この日、ゆかりに言わせれば『寝坊した』少尉は、人が入りそうな大きな麻袋をゴミ箱に畳んで突っ込むと、鎖の切れた手錠をカチャカチャと鳴らしながら食堂のドアを開けた。
「おはよう。ゆかりさんと紲星さんは、もう出かけちゃった?…それと朝ごはんまだあるかい?」
「早うないですよ、それ自分でチンしてくださいね。」
無ければ、お茶とレーションで済ませるか、チーズ味が好きだけどパサパサしてるんだよなぁ…と考えている少尉に、呆れ顔で皿や鍋を洗いながら返事をしたのはキッチンを預かる公館料理人の一人でVOICEROIDシーリズでもある『琴葉茜』だった。
「夜更かしか、何してたんや大尉(仮)さん、そんなモンぶら下げて?」
「あ~ちょっと、手品の練習を。しかし置いていくなんて薄情だなぁ、装甲厚を決めたのは技研の連中で、ボクは協力しただけなのに。」
適当に誤魔化して小さく文句を呟きながら、テーブルの隅にラップを掛けて置いてある朝食をレンジに入れると、眠そうな顔で欠伸をした。
珍しいブレスレットをはめた少尉の様子をみて何かを察した茜は、
「ゆかりさんに胸部装甲の話はあかんて、前に『私の義体はどの機種も装甲が薄い…、これは何かの陰謀です。首領を見つけてぶっ○してやりますよ。』とかゆーてた。ソコ気にしとるゆかりさん多いんやで。」
それを聞いた少尉は、――他のゆかりさんにバレたら大変なことになるな…日本に帰れなくなるぞ…と、『結月ゆかり』タイプの総数を思い出して背中に薄ら寒いものを感じる。
「技研も六菱も努力したんだけど、謎の不具合が連続した上、予算が尽きて新規義体の開発は凍結されたんだ。え〜と、お茶っ葉は?」
実際、新規義体の開発に十億単位の金が掛かること、国防軍が増加装甲タイプに興味を示さなかったことから『結月ゆかり』シーリズの義体は総じて装甲が薄い。
急須に茶葉を入れながら、ボク悪くないもんとでも言うような少尉に茜は、手刀を自分の首に当てて聞いた。
「じゃあ、ここから下すげ替えるのはアカンのか?」
「頂きます。ダメだね、『
「私はずっとこの身体やけど、少佐ちゃんはしょっちゅう乗り換えてるで。」
茜は、食堂の隅のベンチに眠ったように座る『外出中、触ったら殺す』と貼り紙のある月読少佐の幼女義体を指した。
「彼女は予算度外視のプロトタイプだからね。スマホのSIMカード感覚で抜き差しするもんじゃないよ、普通は。」
人類は、科学と魔導の成果として『魂』の再現には成功したものの、その原理については全くの未解明だった。一度義体に『魂』を入れると時間に応じて、魂が身体に同化してしまう。この分野については上位存在の領域、暴くのは人類には早いというのが研究者の見解だった。
同じシーリズであれば多少の融通がきくが、他のシリーズへの乗り越えはメーカーも推奨していない。テセウスの船方式で『魂』を騙す方法もあるが、年単位の時間がかかる上、いつ不具合が起こるか分からないことから実行する者はあまり居ない。
月読少佐が容易に乗り換えられるのは、プロトタイプであり実験義体の頻繁な交換を想定されているため、後発のVOICEROIDシーリズとは『魂』の接続方法が異なっているからだった。それでも義体との癒着を防ぐため、成人義体と幼年義体の往復を繰り返している。
「引っ越しは臓器移植くらいか、それ以上に難しいとは聞いとったけど、ウチらにえらい詳しそうやな、メーカーの回しモンか?大尉(仮)さん。」
「禁則事項です。」
本当の年齢がバレそうなセリフで誤魔化す少尉だった。
「遠隔操作が解禁されればな~。ウチも忙しいとき腕増やしたいわ〜。」
「たぶん難しいよ、ゆかりさん曰く『ラッシュ時に車を手動で運転しながら、助手席と将棋を指して合間に煎り豆を箸で食べるようなもの』だとか。」
義体の遠隔操作はセキュリティ上の問題と、悪用を防ぐため法律で制限されている。操作を許されているのは軍や警察、消防などの職に就く者だけだった。
その専門職でも同時に操るのは1、2体が普通だ。しかしアミュレット下士官は最大で一個中隊の
「せやか〜、あっ、少佐ちゃん昼には帰るって言ってたで。」
「それまで待機か、昨日は車洗ったし今日は
最低一人武官は公館に待機する規則で動けない少尉は、焼き鮭を皮まで食べると今日の予定を決めた。
手錠を切る為に少佐やゆかりの