Muv-Luv modeler warfare 作:ガンオタ
第12話 重力戦線
<ワシントンDC・ホワイトハウス>
アメリカ合衆国大統領ジョン・レーガンはホワイトハウス内にある一室の窓辺に立ち、夜の闇の中で黄色くライトアップされたワシントン記念塔を眺めていた。彼のすぐそばには国家安全保障担当補佐官のジェイク・カールッチと、部屋の扉の両脇には2名のシークレットサービスが控えている。
ワシントン記念塔を眺めながら、ジョンはネクタイを緩めると背後に控えるジェイクに問いかけた。
「それで、ーー準備の方はどうかね? ジェイク」
大統領の問いかけを聞いたジェイクは口元を緩め、「万事抜かりはありません、大統領閣下」と答える。腹心のその言葉を聞いたジョンは、自分もまた口元に笑みを浮かべながら体を振り向かせる。
「さすがだよ、ジェイク。君に頼んだのは良い選択だったよ」
「ありがとうございます、大統領。私も任務の責任者に選んでいただきとても感謝しております」
「ハッハッハッ。そんなに謙遜しなくてもいいよ。……さて、現時点での進捗状況を報告してくれ」
ジョンはそう言って、これから行われる作戦ーーOperation Great Discoveryーーについての説明を求めた。
しかし、ジェイクはすぐに答えず、代わりに視線を扉の側で控える2名のシークレットサービスへ向け、逡巡の表情を浮かべる。そんな彼の顔を見たジョンはゆっくり首を振る。
「心配しなくてもいい。2人はこちら側の人間だ。ーーさあ、説明を」
ジョンの言葉を聞いたジェイクは頷くと、ようやく作戦の説明を始めた。
「皇国の旅団を乗せた貨物船はすでに作戦海域に到着しています。人員は2個中隊約200名。武器装備については帝国軍装備を使用」
「足が付く可能性は?」
「ありません。すでに我々が関与した痕跡は消去しています」
それを聞いたジョンは顎に手を当てる。
「こちらの方は?」
「上空からの支援を行う部隊ならびに“機体“を載せた輸送艦も作戦海域に到着しています」
「詳細を」
「機体はATSF計画(先進戦術歩行戦闘機)での試作機であるYF-22を5機使用。5機とも跳躍ユニットの強化を行なっていますので、迅速に島内への侵入ならびに空爆、その後の戦域離脱が可能です」
「搭乗衛士は? それと“例の薬剤“はすでに投与済みかね?」
「それについても問題はありません。搭乗する衛士は全て日系人です。そして薬剤ですが、ビタミンサプリとしてすでに服用させています。効果はCIAが保証しますよ」
ジェイクはニヤリと口角を上げる。
「グアテマラのブラックサイト(米国国外にある秘密軍事施設)で実施した投薬実験で、マインドコントロールの効果は実証済みです」
「設備と研究者を国外に移動させておいて正解だったな」
「ええ、大統領」
「仮に作戦が失敗したとしても、各国政府は、その出来事を日本が行ったと認識するだろう。……全ては“日本が画策した陰謀だと“、ね。我々には問題ない。いや、逆に我々にとって良い方向へ転ぶ。どういうことか分かるかね? ジェイク」
「その事態を我々が収拾すれば、レイブンズロックへ恩を売ることができ、彼らとの交渉で優位に立つことができる。そして、日本に関して言えば、この件をきっかけに再び我々が政治的コントロールを握ることができる、ということでしょうか」
「そうだ、その通りだよ。ジェイク」
ジェイクの言葉を聞いたジョンは両手を大きく広げ、まるで難しい問題の答えを見事に導き出した生徒を褒めるような感じで肯定する。
そしてジョンは机の引き出しから1枚の新聞紙を取り出し、それを机の上に放り投げる。新聞には大きく『日本、東アジア及び国連での影響力拡大か!?』という見出しと、その見出しとともに載せられた写真には、黒い髪を撫で付け、メガネをかけた壮年の男が写っていた。
その男の顔を見たジョンは忌々しそうに顔を歪める。
「榊総理率いる日本政府は『国際協調の名の下』に周辺国へ積極的援助を行なっているが、実際は国際政治における自分たちの土台造りだろう。だが、国内に目を向ければどうだ」
「情報アナリストの分析によればーー」
「そうだ。国外への産業基盤移転に伴う失業率の増加、国防費確保のための大幅増税と公共サービスの削減、軍部の台頭。榊総理自身は対BETA戦へ向けた日本の戦力基盤強化という目的で政策を遂行しているが、その“強引“とも言える政策を良く思わない者たちもいる。特に将軍家と、彼らを崇拝する者たちだ」
「ええ、仰る通りです、大統領。すでに帝国内は保守派と革新派、国内派と国外派などで分裂状態です。もし彼が政策上で何かしらの失策を行えば、帝国は政治的機能不全に陥り、最悪内戦に突入する可能性が非常に高いです。ーーまぁ、その可能性はこれまでに何度も議論されてきましたが」
太平洋戦争を戦っていた日本は、当時同盟国であったドイツに連合軍が投下した原爆の凄まじさを目の当たりにし、国体の危機という観点から、1944年連合国に対して“条件降伏“を打診。連合国側はその案を受け入れ、日本は連合国に降伏した。
その後、連合国によって大日本帝国から日本帝国へと国名を変更した日本は、占領下で各種民主化を実行していった。国際社会への復帰後は日米安保条約の下、東西冷戦における反共の防波堤としての役割を果たしてきた。
だが、家の表札は変わっても、中に住む人の考えは変わらなった。
自主独立と対米追従、政府と国民、戦前から続く皇帝を頂点する専制体制と戦後民主主義体制、戦後混乱期から続くこれらの問題によってこれまで日本は二分されてきた。国内の蠢動は国外からの介入を招き、今では多くのスパイが公然と諜報活動を行ない、政治に至ってはイデオロギー対立から常に空転している。それが今の日本の現状だ。
ジョンはそれまで緩めていたネクタイを締め直すと、肩を軽く揉み始める。
「“我が国“の極東防衛の要である日本がこれ以上混乱するの容認できん。この作戦の本当の目的は“日本の浄化“だ。これまでの混乱の元は将軍家と、それを支えてきた武家制度だ。この戦前の残滓とも言える彼らを潰せば全てに片がつく」
「全ての責任は“日本“に。榊氏には全責任をとってご勇退していただき、その後釜には親米派の政治家を総理に就かせる予定です」
「そうだ、そうだよ、ジェイク。ありがとう。では私はまたシチュエーションルームに戻るよ」
「私はペンタゴンへ戻ります」
力強く頷くジェイクの姿に、ジョンは笑みを浮かべる。そしてネクタイを締め直し、スーツの皺を伸ばした彼は扉の傍で控えているシークレットサービスに軽く頷く。最後にジョンは机をぐるりと回り、ジェイクのそばに来るとそっと耳打ちする。
「いいかね。作戦計画書に書いてる軍事介入については状況次第でない可能性がある。その時は……」
「ご心配なさらず、万事心得ております。大統領閣下」
ジェイクの言葉を聞いたジョンは何も言わなかったが、その代わりにジェイクの肩をポンポンと叩いた。そしてシークレットサービスに連れられ部屋を出て行った。
彼が出て行ってすぐジェイクは、作戦の状況を確認するためにペンタゴンへと向かった。
<北太平洋洋上・帝国海運『秋津丸』船倉>
「オイッ! 開けろ! さっさとここを開けろっ!!」
帝国海運の機関士である田島は大声で叫ぶと水密扉を激しく叩く。だが、何度叫ぼうとも誰も答えず、彼は大きなため息を吐くと水密扉を背に力無く座り込んだ。
「お疲れか? 田島よぉ」
項垂れる田島の耳になんとも気の抜けた男の声が届く。その声を聞いた田島が視線を上げると、そこには木箱の上で仰向けに寝そべって、タバコをぷかぷかと燻らせる先輩の小川がいた。
呑気な小川の姿を見た田島は先ほどよりも大きなため息を吐くと、立ち上がり、そこへ向かう。そして近くにおいてあった椅子にドカっと座った。
「なんでそんな呑気なんですか? 俺たち閉じ込められてんすよ? 殺されちゃうかも知れないんすよ? ってか、ここ禁煙」
まるで関を切ったように喋る田島の声に顔を顰める小川。
「ギャーギャーと一度に喚くなよ。そんなんだから、お前は童貞なんだよ」
天井の蛍光灯を眺めながら小川はそう言葉を返す。
“童貞“という単語を聞いた田島は顔を羞恥心から頬を紅くすると、どもりながら反論する
「お、俺は、ど、童貞じゃないっすよ!」
「はい、童貞決定。落ち着きないヤツは大概童貞って決まってんだよ」
馬鹿にされてワナワナと震える後輩を見ながら、小川は「ヨッコイショ」と言って体を起こす。そして近くに置いてあったコーヒー缶にタバコの灰を落とす。そして再度口に咥えると、体のコリを伸ばすために大きく伸びをした。
「ウゥ〜〜っと、いいか田島よ。俺たちは確かに閉じ込められてるが、殺されたりはしねぇよ」
「なんでそう言えるんすか?」
田島の疑問の声を聞いた小川は頭をガシガシと掻くと、ゆっくりと理由を述べ始めた。
「連中がプラントからこの船に乗り込んできた後、すぐに船員は捕えられたが、なぜか機関室だけは監視付きでそのまま運転させられたろ?」
「はい」
「てことは、連中には船を操作するヤツは1人もいないってことだ」
「そうすっか? じゃあ、なんで今は閉じ込められてんですか?」
「連中の目的地に到着したか、もしくは別の目的があるのかもな。どっちにしろ、船を動かすには機関士である俺たち2人がいるってことった」
「……」
小川の説明を聞いた田島は何も答えず、代わりに「大丈夫かよ?」っていう表情を小川に向ける。それを見た小川は、すっかり短くなったタバコを缶コーヒーに突っ込むと、再び寝そべった。
「心配すんなって田島。俺たちは死なねぇよ。だから今は静かに時を待ってろ」
「はい……」
先輩の言葉を聞いた田島は力無くそう頷くと、自分も先輩に習って空箱でベットを作り始めた。
後輩の姿を見た小川は寝返りを打つと、壁に設置された赤い消火ホースの箱をぼんやりと見つめる。
小川自身これから自分たちがどうなるか不安で一杯だった。だが、先輩である自分すら田島のように喚いてしまっては、いよいよ手がつけられなくなる。
「(ハァ……どうすっかな……)」
消火ホースの箱に備え付けらている赤ランプを見つめながらそう心の中で呟く。
「(そういや、なんであの消火栓、“ケーブル“が刺さってんだ?)」
ありがとうございました。