金城柑菜は勇者である   作:ソフ

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少しずつ胸糞展開が増えてくるので苦手な方は注意です。


第三話 決意

 雨の降り頻る休日の昼下がり。私は今日もバーテックスとの戦闘を終え、雨に打たれながら自宅に帰ってきた。

 私は玄関で靴を脱ぎ、真っ先にタオルを取りに行く。体中の水滴を拭き取ると、タオルは血で染まっていた。

 

(・・・)

 

 ここ最近のバーテックスは星屑が数十体融合した『進化体』と呼ばれる個体が多く、無傷でお役目を終えられることなど滅多にない。

 雨に打たれると当然傷口は痛むが、樹海に傘を持ち込みでもしない限り、龍王宮に戻された途端雨曝しになるのは避けられない。

 

 雨で薄暗い部屋の中、パジャマに着替えて2人掛けのソファーで一人静かに座っていると、私の巫女から電話がかかってきた。

 

「あっカンナ先輩! 今日もお役目お疲れ様です!」

 

 電話の向こうからは元気な声が聞こえてくる。そんな明るい声に私は自然と口角を上げる。

 

「カンナ先輩に勇者御記のことで報告があります」

 

 それはこの前栗原先生から御記の保管場所と思われる倉庫の存在を聞き、探してもらえないかと頼んでいたやつだった。

 

「ほんと!? どうだった?」

「それが見つかりはしたんですけど、色々あって持ち出すことまでは…」

「そっか〜… でもそこにあると分かっただけでも十分だよ。わざわざ探してくれてありがとう!」

 

 結局御記を読めそうにないのは残念だが、それほど大切にされていると知れただけでも大きな収穫だ。いつか私の書いた御記もそうやって大切に保管される日がくるのだろうか。そう思うと悪い気はしない。

 

「もしまた頼み事があれば何でも言ってくださいね」

 

 何でも。その言葉を聞いて私は聞きたいことがあったのを思い出した。

 

「じゃあひとつだけ…いいかな?」

「何でしょうか!」

 

 早速の頼み事に興奮しているのが電話越しに伝わる…が、これは恐らく明るい話にはならない。

 

「これは私に関することなんだけど…」

「……はい」

 

 声のトーンから真面目な話だということを察したのか、今度は真剣な相槌が返ってくる。

 

「私の…………について教えてほしいの」

 

 

 ・・・

 

 

 それから20分ほど話しただろうか。

 

「……私から話せるのはこれくらいです」

 

 私の巫女は知ってることのほとんど全てを話してくれた…と、思う。

 

「どこでもしかしたらって思ったんですか…?」

「いや… 私にも色々あったんだ…」

「カンナ先輩… どうかあまり無理はしないでください… 私はいつでもカンナ先輩の味方ですから…」

「うん…ありがとう… また何かあったら電話するね」

 私は最後にそう口にしてから電話を切る。

 

(そっか…そうだったんだね…)

 

 電話を切った後も私はスマホを両手に握ったまましばらく虚空を見つめていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 柑菜が勇者になってから1か月。10月も終盤に差し掛かり、朝は少しずつ肌寒さを感じるようになってきた。

 私はいつも通りの時間に登校し、教室の扉を開ける。すると先に来ていた柑菜が私に気づいて声をかけてきた。

 

「あっ、すずかちゃんおはよう!」

「おはよう。最近は来るのが早いな」

「いや〜 早く来ることの良さを知っちゃったからね〜」

 

 柑菜はそう言って朝から元気な笑顔を見せる…が、私はそれ以上に柑菜の顔に貼られてある傷テープに視線がいく。

 最近の柑菜は体育の時間に黒タイツを穿いていたり、微妙に暑い日でも長袖を着たりしている。きっと見せていない部分にはこれ以上の傷があるのだろう。

 隠れた傷のことを考えると私はとても心配になった。

 

 1時間目が始まり、授業中に柑菜の様子を窺うと、柑菜は神妙な面持ちで静かに授業を受けていた。私は最近柑菜の様子がどこかおかしい気がしている。

 もちろん、単にお役目が大変で疲れているだけの可能性もあるだろう。しかし、それだけでは説明がつかない何かがあるようにも感じる。

 

「では今日の授業を終わりとする」

 

 柑菜のことばかり考えていると授業が終わり、休み時間になった。私は居ても立っても居られなくなり、教科書を片付けている柑菜に声をかける。

 

「なあ…柑菜…」

「ごめんすずかちゃん! 私もう行かなきゃ!」

「行くって…どこに?」

「お役目だよ! すぐ戻ってくるからその時いっぱい話そ!」

 

 教科書を片付け終えると、柑菜は足早に教室から出て行った。

 

(柑菜……)

 

 

◇◇◇

 

 

 柑菜が教室から出るとすぐに襲撃が起こった。

 

 既に変身を済ませた柑菜は遠くの壁を見つめる。すると、壁の外から数十体のバーテックスが押し寄せてくるのが見えた。

 柑菜は目をつむって大きく息を吸い込む。心の準備ができると、柑菜は地面を力強く蹴って敵へと向かっていく。

 

 敵に近づくにつれ、敵の姿がより鮮明になる。数十体の内の半数がいつもの進化体だ。

 しかし、その集団の中に一体だけ見慣れないバーテックスが混ざっていた。

 

(ん? あれは……ウニ…?)

 

 その進化体は体の四方八方に鋭い矢のようなものを発生させている。初めて見る個体を凝視していると、その個体は体の矢を勢いよく射出した。

 

(…!?)

 

 柑菜は咄嗟に空中でシールドを展開する。

 間一髪で防ぐことはできたが、あまりの衝撃に体が反り返る。

 

(ぐっ…!)

 

 柑菜は体勢を立て直すため地面に着地しようとする…が、進化体はその隙を見逃さなかった。柑菜が着地する地点を予測し、そこに向かって2本目の矢を射出する。

 避けられないことを確信した柑菜は、急所に命中するのだけは避けようと空中で体を捻る。鋭い矢が左上腕の肉を抉り、鮮血が噴き出す。

 

「……っ!」

 

 痛みで一瞬顔を歪ませたが、すぐに真剣な表情で敵を視界に捉え直してそのまま敵へと向かっていく。

 

(このまま距離を詰めて一気に勝負を決める…!)

 

 柑菜は飛んでくる矢を避けながら敵へと近づく。数本の矢が体を掠ったが、その度に歯を食いしばって痛みを耐える。どんなに体が痛もうが足を止めることだけは決してしなかった。

 全ての矢を射出した進化体は再び星屑と融合することで矢を補充しようとしている。

 

(今がチャンス…!)

 

 わずか数十センチの距離まで近づき、トンファーで全力の一撃を打ち込む。忽ち進化体は崩壊し、ようやく一体撃破することができた。

 

(このまま他の敵も…!)

 

 そう思った矢先だった。

 すぐ真横から星屑に突進される。

 

「がっ…!?」

 

 一体の敵に集中しすぎて他の敵に対する意識が疎かになっていた。柑菜は勢いよく吹っ飛ばされ、樹海の上を転がった。

 

(いたた…)

 

 幸い大きな怪我はなかったが、今の一撃で完全に集中が途切れてしまった。

 体の傷に視線がいく。一つ一つの傷はそこまで深くなかったが、それでも多くの血が流れている。

 

(こんなに怪我してたんだ…)

 

 たった一体でこれだけの傷。目線を上げると数十体のバーテックスが浮かんでいる。最初は少ないと思っていたのに今では多く感じる。

 

(まだあんなに…)

 

 この空間には柑菜一人しかいない。あの数をたった一人で殲滅しなければならない。どれだけ苦しくても励ましてくれる仲間はいない。どれだけ傷ついても助けは来ない。柑菜が負けた瞬間に全てが終わる。

 その瞬間、柑菜は恐怖を感じた。

 

(今のが一番強い敵だったんだ。だから後は楽勝だよ…!)

 

 柑菜は無理やり自分を奮い立たせながらゆっくりと立ち上がる。

 

「私は勇者なんだ…! 勇者は諦めない…!」

 

 迫り来る敵に対してそう叫ぶと、柑菜は再び敵へと向かっていった。

 

 

(はぁ… はぁ… はぁ…)

 

 あれからなんとか全ての敵を撃退できた。

 

(はぁ… はぁ…)

 

 呼吸する度に血が滴るのを感じる。

 今回みたいな戦いが今後も続くと思うと柑菜は気が重くなった。

 

 

 樹海化が解け、私はいつものように龍王宮へと戻される。

 制服には多くの血が滲んでおり、このままでは学校に戻れない。私は着替えを取りに一旦自宅へ帰ることにした。

 

 自宅に着くと卓上の救急箱を手に取り、洗面所へと向かう。制服を脱いで鏡を見ると、そこには傷だらけの自分が映っていた。

 鏡を見ながら傷の手当てをし、それが終わると血のついた制服を手で洗い始める。

 

 無心で洗う。

 

 余計なことは考えず、ただ黙々と。

 

 ・・・

 

 ・・・

 

 気づけば私の手は止まっていた。

 

(・・・あれ?)

 

 ふと鏡を見ると私の目からは一筋の涙が流れている。

 

(私、疲れてるのかな…)

 

 流石にこんな精神状態では学校に戻れない。

 

(ちょっとだけ休もうかな…)

 

 私は気分転換として海に行くことにした。

 

 勇者に変身して港へと飛んでいく。

 やはり勇者服は移動手段としても便利だ。

 自宅から1分もかからず目的地に到着した。

 

 穏やかな波風と波音が心地いい。

 私はここで少しの間休むことにした。

 

 

◇◇◇

 

 

 柑菜が居なくなってから30分が経過した。いつもならもう戻ってきてもおかしくない時間なのだが、今日はまだその気配すらない。

 私は授業中にこっそりスマホを取り出し、柑菜にメッセージを送った。

 

 

 更に30分ほど時間が流れる。休み時間を挟んで次の授業が始まったが、柑菜はまだ戻ってこない。

 スマホを確認しても返信がなく、いよいよ柑菜のことが心配になってきた。

 

「先生、ちょっとお腹が痛いので退室します」

「おお、大丈夫か。無理せず保健室に行っていいからな」

 私は教室を抜け出し、急いで職員室へと向かう。

 

「すみません、栗原先生はいますか?」

「あら立森さん。先生なら他のクラスで授業中だわ」

「そうですか… ありがとうございます」

 

 流石に授業が終わるまでは待っていられない。私は学校を飛び出し、今度は龍王宮へと急ぐ。バーテックスとの戦闘後は必ずそこに戻されるという話は柑菜から聞いている。

 しかし、そこに着いても柑菜の姿は見えない。私はますます焦りと不安が強くなる。もしかすると学校に戻る途中で何かあったのかもしれない。

 ひたすら慌てていると栗原先生から電話がかかってきた。

 

「話は聞かせてもらったわ。立森さんは今どこにいるの?」

「今龍王宮なんですけど、柑菜が見当たらないんです! 柑菜は無事なんですか!? もし柑菜に何かあったら…!」

 

「立森さん落ち着いて。金城さんならその近くにいるはずだわ」

「そうなんですか…?」

 

「ええ。勇者端末には勇者の居場所を特定できるシステムが備わってるの。それによると金城さんは防波堤の先端に居るはずだわ」

「わかりました! 今すぐ向かいます!」

 

 私は電話を切り、スマホを強く握りしめたまま走り出す。

 言われた通りの場所に到着すると、制服姿の柑菜が仰向けで倒れているのが見えた。

 

「柑菜…!?」

 

 私は慌てて柑菜の顔を覗き込む。

 すると……柑菜の寝顔が目に入った。

 

(すぴー…すぴー…)

 

「え…?」

 

 予想外のことに思わず気の抜けた声が漏れ出てしまう。

 

「うーん…… あれ…すずかちゃん…?」

 

 私の声を聞いた柑菜が目を覚ます。

 私はしゃがみ込み、起き上がろうとする柑菜の肩に手を置いた。

 

「…!?」

 

 力が強かったのか、柑菜の肩がぴくりと動く。

 

「なかなか帰ってこなかったから心配したんだぞ!」

「ご、ごめん…」

 

 柑菜の声は弱々しい。私は勢いだけで喋ってしまい、次の言葉が思いつかずにそのまま黙り込んでしまう。

 それから二人の間に静かな時間が流れ、先にその沈黙を破ったのは柑菜だった。

 

「…すずかちゃんは私をここまで探しにきてくれたの?」

「……ああ」

「ごめんね… ごめん…」

 

 弱々しい声で何度もごめんと口にすると、柑菜はいきなり私の胸に飛び込んできた。私は受け止めきれずに体勢を崩して尻もちをついてしまう。

 

「柑菜…?」

「私、怖かったんだ… 最近一人でいると良くないことばかり考えるようになってた… みんなが居るはずなのに、ずっと一人なんじゃないかって思ってすごく心細かった…」

 

 柑菜は私の胸に額を当てながら涙交じりにそう漏らす。

 柑菜はずっと一人で頑張ってきた。私の前で弱音を吐いたことなんてこれまで一度もなかった。心配させないようずっと心に溜め込んでいたのだろう。それが今ここで爆発したんだ。

 

(そうだよな… どんなに明るい人でも、ずっと無理をしてると笑顔になんてなれないよな…)

 

 私は柑菜の小さな背中に手を回し、柑菜が落ち着くまでしばらくその場に留まった。

 

 

 それから数分ほど経ち、柑菜はようやく落ち着きを取り戻した。

 

「いきなり取り乱しちゃってごめんね…」

「いいのいいの。それより柑菜が無事で本当によかったよ」

「えへへ… ありがとうね、すずかちゃん」

 

 柑菜はゆっくり立ち上がり、私に笑顔を見せる。完全にいつもの柑菜に戻ったようで私はそっと胸を撫で下ろす。

 

「しかしまた学校まで歩くことになるな…」

「お詫びも兼ねて私が学校までおぶってあげるよ!」

「え…?」

 

 調子の戻った柑菜は再び妙なことを言い出した。

 柑菜は勇者に変身し、私に背を向けてしゃがむ。

 

「まさかそれで飛んでいく気か…?」

「もちろん! これなら学校までひとっ飛びだよ!」

 

 そんなの絶対に怖いに決まっている。私が不安そうな目を向けると、柑菜はなぜかドヤ顔を返してくる。

 一瞬断ろうかと考えたが、ここで断るのも気が引ける。

 

「そ、そしたらお願いしようかな…」

「じゃあ行くよー!」

 

 柑菜の背中に掴まると、柑菜は思いきり地面を蹴った。

 

「うわあああぁぁ!!?」

 

 私はあまりのスピードに絶叫する。たったの数秒で地面からはもう数十メートルも離れている。この高さから落ちるとほぼ確実に死んでしまうだろう。私は湧き上がる恐怖を抑え込もうと、目を閉じて必死に歯を食いしばる。

 

「最初は怖いけど慣れると楽しいよ!」

 

 柑菜が何か言っているが、そんなものを聞く余裕はない。

 体が上下左右に揺らされる。体が一瞬でも柑菜から離れてしまえば、そのまま落下してしまうのではないかと思ってしまう。

 私はその一瞬を無くそうと柑菜に抱きつく力が強くなる。顎を柑菜の肩に密着させ、頬と頬とが触れ合った。

 

 柑菜の体温だけを感じるようにしていると、いつの間にか学校の屋上に着地していた。地面に足がつくのを確認すると、私はその場に座り込んだ。

 

「こ、怖かったぁ…」

「すずかちゃんなら平気だと思ってたんだけどなあ…」

「あんなの怖がらない方がおかしいって…」

「確かにちょっと危なかったかな? ごめんごめん」

「全然ちょっとじゃないよ…」

「てへっ」

 

 私はツッコミを入れながら柑菜の顔を見る。

 柑菜はとても楽しそうに笑っている。

 そんな柑菜を見て私は思わず笑みがこぼれた。

 

「よし! じゃあここからは教室まで競争しようよ!」

 

 柑菜はまたまた妙なことを言い出す。

 

「競争する必要はあるのか…?」

「いいからいいから! よーい、どん!」

 

 私は慌てて立ちあがろうとするが、柑菜はそれを待たずに走り出した。

 

(さっきまで泣いてたのに元気だな…)

 

 柑菜は呆れるほど元気で、誰にも負けない眩しい笑顔が魅力の女の子だ。それはどちらも今の私に存在しないもの。

 

 私はそんな柑菜を守りたい。

 ……いや、守るんだ。

 

 今日の出来事を経て心の中でそう誓うと、私は少し遅れて柑菜の後を追いかけた。

 

 

◇---◇---◇

今日ほど心が折れそうになったことはなかった。

無理してるつもりはなかったけど、体は正直だったみたい。

もしもすずかちゃんがいなかったら、私はとっくに壊れていたかもしれない。

 

でもすずかちゃんが側にいてくれるから、私はまだまだまだ頑張れる。

ありがとう、すずかちゃん。

 

--神世紀二四一年十月 金城柑菜

◇---◇---◇

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