金城柑菜は勇者である 作:ソフ
(投稿期間が空くと話が分からなくなると思うので、時系列順のまとめをいつか投稿しようと思ってます)
俺は妻に連れられて記憶が戻ったことを乃木様に報告しに来た。
「そうか、ちゃんと記憶を取り戻せたか」
「ええ」
「それで、塩谷の監視と花折解放の話は聞いているか?」
「はい。その件も既に妻の方から聞かされました」
ここに来るまでの間に今の大赦は内部対立が激化しており、大変な状況であるという話も聞いていたが、乃木様の様子からはそれをほとんど感じさせない。
一度記憶を大きく取り戻すとその流れができるのか、乃木様のことも少しずつ思い出してきたが、確かにこんな感じで捉えどころのない御方だったような気がする。
「それなら話が早い。記憶を戻したばかりで悪いが、ここはひとつ頼めるか?」
「もちろんです。ぜひ私にやらせてください」
俺は散々自分勝手な考えで家族とその周りに迷惑をかけてきた人間だ。これが本当に俺"たち"のためになると言うのなら、俺にはやる責任がある。
「上出来だ。もしかするとここから流れに棹さすかもしれないな」
ここまでずっと無表情を貫く乃木様だったが、この二つ返事には思わず口角が上がる。
俺は乃木様に一礼をし、部屋を出た。
◇
それから俺は早速塩谷の居場所について聞き込みを始めた。塩谷は前情報通りここ最近かなり活発に活動しているようで、すぐに目撃情報が上がった。
目撃情報を頼りにその場所に向かうと、数人の神官が固まって休んでいた。
神官のうちの一人だけ仮面を外しており、その人が恐らく塩谷だろう。
「すみません、塩谷さんを探しているのですが…」
「私がその塩谷ですが、何かご用でしょうか」
集団に声をかけてみると、予想通り素顔を晒している神官が名乗り出た。
「あなたがそうでしたか。ちょっと二人で話をしたいのですが…」
俺はそう言いながら仮面を外す。俺の正体が分かれば、塩谷は興味を持つはずだ。
「あ、あなたは…」
周りの神官たちは俺の顔を見てもピンとこなかったようだが、幸い塩谷には気づいてもらえたようだ。
「あなたがどうしてここに? あなたは記憶を失って行方不明になっていたはずでは?」
塩谷の食いつきは上々だ。これで話に耳を傾けてくれるだろう。
「話は二人になってからです」
「……いいでしょう」
◇
「それで、あなたは今までどこに身を隠していたんです?」
二人になるやいなや塩谷は改めて俺のことを尋ねる。
「身を隠していたなんてとんでもない。偶然親切な方に助けていただいたんです」
「親切な方…?」
「ええ。未だに名前も知らない壮年の男性です。親友に大赦の人間がいるらしく、その方経由で今回の件を知ったんです」
俺は咄嗟に嘘をついた。ここで正直に沖縄からの避難民を先祖にもつ同胞に助けられたと言えば、金城家が乃木家側なこともあり、例え俺と妻との間で焼け木杭に火がつくことがなかったとしてもスパイを疑われる可能性があるからだ。それに仮に今回の作戦が失敗した場合、同じルーツを持つ人たちの立場が危うくなる可能性すらある。
「記憶を失っていた私に親友さんは多くのことを教えてくれました。私が誰なのかも、私がこんなことになってしまった原因も、そして今大赦で何が起こっているのかも。…そこでお願いです。私もあなた方の仲間に加えてもらえませんか?」
「…なぜです?」
「だって私をこんな目に合わせた人たちに復讐するチャンスじゃないですか。今思えば私は焚き付けられたのかもしれません。それでも私は自分の手で奴らに復讐しないと気が済まないんです」
俺はかつての自分を必死に演じる。演技とはいえども、昔の自分に対する憎悪と今の自分との乖離に気持ち悪さを感じる。
「・・・」
塩谷は黙り込み、俺を見つめる。その眼光は鋭く、完全に訝しんでいる。一瞬剣呑な雰囲気に戦慄きそうになったが、なんとか自分を押さえ込めた。
「…私たちはそんな情動に流されているだけの集団ではありませんが、まあいいでしょう」
塩谷は不審に思いながらも頼みを聞き入れてくれた。
「噂によると、花折友奈を拘束しているらしいじゃないですか。彼女は今どこにいるんです? 私は特にあいつに恨みがあるんです」
俺はついでに花折の居場所も聞き出そうと追い討ちをかける。
「花折なら"大赦の根"に監禁しています」
少し急ぎすぎたかとも思ったが、塩谷は包み隠さず答える。
「かつてそこの管理は閑職でしたが、今は厳重に管理させています。いくら金城さんといえどもそう簡単に入れるつもりはありませんので、娘さんに対する恨みを晴らしたければ、まずは私たちに気に入られるようにしてください」
塩谷はそう言って今後の方針を話してくれた。
基本的には塩谷の演説に加わり、支持を集める活動をするようだ。花折と接触するためにはそこで成果を出して彼らから信用されなければならない。
俺は完全に籠絡されてしまうことのないよう意識しながら塩谷の指示に従い続けた。
◇◇◇
時は遡り、12月17日。
(うーん……ここは…?)
目が覚めると私は薄暗い空間で倒れていた。
「痛っ……」
動こうとすると腰のあたりが痛む。
そうだ、私はスズカ先輩に電話をしようと廊下を歩いていたんだった。そしたら背後に人の気配を感じて…
「やっと目を覚ましましたね」
自分の身に起きたことを振り返っていると、突然背後から人の声が聞こえた。
(…!?)
振り返るとそこには鉄格子を隔てて一人の女性神官が立っている。
この異様な光景を前に、私はようやく自分の置かれている状況を理解した。私は牢屋に閉じ込められている。
「あなたが私を…!?」
「さて、どうでしょうね」
神官は私の質問を軽くいなす。
「ここはどこなんですか!?」
「ここは"大赦の根"と呼ばれている場所です」
(大赦の根…)
大赦の根というのは、主に神世紀70年代に活躍した大赦管轄のとある収容施設を指す隠語のようなものだ。
その頃は平和を乱す人間を排除する鏑矢と呼ばれる少女たちが活躍していた。
少女たちが持つ神の力を振るわれた人間は昏睡状態に陥り、その後神樹様がその人間に対して救うか罰するかを決定する。
しかし、神樹様の判断を待つ間、昏睡状態の人間をその場に放置するわけにはいかない。そんな時に役立つのがこの施設だ。
この施設は神樹様が断を下しやすいよう神樹様の根の下を中心に網目状に張り巡らされており、その風変わりな構造が大赦の根と呼ばれる所以である。
「なぜ私をそんなところに…?」
「監禁場所にちょうど良かっただけです。それ以上の理由はありません」
「こんなことをして一体何が目的なんですか?」
「・・・」
肝心なところで神官は黙り込む。
「答えてくださいっ…!」
私は神官に近づこうとして立ち上がる…が、その瞬間、体に異変を感じた。
「あれ…」
全身に力が入らず、まっすぐ歩けない。足元がふらつき、遂には体勢を崩して鉄格子に頭を強打した。
「がっ…!?」
脳が揺れ、私はその場に倒れ込む。
「やはりまだ万全ではありませんね。しばらくは安静にしておくといいでしょう」
神官は一部始終を見ていたが、心配する様子はない。
「わ…私に一体何をしたんですか…」
私は痛みで手を震わせながら鉄格子を掴み、弱々しい声で尋ねる。
「身体機能を一時的に低下させる薬の投与です」
私はその言葉を聞いて嫌な予感がした。若干マイルドな表現はしているが、恐らくかねてより人を消す際に用いられてきた毒薬のことを言っている。
「…私を消そうとしているのですか?」
「そのようなつもりはありません。当然致死量は投与してないので安心してください」
「だったらどうしてこんなことを…?」
「全ては私たちの計画のためです」
「計画…? 計画って一体何を企んでいるんですか!?」
「時が来れば教えましょう」
神官はそう言って背を向けて立ち去ろうとする。
「待って…!」
「…ベッドの上に着替えを置いています。後で食事を持ってくるので、その時までにパジャマから着替えておいてください」
必死に呼び止めたかったが、神官はそう言い残して完全に立ち去ってしまった。
「・・・」
牢屋を見回すと、確かにベッドの上に着替えが置かれてある。
(そっか…私、パジャマのままだったんだ…)
神官に言われて初めて自分がパジャマ姿のままだということに気づいた。気を失わされてからそのままここに放り込まれたのだろうか。
(とりあえず着替えよう…)
私は神官の指示通りパジャマから新しい服に着替える。
脱いだパジャマを畳んでしまおうと逆さまに持ち上げたその時、ポケットから何かが飛び出し、無音の空間に一瞬の金属音が響いた。
「ん…?」
音のした先に目をやると、そこには鍵が落ちている。
(これって…)
カンナ先輩の勇者御記をしまった机の鍵だ。あの時念のために鍵もかけておいたんだった。
(スズカ先輩…)
私は鍵を大事に握りしめる。
(こんなところで時間を潰している場合じゃないのに…)
そう思いながらも、ただ解放を待つしかできなかった。
◇
・・・静かだ。
・・・ひたすら無の時間が流れる。
・・・・・・・
・・・
この感じ、まるで樹海化中のようだ。
神樹様の根に覆われて真っ暗になった空間で何もできずに座っている。勇者と同じ樹海化中に動ける身でありながら、勇者と違って私はただ樹海化が終わるのを根の下でじっと待つだけ。
私は確かに他の人にはない力を持っているはずなのにその力を全く発揮できていない。
今もそう。またしても私は何もできないんだ。
自分の無力さを痛感しながら、何もない時間だけが過ぎていく。
その日の晩、私は敵襲の神託を受けた。
◇
翌朝、私は朝食を運んできた神官に神託の内容を伝える。
「神託がありました。一週間以内に侵攻があるようです。敵は恐らくジェミニで…」
「そうですか」
神官の反応は薄い。
「神託を受けられる巫女は他にもいます。あなたの報告は必要ありません」
「ですが私ほど詳細には…」
「結構です」
神官は冷たく言い放つと足早に立ち去ってしまった。
それからも不定期で神託を受け、その度に神官に伝えたが、反応が変わることはなかった。
◇
監禁されてから二週間近く経っただろうか。
(スズカ先輩大丈夫かな…)
周りに動くものがないので、樹海化中かもわからない。当然スズカ先輩の安否もわからない。神託だけがくる状況だ。
私は自分がスズカ先輩を勇者にしようとしたことを後悔するようになっていた。
私はただ私のできなかったことをスズカ先輩に押し付けただけだ。
本当は私が勇者になりたかった。勇者になってカンナ先輩を守りたいと考えていた。
私の祈りが神樹様に届くのなら私だって勇者になれると、そう思っていた。でもそれだけはどんなに祈っても叶わなかった。
スズカ先輩のことを知ったのはちょうどその時だった。先輩も私と同じことを思っていた。
私じゃだめだったけど、先輩なら勇者になれるかもしれない。だから私はその可能性に賭けた。私はスズカ先輩の想いに甘えて全てを託したんだ。
でもそのせいで全てが狂い始めた。私の行いが結果的にカンナ先輩を悩ませてしまったし、今そのことでスズカ先輩が悩んでいる。
完全に私が余計なことをしてしまった。
私が余計なことさえしなければ、もっと3人で笑って過ごせていたかもしれない。
そう思うと後悔と自分への憤りで涙が流れた。
◇
それからすぐに神託があった。
それはかつてない規模の襲撃。
この神託、カンナ先輩が命を落としたあの時のものに似ている。
翌日私はいつも通りに食事を届けに来た神官に神託の内容を伝えた。
「だから神託は聞かないと何度も言ったじゃありませんか」
「今度の神託は深刻度が高いんです! …もしかしたらスズカ先輩も死んじゃうかもしれない…!」
その言葉を聞くと、神官は冷たい態度から一変して明らかに嬉しそうな声色になった。
「それは朗報じゃないですか。我々は現勇者の死をもって初めて生まれ変われるんです」
そう言い切るやいなや神官は笑い出した。
「何を言ってるんですか! ふざけないでください!」
神官の態度に怒りの言葉が口を衝いて出る。
神官は一瞬驚いた様子を見せると、意味深に考え込んでから口を開いた。
「ふざけてなどいません。これが私たちの計画ですから」
「計画って一体何なんですか!」
「今なら教えてあげましょう」
以前は内容を教えてくれなかった計画だが、今度は詳細を語ってくれた。
「大赦の旧態依然とした構造を一新させる。それが私たちの計画です」
「・・・」
「大赦はこれまで乃木様を始めとする一部の家系だけが絶大な権力を握っていました。昔は世界の秘密を守るという立派な事情がありましたが、今はそれが権力を守るための詭弁になりつつあります。権力保持の根拠を実績でなく歴史や伝統に頼るという歪な構造。だから今勇者様を上手く扱えずに事態は悪化の一途を辿っているのです。ですが、今ならそんな現状を変えられる。私たちはこの時をずっと待っていました」
神官は熱く語っているが、私を強引な手法で監禁したこともあり全く共感ができない。
「そのために私を捕まえる必要があったんですか?」
「あなたは神樹様に干渉できる唯一の存在です。今は脅威ですが、将来的には私たちにとって必要不可欠な力になります。あなたは作為的に勇者を選べる唯一の存在。あなたには私たちが実権を握った後に私たちの指定する人間を勇者にしてほしいのです」
神官は堂々と話しているが、都合の悪い時は閉じ込めておいて、風向きが変われば協力してもらおうなんて都合のいい話が許されるはずがない。
「こんなことをしておいて、あなたたちに協力するわけないじゃないですか!」
「いや、あなたは必ず私たちに従うことになりますよ」
「どういうこと…?」
「全てはあなたが招いたことですから」
「えっ…」
「本来バーテックスの侵攻は3か月程度で終わる見込みでした。しかしそれが長引くどころか激化している。私たちの仮説ではその原因はあなたにあります。あなたに神樹様に干渉できる力があることを敵側が悟ったんです」
「・・・」
友奈は神官の主張に言い返さず、ただ黙って聞いている。
「あなたが自分の望んだ人間を正確に勇者にしてみせたことで、私たちはあなたに神樹様を動かす力があることを認識しました。そうすれば過去に金城家の人間が記憶喪失に陥った怪事件も自ずとあなたが関与したと確信します。するとそこからその罪に負い目を感じて金城柑菜を守ろうとする外部の人間を勇者にしたという動機が浮き彫りになります。しかし、その神樹様に対する過干渉が逆鱗に触れたことで、敵の侵攻が激化して金城柑菜は命を落としてしまう。…とまあ、大体こんなところでしょうか」
「ううっ…」
「あなたも心のどこかで全て自分のせいだと思っているのではないでしょうか、"友奈"さん」
「わ、私は…」
神官は友奈が明らかに動揺していることを確認すると、一気に畳み掛ける。
「あなたがいなければ、金城家が分断されることはなかった」
「やめて…」
「あなたがいなければ、立森家にまで累が及ぶことはなかった」
「やめて…!」
「あなたがいなければ、何もかもが上手くいっていた」
「・・・」
「あなたという存在が厄災そのものだったんです。違いますか?」
「分かってます!」
友奈は耐えきれずに大声を上げた。
「そんなことは最初から分かってます! 私がいなければ、カンナおねえちゃんもスズカちゃんも普通に暮らせていた! 私が、私が生まれてこなければ、みんな幸せだったんだ! うああああああっ!!」
友奈の嗚咽が牢獄に響く。
「そう。全ての元凶はあなたなんです。しかし私たちに従うことで変われます。いい返事、期待してますね」
神官はそう言い残すとニヤリと笑いながら立ち去った。
◇
しばらく泣き続けてようやく落ち着きを取り戻せたが、もう精神が限界に近い。
(誰か……)
その日の夜、私は何かに救いを求めながら眠りについた。
◇◇◇
(……?)
目を開けると私は見知らぬ場所に立っていた。
(ここってもしかして……樹海?)
いつもなら真っ暗な樹海の底に居るはずだが、今は上を見上げるとそこには空が広がっている。
(夢、なのかな…)
「おおーい! 友奈ちゃーん!」
突然の出来事に戸惑っていると、背後から私を呼ぶ声が聞こえた。それも私によく似た声だ。
ゆっくり振り返ると、これまた私にそっくりな少女が立っている。
会うのは始めてだったが、それが誰であるか瞬時に分かった。
「高嶋友奈…さん?」
「そうだよ! 私、高嶋友奈! 初めましてだね!」