金城柑菜は勇者である 作:ソフ
現状大丈夫そうですが、もし今後の展開で当作品との矛盾が発生してしまったとしても気にせず最後まで駆け抜けることにします。
「友…奈……?」
あまりに唐突な出来事に一瞬思考が止まる。
「くそっ、またか!」
友奈と一緒にいた神官が憤りの声を上げている。
何か事情を知ってそうだったので、私は神官に質問を投げかけた。
「友奈に何が起こったんですか…?」
「あいつは樹海化中でも動けるんですよ。きっとそれでまた何か良からぬことを…」
神官は親切にも答えてくれたが、話を聞いたことで余計にわけがわからなくなった。
(樹海化中でも動ける…?)
「塩谷さん、ちょっとヤツを探してきます!」
神官は腕を組みながら壁にもたれかかる男性神官に対してそう口にすると、慌てて部屋から飛び出して行ってしまった。
部屋には私と男性神官の二人だけが残され、少しの間気まずい時間が流れる。
どうしていいか分からず立ち尽くしていると、男性神官が私に話しかけてきた。
「立森鈴風といったか?」
「はい。そうですけど…」
「お前はどうして勇者になったんだ?」
私を案内してくれた時とは違い、言葉遣いが少々荒い。
「勇者になって柑菜を守りたかったからです」
「……そうか」
私が正直に答えると、男性神官はそれに短い言葉を返したきり喋らなくなり、私も再びその場に立ち尽くした。
それから数十分後のことだった。
「スズカ先輩!!」
友奈が大慌てで部屋に戻ってきた。
「ゆ、友奈…?」
戻ってきた友奈の顔はすっかり青ざめ、体中から大量の冷や汗が流れている。
その瞬間、強烈な嫌な予感が鎌首をもたげる。
そしてその予感はすぐに確信へと姿を変えた。
「カンナ先輩が…」
(うそだ…)
「カンナ先輩が…」
(嘘だ嘘だ嘘だ…!!)
「バーテックスとの戦いで…命を落としました…」
◇
柑菜の戦死を聞かされた後、私はそのまま家へと帰された。
日はすっかりと沈み、辺り一面を強烈な闇が塗りつぶしている。
「ただいま……」
「おかえり…」
玄関のドアを開けると、リビングの方からお母さんの声が聞こえてくる。
そのテンションの低さからして、お母さんも柑菜のことは既に知っているようだ。
「ごはん、できてるから…」
「うん…」
食卓につくとお母さんは心配そうに私の顔を覗き込む。
「お父さん、今日退院だったよ」
「うん…」
「しばらくは自宅で療養だってさ」
「うん…」
何を言われても生返事。私には会話をする余裕すらなかった。
「こちらが遺体の見つかった現場です」
ふとテレビの音声が耳に入る。
テレビに目をやると、港で少女の遺体が発見されたと報じている。名前は伏せられていたが、タイミング的に柑菜のことで間違いないだろう。
「現場周辺には現在も規制線が張られてあり、中に立ち入ることはできませんが、少女はこの先の防波堤で倒れていたとのことです」
リポーターの声と共に現場の様子が映し出される。私はその場所に強い見覚えがあった。
(あれ…あの場所って…)
間違いない。以前戦闘から戻って来ない柑菜を心配して探しに行った場所だ。
柑菜はあの防波堤の先で休んでいて、私はそこで初めて柑菜が一人で苦しんでいることを知ったんだ。
その防波堤で倒れていたとなると、柑菜は戦闘後に龍王宮からそこまで移動したことになる。でもどうして…?
(……私に…会いたかった?)
その可能性が頭をよぎった瞬間、体から全ての力が抜けるのを感じた。
「…ごちそうさま」
私は食事を中断し、自分の部屋に閉じこもる。
ベッドに横になった瞬間、我慢していた涙が一気に溢れてきた。
「うっ…ううう……うあああああっ!!」
柑菜を守れなかったという後悔の念に苛まれ、涙が止まらなかった。
◇
それから一晩中泣き続け、気づけば外が明るくなっていた。
(もう朝…)
ずっと泣いていたせいで疲れは全くとれていない。
私はベッドに仰向けになり、何もない天井を見つめる。
『あなたはあなたのできる範囲で金城さんの力になってあげて。それが彼女にとっても一番の救いになると思うわ』
『お願いやめて! すずかちゃんは勇者にならないで!』
頭の中に栗原先生と柑菜の言葉が浮かぶ。
(私がこれまでやってきたことって一体……)
◇
「鈴風〜、起きてる?」
しばらくベッドで横になっていると、お母さんが部屋の中まで入ってきた。
「おはよう鈴風。今日は月曜だけど学校行けそう? もし休むなら今から学校に電話しようか?」
お母さんの言葉で今日が月曜日だということに気づく。
「…いや、学校には行くよ」
まだ元気はないが、学校に行かないという選択肢だけはどうしてもとりたくない。
「…そっか。しんどくなったらいつでも帰ってきていいからね」
お母さんはそう言い残すと私の部屋から出ていった。
(今のやり取り、昔にも一度あったような…)
ふと昔の記憶が蘇る。きっとあの時のようにお母さんは私のことが心配なのだろう。
しかし、そう考えると一つだけ引っかかることがある。
(あれ… だったらどうして私が勇者になることは拒まなかったんだろ…)
親にとって一番の心配の種は私が勇者になることのはずだ。しかし、両親は一度保留にこそしたものの、最終的にはそれを許可してくれている。
考えてみれば当然の疑問なのだが、これまで全く気にしていなかったことからも、勇者に固執するあまり周りが見えなくなっていたことを自覚する。
(直接聞いてみるか…)
幸い時間にはまだ余裕があるので、今なら話を聞くことができそうだ。私はベッドから抜け出し、部屋を出る。
リビングに向かうと、既にお父さんが朝食をとっていた。
お父さんは左腕と左足に大きなギプスをしており、未だに怪我の痛々しさがひしひしと伝わってくる。
「久しぶりだな、鈴風」
「おはよう。怪我の方は大丈夫?」
「見た目ほど深刻ではないさ」
お父さんはそう言って笑ってみせる。
そこまで元気そうなら私も理由を聞きやすい。
「ならよかった。……それでちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「どうしたの?」
私が言葉を発すると、お父さんの隣に座っていたお母さんが先に反応した。
「どうして私が勇者になることを許してくれたの?」
お母さんは私の質問に少し戸惑いの表情を見せたが、すぐに答えてくれた。
「実を言うと私は今でも少し反対なのよ。でも、鈴風が心の底から望んでいることなら止めたくはなかった。それに…」
お母さんは話の途中でお父さんの顔を見る。
「……ここからはお父さんが話そう」
視線を感じたお父さんは、お母さんに代わって話を始める。そして、その口からは衝撃的な発言が飛び出した。
「お父さんはな、数年前からあの子のことを知ってたんだ」
「柑菜のことを知ってた…?」
そんな話は今まで一度も聞いたことがなかった。
「それっていつから知ってたの? どこまで知ってたの?」
予想外の発言に質問が止まらない。
「実は昔、事故に遭った母親の子供を一時保護することになったんだけどな…」
そしてお父さんの昔語りが始まった。
◇◇◇
神世紀236年9月。讃州市で交通事故が発生した。
乗用車側の信号無視が原因で、その事故により子供を庇った母親が意識不明の重体で病院に運ばれた。
「どうやら被害者の子供は大赦のお偉いさんの娘で、被害者とは血が繋がっていないらしい」
同僚が被害者の身元確認で判明したことを私に伝えてくる。
「つまりあの子は養子ということか。大赦が一般向けに養子を出すとは珍しいな」
「確かにな。で、その子の扱いについて児相を通して相談した結果、警察署の方で一時保護してから被害者の元に返すことになった。…そこで立森さんには悪いんだけど、あの子を病院まで迎えに行ってはもらえないか?」
「私でよければ。ちょうど暇してたんで」
私は快諾すると、早速車で病院へと向かった。
病院に到着すると、看護師が泣いている女の子の手を繋いで待機していた。
「君が金城柑菜ちゃんかな?」
私から声をかけると、女の子はこくりと頷く。
「それでは、お母さんの意識が戻り次第また連絡お願いしますね」
私は看護師に一言声をかけてから、女の子を連れて警察署へと引き返した。
「おかあさんは本当に大丈夫なんですか…?」
移動中の車内で女の子はお母さんが無事か何度も尋ねてくる。よほどお母さんのことが心配なのだろう。私はその度にきっと大丈夫だと答えた。
「柑菜ちゃんはお母さんと仲がいいの?」
私は少しでも明るい話に持っていこうと、私の方から話題を振ってみる。
「おかあさんとはよく高知に遊びに行くんです」
「それは仲が良さそうだね」
「いつもそこで鰹のタタキを食べてて、場所の名前はえーっと、ひろ…ひろ…」
「ひろめ市場かな?」
「それです!」
女の子は明るい声で答える。
少しずつ元気が戻ってきたことに安堵しつつ、私も家族でひろめ市場に行った日のことを思い出した。
「そこにはおまわりさんも子供と一緒に行ったことがあるよ」
「おじさんにも子供がいるんですか?」
女の子はひろめ市場のことではなく、娘のことに食いついた。
「うん。おまわりさんにも君と同じくらいの娘がいるんだ」
「私、会ってみたいです!」
「同じ中学校に通うことになったら、会えることもあるかもしれないね」
事前に教えてもらった情報では、この子は私の娘と同じ9歳だ。住んでいる場所も近いし、一緒の学校に通う未来も十分にあり得る。
「もしそうなったら、私その子とお友達になりたいな〜」
「その時は仲良くしてあげてね」
「はいっ!」
◇
無事に警察署に着き、私は女の子を同僚に預ける。
「あとはこっちに任せてくれ」
同僚はそう言うと、女の子の手を繋いで歩き出した。
「おじさん、またね!」
女の子は私に向かって元気に手を振る。
私もそれに応えて軽く手を振り返した。
(さてと。少し休憩でもするか)
そう思いながら再び警察署から出ようとしたその時だった。
入り口から仮面とフードに包まれた人物が入ってきた。身なりから察するに大赦の人間だ。
謎の人物に視線を送っていると、向こうから私に話しかけてきた。
「ここで金城柑菜を預かることになったという話を伺ったのですが」
「あなたは?」
「大赦神官の塩谷です」
神官はそう名乗り、用件を伝える。
「どうかその子を私の方で預からせてもらえないでしょうか」
「大赦からそのような話は聞かされておりませんが」
「ええ。これは私の独断ですから」
「独断…?」
「大赦も一枚岩ではありません。私の見立てでは、彼女は将来世界を救う存在になり得ます。どうかここは私を信じて彼女を渡してもらえないでしょうか」
神官はずっと胡散臭いことを言っている。
「世界を救うって… どういう意味ですか」
「言葉通りの意味です。それ以上のことはお答えできません」
「でしたらお断りします。どうしてもあの子を引き取りたいのでしたら、まずあの子が大赦にとってどういった存在で、何故引き取りたいのか具体的に教えてください。話し合いはそれからです」
私はあの子についてよく知らない。ここは詳しく教えてもらわないとフェアでない。
「それはできません」
「何故ですか? あの子について話すと大赦の沽券に関わるのですか?」
「…間違いなく関わるでしょうね。彼女周りは大赦の汚点だ」
神官は私に聞こえない声量でぶつぶつ喋る。
やはりこの方はあまり信用できない。
「話す気がないようでしたら、話し合いの余地はありません。お引き取りください」
「……そうですか。彼女の存在価値は大赦の中でも折り紙付きです。私は見逃しても神樹様は見逃さないかもしれません。その時苦労するのは私と彼女のどちらでしょうね」
私が拒絶の意思を示すと、神官は捨て台詞を吐き、あの子のことは何も語らないままに立ち去ってしまった。
◇◇◇
「それがお父さんとあの子との出会いだったんだ」
私は朝食をとりながらお父さんの話を興味深く聞いていた。
(柑菜はもともと大赦の人間だった…?)
今の話で一番衝撃を受けたのはそこだった。
そんな話は当然聞かされてもいなければ、柑菜からその鱗片を感じ取ったことすらなかった。
(私って柑菜のことを何も知らなかったんだな…)
そう思うと私は急に自分が情けなくなった。
勝手に柑菜の苦しみを理解した気になり、それが却って柑菜を苦しませる結果になってしまった。
柑菜を守りたいという思いも、結局はただの独りよがりだったんだ。
「この話にはまだ続きがあるんだが…また今度にした方がいいか?」
明らかに元気をなくしている私を見てお父さんは心配の言葉をかける。
「そうだね…」
「じゃあ続きはまた今度な」
「うん、ありがとう…」
会話を切り上げると同時に食事を済ませ、私は学校に行く準備を始めた。
◇
学校に到着し、教室に入ると、そこには誰一人として一言も喋らない重苦しい空気が漂っていた。
突然クラスメイトを失った悲しみは想像以上に大きいようだ。
私は席に着き、机の上でうつ伏せになる。
頭を横に向けるとそこには柑菜の席が残っている。
(いつもこうして慌てて宿題をやる柑菜を眺めてたんだよな…)
しかしそんな柑菜の姿はもう二度と見られない。
(・・・)
しばらく伏せていると、1時間目の先生が入ってきた。
「今日は栗原先生が休みなので、代わりに私が出席確認もやっちゃいますね」
(栗原先生は休みなのか…)
先生とも少し話がしたかったのだが、いないのなら仕方がない。
私は鞄から教科書とノートを取り出し、授業が始まるのを待った。
◇◇◇
「柑菜ちゃんのことは残念でした」
私は金城さんにお悔やみの言葉をかける。
金城さんは以前私が柑菜ちゃんと直接話をするよう説得した結果、勇者端末継承儀の説明を前倒しにしてまで柑菜ちゃんに会おうとしていた。
金城さんは自分の子と向き合うため、本気で変わるつもりだった。
それだけに今回の一件は相当心に傷を負っただろう。
「…栗原さんにもいろいろと苦労をかけたわね。じゃあ、私はこの後会議があるから…」
そう言って金城さんはとぼとぼと歩き出す。
私はその悲哀に満ちた後ろ姿を見て何も声をかけることができなかった。
◇◇◇
会議の時間が近づき、私は会議室で待機する。
「まさかまだ会議に参加できるだけの余裕と地位があったとはな」
「ただでさえ凋落気味だったところに柑菜様まで失ってはいよいよ救いがない」
「もはやこの場に相応しくないのではないか」
心無い言葉が次々に飛び交う。
私はその間一言も喋らず、ただひたすら会議が始まるのを待った。
「静かに。これより本日の会議を始める」
進行役の呼びかけとともに今日の会議が始まる。
「今日はまず初めに重要な報告を行う」
「……重要な報告?」
「勇者の空席を早急に埋めるべく、立森様には明日正式に勇者になることが決定した」
そして神世紀241年年末。
立森鈴風は勇者になった。