サン=ユーオソキ双王国が位置する火竜列島から東、東方と西方の要衝となる島に『帝国』は大西海地方の植民地の管理、各国との折衝のため総督府を置いていた。
大西海に面する各国の公館、商館が並ぶなか、一際壮麗な宮殿か要塞のような、白を基調とする建物、それが『帝国』大西海総督府本庁舎である。
庁舎で最も調度品の格式高い豪奢な部屋、つまり総督執務室では部屋の主が、決裁書類の山を机の隅にどけてある報告書を読んでいた。
飛竜便を使ってまで彼のもとに届けられたユーオソキからの報告書と資料には、魔写付きでにわかには信じがたいことが書かれている。
報告者は海軍大西海艦隊のベルガー提督、正確性は保障されていると見てよかった。
提督直筆の几帳面な性格が滲み出る報告書には、ある未知の国について記されていた。
大西海の向こうから国交と通商を求め、来たというニホンなる国、同封された魔写には巨大装甲艦と並ぶ船、大西海艦隊最有力艦『ヴェステン』が写っている。
伝統的に陸軍国だった『帝国』が大西海開発にあたって整備した大西海艦隊の旗艦、厚さ150mmを超える帯魔鋼とチーク材の複合装甲に、艦首28cm魔導カノン砲、
その他にも同封された魔写には、巨大竜母や陸を疾走する船、鋼鉄の地竜、連発銃を携える兵士など国力と武力を伺わせる様子が見て取れた。
彼の国からの資料の写本によればニホンは星の裏側、第三文明圏の盟主だという。これほどの国が第『三』文明圏、つまり更に上があるということは、星の裏側がどのような魔境か総督には想像がつかなかった。
『帝国』は星央列強でも中堅に位置するが、実のところその植民地は他の列強諸国に比べれば遥かに小さい。阿南大陸の植民地獲得競争に出遅れた『帝国』は、未だ星央の手が伸びていない西方へと活路を求めた。
しかし、商圏の予定となる西方での最大国、大セーカ国が他の星央列強の干渉により、群雄割拠の内乱状態となり迂闊に手が出せなくなってしまった。『阿南で飽き足らず、月まで分割するつもりの業突く張り共め。』当時の西方植民地担当大臣は、このような恨み言を遺している。
混迷極まる列強同士の代理戦争で、粛清と革命の嵐が吹き荒れ崩壊寸前の国から手を引いた『帝国』は大西海へと目を向ける。
『大西海は帝国の生命線。』これが総督の口癖だった。大西海帝国領から得られる豊富な資源、金属鉱石、魔石、ゴム、木材、農産物どれも本土を潤す重要な資源だった。そしてサン=ユーオソキ双王国、この国はこの地方で大セーカに次ぐ規模の国で資源の一時加工先として、そして本国で生産される製品の市場として有望な国だった。さらに将来、いずれはユーオソキを基点に更に東方の大西海の先にまで手を伸ばそうとしていたが、日本に先手を取られる形となった。
「大変なことになる…ユーオソキがニホンになびいたら我が国はおしまいだ…。」
大西海を資源の供給地、自国経済圏と定めた『帝国』にとってユーオソキは自国の拠点となる重要国だった。そのためにユーオソキの近代化を後押しし、列強や大西海諸国からの自衛のために軍備を整えさせるため、国家戦略として莫大な額を投資してきた。港湾の整備、工場の建設、魔信ネットワークの開設、蒸気鉄道計画、他列強が幅を利かせる阿南大陸植民地の代替として育て上げる予定の国が掠め取られるようなものだった。
もし、もし仮にユーオソキが『帝国』よりも、ニホンについた方が利が大きいと判断し『帝国』と別れることになれば、大西海での影響力を大幅に失うことになる。そうなれば今本土で盛り上がる大西海バブルが弾け、大混乱になることは明白だった。
せめて、ニホンが苛烈な交渉条件や宣戦布告をしてくれればユーオソキと共に戦うこともできただろう。しかし、添付された資料にある彼の国の要求は星央列強が他国に結ばせる不平等条約のようなものではなく、砲艦外交めいて鋼鉄の巨大艦で押しかけてきたとは思えぬ、極めて穏当な国交と通商を求めるものだった。
しかしこれはユーオソキには善意に見えるだろうが『帝国』にとっては悪意としか受け止められないものだった。国家規模の離間の計を仕掛けられたに等しい、うがった見方によれば『帝国』経済圏への宣戦布告とも取れる交渉案だった。
「早急に手を打たねば…。」
総督はそう呟き、ベルガー提督や外務省の駐ユーオソキ外交官に更なる報告を求める書状をしたため秘書に速達で届けるよう命ずると、総督府幹部を招集するため机の上の魔信機を手に取った。
西から昇る太陽、日本国、非常識な存在に『帝国』は立ち向かうことになる。