既知世界の東辺、第三文明圏のさらにはるか東、未知の国の首都沖合…、政府交渉団の乗る大型客船の船内、通常ならば講演会場ともなるシアタールームではミーティングが行われていた。
例の通り前方に上位者、後方に下位者の席次となっているなか、少尉とゆかりは列の中ほどに座っている。
ファーストコンタクトで得られた情報の共有、今後の方針が外務省精鋭を中心に練られていく。体裁上
暇を持て余した少尉は、ARレンズと監視カメラで外の戦列艦を観察していた。
(Yuzuki@SGM:
(×××@2LT:はいはい、聴いてますよ。どうせ発言権はないし優秀な副官がメモも取ってくれてる、大丈夫。)
彼は仮想キーボードでチャットの返事をすると、小さく欠伸をかみ殺した。
この会議で決まったことは、5日後に会談が行われること、会談終了後に
ゾロゾロと参加者が退席するなか、やっと終わったと安堵するゆかりが、隣りの少尉の顔を見ると彼は固まっている。彼のARレンズにはこうあった。
(Tsukuyomi@MAJ:いい度胸だな、後で私の部屋に来い。)
彼の上官からのものだった。
呼ばれた部屋の中で彼を待っていたのは、幼稚園児くらいの幼女、しかし彼女は年齢には不釣り合いな…、情報軍の制服と少佐の階級章を身につけていた。
事情を知らない者が見ればコスプレのように見えるが、彼女、VOICEROIDシリーズ『月読アイ』はれっきとした情報軍将校、そして少尉のかつての相棒でもあった。シリーズ最古参級の彼女は、後発のVOICEROIDシリーズからは『先輩』『姉上』『
「喜べ少尉、お前は今から大尉待遇だ、久しぶりの昇任だな。」
月読少佐は少尉に、仏頂面で今のものより星が2つ多い階級章を手渡した。
「おやおや、このあと殉職する予定でも組まれてるんですか?」
思い当たる節があり過ぎて、心のなかでは冷や汗を流す少尉。
「安心しろ本国では今まで通りだぞ。ただの
「そこまでしなくても、代わりの人間なんていくらでも居ると思いますがねぇ。」
「本国の連中は、お前に帰ってきて欲しくないとさ。だいたいお前、何年その階級に居座るつもりだ?」
実際、彼の階級は現役の同世代に比べれば低い。
「例の件以来、『時空遅延式魔法』で止まってますからね。体に合わせて階級も見た目通りというわけで。」
「ふん、60過ぎのジジイが青年将校ごっことは、笑わせてくれる。はぁ…アニュンリールの呪いはまだ解けないか。」
ちなみに国防軍の定年は、帰化したエルフなどの長命種族に合わせ撤廃されている。
「あなたのために必要だったことです。あの『南方事件』関係者は全滅、もう諦めましたよ。」
過去の40年ほど昔の、情報軍にしか記録のない消された出来事を挙げて、少尉は気にしていないというふうにヒラヒラと手を振った。
「必要だったこと、か。ではパパとでも呼んでやろうか?」
「いえ、結構。それより今回持ち込む装備、また大掛かりですね。」
「それがあくまでも最低限度だ。さて、用事は済んだな、では別命あるまで待機しろ。」
礼をした少尉が部屋を出たあと、月読少佐は独りごちた。
「お互い歳を取らぬ同士か…。人の理に入ろうとする者と外れてしまった者、奴の寿命の代償ほどの価値は我々の『魂』にはたしてあるのか?」