友だちになりたい!   作:笹案

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纏めて投稿するつもりでしたが、完結出来る自信がなくなってきたので少しでも投稿することにします。


三話

 

 

 その少年がいるのは、船の艦橋のような場所だった。

 左右両側には階段があり、そこにはコンソールを操作するクルーたちがいる。近未来じみた機械が存在する、SFチック……ロボットアニメで見るようなコックピット。

 そこは空中艦だった。

 天宮市上空をうろつくそれは、普通ならばお茶の間を騒がせる存在になるだろう。しかし、リアライザという力によって、完全に存在が隠蔽されている。

 そのため、この空中艦が家の上を飛んでいることは、少年──五河(いつか)士道(しどう)もつい最近まで知らなかった。

 

 秘匿された艦体に乗っている、秘密組織に所属する人々。つい最近までただの一般人であったはずの士道は、クルー達と志しを共にし、作戦の(かなめ)としてこの場に立っている。

 今考えても不思議な状況だと、士道は苦笑いした。

 

「……聞いているの? 士道(しどう)

 

 それは、可憐な少女の声だった。

 士道が声の方へと顔を向けると、トントンと床……の上にいる男を踏む少女の姿があった。

 

 中学二年生という、多感な時期の少女である琴里(ことり)。士道の愛しい妹である彼女は、空に浮かぶ船、〈ラタトスク〉で艦長を務める人物でもあった。

 士道につっけんどんな態度を取り続ける彼女は、こめかみに手を当てる。

 

「ああ、そりゃあ……何の話してたんだっけ?」

「……」

 

 琴里は半眼で士道を見たあと、小さく口を開く。

 

「さっき現れた精霊の識別名は〈ハーミット〉と〈ウィッチ〉。彼女たちを封印するための話し合いをしていたと思うんだけど……」

「あ、ああ。そうだったな」

「ねえ、士道。私たち〈ラタトスク〉の理念まで忘れてないでしょうね」

「いや、流石にそれは忘れてねえよ」

 

 ASTたちが戦力で精霊を殲滅しようとするのなら、琴里たち〈ラタトスク〉は対話によってその力を封印しようとしている。

 士道は、精霊の力を封印することが出来る。

 精霊は空間震を起こすこともなくなるし、その人外じみた力もなくなる。

 しかし、おいそれと消せる力ではない。

 精霊に士道のことを好きになってもらうこと。それが、精霊の力を封印する方法だ。 

 ギャルゲーのような力だが、それがデタラメでもなんでもないことは、もう既に証明済みだった。

 

「なら良いけど。乱入したかったけど、ASTは離れないし、行けると思ったらロストするし……中々思うように行かないわね」

「……」

 

 士道は眼前に広がるスクリーンを見ながら、琴里の話へと耳を傾ける。

 

 士道の住む天宮市近辺に、精霊が現れた。

 そのため、士道はいきなり呼び出されて、いつでも精霊の相手を出来るようにスタンバイしていた。いたのだが、あまり状況が整わなかったこともあり、実際に彼女らと相対することはなかった。

 

「精霊って十香一人じゃなかったのかよ……」

「そんなこと言った記憶ないわ。士道が一人勘違いしてただけじゃない」

 

 やれやれと肩をすくめる琴里を見て、それなら教えてくれてもいいんじゃないかと抗議の目を向けた。が、聞かなかったほうが悪いと言われ、釈然としないままに首をひねる。

 

「……十香と同じ存在、か」

 

 士道が最近封印した精霊、夜刀神(やとがみ)十香(とおか)

 彼女は高校生活を謳歌しているのを見ると、士道も嬉しく感じた。

 世界に絶望しきった表情を浮かべる少女は、もうここにはいない。

 複数の精霊がいるなんて情報は、士道の耳には届いてはいなかったが、十香以外にも困っている精霊がいるとするならば、士道は力になりたかった。

 

 繰り返し再生される映像を見ながら、士道は考える。

 突然ASTの隊員たちがぬいぐるみのようなものに姿を変えたことは、〈ウィッチ〉の能力だろうか。ハーミットは、どんな人物なのだろうか。映像では逃げ回っている姿しか見えなかったが、その性格までは分からない。

 

「……なのに持ち直したのだとしたら……」

「なんか言ったか?」

「〈ウィッチ〉は危険かもしれない。早めに封印した方がいいわ」

「どうしてだよ」

「……」

 

 琴里は少し黙ると、気難しそうに眉をひそめる。

 

「精霊の力が強大なのは、分かっているでしょう。わざわざ別の精霊に接触してきたあたり、何か目的があるんじゃない?」

「目的って?」

「さあ、それは分からないけど、二人が人間たちに敵対的な行動を取ったら対処が難しいことは確かよ。出来れば乱入したかったんだけど、ASTと引き剥がせなかったし……イレギュラーもあって様子動けなかった」

 

 イレギュラー。そう言われて、士道には思いあたる出来事があった。

 

(シドー、どうして外にいるのだ。空間震……とやらで避難所に行かなければならぬのだろう?)

 

 今まさに新たな精霊と相対しようとする、という場面で、既に封印している精霊こと十香(とおか)に見つかってしまったのだ。

 幸か不幸か、新たな精霊が現れた場所は学校からそう遠くない場所だったが故に、十香は現場にたどり着いてしまった。普通ならピンポイントで、士道の場所に行けるはずもないが、野生の勘でも働いたのだろう。

 十香の対応に追われるうちに、精霊たちはロスト。

 新しい精霊に接触することは叶わなかったが、しかし、士道としてはいきなり精霊と対面することにならなくてよかったとも言える。

 

「わざわざ精霊と接触したってことは、力を利用しようとしているのかもしれない。となれば、次の現界のときにも〈ハーミット〉に接触するかもしれないし、また別の精霊に接触する可能性も考えられるわ。どうなるかは未知数ではあるけど」

 

 現状、〈ウィッチ〉が不可思議な動きをしていることだけは確かだった。士道には、〈ウィッチ〉は〈ハーミット〉を手助けしようとしているようにしか見えなかったが、そうだとしても真意を尋ねるべきではあるだろう。

 

「〈ウィッチ〉が〈ハーミット〉と一緒に現界したら、二人を相手にするのも考えないと。よかったわね、士道。両手に花じゃない」

「……んな無茶な」

 

 二人相手にデートして、デレさせる。

 それは、二回目の封印にしては些か難易度の高いもののようだったが。それでも、琴里の表情を見るに、それは冗談でもなんでもないのだろう。

 

「とにかく相手の出方次第ね」

 

 

 

 

 

 

 ──そんな会話が、ついさっきまで繰り広げられていた。

 

 思い出しながら、士道はトボトボと歩く。

 場所は変哲もない、見慣れた町並みであり、先程の光景など嘘のようだった。でも、あの光景は実際に起こった出来事なのは確かだった。

 十香は精霊の力が逆流したということで、精密検査に回された。検査が終わるのを待っていても良かったが、どうせなら夕飯の準備でもしておこうと考えた士道は、一足先に帰路につくにした。

 

「……ぶえっくしょい!!」

 

 と、そこで士道はくしゃみをした。

 

 一瞬、誰かに噂話でもされているのではないだろうかと思いもしたが、きっとこの気温ゆえだろうと考え直す。

 雨上がりの外は、どこか肌寒い。初夏とはいえど、まだまだ暖かい日々には程遠そうだった。

 どうせなら、温かい料理でも用意しておこう。

 手の込んだものを用意すれば、十香だって喜んでくれるだろう。

 十香と奇妙な同居生活をしている士道にとって、彼女の美味しそうに食べてくれる姿は作り手冥利に尽きるものだ。

 目を輝かせる十香を想像すると、士道の足取りは軽やかなものになった。

 

 商店街で特売セールでもやっていなかっただろうか。

 暮れなずむ街の下、そんな考えを巡らせて歩く士道だったが……

 

「うぅ……どうしよう、後先考えずに行動するんじゃないわよ馬鹿……そんなんだからこうなるのよ私は……!」

「……ん?」

 

 ふと、暗がりの方向から少女の声が聴こえてきて、士道はその足を止めた。

 

 

 

 

 ▽

 

 

「大丈夫か?」

 

 

 面倒なことになった。

 七罪は死んだ魚のような目で、応対する少年を見た。

 

 状況としては単純。

 七罪がひとりごとを呟いている姿を目撃されただけだ。しかし、それが厄介な状況だということに変わりはなかった。少なくとも、七罪にとっては。

 ……話は変わるが。

 七罪は、この地球に存在してはいけない存在だ。このままでは、日本人が営むべき日常生活すら困難を極める。

 自分の身分を証明出来るものがなにもないのだ。当然だろう。

 しかし、それを解決出来る方法はいくつか存在する。

 七罪にとって一番楽な方法は、別の人物に()()()()()ことだ。

 まず、成り代わりたい人物の持ち物に化ける。髪留めや上着の類い、その人が肌見放さず身につけているものであれば望ましい。そうして、数日から数週間生活を観察し、その性格や友好関係を把握し、そしてその姿を──ひいては生活を乗っ取る。

 

 成り代わる人物の性格が几帳面であれば、日記やメモ帳から今までの情報を得ることが出来るだろう。抜けているところがある人物であれば、なお入れ替わり易い。人間関係が希薄な人物を狙うのもいいのかもしれない。

 そう今後の予定を立てていた七罪だったが──

 

「……見えてる……いや、み、見た? わた、私の……姿」

「ああ、見えてるぞ。それがどうかしたのか?」

 

 当然と言わんばかりに頷く少年を見て、七罪は唇を噛む。

 

 七罪は、見てみぬふりをされる人生を送ってきた。

 それなのに、目の前の男は七罪の存在をはっきり認識していた。七罪の目を見ていた。七罪のことを心配していた。

 そのことを知った七罪の胸に湧いた感情は、喜びなどではなく──自身の存在を知られたことによる焦りだった。

 

 

 ──こいつに成り代わってやろうか。

 

 男が七罪を気にかけている事実に何も思わないわけではない。

 それに、目の前の少年に、七罪の変身した姿を見られたわけでもない。

 それでも嫌だった。

 七罪は、この姿にいい思い出などなかった。

 無視され、馬鹿にされ、罵倒される。

 目の前の少年は、表面上こそ良い態度をとってはいるが……腹の中がどうなのかは、七罪には手に取るようにわかった。

 どうせ馬鹿にしている。どうせ明日には、少年の茶飲み話になるだろう。

 

(ああ、昨日変なやつに会ってさ。それで……)

 

 そんな些細な会話に消費される未来を想像し、七罪は身震いした。

 七罪にとって人間は、矮小でありながら恐ろしい存在でもある。人の口に戸は立てられない。すぐに七罪は馬鹿にしていい対象として広まっていくのだろう。

 

「……今の聞いた?」

「ぬ、盗み聞きする気はなかったんだが……一人反省会でもやってたのか?」

 

 目の前の不都合な存在を消し去りたい。七罪は、グラグラと揺らぐ精神状態のままに、天使(ほうき)を手に取る。

 適当に葉っぱや草に変えてしまえば、目の前の存在が話すことなんて出来なくなる。

 そうすれば楽であり、不安だって取り除けるのだろう。

 

(七罪さんは……そんな人、だったんですね……)

 

 しかし、行動しようとするたびに、イマジナリー四糸乃が七罪の罪悪感をえぐってくる。

 四糸乃は、自分を攻撃する対象にすら力を向けなかった。それなのに、七罪はまだ何もしていない少年を消し去ろうとしてしまったのだ。

 

「あー……もう」

 

 ぐしゃぐしゃと髪を乱すと、七罪は睨むように少年を見た。

 

「今、見たことも聞いたことも誰にも言わないで。絶対。恥ずかしくて死にそうだから」

「言わねえよ。誰だって、人に知られたくないようなことの一つや二つはあるしな。俺は他人の古傷をえぐるような真似は絶対しねえよ」

「……そう」

 

 妙に深い言葉だった。

 少年を消せないのであれば、信じるほかなかった。

 

「でも、なんだってこんなところで」

「こういうジメジメしたところの隅って安心するし、考えが纏まりやすいのよ」

「……大丈夫か?」

「あんたに心配される筋合いないんだけど」

「ただ、危ない人に会う可能性があると思ってだな……」

「……あんたみたいなやつに遭遇しちゃったしね。これからはやらないわよ」

「は、はは……」

 

 思うところがあったのか、少年は空笑いをする。

 

「その格好どうしたんだ?」

「……ああ、これ」

 

 七罪は、自分の服装を見直す。

 身にまとっているのは、精霊の鎧ともいえる霊装だった。七罪の場合は魔女のような装いだが、今はまだ梅雨前であるし、ハロウィンでもないのに仮装というのもおかしな話だった。

 

「こういう格好するの、好きなのよ。趣味……いや、ストレス解消法っていうの? そんな感じ。ここじゃ人に見られないと思ってたけど、あんたが来たし……興醒め」

「……す、すまん」

 

 しどろもどろに謝る少年を見て、七罪は自分が優位であると悟った。

 相手が後ろ手にまわっているのなら、彼の痛いところを突いていけばいい。そうすれば、七罪の不審な点まで頭が回ることはないだろうから。嫌なやつだと思われるかもしれないが、そのときはその時だろう。

 

「はあ……なんでもいいけど、これ以上近づくなら変な人に話しかけられたって先生に言うから」

「わ、悪かった。大丈夫ならいいんだ」

 

 もちろん、告げ口をする相手がいるわけではなかったが、純朴そうな少年には効果てきめんだったらしい。慌てた様子の彼を見て、七罪は内心胸をなでおろす。

 最初は焦ってしまったが、最終的にはなんとかなっただろう。しかし、七罪にとっては釈然としないこともある。

 

「……何で、私に話しかけたの?」

 

 その疑問は、ぽろりと口から抜け落ちた。

 

「何で……ってなんだ?」

「こんな場所でブツブツ言ってる人間がいたら、近寄らないのが普通でしょ。見てみぬふりするのが人間ってもんなんじゃないの?」

「君の言う普通はよく分からないが……」

 

 困ったように頭をかき、少年は笑う。

 

「もし困っている子がいるなら、手伝おうと思ったんだ。それが俺にとっての“普通”だから……っていうのは、少し臭いか」

 

 少し照れ臭そうに、少年は告げる。

 そんな少年の姿を見て、七罪は誰かの姿を幻視した。全く似ていないし、性別すら違うのに……そこまで考えて、思いを振り払うように自嘲した。

 

「……そうね。ギザ過ぎる。何カッコつけてんのよ」

「……はは、君の言うとおりだ。杞憂だったみたいだな。遊ぶのは構わないが、ここも絶対安心ってわけじゃないんだ。早く帰ったほうがいいぞ」

 

 またなと告げ、その場から去っていく少年を七罪は見届ける。そして、その姿が見えなくなったときに、小さく口を開いた。

 

「……善人ぶって。騙されないんだから」

 

 七罪には、少年の姿は優しくする自分に酔っている、というようにしか見えなかった。

 そういうことにしておけば、きっと正しい。

 でも、もしそれが本心からの言葉だとするのなら。

 

「……いやいやない。ありえないから」

 

 そう独りごちながらも、七罪は考える。

 もし本心から心配し、手を貸してくれようとしていたのなら、七罪は──この世界に少し、希望を持てそうだった。

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