金城柑菜は勇者である   作:ソフ

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サブタイトルにもなっている「掟」
個人的にこの設定はお気に入りなので、原作もそうであってほしいと勝手に思っています。


第十一話 心を繋ぐ掟

 夜の海に数隻の巨大な船が浮かんでいる。

 それらは月の光で銀色に煌めく波間に揺蕩い、これから起こるであろう数多の困難を予感させないほど静かに佇んでいる。

「私たちはもうすぐこれに乗って避難するんですよね…」

 若い女性が船を見上げながら呟く。その言葉には希望以上の不安と恐怖が滲んでいた。

「心配か?」

 女性の隣にいた勇者姿の少女が簡潔ながらも優しい口調で尋ねる。

「沖縄から四国となるとかなりの長旅になりますし、敵の危険もそうですが、何より食料問題やストレスで仲間割れが起こるかもしれないと考えると怖くて…」

 女性は主に人間関係の不安を口にする。

「それに、四国についてからも上手くやっていけるかどうか…」

 少女は女性の不安を一通り聞き、少し間を空けてから口を開いた。

「…だったら私たちの間で約束事を作ろう。私たちは皆で助け合って生きてきた。それはこれからも変わらない。それをいつでも思い出せるように、私たちだけの"掟"として形に残すんだ」

 

 

◇◇◇

 

 

 立森鈴風の初陣の前日。

 私は乃木様に呼び出され、話をすることになった。

 

「金城、今の私は思ったよりも状況が良くない」

 開口一番、乃木様は端的に現状を告げる。しかしながら深刻そうな表情は一切見せず、頭の中で次の一手を考えている様子だった。

 

「乃木様が立森さんを勇者にする許可を出した理由、私も詳しい事情を知っているわけではありませんが、きっと多くの方に誤解されていますよ」

 今私たちの間では、乃木様は立森さんの主張に共感したから外部の人間を勇者にする許可を出したということになっている。

 しかし、私はそれがどうしても腑に落ちなかった。乃木様の性格を考えると、他に意図があるとほぼ確信を持って言える。

「誤解を解かなくていいんですか? 正しい事情を知る人が増えれば、状況が好転するかもしれませんよ」

「嘘の情報が事実として定着してしまった今、誤解を解くことは容易ではない。それに私が真実を語ったところで、確実に火に油を注ぐことになる。実際のところ、その真実すらも到底受け入れられる内容ではないのだからな」

 

 乃木様の話を聞き、私はその真実が少し気になった。

「その真実について伺っても?」

「…この話は少し長くなる」

 乃木様は断りを入れ、真実について話し始めた。

「結論から言うと、私は先代勇者・乃木若葉の端末を次の勇者に渡したかったんだ…」

 

 

◇◇◇

 

 

 これは神世紀初頭まで話が遡る。

 

 かつて上里ひなたは乃木若葉と共に若葉を精霊化させる「若葉疑似精霊化計画」を立案した。

 それは勇者が精神的に挫けそうになった時に若葉の擬似精霊が現れ、録音された音声を流して元気づけるという勇者の心理的なサポートを目的としたものだ。

 

 企画の段階ではホログラムで精霊を浮かび上がらせる案が検討されていたが、そのような子供騙しでは効果は薄いとし、最終的に擬似的でありながらも限りなく本物に近い精霊を生み出す方向で研究がスタートすることになった。

 

 しかし、精霊を生み出そうとすると、神樹様に蓄積されたこの世の記録にアクセスし、解析の末抽出したものを専用の器に移すことで擬似的な命を宿らせるといった高度な技術が要求される。

 技術力不足はさることながら、神の力に触れることに制限がある状況下では満足に研究することはできない。

 それでも研究は長い歳月をかけることで、少しずつ進展を見せていた。

 

 しかし、神世紀72年に発生した大規模テロによる内部のゴタゴタで計画は頓挫。その後再び研究が再開することもなく、若葉疑似精霊化計画は事実上の凍結状態となった。

 

 それから百年以上の時が流れ、計画の失敗を囁く者すらいなくなっていた今、遂にその状況を変える出来事が起こった。

 

 それは花折友奈が先代勇者のアイテムを保管する倉庫に無許可で侵入し、私が直接注意をすることになった際のことだった。

 

 話の途中、花折は突然倉庫で勇者端末が青く光るのを見たと主張する。

 私はその場に居た神官にも尋ねてみたが、そのような光は見ておらず、ここでは花折の勘違いということになった。

 

 それでも私はそのことがどうしても気になり、後でもう一度花折を倉庫に呼び出した。

 すると、やはり花折は青い光が見えると言う。

 私にはその光が見えなかったが、花折は嘘をつくような人ではない。

 私は花折の言葉を信じ、すぐにその端末を解析班に回した。

 

 すると、それが乃木若葉の端末だということ、そしてその端末から測定できないほどの超高エネルギーが漏れ出ていることが分かった。

 その時私は若葉疑似精霊化計画の成功が頭をよぎった。それも普通の成功ではない、本来の想定を遥かに上回るほどの大成功だ。

 私はその超自然的現象に未知の可能性を見出した。

 

 その頃には敵の侵攻が想像以上に激しくなっており、勇者を2人に増やすかどうかが少しずつ議論されるようになってきていた。

 そこで私はその流れに乗じて、次の勇者には例の端末を試してもらおうと、勇者候補の親族に私の方から頼み込んだ。

 しかし、大赦にはプライドの高い人間が多い。例え私からのお願いであろうと問答無用で拒絶された。

 

 そんな時現れたのが立森鈴風だった。

 立森様は例の端末を使ってもらえる人を探しあぐねていたところに現れ、勇者適正についても申し分ない。

 私は思考の末、外の人間の勇者化を敢行することにした。

 

 

◇◇◇

 

 

「これが真実だ。私は花折友奈という極めてイレギュラーな存在は、きっと神樹様の導きであると信じている。だからこそ私はどうしても先代勇者の端末を使わせたかった。立森様と先代勇者とで精神面が近いとしたのも端末の継承に説得力を持たせるための方便だった」

「そうだったんですね…」

 乃木様に立森さんを勇者にするよう懇願していた私ですら知らない話が多く、ただひたすら黙って話を聞いていた。

 

「とはいえ、正直この判断が与える変化について具体的な予測はできない。現状だけで言うならば、事態は悪い方向に転んでいる。しかしそれは神とは無縁の場所での話。そんなノイズに全てを狂わされるわけにはいかない」

 乃木様は一呼吸挟んでゆっくりと口を開く。

「……ということで少し話が逸れてしまったが、ここからが本題だ。金城、お前に頼みたい仕事がある。お前にしかできない仕事だ」

 

「一体なんでしょうか?」

「高知へ行き、お前の元旦那、金城竪吉(たつよし)と話をしてきてほしい」

「え…?」

 あまりに想定外の命令に私は動揺してしまう。

「そ、それは何のために…?」

「今塩谷が大勢の神官を味方につけて私の首を狙っているのは知っているよな?」

「はい…」

「それに花折も塩谷に捕えられている」

 

「そ、そうですよ! いくらなんでも花折さんを拘束するのはやり過ぎです! 私たちがそこを追求すれば、ちゃんと問題視してくれる人もいるのではないでしょうか!」

 私はかつての夫にあまり会いたくないという気持ちが働き、ほぼ反射的に別の解決策を提案する。

「どうだろうな。奴らは拘束を正当化させるために、ここ最近のバーテックス侵攻の激化は花折友奈の神樹への過干渉が原因だと主張している。正直これを否定するのは難しい。そしてその看過を私の批判に繋げているんだ。そんな中で私達が子供の拘束の非人道性を指摘したところで、ただの保身と受け取られかねない」

 

「そこで出てくるのが私のかつての夫なんですか…?」

「そうだ。お前の元旦那には塩谷を近くで監視し、花折を解放させるためのスパイとなってもらう。あの人には塩谷を容易く信用させるだけのバックグラウンドがあるはずだ」

 

 確かに私の元夫は花折家を目の敵にしていた節があり、記憶のなくし方次第ではスパイとして活躍できる可能性がある。しかし利用できる人間は誰であろうと利用してやろうとする精神はまるで…

「まるで塩谷みたいな発想をしているだろ? 私も根本的にはあいつと似て非情な部分がある。……愛する娘を亡くしたばかりで申し訳ないが、どうかそれでも私を信じて頼まれてくれないか?」

 

 私は乃木様の言葉を聞いてはっとした。

(柑菜…)

 栗原さんが言うには、あの子は勇者という重い役割を背負わされながらも、決して文句を言うことなく、その上私たちの幸せまで願ってくれていた。

(それなのに私がこんなんじゃだめよね…)

 私は気持ちを整理し、口を開く。

「…わかりました。今より状況が良くなるのでしたら、喜んでやらせていただきます」

 

 

 翌日、私は乃木様の指示通り高知のとある町にやって来た。

 

 そこは鄙びていながらもどこか活気を感じる、不思議な魅力のある町だ。

 この町の歴史はそれなりに深く、西暦時代に沖縄から避難してきた者達で小さな集落を築いたのが始まりとされている。

 

 当時の避難民は基本的に大赦が用意した仮設住宅で暮らすことになっていた。

 しかし、沖縄からの避難民だけはそれを拒んで空き地に自分たちで家を建て、畑を耕し、たった数年で完全自給自足のコミュニティを実現させた。

 それどころか、余分な作物を同じ避難民に無償で配ることで周りからは大きな信頼を得ていた。

 

 どうしてそんなことが可能だったのか。

 それは沖縄からの避難民には"掟"があったからだ。

 

 掟は不慣れな土地でも仲間と助け合あって避難生活を送れるよう、勇者古波蔵棗が考えたものだ。

 当初は沖縄を離れる前夜に軽い約束事のつもりで交わしただけのものだったが、過酷な航海の過程でそれはとても強固なものとなっていた。

 

 今の町には当時の面影はほとんど無くなってしまったが、それでも掟だけは今でも先祖が沖縄からの避難民である者たちの心に残っている。

 掟というのはまさに共に助け合い、強く逞しく生きた証として繋いできたバトンだ。

 当然私も沖縄避難民の末裔であるので、その掟は大切にしている。

 

 

(ここね…)

 しばらく歩き、ようやく目的の家に到着した。

 

 乃木様の話によると、私の元夫は記憶喪失が原因で大赦を追われて浮浪者となった後、同じ掟を持つこの家の方に助けられたらしい。

 その方は名前で大赦の人間であることを見抜き、すぐに大赦に連絡したが、乃木様の指示によりしばらくの間保護することになっていた。

 そしてここでしがらみのない、人の優しさに触れる生活を続けた結果、かつての面影がなくなるほど穏やかな人になったと聞いている。

 

(ふぅ……)

 私は深呼吸をしてからインターホンを鳴らす。すると、すぐに中から人が出てきた。

「金城さんですよね。乃木様から話は聞いてましたよ。どうぞお入りください」

 

 部屋に入ると、そこには椅子に座ってお茶を飲むかつての夫が座っていた。実に数年ぶりの対面だ。

「あなたが話に聞いた私の元妻ですか?」

 夫はまるで初対面かのように丁寧な口調で話しかける。

「そうよ。覚えてない?」

「申し訳ないですが全く覚えていませんね」

 事前に聞いた通り、記憶はまだ戻っていないようだ。

「とりあえずその敬語、モヤモヤするからやめてもらえる?」

「…すまない」

 

 私は会話も程々に記憶を取り戻させる策として、大赦で撮られた写真を見せる。

 乃木様の見立てでは刺激次第で記憶を取り戻せると踏んでいる。そして可能であれば記憶を蘇らせてほしいというのが一つの頼みだ。

 

「確かに私が大赦にいた記憶はうっすら残っているが、これを撮った日のことは覚えてないな。これは本当に私なのか?」

「もちろんよ」

「にわかには信じがたいな」

「うーん…」

 あまり写真を撮る機会がなく、枚数自体が少ないのもあるが、やはりこの程度では全く思い出せないようだ。

 

「あのー。もしかしたら宮里さんからお子さんの話を聞けば、何か思い出せるかもしれませんよ」

 どうしようかと悩んでいると、隣でやり取りを見ていたこの家の方が提案してくれる。

「そうね。今から会いに行ってみようかしら」

「宮里さんって確か…」

「柑菜を預かってくれた方よ」

 宮里さんも先祖は沖縄からの避難民だ。私は同じ掟を持つ仲間として無理を言って柑菜を預かってもらっていた。

「会いに行くって… まさか今から香川まで行くのか…?」

「そうよ」

「ちょっと準備をさせてくれ」

 そう言うと夫は立ち上がり、他の部屋へと移動した。

 

「私の旦那がお世話になりました。本当にありがとうございます」

 私は準備を待つ間、夫を保護してくれていたことに対する感謝の意を伝える。

「感謝されるようなことはやってませんよ。私たちはこれまでもこうやって助け合ってきたんですから」

 

「お待たせ」

 施設にも連絡を入れ、しばらく2人で話していると夫が準備を終えて戻ってきた。

「それじゃあ行ってきます」

 

 

 しばらく電車に揺られて、私は元夫と2人で宮里さんのいる施設にやって来た。

 宮里さんは数年前の交通事故が原因で車椅子生活を余儀なくされ、今は施設で暮らしている。

 

「金城さん〜。お久しぶりです」

 宮里さんと会うのは事故後のお見舞い以来だ。

「なかなか会いに来る時間がとれなくて申し訳ないです」

「いいのよ。そっちも忙しいんでしょ?」

「そうですね… バーテックス襲来の可能性が高まってきてからは特に…」

 

「そちらの方が柑菜ちゃんのお父様?」

「そ、そうです…」

 夫はまだ自分に子どもがいることを信じられず、困惑した様子を見せる。

「まあまあ。ここは私の家じゃないけれど、ゆっくりしていってくださいね」

 

「それで、今日は柑菜ちゃんの話を聞きに来たんですよね」

「そうすれば私の夫も何か思い出せるかもしれないと思いまして」

「…あなたも記憶をなくして大変だったでしょう?」

 宮里さんは夫の過去には触れず、記憶をなくしたことに対する労りの言葉をかける。

「そうですね。ただありがたいことに親切な方に助けていただいたので、今は普通に暮らせています」

「あら、それなら良かったわ」

 そう言いながら優しく微笑む姿を見て、私は宮里さんの心の広さを感じた。

 

「さて、それじゃあ柑菜ちゃんとのことについて語らせてもらうわね」

 宮里さんはそう言うと、柑菜に初めて会った日のことから話し始めた。

 

 初めて一緒にごはんを食べた日のこと、映画を観に行った日のこと、うどん屋に行った日のこと、授業参観の日のこと、柑菜が熱を出した日のこと。

 一つ一つは小さな出来事だが、その節々から宮里さんと柑菜はとてもいい関係だったのが伝わってくる。それも私たち以上に家族と呼ぶのに相応しい関係だ。

 

(・・・)

 夫が行方不明になってしばらく経ってから、私は柑菜に会いに行ったことがある。夫がいなくなり、今なら柑菜を大赦に戻しても安全だと思ったからだ。

 あまり長い間迷惑をかけるわけにはいかないという気持ちもあったが、何よりも柑菜に会いたいというのが本音だった。

 しかし、いざ会ってみると柑菜は私のことを覚えておらず、宮里さんと幸せそうに暮らしていた。

 その時私は、これからも宮里さんに世話を任せようと心に決めたのだった。

 

(やっぱりあの時の判断は間違ってなかった…)

 話を聞いていて改めてそう感じたが、事実上柑菜を見捨てる選択をしたことも含めてやりきれない気持ちが今でも渦巻いている。

 

「そしてここからが柑菜ちゃんが勇者になってからのことなんだけど…」

 ここまで楽しそうに喋っていた宮里さんだったが、ここにきて声のトーンが落ちる。

 ここからは私も詳しくは知らない話だ。私は心を落ち着かせ、宮里さんの話に耳を傾けた。

 

 

◇◇◇

 

 

 柑菜が勇者になってから初めて柑菜と会ったのは10月になったばかりの頃だった。

 

「私ね、勇者になったんだ…!」

 柑菜は誇らしげに勇者に選ばれたことを告げる。

 そのあまりに嬉しそうな顔に私は違和感を覚えた。

 私も勇者については事前に聞かされていたが、とてもそんな笑顔になれるような話ではなかったからだ。

 

「そっか…勇者に選ばれたんだね…」

「あれ? もしかして知ってた?」

「私も大赦の方から説明を受けたからね」

「なんだー… お母さん知ってたかー…」

 どうやら柑菜はもっと興味津々に食いついてほしかったらしく、私の言葉を聞いてがっかりした表情を見せる。

「…あっ! じゃあさ、このことは知ってる?」

 がっかりした表情を見せたと思えば、またすぐに明るい表情に戻り、勇者になってからの体験を語り出した。

 

 特訓時に手作りのお弁当が貰えることは知らなかったが、それ以外の話は大体事前に説明があった通りの内容だ。

 それにしても柑菜の言葉からはどこか希望を感じさせる。違う話を聞かされたのか、同じような話を聞かされた上で違った受け取り方をしたのかは分からない。

 しかし、ただ一つ重要なことを聞かされてないのだけは話を聞いていて確信できた。それは勇者となった者たちの結末だ。過去に勇者に選ばれた者たちはおおよそ悲惨な最期を遂げている。

 そこを伝えないのは大赦なりの優しさだろうと思ったが、それが果たしてベストなのか私には判断がつかなかった。

 

「・・・お母さん?」

「え、ええ…」

「・・・?」

 

 私がその時見せた微妙な表情を見て柑菜は何を思ったのだろうか?

 

 それから会う度に柑菜の雰囲気が変わっていく。

「どうして私なんかが勇者に選ばれたんだろ…」

「私のちっちゃい頃ってどんな感じだった?」

 柑菜は自分が勇者に選ばれた理由が気になっている様子を見せる。しかも、そこから自分が何か特別な存在だったんじゃないかと思って過去を振り返ってみたが、昔のことを何一つ覚えておらず、そこに関しても違和感を持っているようだった。

 

 私はそれにどう対応していいか分からず、その時の私は申し訳ない気持ちを感じながらも、適当なことを言って誤魔化した。

 しかし嘘をつくのも良くないと思い、次に会う時は正直に話そうと思ったちょうどそのタイミングだった。

 

「私にはもう一人別のお母さんがいたの…?」

「・・・!?」

 全てを話そうとした矢先、柑菜の口から思いもしない言葉が飛び出した。

「この前特訓でお弁当をもらったとき、ミートボールに動物のピックが刺さってたの。その時私は頭の中に不思議な映像が浮かんだんだ。知らない場所で幼い私がそれを大事そうにしていて、それを2人の大人が見ている映像。顔までは分からなかったけど、その2人の雰囲気にどこか懐かしさを感じたんだ」

「・・・」

「もしかしたらそこは大赦で、2人は私のお父さんとお母さんなんじゃないかって、後になってそんな気がしてきたんだ。ただの予想なのに、何故かそうとしか思えないの。…私は昔、大赦にいたの?」

 

「…その予想は正しいよ」

 私はそのつもりがあったこともあり素直に認める。

「…"本当の"親に会ってみたい?」

「……いや。今離れ離れになっているのにも何か理由があるんだよね? だったら私は無理に会いたいなんて言わないよ。今だってお母さんと一緒にいられて幸せだからね! 私からしたらどっちも本当のお母さんだよ!」

 そう言って柑菜は私に抱きついてくる。

 しまった。変なことを言ったせいで気を遣わせてしまった。

 私は反応に困り、この日は結局全てを話すことができなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

「まさかそんなやり取りがあったなんて…」

 

 動物のピックは柑菜が4歳くらいの頃の話だ。

 私たちは立場上、子どもとの時間が少なく、一緒にご飯を食べる機会も少なかった。

 子どもたちは基本的に大赦で生活し、お昼には学校でいう給食のようなものもあったが、私はあの子にお弁当を作って渡していた。

 

「動物の楊枝って確かあなたが買ってきたものよね?」

「お、俺がそんなものを買ったのか…?」

 普段私はシンプルなものしか買っていなかったが、一度夫に頼んだことがあり、その時に買ってきたのが動物のピックだった。

 その物珍しさにあの子は使った後も「おたからボックス」という箱に入れて大事にとっていた。多分その箱は今も大赦にあるはずだ。

 

(そうだ! それを見せたら夫の記憶も蘇るかもしれない!)

 今の話からすると、柑菜が記憶を一部取り戻せたのは思い出に関係する実物があったからだ。それと同じことをしてやれば夫も何か思い出せるかもしれない。

「よし、大赦に行こう」

「えっ…!? 今からか!?」

「今日はもういい時間ですし、明日にしてはどうですか。この施設は宿泊もできるはずですから、今からでもスタッフさんにお願いしてきますよ」

 私が大赦に行こうと宣言すると、夫は驚き、宮里さんは気を遣ってくれる。

 確かに今日は徳島から高知、高知から香川と移動が多く、気づけばもうすぐ日が暮れそうになっていた。

「それもそうですね…お気遣いありがとうございます。施設の方には私から頼みに行きますよ」

 

 その後私たちは特別に施設に泊めてもらうことになり、翌日大赦に帰ってきた。

 

「あった! これよ!」

 自室の押入れを漁ると中からおたからボックスが出てきた。やはりまだここにあったようだ。

 箱の中には様々な小物が入っており、私はそこから動物の楊枝を取り出す。

「これ、何か思い出さない?」

「いや…別に…」

 夫はきょとんとした顔で否定する。

 

 これでもだめか…と思った次の瞬間だった。

「あ…」

 息のような力の抜けた声を漏らし、夫の中で何かが起こったのを感じさせた。

 

 

◇◇◇

 

 

「パパ…これってパパが買ってきてくれたんだよね…?」

 幼い少女が俺に動物のピックを見せてくる。これってもしかして柑菜か?

「そうだけど」

 俺は冷たい態度をとっている。

「えーとね…これとってもかわいくて…えーっと…」

「何」

「だから…ありがとう」

 

 場面が変わり、今度はおたからボックスが床に転がっている。

「それはゆうなちゃんがくれたの! お願いすてないで!」

 柑菜が泣き叫んでいる。

 俺はしがみつく柑菜を突き倒す。

「わっ……」

「駄目だ。いいか、今後一切花折とは関わるな。お前はお前のやるべきことをやれ」

「うぅ……ごめんなさい…ごめんなさい…」

 

 

◇◇◇

 

 

「俺はなんてことを……」

 夫は突然膝から崩れ落ちる。

「そうだ柑菜だ… 俺はあの子の父親だった…」

 どうやらピックが刺激になって記憶を少し取り戻せたようだ。しかも、この様子だと柑菜以上に記憶を取り戻せてそうだ。

 

「俺のせいであいつはずっと苦しんでいたのか… 俺が…俺が…」

 夫は自責の念に駆られている。性格が丸くなったこともあり、過去の自分に対する嫌悪は一層強いだろう。

「・・・」

 私は夫が悶えている間、何も声をかけることができなかった。

 

 

「落ち着いた…?」

 しばらく時間が経ち、夫はようやく落ち着きを取り戻した。

「ああ……本当にすまなかった…」

 夫は今にも消えそうな声で謝る。

「・・・」

「柑菜にも謝りたい… 柑菜はどこだ?」

 どうやら柑菜のことは聞かされてないようだ。

「柑菜ならもう…」

 私は柑菜のことについて話す。

「そうか…」

 夫は驚きはしたが、勇者のことは既に聞いていたので、すぐにその話を受け入れた。

 

「ねぇ…」

 私はタイミングを失わないうちに乃木様からの頼みの話をした。記憶を取り戻してからのこれというのも、乃木様はなかなかの発想をしている。

 

「俺が塩谷という神官のスパイになれと…?」

「そうよ」

「…わかった」

 夫は躊躇うことなくその頼みを引き受けた。

「俺は散々迷惑をかけてきたんだ。今更断る義理なんて無いさ」

「それじゃあ一先ずこのことを乃木様に報告しに行きましょう」

「ああ」

 そうして、私たちはおたからボックスをしまってから部屋を出た。

 

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