金城柑菜は勇者である   作:ソフ

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今回の前書きでは金城柑菜の苗字について掘り下げます。
金城という苗字は沖縄県にルーツがあるそうです。
沖縄では"きんじょう"と読む方が多いのだとか…


第七話 必ず来る幸福(後編)

 私はスズカ先輩と琴弾公園にやってきた。

 ここまで移動したのはひとえに勇者について二人だけで話をするためだ。

 

「勇者の件ですが、スズカ先輩は遅くとも今月中には勇者になれるそうですよ」

 私たちは公園のベンチに座り、大赦で聞かされたことをそのままスズカ先輩に伝える。

「本当か!? 思ったより動きが早くて助かるよ」

「実は先代勇者様の端末を再利用することになったんです。早く実現できたのはそれが理由かと」

 私は以前、カンナ先輩に頼まれて先代勇者様の遺物を保管する倉庫に侵入したことがある。その時、過去に使われた勇者端末も見ている。きっとあれを再利用したのだろう。

 

「再利用…?」

「ええ。今回再利用することになったのは、乃木若葉という西暦時代の勇者様の端末です」

「乃木!? それってあの乃木様のことだよな!? そんな貴重なものがなんで私なんかに…?」

 スズカ先輩は恐縮している。それもそのはず、乃木様は大赦の最高権力者である。そんな御方のご先祖様の勇者端末をよその人間に託すなど本来あり得ない話だ。

 

「どういう経緯でそうなったのかは私にもわかりません。ただ、先代勇者様の端末を継承するとなるとそれなりの儀式が必要らしく、スズカ先輩にはその説明のために明日大赦まで来てもらいたいそうです」

「明日ってまたずいぶん急だな…」

「急な連絡になってしまってすみません。厳しいようなら別日に変更することもできるみたいですよ」

 本当はもう少し後の予定だったのだが、昨晩突然予定が前倒しになったという連絡が入った。あまりに唐突だったので詳しい事情は聞きそびれたが何かあったのだろうか。

 

「いや、明日行くよ。あくまでもこっちが我儘を言ってる立場だ。それに一日でも早く勇者になるには悠長にしている暇はないからな」

 スズカ先輩はそう言って大赦の頼みを快諾した。

 

 

「あとは柑菜がどう思っているかだな…」

 話したかったことを一通り話し終えると、今度はスズカ先輩が喋り出した。

「何かあったんですか…?」

 

「実はこの前柑菜に私が勇者になることを伝えたんだけど、柑菜はそれを嫌がったんだ。それで少し言い合いになってしまって…」

「そ、そんなことが…」

 その話は初耳だ。私がカンナ先輩に勇者化のことを伝えた時は普通に受け入れていたし、スズカ先輩と言い合いになったとも聞いていない。

 

「今は肯定的だけど、私はどうしても無理してるんじゃないかと思って仕方なかった。だから改めて柑菜がどう思っているのか聞きたかった。聞いて今度こそはっきりさせたかった。だけど、また言い合いになったらと思うと聞くに聞けなくて…」

「スズカ先輩…」

 弱々しい声で喋るスズカ先輩に心配の言葉が口を衝いて出る。

 

「今は結局、一日でも早く勇者になって私は大丈夫だと示すのがベストだと思うんだ。それまでは私もいつものように接したい」

 スズカ先輩はそう言いながら、すっかり薄闇に包まれた空を仰ぐ。

 

「……友奈。今日の私は自然体だったか…? 柑菜の前でちゃんと笑えていたか…?」

 スズカ先輩は突然私に質問を投げかける。

「え…? 特に気になることはありませんでしたが…」

「そうか…ならいいんだ」

「・・・?」

 

「さ、柑菜が待ってるだろうからそろそろ切り上げようか」

 スズカ先輩はそう言いながらベンチから立ち上がる。

「私の話まで聞いてくれてありがとう」

「私こそ今日はありがとうございました。また明日、大赦で待ってます」

 

 

 その後スズカ先輩と別れ、私はそのままカンナ先輩の家へと向かう。

 

(カンナ先輩と二人だけでお話かあ…)

 電話では最近何度も言葉を交わしているが、直接二人だけで会って話をするのはいつぶりだろうか。

 

(昔はよく二人で遊んでたよね…)

 私は二人で遊んでいた日々のことを思い返す。幼い頃の記憶なので断片的にしか覚えていないが、それでも楽しかったという記憶は今でも残っている。

 

(・・・)

 楽しかった記憶を思い返していると、それを許さないかのように嫌な記憶が私の脳内を一瞬で黒く染め上げた。

 それは私の"罪"とも言える、一生消えることのない記憶だ。

 

 

◇◇◇

 

 

 金城(きんじょう)家の先祖は7・30天災発生時に沖縄から四国へと逃れてきた避難民である。

 

 当時、避難民は『天恐』── 天空恐怖症候群と呼ばれるPTSDを発症するケースが多かった。天恐は星屑に襲われたトラウマに起因する心理的な病だったが、空を恐れるという奇妙な特性から「バーテックスの呪いだ」「天恐は伝染する」などといった風評が瞬く間に広がり、天恐の発症率が高い避難民を排斥しようとする運動が各地で活発になっていた。

 

 そんな状況を変えようと、神世紀初頭に上里ひなたは金城家を含む一部の避難民を大赦の人間として迎え入れ、避難民同士で共有されている情報網と大赦の権力をフル活用して激化する排斥運動の鎮静化を図った。

 その際に活躍したのが金城家である。その功績が認められた結果、その見返りとして大赦からそれ相応地位が与えられた。

 大赦は世襲制に近い組織なので、よほどの失態がない限りその地位が揺らぐことはない。その後の金城家はずっと無難に振る舞い続け、その地位を百年単位で保ち続けてきた。

 

 そして時は流れ、神世紀227年。

 金城家に金城柑菜(きんじょうかんな)が産まれた。

 

 柑菜の母親は優しく大人しい性格で、子供のことを何よりも大切に思っていた。一方、父親は昔から身分を気にする出世欲の強い人間だったが、子供には身分相応に育ってくれれば満足といった具合だった。

 大赦内ではよくある一般的な家庭。特に何事もなく金城家の地位は保たれ続けていく。大赦内の誰もがそう思っていた。

 …しかし、そうはならなかった。

 

 その約一年後、花折家に花折友奈が産まれた。

 友奈は後に高嶋友奈の"因子"を持っていることが判明し、大赦内に衝撃が走った。因子持ちなので、教育次第でかつての英雄高嶋友奈のような世界を救う存在になるかもしれない。しかも、大赦で産まれた子供なので、大赦の思うがままに育てることができる。

 花折家はこれまで全くといっていいほど存在感のない家系だったが、因子持ちの子を産んだという功績だけで、大赦内で一気に力を持つことになった。

 

 その過程を見ていた柑菜の父はそれをひどく憎んだ。

 これまで何もなかった花折家に歴史ある金城家の地位が脅かされつつあることに対する焦燥感から、まるで人が変わったかのように自分の娘を大赦一の巫女に育て上げようと躍起になった。

 嫌がる柑菜に無理やり厳しい修行をさせようとした。父親が熱心になるにつれ、母親との溝が深まっていく。

 

 その頃の柑菜と友奈はとても仲が良く、いつも一緒に遊んでいた。

 しかし、柑菜の父は当然そのことに対していい顔をしない。二人を引き離そうと強引に柑菜の手を引っ張ることもあれば、怒号を飛ばして柑菜を泣かせることもあった。

 その様子を見兼ねた母が父を止めようとするが、柑菜の父は止まらない。ついには母と子に手を出すまでエスカレートしてしまった。

 

 身の危険を感じた母親は父と離婚し、親権は母が持つことになった。それでも父親は柑菜のことを諦めきれず、執拗に柑菜を我がものにしようと画策する。母親は柑菜に危害が及ぶことを恐れ、遂には柑菜を大赦の手の届かない一般人に引き渡した。

 

 その顛末を見ていたのが友奈だった。

(神樹様…どうかカンナおねえちゃんをお守りください…)

 神樹様は人々を幸せに導く存在だと、友奈は生まれた頃からそう教えられてきた。これ以上柑菜の泣く姿を見たくないと思った友奈は神樹様に心の底から助けを乞う。

 

 しかし、それが想定外の事態を招くことになる。

 

 しばらくすると、柑菜の父に突然異変が起こり、家族に関する記憶が全て消えてしまった。

 友奈は幼いながらに自分の願いが悪い形で神樹様に届いたのだと悟った。友奈は自分の願いが招いた事態に恐怖を感じずにはいられなかった。

 その後、柑菜の父はいつの間にか友奈と柑菜の母の前から姿を消していた。

 

 

◇◇◇

 

 

 過去のあれこれを思い返しているうちに、私はカンナ先輩の自宅に到着した。

 玄関前に立ち、インターホンを鳴らすとすぐにカンナ先輩が出迎えてくれた。

「待ってたよ! 入って入って!」

 

 家の中は暖房が効いていて暖かい。

「こたつもあっためておいたから、ここで話そ!」

 こたつの上にはお茶とみかんが用意されている。

「ありがとうございます」

 私はカンナ先輩と向かい合うように座った。 

 

「すずかちゃんとは勇者の話をしてたんだよね?」

 こたつに入ると真っ先にカンナ先輩が口を開く。

 スズカ先輩と話した内容は共有していなかったが、それでもカンナ先輩には悟られているようだ。

 

「はい。…カンナ先輩は勇者化のことを私が伝えるよりも先に聞いていたんですね。その時スズカ先輩と言い合いになっていたことも聞きました」

 私はスズカ先輩から聞いたことを正直に話す。

「……もし嫌でなければ、その時の話を聞かせてもらえませんか?」

 本当は楽しくお喋りがしたかったのだが、今は勇者化についてカンナ先輩の本音が知りたい。

 

「……あの時は自分よりも先にすずかちゃんのことを考えちゃったんだ。すずかちゃんもそのお父さんも私のせいでひどい目に遭ったばかりだったし、私の家族だって私のせいでずっと苦労してきた。だから、また私のせいで誰かに辛い思いをさせることになると思うと怖かったんだ」

 カンナ先輩は当時の心境を赤裸々に語る。

 

「私はね、私一人で頑張ればすずかちゃんたちを巻き込まなくて済むって、私一人で頑張ればお母さんもお父さんも大赦からもっと認められるって、ずっとそう思ってた。私はそうやって無理をしすぎて周りが見えなくなってたんだ。だから私はあの時すずかちゃんにああ言ってしまったんだと思う。本当は一人じゃ心細かった。私を助けてほしかった。だから、すずかちゃんが本気で私を守りたいって言ってくれた時はとても心強かった。それなのに私はそんな自分の正直な気持ちに蓋をして逃げてしまったんだ…」

 

 カンナ先輩は一呼吸入れてからもう一度口を開く。

「……でもようやく気づいたよ。それじゃあいけないんだって。すずかちゃんに、ゆうなちゃんに、栗原先生に、私のお母さんたち。みんな私のことを大切に思ってくれている。私はそんなみんなの気持ちに正しく向き合わないといけないんだって。だから、今はすずかちゃんが勇者になって私と一緒に戦える日を楽しみにしてるよ。もう無理はしない。これが私の本音だよ」

 

 全てを吐き出したカンナ先輩は穏やかな表情をしている。

 

「ねぇ、ゆうなちゃん」

 

「…はい?」

 

「私って幸せ者だね」

 

 カンナ先輩そう言って優しい笑みを浮かべる。

 

 お互いに離れ離れになって以来、私はずっとカンナ先輩のことを気にしていた。

 私は自分の存在が許せなかった。私がいなければカンナ先輩は大赦で普通に暮らせていたんじゃないかと思っていた。私の存在がカンナ先輩を不幸にしてしまったのだと思っていた。

 でもそんなカンナ先輩は今、私の目の前で幸せそうに笑っている。

 

「カンナおねえちゃん…」

 私は思わず昔の呼び方をしてしまう。

「それ、私と初めて電話をした時にも言ってたよね」

 カンナ先輩は不思議そうに私を見つめる。

 事実私はその時もカンナ先輩をそう呼んだ。私のことを覚えてると思っていたからだ。でも実際は違った。カンナ先輩は私の呼び方に困惑した。その瞬間、私はカンナ先輩のお父さんと同じで記憶を失っているのだと悟った。だからそれ以降は『カンナ先輩』と呼ぶことにしたんだ。

 

「おねえちゃんと呼んだ方が親しみやすいかと思いまして…」

 私は適当に誤魔化す。

「まあ実際私はお姉ちゃんみたいなもんだしね! もし今からでもそう呼びたかったら、いつでも改めてくれていいよ!」

 カンナ先輩はまるでそう呼ばれたがってるかのような反応を見せる。

 

「じゃあ今日だけ……カンナおねえちゃん」

 私はカンナ先輩の言葉に甘える。

「えへへ…」

 カンナ先輩は嬉しそうに笑うと、こたつに潜って私の隣から顔を覗かせる。

「そしたら私も妹ちゃんって呼ぼうかな!」

「妹ちゃん…?」

 私はこれまで一度もそう呼ばれたことがなかったので少し困惑してしまう。

 

「今日だけだから! それじゃあ、妹ちゃん! このまま一緒にこたつでぬくぬくしよーよ!」

 ノリノリのカンナ先輩を見て、カンナ先輩の方が妹みたいに感じたが、口には出さなかった。

「うん、おねえちゃん」

 

 

 それからしばらく他愛もない会話をし、気づけば帰らなければならない時間になっていた。

 

「すずかちゃんはあの時のことを今も気にしてるのかな」

 カンナ先輩は帰り際にスズカ先輩のことを聞いてくる。

「さっき二人で話した時はかなり気にしてましたよ」

「やっぱりそうだよね…。私の正直な気持ち、今度ちゃんと伝えないと…」

 一瞬スズカ先輩には私の方から話そうかとも考えたが、カンナ先輩の真剣な表情を見てそれは野暮かと思い直した。

 

「それじゃあまたね!」

「はい。またお会いしましょう」

 またカンナ先輩に会える日を楽しみにしながら私は大赦へと帰っていった。

 

 

◇◇◇

 

 

 12月15日の日曜日。

 私は友奈に言われた場所で待っている。

 

 しばらくすると、私の目の前に神官の乗った車が止まった。

「立森鈴風さんですね。ここからは車で移動するので早速ご乗車になってください」

 

 私は神官の指示に従い、車の後部座席に座る。

 今日は勇者端末継承の儀式について事前の説明がある。私が勇者になるのはもう少し先だろうが、勇者になる日がすぐそこまで近づいてきたことを実感する。

 

(もうすぐだ…もうすぐ私も勇者になって柑菜を守ることができる…… ありがとう、友奈…)

 

 私と柑菜と友奈。

 三人で協力すれば、きっと全てがうまくいく。

 この時の私は強くそう信じていた。

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