金城柑菜は勇者である   作:ソフ

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ストーリー本編
第一話 神世紀241年の勇者


◇---◇---◇

柑菜が勇者になった日のことは今でも鮮明に覚えている。

あの日彼女が見せた眩しい笑顔に私は心のどこかで憧れていた。

 

だからこそ、戦闘で日に日に弱っていく彼女をただ黙って見ているだけなんてとても我慢できなかった。

 

そこで私も勇者になろうとした。

勇者になって柑菜を守りたかった。

 

……でも今はその選択をひどく後悔している。

 

--神世紀二四二年一月 立森鈴風(たちもりすずか)

◇---◇---◇

 

 

 キーンコーンカーンコーン…

 予鈴のチャイムが鳴り響く。

 

(やっとか…)

 

 私は小さくため息をつく。今日はいつもより早起きだったので早めに学校に来てみたが、特にやることなく結局ぼーっと過ごしていた。

 柑菜がいればおしゃべりでもしてようかと思っていたが、当の柑菜はまだ来ていない。

 

(そういえばあいつ遅いな…)

 

 普段の柑菜は朝礼前に教室で慌てて宿題をやっていることが多い。今日は珍しく宿題が終わっていてゆっくり登校しているのだろうか。それとも…

 寝坊の可能性が頭をよぎった次の瞬間、教室の後ろ扉が勢いよく開いた。柑菜だ。

 

「すずかちゃん、おはよー!」

 

 柑菜の元気な声が教室中に響く。どうやら寝坊じゃなかったらしい。

 柑菜は私に挨拶すると、私の隣の席に座った。

 

「おはよう。今日は遅かったけど何かあったのか?」

 私は挨拶を返すついでに事情を尋ねる。

 

「登校中に首輪を付けた犬を見かけてね、周りに飼い主さんが居なかったから探してたんだ。なんとか見つかってよかったよ」

「……そ、それはよかったな」

 

 いかにも柑菜らしい理由だった。以前にも似たようなことがあったが、たとえ登校中だろうとお構いなしに人助けをする精神は素直にすごいと思う。ただ宿題の時間は一切考慮してない点を除いては。

 

「ところで宿題はちゃんとやってるのか?」

 宿題のことを聞くのは野暮かと思ったが、それでもやっぱり気になった。

 

「あっ……あああああぁ!!」

 

 柑菜の元気な声が再び教室中に響く。

(やれやれ…)

 私は絶望する柑菜から目を逸らして前を向く。すると間の悪いことに担任の栗原(くりはら)先生が入って来た。

(あーあ… これは終わったな…)

 

「みなさんおはようございます。今から出席を取りますね」

 

 私は自分の名前が呼ばれるのを待ちながら横目で柑菜を見る。すると柑菜が涙目でこっちを見つめてくるのが見えた。まるで今からでも宿題の答えを見せてくれと言わんばかりだ。

 私は再び視線を前に戻して何も見なかったことにした。

 

金城柑菜(かなしろかんな)さん」

 

 栗原先生は柑菜の名前を呼ぶ。

 いつもの柑菜から察するに、柑菜は宿題が間に合わなかったのを申し訳なさそうに返事する…と思っていたが、今日はいつまで経っても返事がない。

 私はよほど宿題のことを引きずっているのかと考えたが、何やら先生の様子もおかしい。

 

「……次、川浦さん」

 

 先生の表情が一瞬曇ったかと思えば、何事もなかったかのように次の生徒の名前を呼び始める。

 不思議に感じた私はゆっくりと柑菜の方を向く。

 ……すると、さっきまでいたはずの柑菜の姿が消えていた。

 

(・・・柑菜?)

 

 

◇◇◇

 

 

(すずかちゃんが目を合わせてくれない…!)

 

 今日の宿題は人のを写せば一瞬で終わるものだったはず。だから今からでも見せてもらおうと必死に視線を送っていたのだが、すずかちゃんは完全に前を向いてしまった。

 

 もうすぐ私の名前が呼ばれる。ただの出席確認とはいえ、宿題を忘れた日に名前を呼ばれるのはいつになってもドキドキする。

 順番が近づき、私は覚悟を決める……が、私の名前は呼ばれることなく教室は突然静まり返った。

 

(あれ…?)

 

 私は静寂の理由を考える。

 

(もしかして先生はまだ私の名前を覚えてない!?)

 

 私の苗字は『かなしろ』と読む。『きんじょう』でも『かねしろ』でもない。

 

 栗原先生は今年度からこのクラスを担当することになり、最初のうちは先生から「きんじょう」と呼ばれることが度々あったのだが、未だに正しい読み方を覚えられていないのだろうか。

 もう9月にもなるし今更その可能性はないだろうと思いながらも、それ以外の理由が思いつかなかったので念のため声をかけることにした。

 

「先生、私は"かなしろ"柑菜です!」

 

(・・・)

 

 反応はない。

 私は少しほっとしながらも、一切の反応がないことからようやく何が起こったのか分かった。

 完全に時間が止まっている。

 

(これってもしかして…樹海化!?)

 

 そう悟った瞬間、私の視界は真っ白な光に包まれた。

 

 

 気がつくと柑菜は樹海の中で一人ぽつんと立っていた。

 

(これが…樹海…)

 

 話は1か月ほど前に私のもとを訪れた大赦と呼ばれる神樹を祀りながら事実上四国を治めている組織の神官から聞いていた。

 説明で聞いた通りの神秘的な光景に見とれていると、遠くから小さな影が複数迫ってくるのが見えた。

 

「あれは…バーテックス!」

 

 この世界は四国を囲うように神樹の結界が張られており、結界の外からバーテックスと呼ばれる人類の敵が侵入してきた際に、神樹は防衛機能として時間を止めて大地を神樹の根っこで包み込む。それが樹海化と呼ばれる現象であり、その時バーテックスを撃退するのが「勇者」と呼ばれる神樹に力を与えられた少女のお役目だ。

 そしてどうやらその勇者に柑菜が選ばれたらしい。

 

 柑菜は神官から説明された通りにスマホを取り出し、勇者専用のアプリを起動させる。

 すると忽ち柑菜の体は光に包まれ、讃州中学の制服からバーテックスと戦うために開発された戦装束へと変化していった。

 柑菜の戦装束は金柑の葉と花を思わせる鮮やかな緑と白をベースに、その実を思わせる橙が混交されたデザインになっている。

 

 変身が終わると武器が手元に出現した。

 柑菜の武器はトンファーだ。対バーテックス用に特殊な素材で作られている。

 トンファーという名前ではあるが、投げればブーメランのように戻ってくるし、受けの構えをとればシールドを展開することだってできる。もはや何でもありな武器だ。

 

(あまり勇者っぽくない武器だなあ…)

 

 柑菜は勇者らしからぬ武器に少し不満を感じたが、今はそんなことを考えている場合ではない。

 バーテックスは樹海を侵食しながら進行する。戦闘が長引くとそれだけ樹海がダメージを受け、蓄積されたダメージは樹海化が解けた後に現実世界で災害としてフィードバックされてしまう。 

 柑菜は武器を両手に握り、バーテックスに向かって勢いよく跳躍した。

 

「うあああぁぁ!?」

 

 戦装束は体に纏うことで身体能力を格段に向上させ、少し跳ねるだけでも常人の何十倍も高く遠くに飛ぶことができる。事前にそう聞かされてはいたが、実際に体験してみるとあまりに現実離れした動きに驚きを隠せない。 

 それでも柑菜は迷いなく敵に向かって飛んでいく。

 

 向かってくる敵はおよそ40体程度。星屑と呼ばれる小型のバーテックスだ。

 小型とはいえ柑菜の何倍もの大きさをしており、敵に近づくにつれ恐怖心が強くなる。

 柑菜は強まる恐怖を抑え込み、戦闘態勢をとる。トンファーの扱いには自信がなかったので、適当に鎌のような持ち方をした。

 

「だあああぁぁ!!」

 

 柑菜はトンファーのハンドルをハンマーの頭に見立てて全力で振りかざす。

 するとダメージを受けたバーテックスは光を放って消滅する。初めての撃破だ。

 

「この調子でっ…!」

 

 今度は右手のトンファーをブーメランの要領で投げてみた。

 投げられたトンファーは何体ものバーテックスを貫き、柑菜の元へと戻ってくる。

 柑菜は上手くキャッチしようとした…が、高速で回転しながら飛んでくるのを見て思わず避けてしまう。

 

「わっ!? ……あっ、待って!!」

 

 柑菜は慌ててトンファーを追いかける。

 幸い遠くまで飛んでいかなかったのですぐに回収することができたが、敵から意識を逸らしてしまったせいで背後のバーテックスに気付くのが遅れた。

 

「まずい…!」

 

 柑菜は急いでトンファーのハンドルを握り直し、ディフェンスの構えをとる。すると目の前にシールドが展開され、バーテックスの突進を間一髪で防ぐことができた。

 柑菜は手首を使ってハンドルを回転させ、突進してきたバーテックスに突きのカウンターを繰り出す。

 

(おおー!)

 

 カウンターの成功に柑菜のテンションが上がる。

 調子が出てきた柑菜はそのまま次々と敵を薙ぎ払い、気付いた頃には最後の一体になっていた。

 

「これで最後だああぁ!」

 

 最後の一体も倒し、全ての敵を撃退した。

 初日は何とか無傷で御役目を終えることができた。

 樹海化が少しずつ解けていく。

 

「そっか…私は勇者になったんだ…」

 

 柑菜は遠くの空を眺めながら噛み締めるように呟いた。

 

 

 樹海化が解けると、私は龍王宮に立っていた。讃州中学からは2kmほど離れた場所にある神社だ。

 

「なんでこんなところに…」

 

 私は一瞬頭が真っ白になったが、学校のことを思い出してすぐ我に返った。

 樹海化中は時間が止まっているとしたら、もうすぐ1時間目の授業が始まるところだ。

 

「い、急がなきゃ!」

 

 私はどうせなら学校の屋上に戻してほしかったという気持ちを抑えつつ、全速力で学校へと戻る。

 学校に到着すると栗原先生が校門の前に立っていた。

 

「初めての御役目お疲れ様でした」

「先生は私が勇者に選ばれることを知ってたんですか?」

「ええ、そうよ。みんなにはこれまで黙ってたんだけど、実は私は大赦から派遣されてきた人間なのよ」

 

 私はその言葉を聞いて驚いた。

 栗原先生がこの学校にやってきたのは今年の4月だ。大赦の人たちはそんなに前から私が勇者になることが分かっていたのだろうか。

 

「あなたと話がしたいの。このまま職員室に寄ってもらえないかしら? 1時間目の先生には話をつけてあるから」

「わ、わかりました」

 

 その後私は栗原先生と特訓などを含めた今後のスケジュールや勇者システムに不備がなかったかなどを話し合い、話が終わった頃にはちょうど休み時間になっていた。

 戦闘で少し疲れたが、ここからはまた普通の中学2年生だ。次の授業に遅れるわけにはいかない。

 私は急いで階段を上がり、教室に戻る。

 すると、私に気付いたすずかちゃんが慌てて駆け寄ってきた。

 

「柑菜、神樹様からお役目を与えられたって本当なのか!? 大丈夫だったか!?」

 

 栗原先生が説明したのか、私のことは既にクラスのみんなに伝わっていた。 

 私は廊下ですずかちゃんに勇者のこと、バーテックスのこと、そして私が経験したことを包み隠さず話した。

 私が喋っている間、すずかちゃんはずっと窓の外を見つめながら話を聞いていた。

 

「つまり柑菜はこれから3か月もそんな化け物と戦うのか…」

「うん、そういうこと」

「うんって… 怖くないのか?」

 

 すずかちゃんは心配そうな目で私を見つめてくる。

 

「大赦の人は大したことないって言ってるし、実際今日のお役目も楽勝だったから大丈夫だよ!」

 

 私はそう言いながらニカっと笑ってみせる…が、それでもすずかちゃんは不安そうだ。

 私はそんなすずかちゃんを見て少し揶揄ってみたくなった。

 

「もしかして私のことを心配してくれてるの〜?」

「い、いや……まあでも、柑菜が無事でよかったよ」

 

 すずかちゃんは少しはにかみながら、優しげな表情を見せる。

 

「えっ…?」

 

 予想と反した反応に思いがけず頬が熱くなる。

 

「ま…まあ、私は勇者だからね!」

 

 私は込み上げる感情を誤魔化そうとして、ついおかしなことを言ってしまった。

 

「ふふっ、なにそれ」

 

 私の発言ですずかちゃんの優しい顔が一気に崩れて吹き出し、私は更に恥ずかしくなった。

 

「…次の授業が始まるし、そろそろ教室に戻ろっか」

 

 すずかちゃんはそう言って再び私に微笑みかける。

 

「うん!」

 

 私はこの日一番の笑顔で返事をした。

 

 

◇---◇---◇

今日はすずかちゃんとたくさんお喋りをした。

今日だけですずかちゃんと一気に仲良くなれた気がする!

 

そういえば私に一歳年下の巫女がつくことになった。

どうやらその子は巫女の中でも"トクベツ"らしい。

 

とってもいい子だったし、今度すずかちゃんにも紹介したいな。

 

--神世紀二四一年九月 金城柑菜

◇---◇---◇

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