友だちになりたい!   作:笹案

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四話

 

 

 不審な少年との接触こそあったものの、それ以外はつつがなく七罪の日々は過ぎた。

 あれどーすっかなぁ、これどーすっかなぁと、唸りながら、時を待つだけの毎日だったが。

(服は一般的なそれへと変えた。前のように誰かと遭遇する可能性も考えられたため)

 食欲は普通にあるのが厄介だったが、数日ぐらい抜いても問題はなかった。

 これも七罪が精霊だからだろう。

 適当にそこら辺に生えた雑草を、店で出るような食事へと変えて食べたりもしていたが、完全に虚しい作業であったことを記す。結局のところ、細部まで真似出来るわけでもないし、ただ雰囲気を楽しむだけで終わった。

 

 路地裏で目を覚まし、適当に日々を過ごす中で、七罪は気付く。

 

「……なんで消失(ロスト)してないの?」

 

 

 七罪は今まで、この地球から引っ張られるように隣界へと移動していた。

 確かに空間を起こさないで現界することもあったが、それでもずっとこの地球に居座っていたわけではない。短ければ数時間、長かったとしても数日程度経てば、隣界と呼ばれる居場所へと戻っていた。そうして誰にも邪魔されることのない、現界へ引っ張られるまで穏やかな眠りへと戻っていたのだ。

 それならば、どうして今回はそうならないのか。

 七罪はしゃがみこんで唸り、はっとしたように目を見開いた。

 

「……今までとは意識が違うから……?」

 

 前まで七罪は、この地球は自分の居場所にはなりえないと考えていた。

 サブカルチャーなど興味を惹かれる文化は多く存在していたが、それでも自分はこの世界の存在ではないからと、一歩引いた状態で物事を見ていた。しかし、今は違う。

 この場に留まりたくないという思いが、隣界へ引っ張られる要因なのかもしれない。

 それは、出来る限りこの街に留まり続けたい七罪にとっては好都合で……しかし、良いことばかりでもなかった。

 滞在時間が増えれば増えるほど、周囲の目は厳しくなる。いつまでも路地裏でぼうっとしているなんてことがあれば、警察も呼ばれてしまうのかもしれない。

 前に声をかけられたときに警察を呼ぶと言ってしまったが、実際のところ警察の存在を厄介に思っているのは七罪の方だった。

 

 警察の相手をするのであれば、身元を証明出来るものや、お金が必要になってくるだろう。

 七罪の力であれば、いくらでも金を創ることが出来るが、それ(すなわ)ち偽札である。

 人間相手にはバレない自信はあったが、同じ精霊である四糸乃相手は違うかもしれないと彼女は考える。

 

(七罪さん……は、そんなこと……する人、だったんですね)

 

「うう……」

 

 偽札とバレたときに幻滅されることを想像して、七罪はジタバタと(もだ)えた。

 バレなきゃ犯罪ではない、なんてこともないし、大天使四糸乃相手に後ろめたい行為は出来ない。

 

 ……誰かの存在を奪って活動するかとまた考えもしたが、やはり倫理的に考えて駄目だろう。四糸乃もきっと悲しむ。

 

「便利だと思っていたけど……中々欲しいところに手が届かないか」

 

 七罪の力では、人々の記憶を操作することも、世界規模になにかを改変することも叶わない。

 知り合いにそんな能力を持った精霊がいれば、その力を模倣することは出来るが、見ていないものは創れない。

 今度から、まだ見ぬ精霊に会うのも有りなのかもしれない。

 

「……いや、四糸乃みたいなやつはもういないだろうし」

 

 四糸乃のように優しい精霊でなければ、七罪に力を貸してくれる可能性などゼロに等しいだろう。七罪だって、見ず知らずの精霊に助けてほしいと言われたところで、力を貸そうなどとは考えない。

 つい先日まで、七罪は(おご)っていた。自分一人の力で全てがどうにでもなると信じていた。

 それほどまでに万能で、強力な力を持っている存在が精霊だ。そんな状態で味方をつける必要があるかと言われれば、前の七罪だったらNOと答えていただろう。メリットよりも、裏切りの可能性などのデメリットの方が大きい。

 そんな状況で、他の精霊に助けを求められたところで手を貸すとは思えなかった。それは、他の精霊だって同じなのかもしれない。

 

 下手を打ちたくない。それでも、精霊の力というものは大変魅力的だ。七罪には無理な事象であったとして、他の精霊ならばもしかしたら──

 そこまで考えた七罪は、大きくため息を吐いた。

 

「……考えるのめんどくさ」

 

 彼女は死んだ目をしながら、重い腰を上げる。

 考えることをやめる……とまではいかないが、ひとまず中断する。

 

 ずっと鬱々としていたため、そんな気分を晴らすために伸びをする。

 ずっと地面を見つめ続けていたが、顔を上げると晴れ渡った青空が見えた。その眩しさに目を細めてから、深く息を吸った。

 

「……うん」

 

 七罪は理想の姿になってから、移動することにした。

 注目を浴びることは本来の姿であれば避けたいが、この姿だったら堂々と歩くことが出来る。

 ずっとじっと自問自答を繰り返したところで、思うような結論が思えないが、場所が変われば何かしらの結論が出るのかもしれない。

 街へと繰り出せば、色んな人たちが歩いている。

 営業回りをしている会社員らしき人。子供を連れて歩く主婦。ビラ配りをしている人。学校終わりに遊びにいくらしき学生。モニターに映るアイドルらしき女。

 そんな人間たちを眺めながら、七罪は考える。

 

 アイドルやモデルはどうだろうか?

 いや、目立つしAST(あいつら)に嗅ぎつけられるかもしれない。

 それならば、と代替案を考えているときにその声は聴こえた。複数人からなる楽しそうな声たちは、七罪の方へと近づいてくる。

 それは、七罪が苦手とする人種の──元気の良い若い女たちのものだった。

 

「うわー、美人さん発見!」

「どっかのモデルさん?アイドルとか?」

「……そこの緑髪のお姉さん。写真撮っていいですか?」

 

 振り向くと、そこには三人の女子高生がいた。

 キラキラとした目で七罪を見る彼女たちの存在に、いつもの七罪だったら(ひる)むことだろう。

 が、今の七罪はいつもの七罪とは違う。自意識過剰・自信過剰と言われる筋合いがないほどに、今の七罪の姿は整っている。

 

「それって私のことかしら?」

 

 ぶんぶんと勢いよく頷かれ、七罪は不敵な笑みを浮かべる。

 

「ふふっ、私は芸能人でもなんでもないけれど、それでもいいなら撮っても大丈夫よ。どうせなら一緒に映る?」

「えっ、本当ですか?」

「びっくり」

「はいピース」

 

 向けられた携帯に目線を合わせると、アイドル顔負けの七罪の笑顔が撮られた。

 自撮りなどしたことがなかった七罪だったが、変身した美貌があれば写真映りなど誤差のようなものだったらしい。満足そうに頷いた女子高生たちは、上機嫌そうに七罪を見る。

 

「良ければ一緒にお茶でもしません? ……ってそろそろ時間か」

「惜しいけどしょうがないか」

「うん、そろそろ行こうか」

「あら、用事?」

 

 それならば、と別れの挨拶をしようとした七罪だったが、その言葉を発するよりも早く彼女たちは言葉を続けた。

 

「知りたいですか!?」

「よかったらうちらのバ先に顔出しませんか?」

「よかったら、でいいですけど」

 

 ポンポンと会話の内容が変わっていく。

 なんか妙な流れになってはいないだろうか。七罪は、少し苦笑いをしながら言葉を続ける。

 

「実は今金欠なのよ。お金払うようなところなら……」

 

 金欠という言葉は今の七罪には似つかわしくないのでは?

 そんな考えが遅れて出てくるが、訂正するよりも早く、目を輝かせた女子高生たちは口を開いた。

 

「んじゃ良ければ私らのとこでバイトしません!?」

「店長優しいし、すぐ受かるよねー」

「まかないもついてきます」

 

 彼女たちの食いつきの良さは異常だった。

 もしや、法に触れるようなバイトだったりするのかもしれない。そう考えた七罪は、こてりと首を傾げる。

 

「……あなたたち、どこでバイトしているの?」

「喫茶店ですよ! 普通の喫茶店!」

「ただ、店主の思いつきでゲテモノメニューは追加されたりする」

「げ、ゲテモノ……?」

 

 気になる言葉はあったが、一応は安全なところで働いているらしい。

 それならば、と七罪は頭の中を整理する。

 今この場にいる人間が信用出来る証拠はなにもない。

 ……というよりも、七罪は人間全般を信用していない。七罪が信用・信頼しているのは生まれてこの方四糸乃のみである。

 しかし、いくら信用出来ないとしても、使えるものは使うべきだろう。

 

「私、接客なんてやったことないわ。大丈夫かしら」

「覚えれば無問題ですよ!お姉さん!」

「てかお名前教えてくれませんか?」

「ねー、気になる」

「ウィッチ……」

 

 当然といえば当然だが、〈ウィッチ〉というのは識別名であり、この日本社会においては違和感があるものでしかない。

 七罪は女子高生3人組を見る。彼女たちは、馬鹿にした様子はなく不思議そうに互いの顔を見合っていた。

 今なんて言ったんだろう。そんな言葉を口々に告げる彼女らを見た七罪は、すぐさま言葉を続けた。

 

「私は卯一(ういち)なつみよ。よろしくね」

「へぇー、なつみさん!」

「かわいい名前ですね!」

「なんて漢字ですか?」

「卯は干支の卯で一は数字の一、名前は……平仮名でなつみなの。名字で呼んでくれると嬉しいわ」

 

 即興で思いついた名前だったが、女子高生3人組は疑った様子もなく似合っている名前ですね、などと七罪に告げる。

 

「んで卯一さん、バ先向かいません?」

「なんなら奢りますし!」

「不安なことあれば言ってくれればサポートしますよ」

「それは嬉しいのだけれど……」

 

 七罪は戸惑った様子で言葉を区切ると、不可解そうに女子高生たちを見た。

 

「どうして私に親切にしてくれるのかしら?」

 

 そして、以前少年にしたような問いかけを、彼女たちに投げかけた。

 あの少年は、本当の姿の七罪に対して心配そうに(とはいっても本当にそうだったのかは七罪にも分からないが)声をかけてきたのだ。

 それなら、この少女たちはどうなのか。

 彼女たちは互いに顔を見合わせると、とてもいい笑顔で口を開いた。

 

「「「美人さんだから」」」

 

 ……顔である。

 

「あとバイトの人数足りてないんですよね。ホールの子引き抜かれちゃったし」

「うちらも遊びに行ける日欲しいしね」

「んで卯一さんが入ってくれるなら大歓迎ってことで」

 

 そういった打算もあったらしい。清々しいまでの態度に、七罪は安堵した。

 

(困っている人を助けるのが普通とか、怖いくらいだし)

 

「そうねぇ。でも、働くにはいろんなものが必要じゃないかしら」

「あー、履歴書とか? 今日は大丈夫ですよー」

「接客のスキルは後から身につきますし」

「……バイト先、だいたいのことは甘い。私たちが紹介したって言えば何とかなりますよ」

 

 サムズアップされながらそう言われたが、七罪は少々まごついていた。が、そんなことは知らぬとばかりに彼女たちは七罪の手を引く。

 

「とりあえず行きましょう!」

「行けば不安も減るだろうしね!」

「ごーごー」

 

 強引さの残る彼女らに背を押され、『La Pucelle(ラ・ピュセル)』と書かれた建物の前まで連れてこられた。ここが目的の店であるらしい。

 名前の由来は分からないが*1オシャレそうである。そう考えながら、七罪はキョロキョロと辺りを見渡す。

 店の外装も内装も、不審な点はない。が、どうにも人の入りは少ない。平日だからだろうか。

 笑顔の優しそうな壮年の女性からも、胡散臭さは感じなかった。どうやらこの人が店長らしい。

 あの3人組の紹介ということもあってか、不審に思われることもなく店の奥で話をすることになった。

 

 言葉にこそされていないが、面接のようなものだろう。住所や学生なのかどうか、どうして働きたいのか、いつなら働けるのかなどを世間話のような口調で話しかけられ、七罪はそれに答えた。嘘をつくのは七罪にとって得意分野だ、不自然に思われることもないだろう。

 帳尻あわせなら後でやればいい。

 

 この店は、ちょっとした嫌がらせを受けているらしい。それでも働いてくれるのか。

 そんな問いかけもされた七罪だったが、すぐに笑顔で頷いた。

 無理ならすぐにバックレることも出来るだろう。

 

 そうして話を終えた後、帰る前に3人に呼び止められた。

 いかんせん客が全く入っていないため、暇だったのだろう。興味ありげに彼女たちは口を開いた。

 

「おっ、話終わりました?」

「今日はもう帰っちゃうんですか?」

「卯一さんがホールに入ってくれるならめっちゃ心強い」

「そうね、今日はこれからやることがあるから帰るわ。あと、出来ればホールはしないつもりなの。目立つことがあまり好きではないから……調理担当というのもありかしら」

「調理も出来るっちゃ出来ますけど……足りてないのホールの方なんですよねー」

「というかだいたい両立?みたいな? 店長が決めることなんですけどね」

「目立つの嫌なら、適当に眼鏡とかかけときゃいいんじゃないですか?」

 

 そんな言葉を口々に告げていたが、あの美貌が原因でやんごとなき身分の輩に狙われているのかも……などと、小声で言葉を交わしていた。普通に丸聞こえだったため、七罪は苦笑した。

 ASTなどの武装集団に狙われているのは事実なため、彼女たちの噂話もあながち間違いというわけではなかった。

 

「そうね、考えておくわ。またね、3人とも」

 

 別れの挨拶を告げて店を出て、ひとまずの準備を整えることにした。

 

 金が欲しい。しかし、金を得るためには、それなりに労働する必要があり、そのためには自分の身分を提示するものが必要である。

 それは戸籍であったり、履歴書であったり。

 今現在どれも持ち合わせていない七罪は、この国の国民としては認められない。文化的な生活を送るための資格など持ち合わせていないのだ。

 

 が、しかし。

 

 洗脳や現実改変などが出来るわけではないが、七罪とて精霊だ。人の心を操らずとも、不正に不正を重ねて、なんとかゴリ押しで書類を作成した。

 

「……四糸乃の分も作るべきだったかな」

 

 少し迷ったが、それでも四糸乃の戸籍なんて偽造するべきではないという結論に至る。

 そもそも、許可なしに作るべきものでもない。

 それに、犯罪をおかして用意したものを四糸乃は喜んでくれないだろう。七罪にとっては偽札を造るのとは全然違うが、四糸乃にとっては大差はないのだろうから。

 

 無事に必要書類を店長へと送り、正式に七罪は採用されることになった。

 

 

──それから数日後、七罪は店の前に立っていた。

 

 どこで働くのも困らない程度の情報は造ったため、喫茶店で働く必要などなかったが……かといえ、急にやめるほどでもないように思えた。

 はぁと息を吐き、準備室にて制服へと着替える。

 フリルの多いウェイトレスとしての制服。少し気恥ずかしい気持ちもあったが、そんな気持ちは表に出さないように気を引き締める。

 

 実のところ、今日この日が初ホール日だった。

 メニューの内容を覚え、接客面での研修を受けた。その点での不安はあまりないが、嫌がらせの類いにうまく対応出来るかは分からない。

 しかし、それでも何とかなると七罪は信じていた。なにせ、今の七罪は傾国の美女であるように美しい顔をしている。顔が良いのは全てにおいてプラスに作用する。

 

 普段の七罪とは異なり、明るい気持ちを保ちながら、店に入ってきた客へと笑顔を向けた。

 

 

 

*1
フランス語で使用人だとか乙女って意味らしいですね。




挿絵あってもいいということなので、ウェイトレス姿描きました。

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