河都の外れ、まばらに丈の短い草の生える野原では、フリントロック式マスケットを構えた濃緑の軍服姿の兵士が軽快な太鼓と笛の音色に合わせ、横隊で前進している。歩調を揃え行進するのは、河都王立陸軍第一連隊。ユーオソキの実質的国軍の兵士だった。
やがて、太鼓の合図で停止、最前列でたなびく軍旗の横の士官が号令を掛けると銃を構え一列目が斉射、銃声と白煙が平原に轟いた。再び号令、続く二列目、三列目が発砲、これを数回繰り返すと士官が鋭い笛の音を鳴らしてサーベルを振り上げる。
着剣した兵士は、怒号とともに駆け足から徐々に全速力で走り出し銃剣突撃、棒立ちの敵兵へ次々とサーベルや銃剣を突き刺し斬りつけた。
しかし敵兵は悲鳴を上げることも、血を流すことも無い。敵は藁人形、ここは王立陸軍練兵場、そして今は演習の最中だった。
「
「練度はまあ、よし、だが旧い。そしてミスマッチ。」
少し離れたところから、戦列歩兵をARレンズの望遠機能と戦闘支援システムで観戦する二人はそんな言葉を交わしていた。
「ゆかりさん、山がちなこの国であれほどの兵士を行進させられる場所がどれほどあるのかな?」
「河都平原はいいでしょうが、山間部では厳しいでしょうね。散兵の方が有利だと思います。」
ユーオソキの位置する火竜列島は大陸プレートと海洋プレートの噛み合う上にあり、名の通り火山が多く平原の少ない場所だった。『帝国』式の教練は平原の多い星央大陸に合わせた、ユーオソキの実情とはズレていた。
だがこれは練度の低い新兵を使う戦術、ある程度の訓練を積んだ兵は次へ進む。
精度の高い雷管式前装ライフルを装備した兵士が分隊規模で機動する散兵戦術、山がちなユーオソキではこちらのほうが適している。国産の旧式マスケットに『帝国』式戦術の戦列歩兵、『帝国』のコピー生産ライフルにユーオソキ伝統の散兵、高価なライフルを揃えられない王立陸軍はこの二つのミックスに虎の子の砲兵と騎兵を組み合わせていた。
「40年前のパーパルディアレベルの軍制ですね。脅威とはならないでしょう。」
乗ってきたトラックの荷台に括り付けられた、濃紺とグレーで塗装された武骨なロボットのような兵器と生身の兵士の使用を想定しない巨大なアサルトライフル…、58式
ラヴァーナルの遺跡で発見された魔導アーマーを仮想敵にした国防軍制式自動甲冑は、複合装甲と人工筋肉で小銃弾への十分な防御力と重機関銃を単独で携行できる補強筋力を歩兵に提供する。
対自動甲冑重小銃の12.7x99mm弾は、発達著しいボディーアーマを余裕で貫通する威力を持ち、仮想敵のラヴァーナルやミリシアルの魔導障壁にもアルミニウム被覆徹甲弾頭が用意されている。
魔導強化前提の装甲材は展開魔素を無効化すれば脆い。ラヴァーナルは複合装甲の技術も保有しているが、発掘された兵器の装甲の多くは鋼板や魔素をよく通す金属に装甲魔術回路を刻む安上がりな方式だったため、『
「
「はいよ、重甲冑は久しぶりだな、普段は軽甲冑メインだし。」
迷彩柄の戦闘服姿の少尉は、甲タイプと呼ばれる重装
王立陸軍高官に外務省の担当が少尉たちを紹介する。
「日本国防軍第8自律普通科連隊です。えー国防軍では人工筋肉…機械によって、生身の兵士を優に越える力と防御力を実現しています。」
それを証明するように少尉は50口径重小銃をマーチングのカラーガードめいて軽々と投げ上げる。巨大な銃を空中で回す鉄の兵士を目の当たりにした高官たちの間に軽くどよめきが走った。
「ニホンの兵士は、全てあの怪力鎧を装備しているのか?」
質問にはゆかりが引き継いで答える。
「人間の兵士はそうです。さて、次は数の上での主力を紹介しましょう。」
人間の兵士という括りに違和感を感じる高官に構わず、ゆかりが呼んだのは自動甲冑を細身にしたような人型兵器、58式自律化戦闘人形だった。
「我が国の主力歩兵、自律化戦闘人形は人間の装備をそのまま扱うことができます。機械の兵士は兵站の負担も少なく、増産、補充も容易、そして人間と変わらない戦闘能力を有しています。」
「しかし、所詮はカラクリ仕掛けだろう?」
「いえ、自律思考を可能とする高度な人工知能と戦術ネットワークの連携は、従来の人間を凌駕します。」
謎翻訳は軍の高官に人工知能を人造の精霊と訳した。そんなものが実在するのかと、懐疑的な声を挙げた彼にゆかりは続ける。
「私です。」
は?と間抜けな反応をする高官に対して彼女は淡々と、
「皆さんの目の前に人工知能を搭載した兵器があります。私はVOICEROID、クラキ理論のニューロン発火現象を再現した人造人間です。」
謎翻訳はニューロン発火現象を『魂』と訳した。魔素を貯める器官を持たず、魔力に乏しい地球人が唯一微量の魔力を宿す臓器、脳。建物サイズの検出器でようやく確認されるほどの微量の魔素が人間の意思決定に深く関わると発見したのは、情報軍の人工知能開発グループだった。
この基礎となるクラキ理論はまず、国防軍の対弾道弾広域即応防空AIに応用され、後には普通名詞化して、VOICEROIDシリーズと総称される知的生命体を生み出した。理論が公開された後、それに留まらず派生した人工知能は数多い。
少子高齢化による労働力不足を補う政府の人口調整プログラムは、彼らに人権を付与し人間の仕事を奪わない範囲内で代替した。無論、反対運動や差別もあったが政府と情報軍が全力で合法違法、ハードソフトを問わない情報統制と世論操作で容赦なく捻じ伏せ、叩き潰した。無垢な日本国民は何も知らない。
「さて、実演しましょう。分隊整列、構え、単射撃て。」
分隊ネットワークで同期されているため、わざわざ声に出す必要はないが、自然種の人間との連携のため隠密時を除き発声での指揮が推奨されている。タタン、とコンマ秒単位でずらされた統制射撃が100メートル先の的を撃ち抜く。
「続いて連射、撃て。」
パパパパッ、とフルオート射撃がされると、的は砕け散る。
「我々はこのような自動射撃が可能な銃を全兵士が持っています。」
高官たちは自律化戦闘人形用と生身兼用のアサルトライフルをゆかりから手渡されると人工知能のことを忘れ、我先にと競うように代わる代わる回して構造を理解しようとした。やがて諦めたのか銃を返すと、
「さっぱり分からん、アレも連射できるのか?」
と少尉の重小銃を指した。もちろん、と答えたゆかりは少尉に合図する。
「生身の相手は想定していませんが、問題ありません。」
重苦しい銃声とともにフルオートで発射された12.7x99mm弾の群れは、粉砕された的を木屑に変えて後ろの盛り土を削り飛ばした。
「このように相手を遮蔽物ごと撃ち抜くことを目的としています。火力の差は理解頂けましたか?」
ああ、とその威力を目の当たりにした高官は上ずった声を漏らす。
「さて、今回ご紹介したいのはこの一丁、ロングセラー小銃『ガエタンM1640』です。この銃は装弾数5発のボルトアクション式後装ライフル、雷管式前装ライフルと比べて圧倒的な精度と速射性能をお約束します。」
ゆかりは通販番組のMCのように今回の目的、輸出用小銃の紹介に移った。日本勢力圏の軍隊では小火器の自動化はとっくに終わっている。余剰となった旧式銃を買い上げた日本政府は、ユーオソキに再び売りつけようとしていた。
「準備ができたようです。」
150mほど先の的の横で大きくブンブンと手を振る少尉を見たゆかりは、木製ストックのムー製ライフルを構えた。国防軍制式小銃のような照準用ガンカメラも接続用LANポートもない、アイアンサイトのみの旧式銃だがARレンズのFCSを使えば問題はない。
パァン、パァンと一発ごとにボルトを引く動作は自動火器に慣れた国防軍将兵にはまどろっこしく感じるが、撃つごとに㮶杖で火薬と弾丸を詰める前装式マスケットとは段違いの速射性に陸軍高官は羨望の眼差しを向けた。
「この銃は、金属薬莢式の7.62x51mm弾…先ほどの戦闘人形のライフルと共通のものを使用し、紙製薬莢使用銃よりもはるかに耐候性が高く扱いが簡単になっています——。試し撃ちしたい方はいますか?」
実包を一つ取り出して解説し、問いかけると、我も我もと高官たちは声を上げた。一通り試射を終えると少尉が的の弾道ゼラチンを持ってくる。質問と議論に夢中な高官に、150mを10秒ほどで走ってきたことに気付く者はいなかった。
ニッコリと営業スマイルを浮かべたゆかりと少尉は、輸出用装備のカタログと見本のガエタンM1640、技術誇示用に戦闘人形用の43式小銃を二丁ずつと実包を贈ると、最後に装輪装甲戦闘車を全力で走らせ、機関砲の空砲を撃ち、ユーオソキ王立陸軍高官に十分すぎるインパクトを与え帰った。