Muv-Luv modeler warfare   作:ガンオタ

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投稿が遅くなり申し訳ありません。


第7話 サイコパス

第7話 サイコパス

 

<1995年4月24日 ホワイトハウス西棟地下・シチュエーションルーム>

 

 ホワイトハウス西棟地下のシチュエーションルームの照明が落とされ、国防総省やCIA(中央情報局)の情報担当官達がスライドショーを始めた。

 偵察衛星が撮影した写真の一部には、ぼけているものもある。しかしその写真には、戦車や装甲車、武装ヘリに戦闘機などの重火器、武器を所持した兵士達、戦術機らしき機体などが写っていた。薄暗い室内にいる人間達は、それらから目を離さず真剣に見つめている。

 

 テーブルを囲んでいるのは、アメリカ合衆国のNSC(国家安全保障会議)のメンバー達だ。大統領のジョンは座長席に座り、その周囲には側近で、国家安全保障担当補佐官のジェイク・カールッチや国防長官を務めるノーマン・ワインバーガーなどがいた。

 大統領のジョンは、次々と写される写真に見入っている。

 

 スライドショーが終わり、シチュエーションルームに再び明かりが戻る。そして空軍の青い制服に身を包んだ将校が説明を始める。

 

「島を占拠する武装勢力は、『レイブンズロック』という名の“私設武装組織“という事が判明しました」

 

「『レイブンズロック』……私設武装組織という事は、彼らは何者かに雇われているという事かね?」

 

「サー、その通りであります。大統領閣下」

 

 長机の上座に座っていた大統領のジョンのその問いに対し、若い空軍将校は頷きながらそう答えた。

 

「彼らの説明によると、島は『シルトクレーテ島』という名の“私有地“で、自分達はその所有者に仕えるPMCだと……」

 

「ん? “PMC“とは、何だね?」

 

 聞いた事のない単語を聞き、ジョンは首を傾げながらそう問いかける。

 

「Private military company 通称PMCと呼ばれる民間軍事会社です。主にクライアントに対して戦闘、兵站、訓練などの軍事サービスを提供する企業。いわば傭兵のような組織と認識していただければ良いかと……。説明によれば、自分達は島の所有者によって設立されたPMC所属の武装兵士であり、保有する兵器や資材も所有者から提供された物であり、そして最後にこの世界とは別の世界から島ごと、この世界に転移してきたと……」

 

 その瞬間、会議室内の至る所から笑い声や嘲笑の声が上がる。

 

「フン、馬鹿馬鹿しい。何がPMCだ。所詮ただの戦争の犬どもに過ぎん、すぐさま排除すべきだ」

 

「異世界だと? 過激な宗教カルトではないのか?」

 

「背後にいるのはEUかソ連、もしくは日本だろう。大量の軍事物資を保有する個人などいる訳がない……」

 

 さまざまな憶測や推測などが会議室を飛び交う中、一人の男が手を挙げた。それに気づいた将校は、一瞬その人物に声を掛けて良いか戸惑い、大統領のジョンに目を向けた。

 目を向けられたジョンは、笑みを浮かべ軽く頷き了承の意を示す。

 

「トランブル下院議長、如何されましたか?」

 

 その瞬間、それまで騒々しかった会議室が一瞬で静かになった。だがレーガン政権で国防長官を務めるノーマン・ワインバーガーだけ、アーサーの姿を見た瞬間、まるで不愉快そうに眉を寄せる。

 

「トランブル下院議長。失礼ながらあなたは、ここにおいては……」

 

 本来NSCのメンバーではないが、特例として参加を許された存在である下院議長のアーサーの行動を窘めようと声を発したが、大統領のジョンが手を挙げて、それを制す。

 

「ノーマン。今我々は、深刻な脅威に直面している自由世界で暮らす人々への攻撃を防がねばならないんだ。だからこそ、今は知恵ある者全ての意見が必要なのだ」

 

 大統領のジョンは、ノーマンにはっきりとそう告げる。それを聞いたノーマンは渋々了承した。

 

「では、アーサー」

 

 大統領から発言の許可を得たアーサーは「ありがとうございます。大統領」と述べ、気持ちを落ち着かせるために小さく息を吸い込むとゆっくりと口を開いた。

 

「みなさん、今議論すべきなのは、彼らの正体や支援国を明らかにする事ではなく。今後、我々が取るべき選択肢を考える事です」

 

 何を当たり前の事を言っているのだこの男は、と政権幹部は心の中でせせら笑う。そんな彼らを代表し、国防長官のノーマンがそれに答える。

 

「議長、選択肢はすでに決まっています。ーー空爆を実施したのち、海兵隊による上陸作戦を行う。そして敵を掃討する。それしかありませんよ」

 

 ノーマンのその発言に、統合参謀本部議長や軍高官達は頷く。だが、そのあまりにも強硬な発言を聞いたアーサーは、とんでもないとばかりに首を横に振る。

 

「そんな事を行えば、我が軍に甚大な被害が発生します。あなたもこのレポートを読んだはずだ」

 

 そう言って、アーサーはレポートを掲げる。

 

「島の至る所に配備されたSAM<地対空ミサイル>や砲撃陣地。それにーー」

 

「議長が憂慮されている事は分かります。だからこそ早急に動くべきなのです! 島が見つかってから、すでに一週間が経過しています。その間に新たな陣地が構築され、島は難攻不落の要塞に様変わりしようとしている。これ以上の傍観はできん!」

 

 ノーマンは強い口調で、さらに捲し立てる。

 

「それに幸いな事に、奴らがいる島は太平洋にある。つまり光線級によるレーザー照射に怯える事はないという事だ。空爆には、海軍航空隊の戦術機部隊だけでなく、グアムのアンダーセン空軍基地に配備されたB−52戦略爆撃機による爆撃も可能という事だ。それに空がダメなら、海上からの艦砲射撃を行えばいい」

 

「横須賀に停泊中の第7艦隊の他の艦船も、事態の急転に備えてすでに出航しております」と海軍高官も続く。

 

 もはや軍事作戦という選択肢しかないような物言いに、流石のアーサーも唖然とする。

 

「長官、そんな大規模な着上陸作戦を太平洋で実施すれば、環太平洋地域の不安定化は免れない! それに、周辺海域には国連管理下の食料プラントが数多く存在している。ただでさえ世界的に食糧不足が深刻化しているというのに、あなたはさらにそれを高めようというのか!」

 

 普段あまり大きな声で、それも感情的に喋る事はないアーサーだが、今回ばかりは違った。その証拠に顔は高ぶる感情で紅潮し、呼吸が追いつかず肩で息をしている。

 

「 議長。太平洋の平和と安全を守り、この海域を通る数多くの船舶の航路を確保する。中南米がアメリカの裏庭と言われるように、太平洋もまた我が国にとって大事な生命線なのです。そんな場所に、ミサイルを所持し、訳の分からん世迷言を言う“頭のいかれた連中“をのさばらせておく事はできない!」

 

 すでに人類の経済活動と生産活動のほとんどが鉱物資源が豊富なアフリカ大陸や広大な耕作地帯を持つオーストラリア大陸、そして南北アメリカ大陸に集中している。そこではBETAに立ち向かうために必要な戦術機を始めとした軍需品、人類が生きるのに必要な食糧を日々生産している。だが光線属種の出現による空路の消失で、経済や貿易や通商にとって安全な海洋航路の戦略的重要性は更に高まっている。これを損なえば人類は戦い続ける事ができない。

 

ーーだが、そんな事はアーサーだって百も承知だ。だからこそ、慎重な対応が必要なのではないか。

 

 そう口を開こうとした瞬間、大統領のジョンがそれに待ったをかけた。

 

「二人とも、そこまでにしたまえ」

 

「……」

 

「申し訳ありません。大統領」

 

 会議の方向性を皆に示そうとしたはずなのに、いつの間にか感情の赴くままに議論をしてしまった事をアーサーは恥じた。彼の気持ちを察したのか、ジョンは笑みを浮かべる

 

「諸君。少し休憩しようじゃないか。いつまでもこんな穴倉にいては、モグラになってしまう」

 

 ジョンが言ったそのジョークを聞き、NSCのメンバー達から笑い声が漏れる。

 

「では、60じゅ「大統領ッ!」ん?」

 

 腕時計を見ながら、皆に次の会議開始時刻を示そうとした瞬間、コンソールに座っていた一人の通信将校が慌てた声でそう言ってきた。

 

「どうしたのかね?」

 

「ハッ! つい先ほど、『交渉人と名乗る人物』から、通信が入りました」

 

「何っ!」

 

 通信将校の報告を聞いたジョンは驚きのあまり目を見開き、声を上げる。他のメンバー達も同様に驚き、互いに顔を見合わせる。

 

 

「すぐに繋ぎたまえ」

 

「ハッ!」

 

 ジョンの指示を聞き、補佐官達がすぐさま準備をする。そして準備を終えた彼らは手で合図する。

 

「君が“交渉人“かね?」

 

 ジョンの問いかけにスピーカーの相手は何も答えない。沈黙が会議室を支配する。こちらからの問いかけに答えない相手に対し、会議室内にいる人間達は顔を見合わせる。

 

 そして、沈黙は破られた。

 

「ーーそうだ。そちらは?」

 

 聞こえてきたのは英語だった。それも女の声だ。しかし女と言っても、かなり幼い“子供“の声だ。

 突如、スピーカーから聞こえてきた幼女の声に、ジョンは一瞬思考が固まるが、慌てて首を横に振り、気を取りなおす。

 

「あ、ああ。私はアメリカ合衆国大統領ジョン・レーガンだ。お嬢さ……君の名前は?」

 

 危うく“お嬢さん“と口にしかけ、慌てて訂正するジョン。だが交渉人の幼女は気にする事もなく、凛とした声で自らの名前を名乗る。

 

「これは失礼。大統領閣下。私はターニャ・フォン・デグレチャフと申します」

 

 “ターニャ・フォン・デグレチャフ“。その名をアーサーは頭に焼き付ける。周囲の長官達も小声で、部下達に指示を出す。

 

「デグレチャ「ターニャで結構です。大統領閣下」、あ、ああ、ありがとう。では私の事はジョンと呼んでくれ」

 

 デグレチャフと呼ぼうとしたジョンの言葉を遮り、ターニャは自分をファーストネームで呼ぶ事を許可する。ターニャの言葉を聞いたジョンは笑みを浮かべる。そして自分の事も、同じようにファーストネームで呼ぶ事を許可する。

 

「ではターニャ。君達の要求を教えてくれるかね?」

 

「大統領。私達の要求は二つです。まず第一に、沖合に展開する艦隊を引き上げ、海上封鎖を解く事。第二に、これ以上の事態悪化を防ぐための会談の場を設ける事です」

 

 ターニャの要求内容を聞いたアーサーはひとまず安心する。なぜなら、相手側からこちらへの歩み寄りの意思を感じたからだ。 

 

「(相手側には、こちらと交渉を行う意思がある事は確認できた。あとは相互理解に努め、どこに妥協点を見つけ出すかだ)」

 

 アーサーが心の中で安堵の声を呟き、張り詰めていた緊張の糸を少し緩めようとした瞬間、彼を衝撃が襲った。それも“大統領“からだ。

 ターニャの要求を聞き、それまで椅子の背もたれに深く身を預けていたジョンは姿勢を正し、そう問いかけた。

 

「そうか。……では君達は“武装解除に応じない“という事かな?」

 

「ッ!?」

 

 ジョンの言葉にアーサーは絶句する。驚愕で身を固めていた彼の耳にターニャの凛とした声が響く。だが先ほどとは違い、その声音は、恐ろしいほど冷たかった。

 

「ーー大統領。私は“これ以上の事態悪化は避けたい“と述べたはずですが?」

 

「ターニャ。ーー事態を悪化させない為には、まずはお互いをよく知らなければならない。良い人間関係に必要なのは、相手への“思いやり“だと私は思うんだよ。それに、武器を手にしたまま握手はできまい?」

 

 まるで幼稚園児に友達の作り方を教える先生のような優しい口調で、そう述べるジョン。周囲に座る側近達も口元を抑え、必死に笑い声を抑えている。

 そんな彼らのあからさまに相手を見下す態度にアーサーは侮蔑の念を禁じ得ない。

 

「(なんと愚かな……)」

 

 先ほどまでの恐れはどこへやら。武装集団側の交渉人が“得体の知れない危険な男“ではなく、“非弱で可憐な幼女“と知り気をよくしたようだ。

 

 どんな連中かと思ったら、子供を交渉人に立たせるとは、連中は相当頭が“イカれている“、と。

 

 この世界の超大国であるアメリカ合衆国、その頂点に立つ合衆国大統領と会談をしたいという自称交渉人を名乗る幼女の言葉を真剣に受け止める政府高官はここにはいなかった。しかし、アーサーだけは違った。

 

「(交渉人を子供に? 何が目的だ?)」

 

 自分達のこれからの運命を決める大事な交渉役に、ターニャという年端もいかない幼女を立てたレイブンズロックの心意を図りかねる。

 戸惑い、憐憫、嘲りなどの感情が、ホワイトハウス地下深くに設けられたシチュエーションルーム内を覆う。だがそんな室内にターニャの声が響く。

 

「ふむ。そうですか。では……我々の事をよく知っていただきましょうか」

 

「は?」

 

 ターニャの言葉を聞き、誰かが間抜けな声を発する。その瞬間、それまで国内外情勢を伝えるニュース映像を映していた巨大モニターの画面が真っ黒になり、何も映さなくなった。

 

「おい、何が起きた!」

 

「ふ、不明ですッ! こちらからアクセスできません。おそらく、“外部“からの攻撃かと?」

 

「外部だとッ? ここのアクセスコードは、部内でも最高機密のはずだ!」

 

 シチュエーションルームは元々、合衆国大統領が全世界に展開する米軍部隊の指揮管理や国内外の政府機関との密な連携の為に使用される。それゆえに、通信インフラ及びそのアクセスコードは、幾重にも張られた暗号プロテクトによって防護されている。暗号プロテクトの開発には数多くの大学や政府機関所属の人間が携わってきた。まさにアメリカの最高傑作といえる代物である。それがいとも簡単に破られた事実に、オペレーター達が慌てふためく。

 

「諸君! 落ち着きたまえ!」

 

 突然の出来事に浮き足立つシチュエーションルーム内に、ジョンの声が響き渡る。普段あまり大声を出さない彼の声に驚き、皆の視線が大統領に集まる。しかし視線の先の大統領は目を大きく見開いていた。

 

ーーなんだ?

 

 不審に思った彼らは視線をモニターの方へ戻す。するとモニターには巨大な鴉(からす)らしき模様が浮かび上がっていた。そして、画面が自動で切り替わり、映像が始まった。

 

<ーー親愛なるアメリカ国民の皆様。偉大な先人達によって、今日の我が国の繁栄がーー>

 

「なんだこれは……」

 

 アーサーが画面を見ながら戸惑いの声を漏らす。

 画面には戦後歴代の大統領達が議会やホワイトハウスで行った演説の一部を繋ぎ合わせたと思われる。いわゆるモンタージュ映像が流れていた。

 その場の全員がモニターを凝視する。

 

 

<ーー長引く大戦による軍事費の増加で、経済はひどく疲弊しているーー>

 

 

<ーー強欲で無責任な者達、そして労働者から搾取する大企業ーー>

 

 

<ーー家は失われ、仕事は減り、商売は破綻、医療費は高く、学校は荒廃しーー>

 

 

<ーー国民の日常と自由が侵害され、邪悪さという人間の最悪の特性に遭遇しーー>

 

 

<ーーこれらに対し、私達は最良の方法を見つけましたーー>

 

 

<ーー『米国に神のご加護を』ーー>

 

 最後に映し出されたのは、現職大統領のジョンが顔に笑みをたたえ、演説をそう言って締めくくるシーンだった。そして画面は切り替わり、次に映し出されたのは白く巨大なドームが特徴的な議会議事堂だった。

 

「“新世界へようこそ“だと……」

 

 画面下に表示されたテロップを見たアーサーがそう述べる。

 数秒の間を挟み、アメリカ政治の象徴である議会議事堂は文字通り、“木っ端微塵に爆発した“。

 

「ああ!! なんてこったッ!?」

 

「嘘だろう!!」

 

「おい! 今すぐUSCP(合衆国議会警察)に連絡し、状況確認だ。急げ!!」

 

 

 議事堂爆発を目にし、シチュエーションルームは再び混沌が支配する。そのあまりにも衝撃的な映像に何人かは口を抑えたり、現実から目を背けようと首を激しく横に振っている。

 そんな混沌とした室内に、ターニャの笑い声がスピーカーから聞こえた。

 

「ハッハッハ!! みんなのおかげで、“新世界の扉“は開かれましたぁ〜! はい拍手!」

 

 先ほどと打って変わり、まるで悪戯が成功した子供のような声で語るターニャ。交渉人の変貌ぶりに驚く一同。しかし国防長官であるノーマンが怒りに声を震わせながら言葉を出す。

 

「やってくれたなッ!! 貴様!!」

 

「ん? どなたですか?」

 

「国防長官のノーマンだ! いいか! 貴様が破壊したのは我が国の最重要政府施設であり、貴重な文化遺産だ! これは我が国に対する明らかな戦争行為だぞッ!」

 

 顔を紅潮させながら、早口でそう捲し立てるノーマン。しかしスピーカーの向こうにいるターニャは少しも動揺を見せず、冷静に言葉を返す。

 

「そんな深く考えずに。建て替えの時期だと思えばいいじゃないですか?」

 

 あっけらかんとした口調でそう述べるターニャ。自分がしでかした事の重大さやそれに対する罪の意識が少しも感じられない彼女の態度から、その場にいる皆が思った。

 

ーーこいつは、『化け物』だと。

 

 先ほどまで自分達が彼女達を“狩る“立場にいたのに、気づいたら“狩られる“立場にいるのだから……。想像を絶するほどの『恐怖』が、その場を支配する。

 すると、状況確認を行なっていた一人のオペレーターが大声で報告する。

 

「報告します! 議会議事堂に異常ありません!! 健在です。現在施設内の点検を行なっています」

 

「「「おおぉお」」」

 

 その報告を聞き、室内にいた全員が安堵の声を漏らす。

 

「さて、大統領。これで我々も“思いやり“が必要な存在だと認識していただけましたか?ーー先ほど言ったように、艦隊をすぐに引き上げてください。艦隊の撤収が確認できしだい、こちらから再度連絡を実施します。それまで、こちらから一切の攻撃は行いません。もちろん自衛行動に限りですが……」

 

 議会議事堂の無事という事を知ったジョンは少しばかり落ち着きを取り戻し、ターニャの言葉を冷静に聞く。そして最初と同じくテーブルに身を乗り出す。

 

「分かった。……しかし、ターニャ。艦隊を引き上げるには君たちの『協力』が必要だ」

 

「『協力』ですか?」

 

「艦隊を引き上げるには、君達が安全であると世界に証明しなくてはならない。なので君達が所有する“ミサイル“の撤去が前提条件だ」

 

 先ほどのサイバー攻撃とフェイク動画を目にした事で、レイブンズロックに対する政府閣僚達の認識は変わった。彼らは“頭のイかれた連中“ではなく、“イカれた事を良心の呵責なく、正確に、そして躊躇なく行う組織“だと。しかし世界の守護神を自称するアメリカにも面子があるため、ここでなんの見返りもなく要求を受け入れれば国内外から、アメリカがテロに屈したと思われかねない。だから『協力』という言葉を使用する事で、“アメリカが一方的に譲歩した“という最悪の事態は免れる。世論も問題ない。

 

「どうだろうか? ターニャ」

 

「フム。……わかりました。こちらも少しそれで話をしてみましょう。」

 

「そうか、助かるよ。他国への説明は我々合衆国が責任を持って行う」

 

「わかりました。では48時間後に再度こちらから連絡します」

 

「その間は双方“武力行使は行わない“という認識でいいかね?」

 

 48時間に対する双方の認識を統一するため、ジョンはそう問いかける。

 

「ええ、その認識で構いません」

 

「分かった。ではターニャ、ともにこの危機を乗り越えようじゃないか」

 

「では大統領。これで失礼します」

 

 その言葉を最後に通信が途切れた。それを確認したジョンは椅子の背もたれに深く身を預ける。そして口から大きく息を吐き出す。ふと顔を上げると、次の指示を待つ政府閣僚達の不安げな眼差しが、自身に向けられていた。

 ゆっくりと姿勢を戻したジョンと、そばで控えていた秘書官に指示する。

 

「ああ…マーサ。コーヒーを頼む。ミルク入り、甘味料2つ、カップでだ。紙コップではなく……」

 

 ジョンの言葉を聞きながら、彼らは困惑しながら互いに目を合わせる。何を言うかと思えば、今後の政府の行動ではなく、自分が飲みたいコーヒーについて話し出したからだ。

 

 秘書官に指示し終えたジョンはニヤリとする。

 

「妻からは“血糖値が上がるからやめて“と言われているのだが。今回ばかりはカフェインの魔力すら借りねば勝てん相手だ」

 

 そのジョークを聞き、室内に張り詰めていた緊張の糸が少しばかり弛緩する。皆の顔に正気が戻ったのを確認したジョンは「良し……」と一言呟くと、指示を出し始める。

 

 

 

「“脅威は本物“だと改めて認識した。……まずはFBIの犯罪プロファイラーに交渉を録音したテープを提供し、ターニャ・フォン・デグレチャフの分析を行うように伝えるんだ。それと再度、身元の確認を。捜査当局の前科者リストに登録されている人物並びに移民管理局に登録されている移民も対象だ。次に政府施設の安全確認を実施し、警戒レベルを強めるんだ……。さっきのはフェイクだったとはいえ、本物の爆弾が仕掛けられているかもしれん。そして私はこの後、国民に向けての記者会見を行う」

 

 

「分かりました。大統領」

 

「すぐ報道官に手配させます」

 

「サー。大統領」

 

 ジョンの指示を聞いた職員達から了解の報告が次々に上がる。そして最後に彼は室内にいる全員の顔を見回す。

 

「諸君。これは重要な任務だ。我々の暮らしをこの脅威から守ってくれ。これほどの大きな務めはないし、これ以上の名誉もない。ーー君達の奮闘を期待する」

 

 

 

 

 

 




今回も最後まで読んで頂きありがとうございました。

・登場人物紹介

ノーマン・ワインバーガー国防長官<性別・男 64歳>
職業 アメリカ国防長官<共和党>
参考容姿 キャスパー・ワインバーガー<第15代国防長官(1981年〜1987年)>
備考 オルタネイティブ5推進派

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