新世界の月   作:シコウ

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星の裏側からの使者

 双眼鏡を下ろした少尉は、海軍の戦術ネットワークとゆかりを通した『むさし』の偵察ドローンからの映像に見入っていた。

 

 「押っ取り刀で駆けつけてきたか、やっぱり80門級と100門級だ。風神の涙もあるな…魔導戦列艦か、装甲はどうかな?ゆかりさん船体のスキャンデータある?」

 

 快速の80門級を先頭に見事な単縦陣を組み、ゆっくりとしかし彼ら基準では全速力で進む艦隊を、軍艦好きの血が騒いだのか少尉は若干興奮気味に評した。

 

 「映像のみです、他国の艦艇を無許可で走査(スキャン)することは挑発行為と取られかねません。磁気及び魔力探査は…『むさし』のシステムが解析中です。」

 

 算盤の珠にも似た髪留めの縁を、虹の七色(ゲーミングカラー)に光らせつつゆかりは応えた。

 

 「さて、中で待ちませんか?お客さんも帰るようですし。」

 

 客船を離れるボートを見下ろし、そう続けた彼女に少尉は同意の返事をして、二人は船内ヘ戻って行った。

 

 時代遅れの船に興味を示すことはあっても、驚くようなことはこの二人を含めて今の日本人には無い。遡ること4,50年ほど前、2015年に他の惑星、異世界への国家転移という未曾有の事態に見舞われた日本は激動の時代を迎えた。

 

 グローバル時代に突然、地球世界と切り離された日本。貿易や情報ネットワークが切断されたことによる国内の混乱、魔法という未知の技術、手探りのなか行われた新世界国家との外交、友好国となった国も多かったが、紛争、戦争も多く経験した。

 

 辺境の無名の新興国の扱いをうけ、『ワイバーンを知らぬ蛮族』と門前払いされ、『列強と対等の立場を求める無礼者』と国民を虐殺され、『下した国を植民地とせぬ弱国』と侮られ、『魔力なしの劣等文明』の烙印を押され、…幾多の困難と紛争を乗り越えた頃には国家方針はすっかり変わっていた。

 

 国際社会への積極的な介入、魔導文明の取り入れ、国際秩序の構築を目的とした世界連合(world union)の結成、新世界の警察官としての出発、そして手に入れたパクス・ジャポニカ(日本による平和)の時代。

 

 国民は訪れた新時代を謳歌するが、政府と日本国防軍には恐れるものがただ一つあった。

 

 その名は『ラヴァーナル帝国』、『(いにしえ)の魔法帝国』とも呼ばれるこの存在は、かつて神話の時代に地球よりも遥かに広大な惑星全土を支配していたという。

 

 この世界各地に共通する神話には、ヒトの上位種たる光翼人で構成され、他種族を迫害しさらにはコア魔法(核兵器)まで用いたとされている。

 神話の続きには、神へ弓引いた挙げ句報復の隕石を逃れるため、大陸ごと未来へ転移したと伝えられている。

 日本及び各国政府は、その去り際遺した『復活の刻来たりし時、世界は再び我らにひれ伏す』の石板を恐れ、世界に散らばるラヴァーナルの遺跡や遺物を発掘、調査している。

 

 既知世界の国々と粗方国交を結び、地盤を整えた日本は、さらなるラヴァーナルの調査と失われた経済の発展、市場の拡大のため未知の世界…惑星の裏側の文明との接触を求めた。

 接触について、先の悲劇を繰り返すまいと痛感した政府は侮られることがないように…平和のための抑止力として、覇権主義へと転じる危険も承知で軍拡へと踏み切った。

 

 「…結果、国民は納得し政府は『平和的な砲艦外交』へと舵を切り、海軍は『やまと型(戦艦)』を保有した。『汝平和を欲さば、戦への備えをせよ(Si vis pacem, para bellum)』さて、この国はどう出るかな?ゆかりさん。」

 

 少尉はぬるくなったお茶を飲み干し、窓の外の『むさし』を一瞥すると、国防軍制式弾の名前の由来となった格言を引用し締めくくった。

 

 「少尉(マスター)、今までの敵対国はどれも指導者層が無能というわけではありませんでした。ただ、判断材料が上手く伝わらなかっただけとも言えます。情報は上に行くほど簡素化され、都合のいいように解釈される。」

 

 ゆかりは自分用のコーヒーを淹れつつ、情報軍のサーバに保管されていた調査記録を、自身のメモリから思い出した。

 

 「ならば、初めから指導者層に力を見せれば良い。そのために偵察衛星で首都と思しき場所を特定し、『むさし』を引き連れてきた。違いますか?パガンダ王国やレイフォリアの再現は避けたいものです、この国の指導部が賢明なことを祈りましょう。」

 

 かつて『むさし』の姉に焼き払われた2カ国は、世界に戦乱をもたらした愚か者として歴史に記録されている。

 

 「そうだね。彼らの出番が無いことを祈るよ。さて、今日のおやつは何にしようか?」

 

 二人の目線の先の壁面モニターには、衛星写真と簡易測量による海図そして、ここからは目視外となる海域に待機する航空護衛隊群(空母機動部隊)を示す光点があった。

 

 『船内連絡を申し上げます。交渉団関係者の方はシアタールームへ集合願います。繰り返します…』

 

 「話がまとまったみたいだね。さて、行こうか。」

 

 棚から煎餅を取り出しかけた手を止め、恨めしそうに天井のスピーカーを見上げると二人は渋々ながら準備を始めた。

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