遅れてすみませんでした・・・。
女帝と来客との決闘が(何故か)決まったその日の内に、知らせは島中に届いた。
アマゾン・リリー皇帝直々の試合など、滅多なことでは見られるものではない。
観客席を巡って諍いが起こるほどに、女ヶ島中の注目の的になっていた。
だが、この決闘がこれほどまでに注目された理由はそれだけではない。
一方の対戦相手については、様々な噂が一人歩きしていた。
曰く、その者は男を自称しており。
曰く、命知らずにも自分から女帝に勝負を挑み。
曰く、その背丈は山のように大きく、四肢は丸太のように太く、ツノが生え鬼の形相をしており、棍棒を振り回す。
曰く、名前は「おでん」であるという。
古くからのしきたりにより島の中に男が一人もいないアマゾン・リリー。
海に出たことがない者たちはその多くが男を見たことがないため、一目見ようとこぞって観覧席の権利を奪い合った。
そしてその翌日。
アマゾン・リリー内にある最も大きな闘技場、通称「武ヶの間」にて、遂にその対決が始まろうとしていた────!
「まずは、逃げずに妾の前に立ったことを褒めておこう」
「逃げるもんか。挑まれたからには、正々堂々受けて立つとも!」
満員の観衆が見守る中で、二人の女傑は対峙する。
片や、アマゾン・リリー皇帝にして七武海。“海賊女帝“ボア・ハンコック。
片や、光月おでんを自称する謎の挑戦者・ヤマト。
「蛇姫さま────!!」
「今日もお変わりなく美しすぎる…………!」
「見て! 私の方をご覧になったわ!」
「何言ってるのよ! 私を見て下さったのよ!!」
黄色い歓声が飛び交い、女帝の一挙手一投足に賛辞が集まる。
一方で挑戦者には。
「なんだか可哀想ね、あの挑戦者の子…………」
「仕方ないわよ。蛇姫様が相手じゃあ、誰が挑んでも一緒だわ」
哀れみと同情、あるいは無謀な試みへの呆れ。
おおよそ悲観的な視線と声が向けられていた。
と、同時に。
「それにしても…………」
「えぇ。男ってあまり私たちと変わらないのね。頭からツノは生えてるけど……」
「それに聞いてたよりずっと小さいし、大丈夫かしら?」
「ねぇ、やっぱり男ってのは嘘で、本当はおんn」
「僕は男だ!!」
「地獄耳!?」
「男って耳が良いのね!」
すぐにメモされる。
生まれてこのかた男という生き物を目の当たりにしたことのない彼女たちは、自称とはいえ男であるヤマトの挙動に敏感に反応していた。
明日の島内の朝刊で誤報が出回ることが決定した瞬間である。
「本当に男を見たことない人が多いんだね」
「当然じゃ。ここは女ヶ島、男子禁制と忘れたか? 貴様がこれから戦う理由であろうに」
「分かってるさ。僕が勝ったら男だと認めた上でこの島にいることを認めてもらう」
「妾が勝てば貴様は即刻追放。二度とこの島に足を踏み入れることは叶わぬ」
弓形に背を曲げ、見下ろすどころか見上げる姿勢。
王としての余裕を示し、女帝は挑戦者に傲慢に言い放つ。
「精々足掻くが良い。どこまで保つか、妾直々に測ってくれようぞ」
「それはありがたいね。なら、遠慮なくいかせてもらうよ」
「本当に良かったの、ウサギ? あのヤマトって子、追放されるわよ?」
「ソニア姉様の言う通りよ。今ならまだ……」
「だいじょぶだいじょぶ。何とかなるって」
「そうは言っても……」
「姉様が相手じゃ……」
舞台をぐるりと囲む観客席の一角に、周囲の注目を集める三人の姿があった。
サンダーソニアとマリーゴールド、そして来客として招かれたウサギ。
姉妹二人は今からでもヤマトを引き止めるよう説得するが、配信兎はどこ吹く風。
道中で購入した饅頭を口に入れてあっけらかんと笑っている。
だが、二人の姉妹は知っている。
自分たちの姉は、やると言ったらやる人だと。
たとえ相手が恩人の弟子であろうと、彼女は容赦なく敗者をこの島から叩き出すだろう。
「そう心配しなさんなって。それに──」
最後の一個を平らげて、指に付いた欠片を舐め取って姉妹の方を見る。
「ワンチャン負けるのは、ハンコックの方だよ?」
『!?』
「では両者、準備はよいにゃ?」
「無論じゃ、いつでも構わん」
「こっちも大丈夫」
女帝と挑戦者が、闘技場の中央で対峙する。
審判を務めるにょん婆ことグロリオーサは、試合を行う両者を見つめた。
双方共に優れた覇気の使い手。
激闘は避けられないだろう。
彼女の元アマゾン・リリー皇帝としての勘が告げている。
この決闘は、女ヶ島の歴史に残るものになるやもしれないと。
「────始めっ!!」
遂に火蓋が切られた。
待望の試合の始まりに、爆発する歓声。噴き出す熱気。
しかし盛り上がる会場とは裏腹に、二人の当事者は静かだった。
女帝は構える素振りすらない。
だが一方でヤマトの心には、一分の油断もなかった。
なにせ相手は全世界に名を轟かせる七武海の紅一点。
格上の戦士を相手にする以上、最初から己の出せる全力をぶつけるのみ。
腰を落とし、上体を捻る構え。
ヤマトが握る棍棒に、紫電が奔る。
今の彼女が撃てる、最大火力の一撃。
「雷・鳴……」
「っ!?
その一撃を察したハンコックは、即座に戦闘体制に移行。
目の前の挑戦者を、敵として認識した。
あの構えから繰り出されるモノを喰らってはいけない、と。
「──八卦!!」
「──
二人の覇気使いによる衝突。
轟と音を発し、大気が唸りをあげる。
棍棒と脚の衝突面から咲いた赤黒い稲妻が闘技場に迸り────
────空が割れた。
「そんな、まさか……!?」
「覇王色の……!?」
数百万人に一人の割合でしか発現しないとされる、特殊な覇気。
人の上に立つ、覇王の素質を持つ両者。
片や王下七武海に名を連ね、女帝と畏怖される女傑。
片や大海賊を父にもち、誇り高く散った侍に憧れる未だ無名の女戦士。
生まれも境遇もまるで違う両者だが、奇しくもその才覚はここに重なった。
二人の覇王色の激突により生じた余波で、会場にいた観客の実に半数が覇気に当てられて失神。
やがて振るった得物での決着の付かぬ競り合いをやめ、互いに距離をとった。
(能力を使わなかったとはいえ、雷鳴八卦が止められた。この人……)
(石にしてしまわぬ程度に加減したとはいえ、妾の芳香脚を……! こやつ……)
────デキる!
女帝から慢心が消え、挑戦者は呼吸を整える。
「
「
女帝の能力で形成されたハート型の弾丸の雨を、鬼姫は金棒を振り回すことで衝撃波を生み出して迎撃。
戦いは、まだ始まったばかりだった。
「どういうことウサギ!?」
「あの子何者なの!? 覇王色を使えるなんて……」
サンダーソニアとマリーゴールドは自分たち姉妹の師である少女に問いを迫っていた。
内容は勿論、彼女が連れてきたヤマトについて。
姉妹同様、ウサギに手解きを受けていることから覇気使いであるとは予想していたが、まさか覇王色とは聞いていなかったのだ。
「あえ、言ってなかったっけ?」
「聞いてないわよ!?」
「どこで拾ってきたのよ、あんな子!?」
ウサギはまいっかー、と適当な返事をして、ついでとばかりにヤマトの素性を明かすことにした。
もちろん本人の承諾は取っていない。
「ワノ国。あ、あとあの子カイドウの息子だから」
「…………!!??」
伝えられた内容が衝撃的過ぎて、二人は理解するのにたっぷり5秒は費やした。
間違いでなければカイドウ、とはやはりあのカイドウのことだろう。
四皇の一人、百獣のカイドウ。
陸、海、空、この世の全ての生物の中で最強と言われており、誰が相手でも『サシでやるならカイドウだろう』と言われる程。
七武海である姉を上回る文字通りの怪物。
その息子……?
「面白い顔ー! 動画で使っていい?」
『良いわけあるかァ!!』
金棒の一撃がリングに穴を開け、槍の如き脚撃が空を裂く。
闘技場に立つ二人の戦いは、互いに決め手が決まらぬまま膠着状態にあった。
「思ったよりはやるようじゃな。素直に褒めてやろうぞ」
「当然さ。僕は光月おでんだからね」
「じゃから何者なのじゃそのおでん何某は……」
どうにも自分のペースを崩されると、ハンコックは苦い顔をした。
相性が悪いのだろう。
なんかこう、根本的な部分で。
「正直ここまでやるとは予想外じゃ。おぬしに勝てるのは九蛇の戦士でも一握りじゃろう」
「……」
「じゃが」
空気が変わる。
「────妾には勝てぬ」
「くっ!?」
幾度目かになる女帝の蹴撃を、挑戦者は金棒で受け止めた。
ビリビリと響く衝撃に耐え、受け切ることに成功する。
だが、しかし。
「なっ……!?」
受け止めた部分が、石となりボロボロと砕け落ちた。
「これは……!」
「そう、これが妾のメロメロの実の能力じゃ」
メロメロの実の石化能力。
人体をはじめとした生物のみならず、無機物にまで作用するその凶悪なまでの力。
能力者本人の魅力に能力の強度が左右されるという使用者を選ぶ力だが、こと世界一の美女としても名を轟かせる女帝との相性はおそらく過去現在未来において最も良いだろう。
「大人しく敗北を受け入れ、首を垂れよ。さすれば、石にならずに済むぞ?」
本日二度目の他人を見下ろしすぎて逆に見上げるポーズをとり、降伏勧告。
武器を損壊し、俯くヤマト。
同じ師の教えを受けても男を名乗るうつけなど所詮はこの程度かと、嘲りに似た微笑を浮かべる。
「蛇姫さま────!!」
「やっぱり蛇姫様の勝ちねぇ」
「仕方ないわ、相手が誰であっても結果は同じよ」
試合を見ていた観客も、決闘の終わりを予期した。
彼女たちにとって最強の存在である女帝の勝ちを確信している。
だが────
「……おでんは」
「?」
挑戦者は、ヤマトは折れなかった。
「おでんは、アイツに一対一で挑んだ。だったらおでんである僕が、ここで君から逃げることは出来ないっ……!」
「またよく分からぬ世迷言を……」
二人にしか聞こえない小声で信条を吐く。
ヤマトは欠けた金棒を両手で持つやいなや、
「ふんっっ!!」
「!?」
金棒を思い切り額にぶつけた。
ゴォォ……ォン!! と鐘が鳴るような音が会場中に響く。
「何やってるのあの子!?」
「自分で自分を……!?」
「おかしくなっちゃったのよ、きっと……」
ヤマトの額から血が滴り落ちる。
一部が欠け、血がついた金棒を床に放り投げた。
二、三歩ほどぐらつき、大きく深呼吸。
「……気でも触れたか」
眼前の挑戦者の奇行を目の当たりにした女帝の目には、呆れとも落胆とも取れる色が映る。
ここで自傷に走る意味が分からない。
両者の差は、気合いや心構えといった精神的な要因で埋まるような溝ではないのだ。
実力ある戦士であるが故に、残念でならない。
「そうまでして石になりたくば、望み通りにしてやろう」
忠告はした。
それでもまだ戦う意志を示したなら、こちらは続行するのみ。
それが強者を尊ぶ、この島の掟であり礼儀であり賛辞なのだから。
死神の鎌のように、空気を裂きしなる右脚。
女帝の石化の一撃を喰らった挑戦者の腕が、無惨にも砕け────
「……っ!?」
────てなどいなかった。
繰り出した決着を告げる筈だった一撃は、相手の左腕で受け止められている。
「がぁッ!!」
「なに、くっ────!?」
蹴りを防いだ姿勢のまま腕を組み替え、女帝の足首を捕まえる。
そのまま力任せに投げつけ、女帝は闘技場の縁に叩きつけられる。
「蛇姫さま!?」
「ウソ!? 蛇姫様のアレを受けて、どうして無事なのよ!?」
一部の例外を除き、観客は困惑していた。
防御不能の攻撃を防いだどころか反撃するとは、どういうことなのか。
「……そういうことか」
思わぬ反撃を貰った本人は、何が起きたかを正確に把握していた。
攻撃をしたあの一瞬。
ヤマトは防御した腕に本来なら過剰となる程の覇気を収束していたのだ。
悪魔の実の能力は、過剰な覇気で防ぐことが出来る。
それがどの程度可能かは互いの力量にもよるが、見た限りではどうやら石化は完全に防がれたらしい。
「本当は、あんまり使わないようにってウサギに言われてるんだ。能力に頼りすぎないように、まず自分自身を鍛えろって」
上体をだらりと落としたヤマトの体に変化が起きる。
瞳孔が縦に割れる。
ザワザワと、逆立つ白い毛並み。
喉を鳴らし、歯は鋭利な牙へと変わる。
「でも、君を相手に手は抜けない。だから────」
より野生的な姿に変貌した挑戦者の口から、白い呼気が漏れる。
周囲の気温が急激に低下し、霜が降りる。
「全力で行くよ」
動物系幻獣種、モデル:大口真神。
ワノ国においては守り神とされる幻の獣の力が、蛇の女帝に牙をむく。
「……能力者じゃったか、面白い。じゃが、勘違いするでないぞ」
立ち上がり、服に付いた埃を落とす。
女帝はその余裕を崩さない。
「そなたがどんな能力を持とうが、妾には勝てぬ。その珍妙な獣の姿で、思うままに足掻くがいい」
脚に込めた武装色の覇気。
相手が動物系の能力者であることは疑いようがない。
動物系はそのパワーとタフネスが厄介だが、それは単純に外から攻撃した場合の話。
ならば内側から直接ダメージを与えてやればいいだけのこと。
これを出すつもりは無かったが、ここまできて手を抜くのは侮辱だろう。
そしてこれを出した以上、今度こそケリが付く。
やはりどうあれ最後は自分の勝ちだと、女帝は己の勝利を確信した。
人獣型に変身したヤマトは、対戦相手に勝つ為の方法を模索していた。
能力で変身した今でこそ身体能力は自分が優勢だろう。
だが能力の練度は確実に相手が上手。覇気についても同様と考えた方がいい。
ならどうするか。
遠距離でやり合っては埒が明かないばかりか、こちらの手の内を晒すだけに終わるだろう。
となれば必然、近距離戦。それも短期決戦。
動物系はタフネスとスタミナにも優れるが、あの石化能力を前にしては長期戦はむしろ致命的。
よってあの石化能力に警戒しつつ、動物系の力と速度で押し通す。
時間は与えない。
相手がこちらの能力について考察している隙に仕掛けるのが最善。
「勝負──!!」
床を砕き、弾丸のように向かってくるヤマトを女帝が迎え撃つ。
速い。
だが決して反応不可の速度ではない。
十分カウンターを狙えると判断し、その一瞬を見計らう。
両者の間の距離が縮められる。
互いの渾身の一撃が相手を捉え、凄まじい衝撃が広がる────
────ようなことはなく挑戦者が女帝の横を通り過ぎた。
そして速度を落とさぬまま、女帝の後方にある闘技場の縁に激突。
うつ伏せになって倒れ、そのまま動かなくなった。
しん……と数秒の静寂が訪れる。
「「「「「……は?」」」」」
会場にいた誰もが、唖然とした。
何が起きたのか、誰も彼も把握していない。
試合が最高の盛り上がりを見せたところで起きた、まさかの事態に、誰もが凍ったように固まって動かなくなる。
審判のグロリオーサは一足早く気を取り戻すと、慌てて試合を一時中断してヤマトのもとに駆け寄る。
いくら揺すっても起きない。
うつ伏せから仰向けに姿勢を変えさせると、グロリオーサは目を剥いて驚いた。
「こ、これは……!?」
それは、キノコだった。
いくつものキノコが、ヤマトの身体中から生えている。
口からキノコが飛び出て、白目をむいて完全に失神していた。
「「「「「…………」」」」」
なんとも言えない空気が会場を包み込む。
そのあんまりな結末に、誰もが言葉を失くしていた。
こうして。
女ヶ島の歴史上最も締まらぬ決闘は幕を閉じたのだった。
「何なのじゃ、こやつは……。この妾に、こんな無様な試合を……はぁ……」
「あぁ、蛇姫さま!?」
「お気を確かに!」
「誰か! 蛇姫様がお倒れに──」
……。
…………。
「だから、僕は光月おでんだ!! ……って、あれ?」
ヤマトが目を覚ますと、そこは見覚えのない部屋だった。
その部屋に備え付けられているベッドの上にいる。
全く心当たりがなく、ここは何処かと困惑したが、答えはすぐに分かった。
「起きたか。男を名乗る不届者」
「!」
部屋にいたのは、先ほどまでの試合の相手だったハンコックであった。
トグロを巻いた大蛇に腰掛けたまま、ヤマトにもそのままでいいと告げ、女帝は話を続ける。
「決闘は妾の勝ちじゃ。当然の結果……と言いたいところじゃが、あんな結果ではな……」
「あんな結果?」
「覚えておらぬのか……」
はぁ、と大きく溜息を吐く女帝。
「貴様は口からキノコを吐いて無様に倒れたのじゃ。この妾との決闘の最中にもかかわらず!」
「キノコ?」
あぁ、とヤマトはそこで今朝のことを思い出した。
決闘当日の朝。
格上の相手との対決に自分の中のおでん魂が奮い立つのを感じたヤマトは、居ても立ってもいられずジャングルに走った。
ある程度体を動かし気持ちを落ち着かせたが、動いたことで空腹を感じた。
そして丁度良いところにキノコが生えていたので口に入れた────
「────ということさ!」
「色々と言いたいことはあるが、貴様さては最上のアホじゃな?」
こんな奴と態々決闘までしたのかと、今更ながらハンコックは恥ずかしくなった。
確かに強いのは間違いないが、それ以外が残念極まる。
「おかしいな、ワノ国にいた時食べたやつに似てたから大丈夫だと思ったのに……」
「危機感の無い奴じゃな……あぁ、ワノ国といえば」
何かを思い出したような女帝。
「ウサギから聞いたぞ。よもやあのカイドウの実子とはな」
「……うん。僕はあのクソ親父の息子だ」
かけられたシーツをぎゅっと握る。
ヤマトにとって父とは敵とは言わずとも、必ず乗り越えなければならない壁そのもの。
自分が自分らしくあるために、憧れた彼の侍を超えるために。
「あやつも無茶をする。四皇の娘を攫うなどと、よくもまぁやるものじゃ」
「うん、あの時は驚いた! あのクソ親父から逃げられるような人がいるなんて僕も思ってなかったから」
実の父に爆発する枷でワノ国に縛られていたヤマトを、外の世界へと連れ出したあの自称海賊。
唐突にヤマトの前に現れた彼女は、あっさりとヤマトの枷を解くと海へと連れ出した。
国を出るにあたりなんやかんやとあった上に連れ出されてからは撮影スタッフとして使われているが、ヤマトとしては外界を見て回れるだけでも十分、その上修行もつけてくれるので感謝している。
「いつかはワノ国に戻るつもりなんだ。そしてアイツを倒す。海に出たのはそれが理由の一つ」
「ほう、他にも何かあると?」
四皇の打倒という到底困難な目標の他に、それと並ぶだけの目的があるのか。
うんと答えたヤマトは、懐から一冊の冊子を取り出した。
「これを書く為さ!」
「……航海日誌?」
ワノ国独特の文体で達筆に「やまと日誌」と書かれたそれは、持ち主にとって重要なものであるという。
「おでんも日誌を書いていたんだ。だから僕も書くことにした。あ、おでんの日誌はウサギが預かってるから見せられないんだけど……」
「それは別によいわ」
「まぁ、つまり僕はウサギのお陰でこうして外海に出られたってことさ」
「あやつに助けられた、か」
どこか懐かしむような口調で女帝は呟く。
あの少女の容貌の女海賊に恩があるという一点においてのみ、ヤマトの境遇は彼女にとって他人事には感じなかった。
「君もウサギに助けられたの?」
「……助けられたのではない。救われたのじゃ、妾たち三姉妹はな」
窓の外、夜空に浮かぶ月を見つめる。
あの日もちょうどこんな丸い月だったと、ハンコックは思い出す。
あの日。
絶望の底にいた自分たちが救われた運命の日。
聖地マリージョア襲撃という前代未聞の大事件が起き、それにより世界貴族の奴隷だった多くの者が解放された。
性別も歳も種族も問わず、実に多くの者が脱出に成功した。
二人の妹を連れて必死に炎に包まれる聖地から逃げ出し、見上げた月にその姿を見た。
満月を背に、舞うように、或いは踊るように跳ね回る少女。
夜の天蓋の下にあっても、白い髪に赤い瞳はよく映えた。
強い者こそ美しい。
故国の基本原則である言葉が、この時ようやく本当の意味で理解できた。
教えを請うたのは、事件から少し経ってからだった。
「妾のことはよい。それより貴様の処遇じゃが」
「うっ……」
そうだったと、ヤマトは決闘前にかわした条件を思い出した。
自分が勝てば男として島での滞在を許可され、女帝が勝てば自分は追放。
そして負けた以上、どうなるかは明白。
だったが──
「あれでは決められぬ。よって妾が沙汰を下すまでの間に限り、滞在を許可する」
「……え?」
追放、と告げられることはなかった。
代わりに告げられたのは処分の延期。
「でも僕は……!」
「妾が勝った場合と、貴様が万が一勝った場合の処遇は決めていた。が、貴様が勝手に負けた場合のことは決めておらんかった」
ルールの穴を突く、というより屁理屈に近い。
しかしハンコックからすればあんな酷い自滅をされて勝ったところでそれを誇ることは出来ないので、仕方なくの措置といった様子だが。
「そういうわけじゃ。男を名乗る大馬鹿者は、それまで大人しくしておくが……」
「……ぁ」
「?」
部屋を去ろうとした女帝の耳に、蚊の鳴くような声が届く。
その出所はヤマトなのだが、それにしてはやけに声が小さい。
何か言いたいことでもあるのかと、本人に直接聞こうとして、
「ありがとう〜〜〜!! 君、良いヤツなんだな〜〜〜!!」
「なぁっ!?」
思い切り笑顔で抱きつかれた。
「恩に着るよハンコック! 僕もっとこの島探検したいと思ってたんだ!」
「えぇい離れぬか!? この、くっつくなと……!」
笑いながらへばりつくヤマトを剥がそうとするハンコック。
二人でジタバタと揉み合うところを、彼女が見逃す筈が無かった。
パシャ。
「サムネゲーット!」
「?」
「やめぬか!?」
この後めちゃくちゃ動画編集した。
読んでいただきありがとうございます!
戦わせてみたはいいがオチを全く考えてなかったので気づけば早一月以上。
もっと考えてから書けばよかったと反省。もうバトルなんて懲り懲りだぜぇ!
感想、高評価など頂けましたら嬉しいです。
今後もよろしくお願いします。それでは。