紅き天使のレクイエム改訂版(ブログ投稿時のもの)   作:順砂

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第二章 背信者(上)

「ふぅ……」

 会社からの帰り、私は途方もないような疲労感に襲われていた。気分も最悪。

 すこし、一人になりたい気もするが、自室に戻るまでそれをだれも許してくれない。実際、私の両脇にはボディーガードが固め、ゆったり作られているはずの後部座席が非常に息苦しい。さらに助手席にもボディーガード、運転手もそうだ。

 最初は男臭さと元軍人や傭兵という頑健さに顔をしかめていたが、最近では慣れてきた。しかしながら、男嫌いのなの知っていて、こういったタイプの人達を連れてきた、部下――福沢祐麒には、車に乗るたびにちょっとした恨みを持つ。

(それは、わがままだということ分かってはいるのだけど……)

 車の外では雨が降っていた。

 ヘッドライトが夜闇の中に雨粒を光り照らしているのが、フロントガラスに映っている。

 そうそう激しい雨ではない。かといって、優しい雨でもない。普通の雨だ。

 でもこういう雨が一番、私を暗鬱にさせる。特にこの上等なシートに腰掛けているときは特に。

 いつだっただろうか。こんな雨が、こんな気分にさせるようになったのは……。

 

――ごきげんよう、お姉さま――

――ごきげんよう、祐巳…タイが曲がっていてよ――

 

そう言って、私は曲がってもいない妹のタイをいつも直してあげた。それでも決まって彼女は喜んで、彼女の横に結んだツインテールがぴょこんとはねる。それがとても愛おしかった。

 私は一度、そんな彼女を失った……そう思った。あのとき…そうこんな雨が―――

――もう、いいんです――

――・・・・・・聖さま――

――聖さまぁっ――

――祐巳――

――お世話をかけます――

私がいけなかった。私がもっとしっかりしていれば、祐巳を失望させることはなかった。それでも、私がふがいなかったのにも関わらず、祐巳は私を許し、私を救ってくれた。

でもその彼女は突然、私の目の前からいなくなってしまった。

私は何が起きたのかはわからない。あの日、私は急ぎの用があって、車を学校の近くに待たせてあったため、祐巳と校門の前で別れた。そして、その夜、祐巳が家に帰ってきていないことを知った。

私は悔やんだ。あの時、祐巳と別れなければ……!祐巳を車に乗せて送ってあげたら……!どんなに悔やんだところで祐巳は戻ってこなかった。

月日が経ち、年月が経ち、警察はおろか、祐巳の親族や知人・友人も祐巳を諦め始めた。山百合会の仲間も、口には出さないが半ば諦めかけていた。祐巳はもう生きていないんじゃないか、と。例外は私と、あの方ぐらいなもの。

だから私は祐巳を探すことにした。会社を立ち上げ、小笠原の力、情報網を活用し、警察・公安、世界各国の警察機構に接近して、時には非合法な暗部、闇の世界にも手を出した。

そして最近情報を得た。祐巳を拉致するのを手伝った男、洪衛文が情報を売ってきたのだ。

祐巳は麻薬取引の現場をたまたま見てしまった。そして……

私は……どんなことをしても祐巳を救い出す。何を失おうとも。たとえ、それが命だとしても………。

 

祐巳……あなたは、今どこに……?

 

紅き天使のレクイエム 第二章 背信者(上)

 

深夜、東京近郊の高級住宅街。夜空から溶けだし落ちるように雨が降っている。道はより黒く、まるで深い淵のようである。

雨音をきって、一台の車がさほど速度も出さずに走っていた。黒塗りの高級な外車で、こんなのに乗るのは、政治家か金持ちか、その「道」の人だけである。しかし、それが夜の闇のなかで不思議なほど周囲に混じり合っていた。

ヘッドライトが夜を切り裂いて暗く湿った地面を照らす。水たまりをタイヤが巻き込み、水しぶきを静かにまき散らす。

その変哲もない、退屈な景色が続く―――――………はずだった――

 

―――……変哲ではない一瞬だけの光景――女が……拳銃を向けていた……。

 

 

 

盛大なクラッシュ音とともに、車体は右へスリップし、反対車線、歩道へ乗り上げ、壁に激突、爆発し炎上した。

女は――祐巳はそれを無表情で見つめていた。祐巳が放った銃弾は、一発目は運転手の眉間を、二発目は右のタイヤを正確に撃ち抜いていた。

祐巳が雨の中激しく燃え、どこぞかの家の外壁を今まさに黒く焦がす炎へと徐々に近づくと、炎の明かりに照らされて、その周りに四人居ることが知れた。どれも息があるどころか二人は立ち上がり、一人は大声で叫び、一人は警棒を取り出して周囲を確認していた。後の二人は、一人は女で地面に膝をつき、それをかばうように男が女の前で片腕を広げ、片腕で携帯電話を操作している。しかし、その男の足は変な方に曲がっている。

祐巳は舌打ちした。

(スリップしている最中に主人を庇いつつ脱出したのか。そんな芸当・・・プロの傭兵か?しかも、冷静、面倒ね・・・さっさとすませなきゃ)

 一歩一歩、祐巳は近づく。相手もこちらに気づき「銃を捨てろ!」「止まれ、フリーズ!」などと叫んでいるが、祐巳は気にもとめないで近づく。

 相手は叫ぶだけで動かない。

 そうして近づいていって、祐巳が歩道の段差に足をかけた瞬間だった。立っていて男二人が、同時に警棒を掲げて襲いかかってきた。常人であれば、安定しない足場と、同時攻撃にたじろく。さらにいくら拳銃とはいえ、一丁では同時に二方向から襲撃に対応できない。一人倒れても、もう一人で虚をつきうち倒せると相手は踏んでいた。

 が、一発の銃声のあと、倒れたのは、襲いかかった男二人だった。一人は眉間を撃ち抜かれ、一人は祐巳が袖口に隠していたメス状の小型ナイフで頸動脈を切り裂かれ、悶絶した後、痙攣して、絶命した。

 祐巳は何事も無かったかのように同じ歩調で、『標的』へ近づいていく。最後に残った男が背後の女に逃げるように言っているようだが、そんなことは関係ない。引き金を引けば、男は「逃げてください」という口のまま、眉間から血を吹き出して後ろに倒れた。

 ここは・・・祐巳の、そう、いわば狩り場。番犬を食らう猛獣の狩り場。

周囲の住宅でさすがに電気が点き始めたが、外に出てくる者はいない。様子をうかがっているのか、関わりたくないのか。おそらく後者だろう。

祐巳は苦笑した。

 流れ出した血は、降り続く雨にとけて、閉じた側溝の開いた穴から消えていく。

 しかし、獲物であるはずの女は怯むことなく、それどころか目の前の残虐な狩人を睨み付けていた。

変わらない、と祐巳は思った。本当は怖くて、怖くてたまらないはずだ、でも虚勢を張って、何でもないようにすまして、潔癖で高潔で・・・。

 ぐらっ―――

足元が揺らいだ・・・気がした。そう―――気がした、だけ。

(・・・何を動揺?男たちと同じように小笠原祥子殺るだけよ・・・)

 祐巳は『それ』を冷たい目で見つめた。そして言う。

「・・・祥子・・・小笠原祥子・・・ね?・・・・死んで」

 祥子の頭に向かって銃を突きつけた。しかし、祥子はそれに動じなかった、少なくとも表面上は。だが、諦めていない意思を眼光に宿し、その瞳に祐巳は一瞬引き金を引くことをためらってしまった。

 そして・・・・祥子のその強い目が大きく見開かれた。祥子がふるえた唇で呟く。

「・・・・・・・祐巳・・・・・?」

 その呼びかけを聞いて、祐巳の身体は目に見えない衝撃を受けて、たじろぎ、半歩後ろに下がってしまった。

「祐巳・・・祐巳なのね?!」

「ち、違う!私は・・・・」

(なんで、言い訳なんて?!さっさと終わらせればいんじゃない)

「祐巳、心配したのよ。今まで何をしていたの?」

 祥子の顔は、明らかに喜色に潤んでいた。祐巳は、その顔に怒りを覚えた。

「護衛を殺されたのに、どうしてそんなに喜んでいるのですかっ?!」

 すると、祥子は黙ったが、祐巳は自分の失態に気づく。癖で昔のように敬語を使ってしまった。

「・・・・やっぱり、祐巳なのね」

 その静かで優しい声音と瞳に、胸の奥からすごく心地よいわき上がり、それに身も心もゆだねそうになる。しかし、祐巳はそれを振り払おうとした。

(私は何しているの?殺すだけだよ?じゃないと、殺されちゃう。私は生きたい、生きたいの・・・生き・・・)

 

――なんで、そんなにワタシはイきタイの?――

 

「祐巳っ!」

 その懐かしい叱責の声で、祐巳は思考の海から舞い戻った。気づくと、祥子は立ち上がっていた。どちらかの足を怪我しているのか、ふるえる脚で、それでも毅然に立っていた。髪は濡れ、服は泥だけだが、一縷の惨めさも感じさせず、祐巳を見ていた。

 祐巳の胸の中で何かが弾け飛んだ。

「・・・なんで!なんで、恐怖しない?!命乞いをしない?!ワタシをそんな目で見るっ?!!憎い目で、なんで、なんでワタシを、嫌悪の目でワタシをみない?!!!!!」

――違ウ、ワタシハ―――

 しかし、そんな絶叫に祥子は微笑をたたえただけだった。まるで、「しかたない子ね」とたしなめる時のように。

「祐巳・・・・お帰りなさい」

「違うっ!!!!」

 その後、祐巳は自分が何をしたのか、まったく分からなかった。

 

―――パン、と雨の中で乾いた音――

―――崩れ落ちる、目の前の影―――

 

「お姉さま・・・」

 記憶の声なのか、心の中でのおのか、それとも口から出たのか、わからない、つぶやき。

 

「あ、あれ・・・?あ・・・・?あ・・・・ア・・・・アァァァァァ!!!!!!」

 祥子が血を流して倒れている。

(・・・良かったんだ、これでよかったんだ。よかった・・・ハズなのに・・・なんで、ワタシはこんなにも叫んでいる?)

 

 

焼け付くような痛みが全身を駆けめぐった。

 倒れまいと必死で張っていた虚栄が音もなく崩れた。

 脚が力をなくし、地面へ這い蹲る。

 肩に空いた穴から血とともに力が抜ける。それでも祥子は立ち上がろうとした。

 

――お姉さま・・・――

――お姉さま――

――――

――祐巳・・・?――

 

(私がここで死んだら・・・祐巳が本当に壊れてしまう。おそらく、私が『あの時』祐巳が来なかったら、そうなっていたように・・・違うわ、それ以上に・・・!)

 

 

「・・・ゆ・・・っ・・・祐巳・・・!!」

 祥子は右腕だけ、身体を起こそうとしたが、うまくいかなかったが、なんとか声だけは絞り出せた。

 祐巳が驚いたように祥子を見て、

「お姉さま・・・・?」

と呟いた。

「なんで・・・・・・・生きているんですか・・・?」

 その言葉に反して祐巳は泣きそうな顔をしていた。こんな顔、祐巳には似合わない。

 祥子はそれを言葉にしようと思ったが、うめき声にしかならなかった。

「なんで・・・生きているんですか?!だって、私が殺したのに、死んだのに!なんで・・・」

 そこで、祐巳はハッとしたように顔を上げた。

 遠くからサイレンが聞こえる。

 それを聞くと祐巳は、祥子をもう一度見た後、唇を噛みしめ、きびすを返した。

 祥子は呼び止めようと声を上げ、起きあがろうとしたが、言葉は言葉にならず、四肢に力は入らなかった。祐巳を追いかけたいという気持ちだけ、前に進むが、距離は遠くなる。視界はかすみ、雨音とサイレンの音だけ、多くなり、黒い祐巳の背中が闇に消えると、祥子は意識を手放した。

 

『・・・ゆ・・・み・・・』

 

第二章 背信者(上) 終

     中篇に続く・・・

 

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