日本情報軍
この惑星の2つの月が満月となる日の夜、夕涼みというにはあまりにも遅い時間に少尉は暫定公館の中庭の東屋にいた。
「こんな夜中に物音がすると思ったら、何してるんですか、
念のため
「ちょっと寝つけなくてね…ゆかりさん、昔、月は一つしかなかったんだよ。」
「ああ、
ゆかりはライトを消すと、少尉の隣に腰を下ろした。
「『天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも』、阿倍仲麻呂にはまだ帰る術があった。そしてボクたちには日本本土がある。でもそれがない人たちも多くいる。」
故郷の地球とは異なる、2つに増えた月を見上げ、月明かりのもと少尉は小さく呟いた。
たまたまビジネスや観光で来日し、国家転移に巻き込まれた在日外国人たち、日本に骨を埋める覚悟を决めた者、新世界で身を立てようと国外へ渡った者、自身のアイデンティティを守ろうと同郷人と新天地を開拓する者、彼らの多くは国家転移を受け入れ第二の人生を歩んだ。
しかしその中のごく一部には、故郷を失ったショックからか、犯罪に走る者もいた。その処分を極秘裏に、表沙汰になる前に行っていたのが日本情報軍の前身となる組織だった。
「国防四軍で最も多く
転移直後、2010〜20年代戦っていたのは旧自衛隊だけではない、警察、海上保安庁なども国内外の治安の維持に奔走した。そして当時は国家の指揮下になかった情報軍の前身組織もそれに協力していた。
明治政府樹立以前から、表舞台に出ることなく活動してきた日本の暗部、存在を知るものすら稀なある花の名で呼ばれた少年少女をエージェントとする組織。少尉は元々そこに所属していた。
「今でこそここに落ち着いているけど、これでも昔は支部を一つ預かっていたものだよ。」
「私の生まれる前の話ですか、確かその頃の名前は…」
少尉は名を出そうとした彼女を制し、続ける。
「ゆかりさん、もう解体された組織だ、今は防衛省…日本政府隷下の『日本情報軍』、ボクも国家公務員だ。政府黙認の独立組織も随分と落ちぶれたものさ。」
転移後、急増した国内の不穏分子、そして新興国たる日本国内へ潜入や工作を試みる各国のスパイ。組織は以前からオーバーワーク気味だったところに手痛い一撃を喰らった。
度重なる任務に、海外の人材を地球に置き去りにした政府からの新世界での活動要請。これにより人材、物資ともに消耗した組織は交渉の結果、政府の下に降ることを選んだ。
旧自衛隊の国防軍への、再編成のどさくさに紛れるようにして与えられた『日本情報軍』の名と、監視役として補充の名目で送り込まれた大量の人材、今では時の流れもあり、前身組織時代を知る人間は少尉を含めて数えるほどしかいない。
「無茶な任務を続けて急速な人材不足に陥った我々は、元々得意だった人工知能分野に活路を求めた。」
「もしかして、それが…。」
それがVOICEROIDシリーズでは、という言葉を彼女は飲み込んだ。
「そう、組織で運用していた統合管制AIのノウハウを転用した研究は、組織が情報軍となった後も続けられ、ついには『魂』の再現にも成功した。表向きには民生技術を軍用に用いたことになっているけど、実際は逆だ。」
元々あらゆる情報収集と解析、Nシステムすら配下に置いていた組織自慢のAI、作戦の立案補助、報道管制、ネット上の世論の操作まで、弱いAIの巨大集合システムのノウハウは大きな下地となった。
秘匿されていることだが、
「月読少佐もその一人ですか、少佐の『パパと呼んでやろうか?』にそんな意味があったとは…。」
少尉はそれを肯定した。
「少佐の幼女ボディも相手を油断させるためですか…。目的のためとはいえそこまでするとは。」
「あ〜、それは違う。アレは試作型の義体、昔は軽くて小さいほうが整備とか実験がし易かったからね。完全に彼女の趣味だよ。軍も少年兵は認めていないし、六菱重工もロリコンじゃない。…さて、夜も遅いもう寝るよ。」
「
自室に帰ろうと立った少尉をゆかりは引き留めた。
「ん?そうだけど?」
「私の胸部装甲が薄いのも
彼女は、後発のVOICEROIDシリーズが自身より装甲が厚いことを気にしていた。
「いや〜余計なモノが付いていると動作の回避プログラムが面倒で、
当時のことをペラペラと話す彼に、ゆかりは腰の
「
「待ってくれ、それは話し合うスタイルじゃな――アババッー!?」
青白い電光と少尉の悲鳴は、警備センサーの反応が無いまま夜に消えた。
実は前作のパラレルワールドだったりする。