…ん。
こ、れ…は…。
暖かい…。
…思い出した。たしか、軌跡魔術の副作用で…俺たちは…。
悪いな、アカ。あんなことになるとは、知らなかった…。
『グルル…。』
…クロ?クロがやってるのか?
活力が湧いてくるような…この暖かさを。
『グオ。』
…ああ。
そうだな。目を…開けなくちゃな。
『グル。』
おう。
黒のガブリエールは、その力を制御できていなかった。
十分な知能がなかったからである。
しかし、マーローと脳を共有し、人間の知能を得ることに成功した。
大気中に広がる黒い鱗粉が───彼の手のひらに集まる。
「ありがとう…みんな。」
鱗粉がマーローの体を覆い尽くす。
「此処まで辿り着けて…よかった。」
カースも、マディも。
そこにいる者は絶句していた。
アシュラが飛び起きて、マーローへと駆け寄る。
「マーロー…?お前、マーローか!?」
マーローの身体は、300のガブリエールの鱗粉を吸い、巨大なガブリエールへと変貌していく…。
その大きさは、通常のガブリエールの4倍ほどであった。
「話してる時間はないんだ。すまないな。」
そういうと、巨大なガブリエールと化したマーローは空へ飛び、300体のガブリエールへと攻撃を仕掛けた。
黒のガブリエールの能力の真髄は、鱗粉の操作にある。
鱗粉を巨大な剣として、300のガブリエールを一度に切断など、容易い事であった。
ブレスを幾度となく食らうが、巨体の厚みは炎を通さない。
逃げようとするガブリエールへは、鱗粉で作られた槍が追尾し、その体へと突き刺さる。
その様子は虐殺と変わらない。
「…すまない。」
黒のガブリエールは飛ぶ。
ガブリエールの掃討の次に行ったのは、人間の蘇生だった。
ガブリエールの鱗粉は人の細胞の代替となり、人々の皮膚を、肉体を再生する…。
「…ぐ、お、俺は…。」
「ラインハルトさん!起きたんですね!」
「っかしーな…俺はライネ共々焼かれちまったと思ったんだが…。」
人々がガブリエールの鱗粉によって再生していく。
それを横目にして、マーローはゼル大聖堂へと向かう。
───
「…黒のガブリエールの力。想像以上だな。まさか、全ての鱗粉を操る力をこのように使うとは…。」
マルドクは計画の失敗を感じた。
黒のガブリエールが此処までのイレギュラーだとは想定していない。
そしてマルドクは、自分を情けなく思った。
娘を天使にできず、妻を取り戻すこともできず、ただ徒に人を殺しただけだ。
「…枢機卿。」
【天使の教団】の教団員たちも、心配する。平和になってしまったら、自分たちはどうすればいいのか…。
自分たちは殺されて然るべきだと、皆が覚悟していた。
「なにボサっとしてんのよ。あんたら。」
アストラが猛々しく言う。
「あんたたちは終わってないわ。まだ私がいるでしょ?」
「…アストラ…。」
「命令よ。」
天使の教団の教団員全員が、アストラの言葉に耳を傾けた。
「私と共に、世界を壊す手伝いをなさい。」
「世界を…壊す?」
「ええ。ガナ公国の民は皆殺し。此処にいるみんなだけで此処を支配して…天使達の国を作るの。」
アストラは6体の羽をはためかせた。
「ガナ公国が始まった時のように…ね?」
…場に静寂が訪れる。
しかし、マルドクが大笑いした。
「ハッハッハッハッハッ!クク…。我々を天使と、そう言うのか?」
「ええ、羽が生えてるでしょ?間違いないわ。」
亜人達の国を滅ぼし、天使達の国を始める。
酔狂な発言だったが、天使であるヒュペローは力を使い果たすと自身で言っているし、あの黒きガブリエールに勝てれば国民の皆殺しも不可能な話ではなかった。
それはまさに、闇の中の希望であった。
「…キメラ兵は何人だ。」
「総勢49名です!」
「私も入れて50名だな。50使徒と名乗るとしよう。行くぞ。」
「そうこなくっちゃ、お父様♪」
「…今更だが、お父様はやめろ。アストラは、やはりお前じゃない…。」
終わりを迎えるために、【天使の教団】は歩き出す。
その歩みは、自害と何も変わらない。
───
ゼル大聖堂の上空で、睨み合うマーローとアストラ…いや、ピカ。
「時間もない。決めさせてもらう。」
「アカより強いの?あなたが。」
ピカは語る。
「アカは私に打ち勝ったわ。殺される一歩手前まで追い詰められた。」
首の傷跡を指先で撫でた。
だが、マーローは意にも返さず…鱗粉を地上へと降り注ぐ。
「…兄さん。いや…ダルム。起きて。」
鱗粉が燃える。
炎が黒を浄化する。
灰として白く染める。
「…隠し玉?」
「僕に本来できた事だ。」
みしり。
みしり。
地を踏み鳴らす怪物の産声が聞こえる。
赤い龍が咆哮した。
「僕と兄さんは一心同体…。いくらバラバラになろうと…例え0からだって復元する事ができる。」
これは単純に、クロが持つ鱗粉の中にアカのDNAを持った鱗粉があると言う事だ。
アカはいくら死のうと、これによって擬似的に生き返る事ができる。
今回は体が焼け焦げながらも残っていたので、そちらを修復した。
「終わらせるよ。兄さん。」
「やってみなさい。…全力を持って、打ち勝って見せるわ。」
ピカは全身から熱放射を行う。
戦いの火蓋が切られた…!
「逃げられるかしらぁ!」
ピカがマーローに突進する。
今のピカは小さな恒星と言っても過言でない熱量を保有しており、それは、近くに寄られただけでもマーローの皮膚が発火するほどだ。
「兄さん!」
「───グルオオオオオオオオオッッ!!」
耳を劈く咆哮!
赤のガブリエールがピカへと殴りかかる!
「…!くっ!燃えない!?」
鱗粉がアカへの熱放射を防いでいた。
これでは肉弾戦に持ち込まれてしまう…!
「アストラ!熱放射を解け!」
「お父様!?」
アストラが熱放射を止めると、マルドク率いるガブリエールのキメラ兵が赤のガブリエールの前に立ち塞がる。
「此処は任せろ!アストラ!あの黒いガブリエールの元へ!」
「わかった!」
「行くぞ皆の者───【軌跡魔術】!」
マルドク達【天使の教団】のキメラ兵は全員が【軌跡魔術】を修めている。
そのため…一瞬で凄まじい速度へと加速し、連携によって赤のガブリエールの身体を軽々と5等分した。
「やった!」
「油断するな!手応えがない!」
「───勘がいいな。」
「!?」
マルドクの背後を取っていたのは、ダルム・リング。
ダルムの炎の槍と、マルドクのガブリエールの爪が超高速度の攻防を繰り広げる…!
「何故貴様が生きている!」
「ご老体、壮健そうで何より…。今はクロのサポートがある。多少の損耗はすぐ回復するのさ。」
「…ぐ…!」
ダルムの加速のスピードが一段上がった。
人間形態は、ガブリエール形態より細胞の数が少ないので、軌跡魔術を行使した際のデメリットが軽減される。
「何故俺をキメラにした。」
「イブヨ・トロンの置き土産と名乗っただろう、貴様は…!」
「俺はただの一般兵だ!職歴を正直に答えるのがおかしいか!!」
「卑怯な奴だ。貴様のせいで…妻に逃げられる!」
「妻だと!?」
さらにそこにクロのサポートが入った事で、ダルム・リングは異次元のスピードを長時間維持できるのであった。
「貴様さえいなければ…ぐはッ!?」
「命を奪った報いを受けてもらおう。…これで落とし前だ。」
マルドクは、斬られた。
(薪は私だったか…ダルム・リング…!)
それをきっかけにして、バタバタと他の【天使の教団】団員もダルムに殺されていく。
唯一ダルムの速度にギリギリまでついていけたのが、マルドクであったがために。
(…アストラ…すまない…。)
一方、ピカはマーローへと狙いを定め、突進する。
「随分と消極的じゃない!」
熱放射も改めて行い、マーローの鎧とも言える鱗粉を焼き尽くしていく…!
マーローは躱すばかりであった。
「僕と君では相性が悪い。」
「そうねぇ!」
ピカの炎は、ガブリエールの可燃性の鱗粉を燃やし尽くす事ができる。
「───とでも、言うと思ったか?」
だが、その上で、勝算はある!
「これでアンタと俺はタイマンだ。獣化の術───!」
ワイルドカードを切った。
獣化の術は基礎能力が高くなれば高くなるほどその恩恵を受けにくくなるが…今回は2倍ほどの力を得ることに成功する。
「せぇりゃあッ!!」
黒霧の剣。
ガブリエールの鱗粉を集めて剣とした物。
黒色の長剣を用いて、一瞬にしてピカを切り裂く。
「…!?うッ…!?うわァァァァ!!」
上半身と下半身が泣き別れとなり、ピカは困惑する。
自身が生命の危機にあることを感じた彼女は、一段階その力を解放する。
まさに太陽のような光を放つピカ。
今までの3倍の半径を持つ、人核恒星の誕生である。
燃え盛る球体だ。
太陽が黒に迫る。
「兄さん───いや、ダルム!決めろおおおおお!!」
マーローの体が崩れる。
全ての鱗粉をダルム・リングを熱から守るためのコーティングとする。
「ダルム…!?お父様がやられた!?」
軌跡魔術…赤い星!
炎星を砕かんと道を征く…!
「叩っ切るッ!」
ガブリエールの爪が、ピカへと届く!
「…ありえない!ありえない!」
半径1kmの炎球の核を───。
「うぉらァァァァァァッ!!」
咆哮と共に、くり抜いた!
「が…はっ!?」
「ガブリエール…!お前は一人だ…!」
爪に貫かれ、熱を失う体。
「アストラを返せッ!」
血が抜ける。
「…ふふ。」
初めての敗北であった。
輝けるガブリエールにとっては。
「…ふふふ。私とアストラは、一心同体よ。ダルム。」
アストラ・ラハーラは、人生で幾度となく敗北してきた。
故に、力に溺れたのだ。
力無き者だった自分が…力を得る。
夢が叶ったかのような状況であったのだ。
「私は、出来ることならみんな生きて欲しかった。けど、お父様達を皆殺しにしたくなかった。」
輝けるガブリエールのキメラの行動は、どれも一貫して防衛の物だった。
人々を虐殺したわけではなく、ただただ、ダルムを抑えていただけだったのだ。
「マーローは殺したのにか。」
「…揺れていたのよ。人間としておかしい?あなたがしつこかったから、民衆を殺す意志を見せれば、止まると思っただけ…。」
「…。」
「めちゃくちゃね。ごめん。私、アストラじゃないかもしれないわ。」
この事件は、アストラが保管されていたガブリエール500体を殺害して仕舞えば、未然に済むことであった。
「…何故マルドクは、ガブリエールを実の娘に殺させると言うパフォーマンスを行おうと思ったんだ?」
「簡単よ。【天使の教団】の立場は悪いの。少数派だしね。そして、【海の教団】は本当の天使が誰なのかを見極める術を持ってる…。天使に近ければ近いほど、獣化の術はその力を増すから…。」
「…たいしたことじゃないだろ。」
「たいしたことなのよ。」
「くだらないな。」
その言葉を聞いて、アストラは笑った。
「ふふ…くだらないわね。私がやったことも、お父様を止められなかった理由も…。…ねぇ、ダルム?私…お母様と一緒に過ごしたくて…ね。…それだけ…。」
それきり、アストラの身体は力を失った。
心臓をくり抜いたのだ。
此処まで話せていたのがむしろ、驚異的だったのだ。
黒い一陣の風が吹き抜ける。
夜明け。
それを見ながら…マルドク・ラハーラは緩やかに死んでいく。
何かできる体力は残っていないが、まだ死んでいないだけであった。
「…やっと、来たか…。待ちくたびれたぞ…。」
目の前には、天使がいた。
涙を流している。
「こんなことをする必要が、どこにあったんですか!?」
「…くだらないな。そうさ。こんなこと、やってはいけなかった…。」
マルドクは目を細める。
「わかっていたなら…何故…。」
「ガブリエールがどこから此処に来たか、知っているか。」
「…マクワインではないのですか?」
ヒュペローはガナ公国全体を見ることができるが、そこ以外の地域は見ることはできない。
「ソーサリー…だよ。西国ソーサリー…。そこにいる者から、唆された…。
「…何を…?」
「この国の終焉だ。天使の力が尽きたこの国は、未曾有の悪意によって滅ぼされる…。なんの根拠もない妄言だ。でも、天使を維持すると言うのは、私の目的と合致していた。」
「…。」
ヒュペローの身体は消えかけていた。
「タイガナーン霊峰の力を全て使ってしまったようだな…。天使の力は消える。この国から…。」
「…マルドク…。」
「仕方がないことなのだろう?…すまない。お前に無用の涙を流させた…。許してくれ…。」
枢機卿、マルドク・ラハーラ。
ここに死す。
───
マーロー・トロンは死んだ。
体の全てを盾にして俺を守り…【天使の教団】のキメラ兵を倒すために奮闘した。
ダルム・リングは皆にそう伝えた。
ラインハルトは泣き出し、マディも、マルツドも、ライネも…また、【海の教団】の者達も皆、英雄の死に悲しんだ。
「…すまない…。」
「ダルム…お前だけでも帰ってきてよかった…。」
と、マルツドが言うが、本音としては不信感が隠せなかった、
ダルムは彼らに取っては、友人と言えど、今までどこで何をしていたかもわからない者であったのだ。
だが、その時突如…アシュラが咳き込んだ。
「ガホッ!?ゲホッ!?」
「アシュラ!?どうした!…ゲホッ!?」
「ゲホッ!ゲホッ!」
それをきっかけにして、ダルムも含めた皆が咳き込み始める。
「ゴホッ、ゴホッ!」
黒い鱗粉が、皆の口から出ていく。
国民達の肺から…鱗粉が一箇所に集まっていく。
「ゲホッ…ま、マーロー!?」
マディが叫んだ。
そこにいたのは…マーローであった。
「マーロー!お前、生きてたのか!」
「ああ。クロのお陰さ。」
「クロ…?」
「俺に混ざったガブリエール…ああ、俺今、キメラになってんのよ。」
「ええーっ!?」
マーローにくっつこうとするマルツド。
それを引き止めるマディ。
遠目に見ながら微笑み。笑うライネとダルム。
ヴァラ砦を抜け…さまざまな出会いと別れを越えて、ついに5人は揃い…彼らの日常は、帰ってきた。
…そして、ガナ公国の復興が始まったのであった。