金城柑菜は勇者である 作:ソフ
立森鈴風、金城柑菜、花折友奈の一文字目を組み合わせると立金花になります。
これも当然三人の名前の由来になっています。
花折さんの交渉で立森さんの勇者化が決まったという話を聞いた時、私は耳を疑った。大赦が子供の要求を簡単に呑むとは思えなかったからだ。
しかし私にはそれを現実にできる、そして現実にしたがる人物に一人だけ心当たりがあった。
そして今、私はその人物と向かい合っている。
「
金城さんは柑菜ちゃんの実の母親である。現在二人は訳あって離れて暮らしているが、それでも娘のことは母親なりに気にかけており、勇者を増やすべきか議論され始めている今なら花折さんに手を貸すのも頷ける。
「ええ、そうよ。立森さんがあの子のことを大事に思ってくれていることは知っている。立森さんならきっとあの子を守ってくれるわ」
金城さんはあっさりと認めた。
「でも柑菜ちゃんはそれをあまり望んでいない様子でしたよ」
私は学校での柑菜ちゃんの様子をそのまま伝える。
「どうして…?」
「恐らく大事なお友達が戦闘に巻き込まれるのが嫌なのでしょう」
まず一番に考えられるのがその可能性だ。事実、以前立森さんがバーテックスの襲撃に巻き込まれて入院していた間、あの子は学校でずっと暗かった。もうあんな経験はしたくないだろう。
しかし、可能性はそれだけではない。
「それともう一つ。金城さん、あなたのことが柑菜ちゃんの負担になっている気がするんです」
「私…?」
「ええ。柑菜ちゃんはあなたが毎回特訓の日に合わせてお弁当を作っていることに気づいていました。あの様子だと恐らく、二人が離れ離れになったわけまで知ってるでしょう」
「柑菜が…? でもどうして…?」
金城さんは驚きをあらわにする。
「私もそこまでは正直……。ですが、そのこともあって柑菜ちゃんはあなたのことを気にかけているんだと思います。自分一人で頑張ればお母さんが報われると、そう思っているのではないでしょうか」
これはただの推測でしかない。しかし、あの子の性格を考えれば十分あり得る話だ。
あの子は優しい心を持っている。大切な人のためなら自分一人で抱え込もうとする、自己犠牲的な優しさだ。実際にあの子は立森さんから自分も勇者になるかもしれないという話を聞かされ、そのことで思い悩んでいた。
そしてそれが原因で今後のお役目に支障をきたす可能性が少しでもあるのなら、私にはそれを事前に止める責任がある。
「……柑菜ちゃんと直接会って話をしませんか?」
「理由はどうあれ、私はあの子を見捨てた最低の母親よ… 今更どんな顔をして会えばいいの? 私があの子にしてやれることなんて、せいぜいこうして遠くからサポートするくらいよ…」
「柑菜ちゃんはあなたが最低の親だとは思ってません。あの子はあなたの手作り弁当を毎回とても楽しみにしてるんです。お弁当を嬉しそうに食べているあの子の姿をあなたにも見せたいくらいですよ」
あの子は中学生にして多くのことを背負い過ぎている。それは勇者に選ばれた以上ある程度仕方のないことではあるが、少なくとも家族の問題に起因する心の負担があるのなら、私が橋渡し役になることで少しは取り除けるかもしれない。
「もう卑屈になるのはやめにしませんか。子供の成長は早いです。10年近く会っていないと、柑菜ちゃんのことはもはや何も知らないのに等しいと思います。その結果、良かれと思ってやったことが却ってあの子の負担になるようでは意味がありません。だからこそ、一度家族で話し合う時間が必要だと思うんです」
私は金城さんの家庭事情はよく知っているので、あまり強く言うことができない。それでも金城さんには心の底から変わってほしいと思っている。
「……わかったわ。あの子も頑張ってるのに、私がいつまでも後ろ向きじゃだめよね。私もいい加減変わるわ。年末年始あたりならなんとか時間を作れそうだから、その時あの子に会いに行ってみるわね」
説得の末、金城さんからようやく自分の子供と向き合う言葉を引き出せた。
◇◇◇
今日は12月14日の土曜日。
寒空の下、私は駅の改札前に立っていた。
「おお〜い! すずかちゃ〜ん!」
遠くから私を呼ぶ声が聞こえる。柑菜だ。
「いつから待ってたの? 寒かったでしょ?」
手袋をしていない私を見て、柑菜は真っ先に心配の言葉をかける。
「今来たばかりだ。寒さは…まあ、大丈夫」
「またまた〜。手も赤くなってるし本当は寒かったんでしょ?」
柑菜は私の嘘をあっさりと見抜き、手袋を嵌めた両手で私の左手を握ってくる。
「どう? あったかいでしょ!」
柑菜はそう言いながら無邪気に笑う。
ちょっと前に口喧嘩をしたばかりなのに相変わらず距離が近い。あの日のことはもう気にしていないのだろうか。
いや、そんなはずはない。だって私が勇者になるという話は変わってないんだ。
(・・・)
・・・つん。私はどう反応すればいいのか分からず、なんとなく冷たい右手で柑菜の頬をつついた。
「ふひゃっ!?」
柑菜の口から変な声が漏れ出る。
「すーずーかーちゃーん!」
「ちゃっと悪戯したくなっちゃったんだ。ごめんごめん」
私はこれまたなんとなくで謝る。柑菜は私の宙ぶらりんな対応にむっと頬を膨らませる。
そんなこんなで時間を潰していると、駅に電車の止まる音が聞こえ、改札から一人の少女が現れた。
「ゆうなちゃん!」
友奈は今日だけ特別に一人で外出することが許されている。そのおかげで、この三人で遊べる日が実現できた。
「カンナ先輩〜!」
友奈は柑菜と目が合うやいなや柑菜に強く抱きついた。
「ずっと…ずっと会いたかった…」
友奈がそう静かに呟くと、友奈の目から一粒の涙がこぼれ落ちた。
「友奈… お前、泣いてるのか…?」
私には友奈がなぜ泣いているのか分からない。それどころか柑菜までもが困惑している。
「そんなに私に会いたかったの…?」
「だって…だって…」
友奈はしばらく柑菜を離さなかった。
◇
「先程は取り乱してすみませんでした…」
落ち着きを取り戻した友奈は頭を下げて謝罪する。
「直接会うのは初めてだったから、きっと感極まったんだよ!」
「……そうなんです」
何故か柑菜が事情を説明し、友奈がそれに相槌を打つ。
「二人はこれまで一度も会ったことがなかったのか?」
「会いたくても大赦が会わせてくれなかったんです。私が勇者の巫女に選ばれてからもやり取りはずっと電話でしてました」
私はてっきりお互いに面識があるとばかり思っていたので少し意外に感じた。
「それが今日に限って会わせてくれたんだから奇跡だよ! 今日はいっぱい楽しもうね!」
柑菜はそう言いながら友奈の手をとる。
「はい!」
友奈は柑菜の笑顔につられて満面の笑みを浮かべる。
「行きたいところがあればどこでも言ってね!」
「そしたら私、うどん屋に行ってみたいです!」
◇
私たちは友奈をオススメのうどん屋に連れてきた。
「これが本場の讃岐うどん…!!」
お盆の上に置かれたうどんとかき揚げを目の前に友奈は興奮している。まだ一口も食べていないのにこの高揚っぷりだ。
「いただきます!」
満を辞してうどんをすする。
「美味しい…」
友奈はあまりの美味しさに天を振り仰ぐ。友奈が巫女だからか、その様子にどこか神聖さを感じる。
「まさかこんなに美味しいとは思いませんでした…! 絶妙な歯ごたえと喉越しに、少し遅れてやってくる小麦の風味とほのかな甘み! 何から何まで最高すぎますよ!!」
友奈はいきなり饒舌に語り出す。
「よ、よかったな…」
初めて会った時のイメージからは遠く離れた友奈の姿に困惑を隠しきれない。しかし満足そうにしているのなら何よりだ。
「それにしても、ゆうなちゃんはうどんとかき揚げは別皿派なんだね!」
柑菜は友奈がうどんとかき揚げを分けていることに触れる。
「え…? 言われてみればそうかもしれません…」
「ほら! やっぱりかき揚げは別皿で食べるのが一番なんだよ!」
柑菜は私に対して勝ち誇った顔を向ける。
「いやいや、それでも私はうどんに乗っける方がいいと思ってる!」
私は柑菜に張り合った。
「い、いきなりどうしたんですか…?」
友奈は突然のことにわけがわからず困惑している。
「昔一緒にうどん屋に来た時に、うどんにかき揚げを乗せるか乗せないかで論争したことがあったんだよ」
柑菜は友奈に事情を説明をする。
「やっぱりかき揚げは、別皿にとっておいてサクサクな状態のまま食べる方が美味しいと思う! ゆうなちゃんもそうだよね?」
柑菜は改めて友奈を別皿派に引き込もうとしている。
「確かにかき揚げと言えばサクサクのイメージが…」
「ちょっと待った!」
私は友奈が完全に丸め込まれる前に反駁する。
「他の天ぷらならそれでもいいさ。でもかき揚げだけは違う。かき揚げは出汁をたっぷり吸わせてホロホロと崩しながら食べるのが一番美味しいんだ。それにかき揚げ単体だと若干むつごいが、うどんに浸して食べることで格段に食べやすくなる!」
私はかき揚げをうどんに乗せる良さを熱く語る。
「確かに天ぷらうどんというメニューがあるくらいですし、その食べ方も王道…」
「ちょっと待ったあ!」
今度は柑菜が待ったをかける。
「わざわざ乗っけなくてもうどんと交互に食べればむつごさはあまり感じないよ! それにかき揚げをうどんに浸しちゃうと、お互いに味が移って一体化しちゃうけど、別々に食べればそれぞれの本来の味を最後まで思う存分堪能できる!」
「味で言うなら、かき揚げをうどんに浸すことで滲み出た油分がうどんに深みを与えるんだ! そしてこの良さは実際に試した者にしかわからない!」
「むむむ…」
議論は平行線を辿っている。
「こうなったらゆうなちゃんに決着をつけてもらおうよ!」
「ああ。望むところだ!」
この時初めて意見が一致した。
「えっ? えっ? ちょっと待ってください…」
友奈は予期せぬ展開に狼狽しながら二人の顔を交互に見つめる。
「ゆうなちゃん!」
「友奈!」
「わ、私は最初はそのまま食べて、途中から浸して食べるのが好きです…」
友奈は双方の顔を立てる無難な回答をした。
◇
うどんを食べた後、私たちはショッピングモールにやってきた。
12月も半ばに差し掛かり、モール内はすっかりクリスマス仕様になっている。
「そういえばもうすぐクリスマスだな」
「大赦のところにもサンタさんはやって来るの?」
柑菜は率直な疑問を投げかける。
「幼い頃は私のところにも来てましたよ」
「そこは私たちと変わらないんだな」
「大赦ではサンタさんもあの仮面をつけているのかな?」
「どうなんでしょう… 私はサンタさんに会ったことがないので…」
「サンタ姿の神官か…」
仮面をつけたままサンタの格好をする神官を想像するとちょっと面白い。
「あっ、あれみて!」
話の途中で突然柑菜が指をさす。指の先にはコスプレをした老若男女の姿があった。その近くの看板には『クリスマスコスプレ会場』と書かれてある。
「衣装は無料で借りられるみたいですよ! ちょっとのぞいてみませんか?」
友奈が看板に大きく書かれた無料貸出という文字に吸い寄せられる。意外にも友奈が乗り気だ。
会場内には小さなサンタ帽から巨大な雪だるまの着ぐるみまで様々な種類の衣装が並べられている。
友奈はそこからトナカイのカチューシャとヒゲ付きのサンタ帽を選んで持ってきた。
「これなんかどうですか! トナカンナ先輩とサンタクロースズカ先輩です!」
友奈は目を輝かせている。まるで柑菜みたいだ。
「サンタクロースズカって… あまり語感が良くないなあ…」
ぶつぶつ言いながらも私は帽子を受け取る。
「じゃあ、ゆうなちゃんは雪奈ちゃんね!」
柑菜の手にはいつの間にか雪だるまのパーカーが握られていた。
「いいですね! 早速着替えてきます!」
◇
「どうでしょうか!」
パーカーを着た友奈が着替えスペースから出てくる。
「おお! すごく可愛いよゆうなちゃん!」
柑菜は大興奮だ。
「頭に乗ったシルクハット風のバケツがいい感じだな」
「スズカ先輩のは… あまり似合ってないですね…」
友奈は感じたことを忌憚なく言う。
「いや、これを選んだのは友奈…」
「ふふっ… やっぱりゆうなちゃんもそう思うよね! 私もずっと笑いそうだったよ! あははは!」
柑菜は私の言葉を遮るように笑い出す。
「そういう柑菜はあまり変わってないな…」
柑菜はカチューシャをつけただけなので見た目にほとんど変化がない。私は見た目の変わらない柑菜に笑われたことが不服だったので、他にいいアイテムがないか探しに行った。
「柑菜、トナカイならこれも必要なんじゃないか?」
再び戻ってきた私は柑菜にトナカイの赤鼻を差し出す。
「なんかでっかくない…?」
赤鼻は『1人1個まで持ち帰り可』と書かれたカゴに入っていた。カゴの中には様々なサイズのものがあったが、私は柑菜に一矢報いたくてその中で一番大きなものを持ってきた。
「これをつけたカンナ先輩も見てみたいです!」
友奈はこっち側につく。
「わ、わかったよ…」
柑菜は仕方なさそうに赤鼻をつけた。
「いい感じじゃないですか! とても可愛いですよ!」
友奈は柑菜のトナカイ姿に目を輝かせている。
「ほんと? えへへ…」
柑菜は友奈に褒められて嬉しそうだ。
(あれ…?)
私はもっと恥ずかしがるのを期待していたが、期待通りの展開にはならなかった。
◇
「あれ? この赤鼻って1人1個もらえるんだね」
そろそろ引き上げようとしていると、柑菜が赤鼻のカゴに気づく。
「そうなんですか!? 私もつけたいです!」
柑菜の言葉を聞くとすぐに友奈が食いついた。
「だったら三人お揃いにしない? ねっ、すずかちゃん!」
「えっ…私は…」
私はやんわり断ろうとしたが、二人が澄んだ瞳で私を見つめてくる。
「……つ、つけます…」
「すずかちゃんがさらに面白いことにっ…!」
「くっ…」
結局最後まで私が恥ずかしい思いをしただけだ。
「あのー、せっかくだし三人で写真を撮りませんか?」
友奈はそう提案し、鞄からスマホを取り出した。
「いいね! こんなすずかちゃんはなかなか見られないし、ちゃんと写真に残しとかないとね!」
柑菜は真っ先に友奈の提案に乗る。
「まあ、いいけど…」
友奈はスマホの自撮り機能を使って三人にカメラを向ける。
「何そのポーズ」
柑菜は両手で猫の手を作っている。
「トナカイだよ!」
「トナカイってそんな猫っぽいか…?」
「すずかちゃんもサンタのポーズをとってみてよ!」
「え…? サンタのポーズって…こうか…?」
私は威厳のある感じであごひげを撫でる。
「なんか偉い学者さんみたい」
柑菜には不評だった。
「それじゃあ撮りますよ〜! はいチーズ!」
◇
楽しい一日はあっという間に過ぎ、私たちは柑菜の家の目の前まで帰ってきた。
「今日は本当にありがとうございました。これまで大赦の外の世界にはあまり触れてこなかったので、色々と新鮮で楽しかったです」
友奈は一日を振り返りながらしんみりと話す。
「私も三人で遊べてすごく楽しかった! 許可をくれた大赦の人には感謝してもしきれないよ!」
「ちょうど口実があったので…」
友奈はそう言って私を見つめてくる。私はそのアイコンタクトで友奈から大事な話があると事前に聞かされていたことを思い出した。詳細は聞いていないが、まず間違いなく私の勇者化の話だろう。
『お願いやめて! すずかちゃんは勇者にならないで!』
友奈の話について予想を立てていると、ふと柑菜の言葉が頭をよぎった。
今は私が勇者になるのを受け入れてくれているが、あの日の叫びも本心に思えて仕方がない。
今の正直な思いが気になり、私は柑菜を一瞥する。私の視線に気づいた柑菜は私の目を見てにこりと笑った。
(・・・)
「この後は一人ずつ、私と二人だけで話をさせてください。先にスズカ先輩とお話して、その後カンナ先輩の自宅にお邪魔しますね」
「…ああ。わかった」
「じゃあ二人が話してる間、私はお茶でも入れて待ってるね!」
柑菜はそう言いながら玄関口へと向かう。
「…じゃあすずかちゃんとはここでお別れだね」
ドアノブに手が触れると、柑菜はどこか寂しそうに振り返る。よほど今日が楽しかったのだろうと思うと私も急に寂しさを感じた。
「そうだな。じゃあまた月曜、学校でな」
私は柑菜に小さく手を振る。そのぎこちない手の動きには溢れんばかりの複雑な感情が現れていた。
「うんっ、またね!」
柑菜は元気よく別れの言葉を口にし、家の中へと入っていった。
「…それじゃあ私たちは場所を変えましょうか」
「ああ、そうだな」
玄関のドアが完全に閉じるのを確認すると、私たちは琴弾公園へと足を運んだ。