金城柑菜は勇者である   作:ソフ

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お久しぶりです。いっぱいサボっておりました。
お話的にはもう少しで完結ですが、モチベ的にそれは来年以降になりそうです。(二次創作って大変なんだなあ…)


第十四話 大赦の金花虫は森をも

 静寂に包まれた入院病棟の一室。窓から差し込む冷たい日差しはベッドに腰掛ける私の背中に遮られ、真っ白な床に鈍色の影を落としている。

 立ち上がる気力すら湧かない中、私は友奈が神官に拘束されたと知らされた日のことを思い返していた。

 

『友奈が……捕まった!?』

 

 私の冬休みは絶望から始まる。友奈のことを栗原先生に尋ねた翌日、私は学校に呼び出され、衝撃の事実を告げられる。私は大赦で何が起こっているのか何度も尋ねたが、栗原先生はあなたには関係ないの一点張りだ。

 

『花折さんの件は私が必ずなんとかする。だから、立森さんは引き続き勇者のお役目に専念して』

 

 その言葉からは強い覚悟を感じられてとても頼もしかったが、今の私にそれを信じて待ち続けられるほどの心の余裕などなかった。日増しに強まる不安。それと同時に襲いかかる自責の念。私は私を許せなくなっていた。

 蝕まれ続ける心にただただ無抵抗を貫いていると、病室の扉が開いてお母さんが入ってきた。

 

「鈴風…」

 

 お母さんは目もくれずに俯き続ける私に心配の声をかけると、病室の丸椅子を運んで私に向かい合うように座った。

 

「勇者、やめてもいいのよ?」

「やめない… やめちゃダメなんだ…」

 

 私は涙目で語りかけるお母さんから逃げるように目線を逸らす。視線の先には点滴が終わってチューブを逆流する自分の血液の姿があった。役割を失ったルートに執着するかのごとく流れ込んでは途方に暮れているその様子は、今の私を象徴しているようにも見える。

 

「どうして… 私は今の鈴風が無理をしてるように思えて心配なのよ…」

「ありがとう… でも、ごめん…」

 

 最早笑顔と呼べないような苦痛に満ちたぐしゃぐしゃな笑みを見せると、バーテックスの襲撃が起こり、私はそのまま樹海へと消えていった。

 私が消えた後もお母さんはいつまでもいつまでもその場で涙を流していた。

 

 

◇◇◇

 

 

 讃州中学は冬季休暇に入り、私は生徒の代わりに柑菜の机に供えられている花の水換えをする。本当は2学期いっぱいで片付けられる予定だったのだが、勇者のお役目に一段落つくまでは残しておいてもらっている。

 水換えを済ませ、私は教室の施錠をしてから正面玄関へと向かう。

 

(花折さんの件、一体どうしたら…)

 

 私が必ず何とかする。そう啖呵を切ったものの、何もできないままに年が明けてしまった。立森さんもお役目の度に満身創痍で入院を繰り返しており、このままでは先に立森さんに限界がきてしまう。

 頭を悩ませながら正面玄関に辿り着くと、そこにはどういうわけか大赦の神官が立っていた。

 

「あのー… 学校は今休みなんですけど、何か用ですか…?」

 

 今の大赦は権力争いの真っ只中ということもあり、私は警戒しながら声をかける。

 すると神官はどこか聞き覚えのある声で喋りだした。

 

「ちょうど良かった。私はある人に頼まれて立森鈴風という人物を探しているのだが、何か知っているか?」

 

「あ、あなたは…」

 

 

◇◇◇

 

 

「鈴風… 鈴風はまだ勇者を続けたいの…?」

 

 お母さんは今日も私に心配の声をかける。

 勇者をやめるよう遠回しに迫られる度に私は答えることから逃げていた。親を心配させるのは私の本意でないが、こればかりはどうしても譲ってはいけないと感じている。

 

「私が選んだ道なんだ」

「そうやって自分に言い聞かせているだけじゃないの? だって鈴風が勇者になったのは…」

「だからこそだよ」

 

 終わりの見えない押し問答を繰り返していると、お父さんが松葉杖をつきながら病室に入ってきた。

 

「ねえ、あなたも何か言ってあげてよ!」

「…ちょっと席を外してくれないか。二人だけで話がしたい」

 

 お父さんがそう口にすると、お母さんは言われるがままに病室を出る。病室の扉が完全に閉まるのを確認し、お父さんは私の目を見てゆっくりと口を開いた。

 

「鈴風、お前は今何のために戦っているんだ?」

「えっ……」

「お父さんはな、戦う理由が明白でお前自身がそれに納得しているなら勇者を続けてもいいと思っている。だから教えてくれないか。鈴風は今何を思っているんだ?」

 

 お父さんの真剣な眼差しが突き刺さる。

 

「そ…それは……」

 

 あまりに真剣な表情に私も誠実に答えるべきだとは思ったが、それでもなお口籠ってしまう。それもそのはず、今の私に本来の戦う理由はなくなり、"多くの人を巻き込んでおきながら今更お役目から逃げ出すなんて許されない"という罪の意識しか残っていないからだ。そんな後ろ向きな理由で勇者に拘り続けているなんて言えるわけがない。

 

「話しづらいか?」

「・・・」

「……だったら先にお父さんの話を聞いてくれないか?」

「話…?」

「ああ。この前途中になってしまった、鈴風が勇者になることを許したきっかけの話だ」

「・・・」

 

 私が沈黙を続けていると、お父さんは私から尋ねておきながら最後まで聞くことができなかった話の続きをし始めた。

 

「実は私と柑菜ちゃんは最近まで何度か会ってたんだ」

 

 

◇◇◇

 

 

 それは鈴風が事故で病院に運ばれたと聞かされた日のことだった。その頃は私も事故で入院しており、そんな中、鈴風のクラスメイトを名乗る少女が私のもとへお見舞いに来たことが伝えらた。

 間もなく傷だらけ少女が入ってくると、私の顔を見るやいなや驚きの声を上げる。

 

「も、もしかして、あの時のおまわりさん…ですか!?」

 

 私は少女の怪我ばかりに視線がいって反応が遅れたが、その少女はかつて私が担当した交通事故で保護した子どもだった。

 

「君ってあの時の…金城柑菜ちゃん…?」

「私… 私… うわあああああっ…!!」

 

 私が声をかけると、その少女は声をあげて泣き出した。

 

 しばらくして落ち着きを取り戻した彼女から私は全てを聞いた。人類を滅ぼそうとする外敵とそれを阻止する勇者が存在し、その勇者に柑菜ちゃんが選ばれていること。勇者のお役目に手こずったせいで私の巻き込まれた事故が発生してしまったこと。そして敵の襲撃に鈴風が巻き込まれたが、発見が遅れたせいで大怪我をさせてしまったこと。

 その全てがにわかには信じ難い内容ではあったが、彼女の体にある無数の生傷が多少の説得力を与えた。

 

「全ては私のせいです… 私がもっと強ければ… 私がもっとしっかりしていれば…」

 

 臍を噛む彼女の目は黒く濁りきっていた。この歳にして多くのことを抱える彼女の苦労は察するに余りある。私は肩を落として唇を震わせる彼女にそっと声をかけた。

 

「私も鈴風も君のせいで怪我をしたのではない。むしろそれ以上に私たちの知らないところで何度も命を守ってくれていたんだ。だからそう沈まなくていい。もっと誇っていい。……大きくなったな」

「……! はい!」

 

 私の言葉がよっぽど響いたのか、元気な返事が返ってきた。

 

 この日は世間話をすることなくお見舞いが終了したが、その後も彼女は度々私の病室を訪れ、私に普段の生活について話してくれた。

 その話にはほぼ毎回鈴風の名前が出てくることから二人の仲の良さが伝わる。鈴風がいじめに遭った過去を知る親として、こんなにいい友達ができたことはとても喜ばしく感じた。

 

「そうだ! すずかちゃんと撮った写真もいっぱいあるんですよ!」

 

 柑菜ちゃんはそう言って私にスマホで撮影された何枚もの写真を見せてくる。私はその写真を見て心を大きく揺さぶられた。

 

「こ、これは…」

 

 どの写真に写っている鈴風も笑っている。それは今や家では滅多に見られない自然体の笑顔。まるで私たちの前で無邪気に笑っていた幼い頃の鈴風を見ているようだった。

 

 いじめの一件があって以来、鈴風は何故か親の顔色を伺うようになっていた。最初のうちはその理由がわからなかったが、学校の話を振るとわずかに顔が引きつることから、いじめの件を気にしているのだと悟った。

 それ以来、いじめを想起させる話題は家族の中でタブーとなり、次第に鈴風に学校での生活を聞くことすらできなくなっていく。

 

 私たちの前で笑ってくれなくなった鈴風に、学校での人間関係を聞けない空気感。ここ数年間抱え続けてきた心配を一気に吹き飛ばすほどの穏やかな笑顔が写真にはっきりと刻まれている。

 

「あのー、目が赤いですけど大丈夫ですか…?」

 

 その言葉を聞いて私は涙が溢れそうになっていることを自覚する。

 ……年を取ると涙もろくなっていけないな。

 

「…ありがとう。鈴風の友達でいてくれて」

「はいっ! これからもずっとず〜っと、お友達です!」

 

 

◇◇◇

 

 

 お父さんはスマホで柑菜から共有してもらった写真を見ながら当時のことを語る。そのうちの一枚はスマホの待ち受け画面に設定されていた。

 

「お父さんたちは他でもない鈴風の笑顔を守りたくて鈴風が勇者になることを許可したんだ。こんな状況になることを予想していなかった私も甘かったと思う。すまなかった。だから鈴風も一人で抱え込まないでくれ」

 

 お父さんは悲しそうな目でそう訴えかける。こんなに辛そうにしているお父さんは初めて見た。

 私だってこれ以上親を心配させたくはない。でも、私は柑菜に反対されてまで勇者になったんだ。友奈にも自分の立場が悪くなる可能性を承知で協力してもらった。それが今度は親を心配させたくないからやっぱりやめますなんて私にはできない。

 

「私… 私は…」

 

 これはやはり自分の問題だ。一人で抱え込むなと言われても一人で抱え込むしかない。

 そう伝えようとしたその時だった。病室の扉が開き、お母さんが不思議そうな顔をしながら入ってきた。

 

「なんか鈴風に会いたいって方が…」

 

 その声が私の耳に届くとすぐに一人の神官が病室に入ってきた。その神官は仮面をつけた顔を私に向けて話しかける。

 

「あなたが立森鈴風様で間違いありませんか」

「は、はい… そうですけど…」

「花折様からあなたに渡すよう頼まれたものがあるんです」

「友奈から?」

 

 神官は袖から一冊の冊子を取り出して私に手渡す。その表紙には勇者御記と書かれてある。

 

「これってもしかして…」

「金城柑菜の勇者御記です」

「友奈はどうしてこれを…?」

「恐らく立森様に読んでいただきたいのでしょう」

 

 私は神官に言われるがままに御記を開く。

 

 御記は柑菜が勇者になった日から始まっており、最初の1ページ目から私の名前が出てきていた。次のページに目を通しても、そのまた次のページを見ても私との思い出が内容の半分以上を占めているものばかりだ。

 

「柑菜……」

 

 読んでいるうちに柑菜と一緒に過ごした日々を思い出して読み進める手が遅くなる。柑菜はもういないという事実に押し潰されそうになりながら、柑菜の気持ちが赤裸々に綴られた御記を一枚一枚めくっていく。

 

 そして柑菜が最後に書いたと思われるページまで辿り着いた。

 見開きの右側は破かれていて読めなかったが、このページには全ての思いが書き残されていた。

 

 

◇---◇---◇

 

 今日は3人で一緒に遊べてすごく楽しかった!

 やっぱり勇者には息抜きが必要だよね!

 

 それはそうと、ゆうなちゃんと二人で話をしてだいぶ気持ちを整理できたから、一度ここに書き出しておこうと思う。

 

 私はずっと幼い頃の記憶を失っていた。つい最近になって私が大赦生まれなことを思い出したんだ。

 

 私のお母さんはとっても優しい人で、どんなに忙しくて会えない日が続いても私にお昼のお弁当を作ってくれていた。

 私のお父さんはちょっと厳しい人だったけど、私を立派な巫女にしようとしてくれていた。

 当時のことはあまり思い出せないけど、きっと幸せだったんだと思う。

 

 だからこそ、修行の過酷さで家族がバラバラになったと聞いて、私は今の私が勇者として活躍すれば、大赦から認められてもう一度家族に戻れるんじゃないかと思って頑張っていた。

 

 でも、私は無理をしすぎていたんだと思う。敵が強くなって落ち込むことが増えていた。嫌なことばかり考えるようになっていた。

 そんな時、すずかちゃんは私が悲鳴をあげていることに気づいて私を助けようとしてくれた。

 

 嬉しかった。ずっと孤独だった。助けてほしかった。

 なのに私は自分の本当の気持ちに蓋をして拒絶してしまった。

 

 でもようやくわかったんだ。

 本当の気持ちと向き合わないのは苦しいだけだって。

 もう自分の心に嘘はつかない。今はすずかちゃんと一緒に勇者として戦える日がくることを楽しみにしてる。

 

 これすべて。私が逃げたことですずかちゃんの本当の気持ちにも蓋をさせちゃったと思うから、次学校で会った時にぜんぶ伝えよう。

 

 すずかちゃん、大好きだよ。

 ずっとずっと私の友達でいてね。

 

◇---◇---◇

 

 

「柑菜……」

 

 最後まで読み切ると、溜まっていた涙が一気に溢れだした。小さな病室が私の嗚咽で包まれる。涙がとまるまでみんなは静かに私を見守っていた。

 

「……ありがとうございます」

 

 落ち着きを取り戻した私は神官に感謝の言葉を述べる。

 これを読まなければ、柑菜は最後まで私が勇者になることに否定的だったと勘違いしたままだった。心の奥底に永遠に取り除けない重りを抱えたままになっていた。

 

「……これを読んだ上でお願いがある」

「……なんですか?」

「1月10日に大規模な襲撃がある。恐らくそれを乗り切ればしばらく敵の襲撃が収まると予想されている。だから立森様には最後まで戦って生き抜いてほしい」

 

 神官は深々と頭を下げて力強く懇願する。

 

「虫のいいことを言っているのは分かっている。ただ…」

「……わかりました。私… やります」

 

 神官が言い切る前に私は答えを返す。

 

「お母さん、お父さん。心配させちゃうのはわかってる。でもお願い。私、もう少しだけ戦いたい」

 

 その言葉を聞き、お母さんは心配そうにしているが、お父さんには私の芯のある覚悟が伝わったようだ。お父さんはお母さんの肩にそっと手を置き、口を開く。

 

「ああ。鈴風の決めたことだ。私も応援しよう」

 

 答えが出たところで神官は病室を後にしようとする。

 

「では私はこのへんで。1月10日、ご武運をお祈りしています」

 

 神官の去り際、私はふと神官を呼び止める。

 

「あの… お名前を伺っても…?」

「私は金城竪吉。柑菜の父です」

 

 

◇◇◇

 

 

 運命の日の前日。薄暗い牢屋の中で、私は目を瞑って考え事をしていた。

 

 明日の早朝、カンナ先輩のお父さんが私をここから出してくれたら、私は誰かの勇者端末を持って神樹様の根元へと移動する。そうすると、高嶋様が明日の襲撃を乗り切るための力を貸してくれる。

 明日はとにかく時間との戦いだ。私が今いる"大赦の根"は複雑な構造をしている上に、そこを出られてからも以前先代勇者の勇者端末を見かけた倉庫に向かう必要がある。スズカ先輩の命に関わる話なので、その途中で迷うことなどあってはならない。

 

 明日に備えて脳内シミュレーションをしていると、突然私の前に素顔を晒した一人の神官が現れた。

 

「花折友奈。ついに明日だな」

「あなたは…?」

「塩谷だ。よろしくな」

 

 神官は不気味な笑みを浮かべながら名乗りをあげる。私は人と話す気分ではないこともあり、素っ気ない言葉を返す。

 

「…何の用ですか」

「今のお前を見ていると昔の自分を思い出してな。つい話したくなったんだよ」

「自分語りをするつもりですか」

 

 今このタイミングの自分語りなんて心底どうでもいい。それよりも私は明日に備えなければならない。

 そう思いながら私は冷たい視線を送っていたが、そんなことなど微塵も気にせず、神官は一人で喋りはじめた。

 

 

◇◇◇

 

 

 "四国の外は死のウイルスで満たされている"

 "失われた大地を取り戻すことが長年の人類の悲願である"

 

 そうした漠然としたことが幼い頃から刷り込まれる。それは全ての人々に共通した話であり、もちろん大赦の子たちも例外ではない。

 しかし、大赦の子たちはそれに加えて、『大赦は人類の悲願を叶えられる唯一の組織であり、大赦のもとで生まれた者にはそれを現実にするという重大な使命が課せられる』と言い聞かされる。

 

 それを聞いた塩谷は自分が大赦に生まれたことを誇りに思った。必ず成し遂げてみせると心に誓った。

 

 しかしその忠誠心はある日突然打ち砕かれることになる。

 

 勇者ほどの年齢になると、身分の高い家系の子どもたちは一か所に集められ、神官から壁の外の真実を知らされる。死のウイルスの存在は嘘であり、実際はバーテックスという化け物によっと世界を滅ぼされていたという真実が。

 

 その真実に絶望する子もいれば、使命感を更に強める逞しい子もいた。

 しかしただ一人、塩谷だけは裏切られたと感じた。みんな同じ未来を見ていると思っていた。大赦の一員であることに誇りを持っていた。しかし実際は全て大人の掌の上だったんだ。

 

 神官はこの場で伝えたことを秘密にするようお願いするが、塩谷はその要求に真っ向から反抗した。何故人々を騙すような真似をするのかと。何も知らずに大赦を信じている人が哀れだと。そして今一度、全ての人々に真実を伝えるべきだと。

 

 しかし、子供の戯言など聞き入れられるはずもない。それどころか、神官に今からでも再教育しておかなければ危険だと判断され、塩谷は"神樹の根"に閉じ込められてしまった。

 

 

◇◇◇

 

 

「結局その時の復讐がしたかっただけなんですか?」

 

 一通り話を聞いて、私はついツッコミを入れたくなってしまった。

 

「復讐? 違うな。私はあの時感銘を受けたんだ」

「感銘…?」

「大赦は過去から現在に至るまで、人類の全ての重荷を肩代わりする、言わば自己犠牲の組織だったんだ。だから世界の真実を隠して孤独な戦いを自身に強いていた」

 

 大赦についてあまりに熱く語る神官に私はほんの少しの恐怖を覚える。

 

「やはり大赦は人類のことを深く考えておられたんだ。私は真っ暗で食事すら碌に与えられない劣悪な環境に閉じ込められたが、それでも心は穏やかだった」

 

 ここまで熱く語っていた神官だったが、急にすんとなり、「ただ…」と付け加える。

 

「ただ、今になってあれは結局嘘だったとわかったんだ。盲滅法に権力を求める醜い争い。人類の悲願は長い時を経て、権力闘争のための道具に成り下がっていた。本当に失望したよ」

 

 そこまで言い切ると、神官は冷静に一呼吸おいてからゆっくりと口を開く。

 

「花折家と金城家。まとめて何と呼ばれているか知ってるか?」

「……いえ」

「"大赦の金花虫(はむし)"。大赦が築き上げてきた秩序を乱す害虫だ」

「・・・」

「ただお前たちのおかげで、私に大赦を変えるチャンスが巡ってきた。感謝してるよ」

 

 神官から発せられたその言葉からは嫌味を一切感じない。恐ろしいことに、これは神官の本音なのだろう。

 

「明日、全てが決まる。お前たち金花虫は最後まで立森家を食い荒らすつもりなんだろ?」

「……なんのことですか?」

「とぼける必要はない。金城と立森が接触したことくらいは把握している。何をする気かは知らないが、どっちが勝つか見ものだな」

 

 神官はそれだけ言い残すと、私に背を向けてゆっくりと去っていった。

 

(私とカンナ先輩のお父さんが結託してること、もしかしてバレてるのかな……)

 

 私の脳内に一抹の不安がよぎる。しかし、もし本当にバレていたとしても、私たちはやるしかない。

 

 そして1月10日。とうとう運命の日がやってきた。

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