新しき世界
初夏のこの時期にしては暑い陽射しを全身に浴び、長い航海などなかったかのように純白の船体を陽光に輝かせる大型客船、その最上甲板で薄いグレーの夏用制服を着た青年が客船を囲む小型船を楽しげに眺めていた。その彼の肩の階級章は日本情報軍の少尉であることを示している。
日本情報軍…最後の戦争の後、改称された旧陸、海、空自衛隊とは起源を異にする組織のとある部隊に彼は籍を置いていた。
「守るっも〜攻むるっも〜黒鉄の〜鋼のしーろの…」
「
後ろから、160年ほど昔の歌を口ずさむ彼に声を掛けたのは、彼と同じ制服姿の女性下士官。
「でもゆかりさん、アレはどう見ても戦艦だよ?」
振り向いた少尉の目線の先には、灰色の重厚かつスマートなステルス性を意識した艦体に、三連装砲塔をはじめとする多彩な武装を載せた巨艦、
「海軍に怒られますよ、正しくは『やまと型火力投射護衛艦』二番艦『むさし』です。」
『むさし』は第二次世界大戦後、日本が保有する戦艦としては2隻目、建造する戦艦としては初の艦だった。
「それよりも
「えっ、本当だ。メールじゃなくて電話くれればいいのに。」
何もない空中に指を滑らせる姿は、ほんの十数年前までは、滑稽に見えただろう。しかし、ARコンタクトレンズの普及した現代においてはありふれた光景だ。
「着信履歴が溜まっています。これ忘れたでしょう、ちゃんと身につけて下さい。」
ゆかりが差し出した軍仕様の複合インカムを耳にはめた少尉は、『むさし』と共に停泊している、空母寄りの外見を持つ
「…ええ、ファーストコンタクトはうまく行ったようで、陸戦隊は今のところいりません。囲まれている?まあ当然でしょう。こんなところに突然現れちゃぁ、ええ、それでは失礼します。」
『いず』との通信を終えた少尉は一つ背伸びをして、
「ボクの部下を荷物扱いとはひどいな、どう思うゆかりさん?」
「彼らは58式自律化戦闘人形…兵器であり備品です。あなたたち人間とは異なります。」
彼女が『自分たち』ではなく『あなたたち』と区切ったのには訳がある。
「君も人間じゃないか、ちゃんと政府から人権と戸籍も付与されている。」
「法的には、そうですが…私はあくまでもVOICEROIDのアミュレット仕様、戦術指揮支援AIです。
十数年前、AIに関する技術革新を迎えた人類は新たな知的生命体を生み出した。
『VOICEROID』と名付けられた彼女たちは高度な思考を可能とし、ついには『魂』を獲得して人権を付与されるに至った。
「お硬いねぇ…、『魂』を獲たらもう人類さ、この多種族世界でそんな区分は意味が無いよ。それとその『マスター』呼びどうにかならない?ボクは、上官だけどご主人様じゃない。」
「パートナーをマスターと呼ぶのは、我々VOICEROIDに染み付いた習慣のようなものです。今さら変えられません。でもどうしてもと言うなら階級で呼びましょうか?」
「いや、いい。パートナーか…そう認めてもらえるのは嬉しいね。」
万年人材不足の国防軍にも導入された彼女、VOICEROIDシリーズ『結月ゆかり』は生身の人間である少尉と共に自我を持たぬ
部隊の実質的な指揮はアミュレット下士官が握り、自然種の将校がそれを監督、助言する。2060年代の日本国防軍では、一部の特殊部隊などを除き、このゆかりと少尉のような組み合わせが一般的だ。
――未だAIを信頼できない人類の恐れと見るか、人類の戦争への責任感の表れと見るか、判断がつきにくいところだね。
少尉は日頃このようなことを考えていた。
「当たり前でしょう。…おや、東から大型艦が4隻接近中、おそらく増援でしょうね。」
「どれどれ、どこだ?いたぞ、えーとたぶん100門級と80門級か竜母はなし、と。」
ARレンズの望遠機能を使わず、古式奥ゆかしい双眼鏡を覗くと、風を帆一杯に受けこちらヘ向かってくる船、地球ではとっくに廃れたはずの艦種…戦列艦が目に映った。