金城柑菜は勇者である   作:ソフ

6 / 16
今回から物語が大きく動きます。
物語全体で見ると次回から中盤に突入する感じです。


第四話 私も勇者に

「それじゃあ今日の特訓は終了にしましょうか」

 

 私は今日も金城さんの特訓に付き合っていた。今日は1時間ほどの特訓だ。

 以前まではこの倍の時間をかけていたが、最近は勇者の御役目で負った怪我の治療を優先させるため、特訓時間を減らす方針にしている。

 本当は回数自体を減らすつもりだったのだが、金城さんに回数だけは減らさないでほしいと言われているのでこれはあくまでも妥協案だ。

 

「お弁当とお茶を用意するから待っててね」

 私はいつも通り鞄からお弁当を取り出す。

 

(金城さんが回数に拘るのはこれが理由なのかしら…)

 

 金城さんは特訓回数のことは気にするが、特訓時間については何も言わない。私はそのことにずっと違和感があった。

 特訓の日は欠かさずお弁当が用意される。もしもそれが理由なのだとしたら、その違和感に説明がつく。

 

「ありがとうございます!」

 

 金城さんは笑顔でお弁当を受け取る。

 純粋無垢な笑顔でお礼を言われる度、私はどんな表情をすればいいのか分からず困っていた。が、今日の金城さんはどこか雰囲気が違っていた。

 

「それと…」

 金城さんはまだ何か言葉を付け足そうとしている。

「いつもありがとうって伝えておいてください」

 

 その言葉を聞いた瞬間、私は全てを悟った。

 ああ、これはもう完全に気付いている。

 

 

◇◇◇

 

 

 11月になり、年の終わりを少しずつ感じるようになってきた。

 

 そんな中、私は勇者になろうと奔走していた。

 柑菜を守るには自分も勇者になるのが一番手っ取り早くて確実だ。一緒に戦うことで柑菜の肉体的な負担も精神的な負担も減らすことができる。これ以上理にかなった方法は他に存在しないだろう。

 

 初めのうちは勇者に関する情報を集めるため、図書館やネットなどで過去の資料を漁っていた。しかし、肝心の情報はほとんど見つからなかった。勇者など存在していないとすら思えてくるほど何もない。

 その方法では埒が明かないと思った私は次に柑菜から直接話を聞くことにした…が、それでも柑菜はお役目のこと以外はあまり詳しくなく、大した情報は得られなかった。

 

 そして今、私は途方に暮れている。

 

(どうしたものか…)

 私は上の空で授業を受ける。

(やっぱり栗原先生に頼むしかないのかな…)

 

 栗原先生は讃州中学校の教師でもあり、大赦の職員でもある。

 本当はもう少し情報を集めてから聞いた方が何も知らないまま交渉するより上手くいくだろうと思って意図的に避けていたのだが、肝心の情報が得られない以上、あまり悠長にはしてられない。こうしている間にもどんどん時間は流れ、取り返しのつかないことになってしまっては意味がない。

 休み時間になると私は職員室に行き、ダメ元で栗原先生に聞いてみる。

 

「先生、私も勇者になりたいです」

「私にそんな権限はないわ」

 

 栗原先生は一瞬困惑した様子を見せたが、すぐ冷静になってそう返答する。

 

「なら巫女の方と交渉させてください。勇者を見出すのは巫女だと聞いています」

「巫女も神樹様から神託を受けるだけよ。巫女が恣意的に勇者を選ぶことなんてできないわ」

 

 先生はそう言うと、少し間を置いてからもう一度口を開いた。

 

「立森さん。勇者になるのはやめた方がいいわ。神樹様は一人で3か月間耐えられることを見込んで金城さんを勇者に選んでいるの。私たちもそれに合わせて全力でサポートをしてる。最初から無計画で事を進めているわけじゃないのよ。あなたが勇者になろうとする行為はその計画の上で不確定要素にしかならないわ」

 

 柑菜のお役目は3か月間四国をバーテックスの侵攻から守ること。柑菜が勇者になったのが9月の末頃で今が11月の頭なので、柑菜はまだ2か月ほど戦い続ける必要がある。

 果たしてこの1か月間は本当に全て大赦の想定通りだったのだろうか。いくら大赦でも勇者の怪我の程度やメンタルの変化までは事前に織り込めないはずだ。柑菜がどれだけ心身共に傷ついても、それも計画の範囲内だと言い切れるのか。

 

「だから柑菜がどんなに苦しんでても黙って見守ってろということですか」

 

 私は感情が昂り、言い方が少々キツくなってしまった。

 しかしそれでも先生は落ち着いて切り返す。

 

「それはそういうものだと割り切るしかないわね。ただ、見守り方にも色々あるはずよ。あなたはあなたのできる範囲で金城さんの力になってあげて。それが彼女にとっても一番の救いになると思うわ」

 

 私はその言葉を聞いてはっとする。私は飛躍しすぎていた。結局のところ、余計なことはせず、自分の手の届く範囲で力になるしかないのだろう。選ばれなかった人間が勇者になるなんて初めから無理だったんだ。

 私は栗原先生との会話を切り上げ、教室へと戻る。なんとなく柑菜とお喋りでもしてようかと思っていたが、教室に戻っても柑菜の姿は見えず、そのまま次の授業が始まった。

 

(もしかして戦闘でもあったのかな…?)

 

 私は授業を受けながら栗原先生の言葉を反芻する。すると、ついさっきまで納得していたはずの言葉に一つの疑問が浮かんできた。

 

(でも私にできることってなんだろう…?)

 

 勇者にならずに柑菜の力になれる、そんな方法などあるのだろうか。考えても考えても答えが出ない。私は再び上の空で授業を受けていた。

 

 それから30分後のことだった。

 

「立森さん! ちょっといいかしら?、」

 

 授業の終わりかけに栗原先生が慌てて教室に入ってくる。栗原先生は私を廊下に呼び出すと、深刻そうな顔で私に告げる。

 

「今から帰る準備をしてもらえる?」

「何かあったんですか…?」

「さっきあなたのお母さんから電話があったんだけど、あなたのお父さんが事故で病院に運ばれたらしいの」

「えっ…?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、私の頭は真っ白になった。

 

 

 私とお母さんは病棟のロビーでお父さんの手術が終わるのを待っている。

 話によると、お父さんは外での仕事中に電柱の倒壊事故に巻き込まれて意識不明の状態が続いているらしい。

 

 明るい院内とは対照的に暗く重い時間が流れる中、私は最悪を想像して恐怖を感じていた。私の知らないところで大切な人がいなくなるかもしれない恐怖。そしてそれがいつ起こるかわからない恐怖。そんな経験はしたくない。

 

 幸い、お父さんの意識は数時間後に戻った。

 

「心配かけてごめんな」

 病室でお父さんが私の手を握ってくる。

「うん…」

 握り返した私の手は静かな覚悟で震えていた。

 

 結局力を持たない私にできることなんて何もない。勇者の戦いは私の知らないうちに始まり、知らないうちに終わる。何もできないまま後悔するのだけは絶対に嫌だ。そう考えるとやはり私は勇者になるしかない。それが私の答えだ。

 

 

 土曜日になると私は大赦の人間と直接交渉をするため、電車に乗って徳島へと向かった。交渉内容はもちろん私の勇者化についてだ。

 

 私は勇者のことを調べた時に一緒に大赦の情報も集めていた。大赦の所在については一般人には公表されていないが、大赦管轄の土地を調べ、ある程度絞り込むことができた。その中でも徳島県三好市は特に大赦によって管理されている立ち入り禁止の場所が多い。そこまで行けば少なくとも大赦の神官に会える確率は高そうだ。

 

 三好市までやって来ると、いくつもの住所を書き留めたメモを頼りに大赦所有と思われる土地をまわった。

 大赦のことを深追いすると消されてしまうという噂もあったが、そんな眉唾物の情報は気にしない。これは私が勇者になるための最終手段だ。私は立ち入り禁止の場所だろうがお構いなしに足を踏み入れた。

 

「そこで何をしているのですか」

 

 私の侵入に気付いた神官が近づいてくる。やっと見つけた。

 

「私は金城柑菜の友人です。大赦の方に直接お願いしたいことがあってここまで来ました。私も勇者として戦わせてもらえませんか?」

 

 立ち入り禁止の場所に侵入している時点で交渉は難しいだろう。それでもここまでしなければ勇者になるチャンスすら得られない。私は何も言えないまま追い返されるのだけは避けようと、話を相手のペースにされる前に本題をぶつける。

 

「貴方が立森鈴風さんですか。残念ながら貴方の頼みは聞けません」

 

 神官は不気味なほど淡々と喋る。神官の底知れない不気味さに一瞬怯みそうになったが、ここで断られるのは想定済みだ。

 

「柑菜はまだ2か月弱も戦い続けなければならないんですよね。その2か月間を必ず耐えられる確証はあるんですか?」

 

 私は大赦が力不足に感じている点はないか探る。もしそれが見つかれば、そこから次に繋げられるかもしれない。

 

「もちろん我々にはあります。計画は極めて順調に進んでいますよ」

(極めて順調…?)

 

 そんなはずはない。柑菜は私の知らないところで傷ついていた。もしかしたら見せていないだけで、他にも多くの傷を隠しているかもしれない。大赦はそんな心の機微まで把握しているのか。それともそれを承知の上で極めて順調だと言っているのか。

 冷静に交渉するつもりだったが、神官の発言につい怒りを露わにしてしまう。

 

「ふざけないでください! 私は最近になって柑菜がずっと一人で苦しんでいたことを知りました。柑菜は決して誰かに弱みを見せようとしないやつなんです。そんな柑菜が私の目の前で涙を流すほどに追い詰められていたんですよ! 大赦はそんな柑菜の精神状態まで知ってたんですか!? それを知った上で極めて順調だと言うのなら、それは薄情だと思います! そんな方たちが勇者を守れるとは到底思えません!」

 

「落ち着いてください。このすぐ近くには巫女の教育施設があります。あまり大声を出されると施設に迷惑がかかります」

 

 神官は抑揚のない声で喋る。その言葉からは一切の感情を感じられなかった。

 

「お帰りください」

 

 神官は冷たくそう言い放つと、背を向けて立ち去ろうとする。

 

「待ってください! 私はただ柑菜の力になりたいだけなんです! 柑菜を守りたいんです! だからお願いします… どうか私を…私を勇者にしてください…!」

「侵入の件は不問にします。もうここには来ないでくださいね」

 

 私は必死に呼び戻そうとしたが、神官はそのまま去ってしまった。

 結局交渉は失敗に終わった。それもそのはず、私は途中から感情的になりすぎていた。せっかく掴んだチャンスだったのに私は何をやっているんだ。

 私は自分の愚かさを省みながら、実りのないまま踵を返した。

 

 

 帰りのバスに揺られている。窓の外を見るといつの間にか夕日が沈もうとしていた。赤く染まった空と黒く染まりつつある街並みはまるで私の無力さに対する怒りと嘆きのようだ。

 

「ご利用ありがとうございました」

 

 私の前を座っていたおばあちゃんが降車し、乗客は私一人になる。

 

 次で降りよう……

 異変に気づいたのはそう思った直後だった。

 

 バスがなかなか発車しない。外に目をやると、バスを降りたおばあちゃんの動きが止まっている。それどころか辺りを見回すと人も車も全てが停止していた。

 

(あれ? これってまさか…)

 

 柑菜から敵襲の直前には時間が止まると聞いたことがある。

 

(樹海化…!?)

 

 次の瞬間私は眩しい光に飲み込まれた。

 

 

 目を開けると鈴風は樹海の中にいた。

 辺り一面に植物の根っこのようなものが広がっている。

 突然の出来事に理解が追いつかない。

 

 空を見上げるとそこには得体の知れない化け物が大量に浮遊している。きっとあれがバーテックスなのだろう。

 鈴風は初めて見るバーテックスの不気味さに圧倒される。柑菜はあんなのと戦っているのか。

 

(もしかして私も勇者になれるのか…!?)

 

 鈴風は慌ただしく自分のスマホを取り出す。確か柑菜はスマホを使って変身していたはずだ。

 しかし色々触ってみてもそれらしき反応はない。何の変哲もないただのスマホだ。

 

(あれ… 変身できない…)

 

 鈴風は次第に焦りが強くなる。すると、鈴風の気配を感知した星屑が遠くから迫ってきた。

 きっと生身で戦っても勝てないだろう。このままでは確実に殺されてしまう。

 

(まずい…! 今すぐここから逃げないと…!)

 

 鈴風は星屑から背を向けて逃げようとする…が、人間のスピードで逃げ切ることなどできなかった。星屑の突進が直撃し、鈴風は勢いよく吹っ飛ばされる。

 

「ぐぼっ…!?」

 

 樹海の根に叩きつけられ、大量の血を吐く。

 鈴風はそのまま地面に落下した。

 

(体が…動かない……)

 

 星屑はまだ鈴風のことを狙っている。なんとかして星屑の攻撃が届かない根っこの隙間に隠れたかったが、体が思うように動かせない。

 星屑は鈴風に噛みつこうと再び襲いかかる。

 

 私は死を覚悟した……が、

 

「おおおおおおおおおおっ!」

 

 叫び声と共にバーテックスが粉砕される。

 間一髪のところで柑菜が横から助けに入った。

 

「柑…菜…」

「すずかちゃん!? なんでこんなところに!?」

 

 鈴風の目の前に着地した柑菜は口から大量の血を流す鈴風を見て深刻な表情を浮かべる。

 

「バーテックスは私が全部やっつけるから、すずかちゃんはそこでじっとしてて! 絶対、絶対死なないで!」

 

 柑菜はそう口にすると、鈴風に背を向け、バーテックスを怒りと憎しみに満ちた目で睨みつける。

 鈴風は空へと向かっていく柑菜を見たのを最後に意識を失った。

 

 

 目を開けると視界に真っ白な天井が広がる。

 気づけば私は病室のベッドで横になっていた。

 

(私、生きてたんだ…ぅぐ…)

 

 体を動かそうとすると鋭い痛みが走る。

 これはしばらく動けそうにない。

 

(何をやってるんだ…私…)

 

 私は自分の行いを猛省する。交渉と言いながら神官に強くあたっただけだった。柑菜の力になりたいと言いながら結局柑菜に守られただけだった。お父さんに続いて私も大怪我を負ったことで親にも心配をかけただろう。自分に対するやるせなさが体の痛みを上回っていた。

 

 その後、私はしばらく入院することになった。

 

「おはようございます、立森さん。体調の方はどうですか?」

 女医さんが話しかけてくる。

「体の痛みが続いてます」

「疼痛は長引くかもしれません。鎮痛が不十分だとせん妄のリスクにも繋がるので、痛みが激しい場合は無理せず教えてくださいね」

 

 女医さんは私に一瞬微笑みかけると、真面目そうな雰囲気から一転してフランクに話しだす。

 

「あっそうそう! 立森さんに一つ伝言があるの。どうやらこの後、大赦の方が面会に来られるそうですよ」

 

 私はその言葉に驚く。ここに神官がやって来るのだろうか。唐突ではあるが、私からも色々と聞きたいことがあるのでいい機会だ。

 

 それから数時間が経ち、約束の時間になった。

 

 病室の扉が開く。そこから現れたのは私が期待していた大赦の神官…ではなく、私と同じくらいの年頃に見える一人の少女だった。

 

「はじめまして。巫女の花折友奈(はなおりゆうな)です」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。