新世界の月   作:シコウ

7 / 19
第二章・河都日常編
日本情報軍


 この惑星の2つの月が満月となる日の夜、夕涼みというにはあまりにも遅い時間に少尉は暫定公館の中庭の東屋にいた。

 

 「こんな夜中に物音がすると思ったら、何してるんですか、少尉(マスター)?」

 

 念のため自律化戦闘人形(ドロイド兵)を連れてきたゆかりは少尉にライトの光を浴びせた。

 

 「ちょっと寝つけなくてね…ゆかりさん、昔、月は一つしかなかったんだよ。」

 

 「ああ、少尉(マスター)は地球世代でしたね。」

 

 ゆかりはライトを消すと、少尉の隣に腰を下ろした。

 

 「『天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも』、阿倍仲麻呂にはまだ帰る術があった。そしてボクたちには日本本土がある。でもそれがない人たちも多くいる。」

 

 故郷の地球とは異なる、2つに増えた月を見上げ、月明かりのもと少尉は小さく呟いた。

 

 たまたまビジネスや観光で来日し、国家転移に巻き込まれた在日外国人たち、日本に骨を埋める覚悟を决めた者、新世界で身を立てようと国外へ渡った者、自身のアイデンティティを守ろうと同郷人と新天地を開拓する者、彼らの多くは国家転移を受け入れ第二の人生を歩んだ。

 

 しかしその中のごく一部には、故郷を失ったショックからか、犯罪に走る者もいた。その処分を極秘裏に、表沙汰になる前に行っていたのが日本情報軍の前身となる組織だった。

 

 「国防四軍で最も多く同胞(地球人)に銃を向けたのは、我々だろうね。」

 

 転移直後、2010〜20年代戦っていたのは旧自衛隊だけではない、警察、海上保安庁なども国内外の治安の維持に奔走した。そして当時は国家の指揮下になかった情報軍の前身組織もそれに協力していた。

 明治政府樹立以前から、表舞台に出ることなく活動してきた日本の暗部、存在を知るものすら稀なある花の名で呼ばれた少年少女をエージェントとする組織。少尉は元々そこに所属していた。

 

 「今でこそここに落ち着いているけど、これでも昔は支部を一つ預かっていたものだよ。」

 

 「私の生まれる前の話ですか、確かその頃の名前は…」

 

 少尉は名を出そうとした彼女を制し、続ける。

 

 「ゆかりさん、もう解体された組織だ、今は防衛省…日本政府隷下の『日本情報軍』、ボクも国家公務員だ。政府黙認の独立組織も随分と落ちぶれたものさ。」

 

 転移後、急増した国内の不穏分子、そして新興国たる日本国内へ潜入や工作を試みる各国のスパイ。組織は以前からオーバーワーク気味だったところに手痛い一撃を喰らった。

 度重なる任務に、海外の人材を地球に置き去りにした政府からの新世界での活動要請。これにより人材、物資ともに消耗した組織は交渉の結果、政府の下に降ることを選んだ。

 

 旧自衛隊の国防軍への、再編成のどさくさに紛れるようにして与えられた『日本情報軍』の名と、監視役として補充の名目で送り込まれた大量の人材、今では時の流れもあり、前身組織時代を知る人間は少尉を含めて数えるほどしかいない。

 

 「無茶な任務を続けて急速な人材不足に陥った我々は、元々得意だった人工知能分野に活路を求めた。」

 

 「もしかして、それが…。」

 

 それがVOICEROIDシリーズでは、という言葉を彼女は飲み込んだ。

 

 「そう、組織で運用していた統合管制AIのノウハウを転用した研究は、組織が情報軍となった後も続けられ、ついには『魂』の再現にも成功した。表向きには民生技術を軍用に用いたことになっているけど、実際は逆だ。」

 

 元々あらゆる情報収集と解析、Nシステムすら配下に置いていた組織自慢のAI、作戦の立案補助、報道管制、ネット上の世論の操作まで、弱いAIの巨大集合システムのノウハウは大きな下地となった。

 

 秘匿されていることだが、ジェネラルパーパス(汎・民生日常)仕様はアミュレット(軍事・防衛)仕様ののちに開発された。軍用が民生用の改良型ではなく民生用が軍用のモンキーモデルだった。

 

 「月読少佐もその一人ですか、少佐の『パパと呼んでやろうか?』にそんな意味があったとは…。」

 

 少尉はそれを肯定した。

 

 「少佐の幼女ボディも相手を油断させるためですか…。目的のためとはいえそこまでするとは。」

 

 「あ〜、それは違う。アレは試作型の義体、昔は軽くて小さいほうが整備とか実験がし易かったからね。完全に彼女の趣味だよ。軍も少年兵は認めていないし、六菱重工もロリコンじゃない。…さて、夜も遅いもう寝るよ。」

 

 「少尉(マスター)、私の義体も六菱製ですが開発には関わりましたか?」

 

 自室に帰ろうと立った少尉をゆかりは引き留めた。

 

 「ん?そうだけど?」

 

 「私の胸部装甲が薄いのも少尉(マスター)と関係が…?」

 

 彼女は、後発のVOICEROIDシリーズが自身より装甲が厚いことを気にしていた。

 

 「いや〜余計なモノが付いていると動作の回避プログラムが面倒で、(発注)六菱(製造)ヤマバ(小売)で揉めに揉めてね、民生用と軍用で盛る、盛らないの大喧嘩、結局サイコロで決めたんだよ。ボクがサイコロ用意したんだけど、コレが特注で重心を偏らせてあってね。狙い通り今のボディに決まったんだ。あのサイコロ、捨てられなくてどっかの秘宝館に寄贈したんだっけな、確か。ゆ、ゆかりさん、ちょっと何をするつもりかな?」

 

 当時のことをペラペラと話す彼に、ゆかりは腰の電撃警棒(ショックスティック)を片手に詰め寄った。

 

 「少尉(マスター)、少し私の部屋でお話しをしませんか?」

 

 「待ってくれ、それは話し合うスタイルじゃな――アババッー!?」

 

 青白い電光と少尉の悲鳴は、警備センサーの反応が無いまま夜に消えた。




実は前作のパラレルワールドだったりする。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。