ。帝国に救う売国奴たちを一掃し、自分が陛下と殿下の“忠実な臣下“となり、腐り切った武家社会を一新する。そしてそこから帝国を繁栄へと導く。
目の前で雄叫びを上げる部下たちを見ながら、是清は、これから自分が歩む運命に思いを馳せる。この作戦が成功すれば、彼は“協力者たち“の手で、帝国内で然るべき地位に就くことが約束されている。
そして、その後の“支援“も……。
ーー万事抜かりはない、これは天命なのだ。
部下たちに激励の言葉を送り、満足した是清は、幹部たちを引き連れ、作戦の詳細を打ち合わせるため船内へ戻っていった。
その顔に醜悪な笑みを浮かべながら……。
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<シルトクレーテ島・秘密地下基地『アガルタ』作戦司令部>
シルトクレーテ島の地下深くに突貫工事で建設された地下秘密基地『アガルタ基地』。完成していないとはいえ、この基地は極めて効率良く機能していた。
その基地の奥深くに設けられた戦術司令センター。その部屋は、コンピューター、通信機器、一面に設置された平面スクリーン・モニターなどがあるので、室内の気温は少し肌寒いくらいに冷やされている。
タクミはそこで、ハメルとスカルフェイスと一緒にスクリーン・モニターに映された貨物船の甲板にいる“奇妙な出立ちの男たち“をじっと見ていた。
男たちが船内に戻り出したのを確認し、タクミが口を開く。
「この人たちは?」
まるで不思議なモノを見たような顔で、情報担当のスカルフェイスに問いかける。スカルフェイスはハットの帽子を高らかに掲げながら答える。
「どうやら、この“ゲーム“に参加した新たなプレイヤーのようだ。彼らは……」
「はぁ? どいうこと?」
その言葉を聞いたタクミは首を傾げる。ハットを被り直したスカルフェイスが言葉を続ける。
「ここ数日、我々情報部はこの付近の情報収集を積極的に行っていたのだが、ここにきて米軍が使用する無線とは違う周波数帯を傍受するようになった。気になった我々は、人形使いの力を借り、その周波数の暗号を解読。発信元を追跡したら、その貨物船に行き着いたという訳だ」
「なるほど。それで正体はわかったの?」
「残念ながら衛星からの監視には限界がある。彼らが一体何者なのかは現時点では不明だ。だが暗号通信を使用していることから、米軍もしくは他国の情報収集艦だと思うがね」
スカルフェイスの言うように、米軍が実施している海上封鎖の外側では、少しでも未知の島についての情報を手に入れようと躍起になっている各国の政府や報道機関の船舶が多数確認されている。
タクミがどうするかと頭を抱えていると、部隊司令であるハメルが口を開く。
「閣下、情報収集艦も懸念事項ですが、現状一番の懸念事項は米軍の動きです。ご覧下さい」
ハメルはそう言うと席を立ち、スクリーンに表示されている米艦隊をレーザーポインターでマークする。
「48時間の停戦が発行してからの米艦の動きを監視していますが、一部の駆逐艦やフリゲート艦を残し、海域から離脱しています」
「停戦中だから撤退してるだけじゃないの?」
ハメルの説明を聞いたタクミは、首を傾げながらそう問う。
ターニャのもはや脅迫に近い交渉によって、アメリカとの48時間の停戦が実現してからすでに30時間が経過している。その間、アメリカ側は戦術機母艦セオドア・ルーズベルトをはじめ、多くの艦船をシルトクレーテ島から撤退させていた。今では海上封鎖線を監視するための、数隻の駆逐艦やフリゲート艦しかいない。
最初タクミは、アメリカ側のこちらに対する信頼の証だ、と考えていたがハメルの険しそうなその顔を見る限りどうもそうではないようだ。
「撤退した艦船は現在、この地点に再度集結しています」
と言って、ハメルが示したのは、この島から南の海域だった。
「偵察衛星で確認したところ、新たに大型の輸送船などが合流し、補給活動を実施しているのを確認できました」
「司令。もしかして、アメリカがこっちに何かしてこようとしてるって思ってます?」
「ええ、可能性はあります」
「はぁ〜」
ハメルの説明を聞き、タクミは頭を抱える。
実際、ハメルの懸念も分かる。前世のアメリカも実際そうだ。ベトナム戦争やイラク戦争などアメリカが行ってきた全ての戦争で、何かしらの情報操作または工作活動などが開戦前に行われている。
「港からこっちの艦船を出航させるのは?」
攻撃に備えて港に停泊中の艦船を出航させてみてはどうかと、タクミはハメルに言ってみるが、ハメルは首を横に振る。
「いえ、それは得策ではありません。もしこちら側が何かしらの行動を取れば、アメリカ側が何をしてくるかわかりません。もしかすれば、彼らはその時点で停戦が崩れたと判断し、攻撃してくるでしょう」
「そうですか……。ではどのように対応しますか?」
「不審貨物船及び米艦の動きに厳重に警戒するべきかと、なお幸いなことに海上封鎖線の外には、我々のUSSフロリダ(SSGN-728)とK335ゲパード(アクラ級)がいます。もし最悪の事態になれば、この2艦を使い、反撃を実施します」
「……“最悪の事態“、なんていやだよ。僕は」
そう言ってタクミは鼻の付け根を軽く揉む。そんな彼の姿を見ながらも、ハメルは毅然とした態度で言葉を述べる。
「『悲観的に準備して、楽観的に対処する』これが私のモットーです、閣下」
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<北太平洋・米軍集結地点アルファ・ポイント>
第26海兵戦術機甲群所属の衛士であるリリア・シェルベリ少尉は、輸送船の欄干から静かな夜の海を眺めていた。
彼女が所属する部隊は、もともとフィリピンで展開していたが、突如として出現した未知の島『シルトクレーテ島』への対処のためここ米軍集結地点“アルファ・ポイント“に派遣されていた。
「シルトクレーテ島……カメの島、か。どんなとこなんだろう……」
海を見ながら彼女は、ドイツ語でカメを意味する島の名前を呟く。
第7艦隊の増援としてマニラを出航してからここに来るまで、艦内は未知の島に関する噂話でいっぱいだった。
ーー島を占拠する武装集団『レイブンズロック』。彼らもまたキリスト教恭順派の仲間でテロリストどもだ、とか……。
ーーオカルト好きの同僚は、彼らは異なる次元から私たちを救うためにやってきた異世界人とか。
ーー信心深い同僚は、彼らはこの世界を救うため、神に遣わされた人々だとか。
ーーこれは第3次大戦の始まりだ、とか。
「……」
これまでに聞いた話を思い出し、憂鬱気な顔になるリリア。
リリアはもともと北欧の国ノルウェーの生まれだ。だがBETAの侵攻によって故郷を失ってからは、避難先である米国の市民権を得るためにこうして海兵隊員として軍役に就いている。だがもともと争いを好まない優しい心の持ち主である彼女は、このまま何事も起こらず済めばいいと願う。
「どこから来たとしても、同じ“人間“なんだから……」
彼女の部隊はQRF(緊急即応部隊)として、数時間後にシルトクレーテ島に展開する手筈になっている。もし戦端が開かれれば真っ先に出撃する部隊だ。
「(私が衛士になったのは、BETAからこの世界の人々を守るためよ)」
もし彼らが攻撃してきたら、それはこの世界に対して敵対したということ。であればそれはBETAと同じだ。リリアはそう思うが、それでも気持ちは揺らぐ。
「何も起こらなければいいな……」
そうこの世界にはもはや新たな戦争をやる余裕などすでにない。人類はすでに種の絶滅という破局の一歩手前にいるのだ。
リリアは大きく深呼吸する。肺いっぱいに潮の香りを吸い込む。そして気持ちを切り替えた彼女は、自らの愛機の調整のために艦内へと戻っていく。
読んでいただきありがとうございました!
次回『重力戦線』