よふかしのあじ   作:フェイクライター

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 今回はかなり短いです。
 よろしくお願いします。


第九十二夜「小学二年生」

 ピンポーン。

 ナズナちゃんの部屋で気軽に格闘ゲームをしていた夜守コウ()は、聞こえて来たチャイムに振り返る。と同時に、先ほどまで食い入るように見ていたテレビのスピーカーから激しい撃墜音が響いた。

 

「よっし!」

「あっ!?」

 

 向き直ってテレビを見れば、俺が操作していたキャラがステージから姿を消していた。

「アタシの勝ち〜」と俺の隣で、編んだ紫色の髪を揺らしながらガッツポーズを取る女の子–––大人女子?がいる。当たり前だが、七草ナズナ。俺の初恋予定の相手である。

 目を大きく開きながら抗議するように俺は声をあげる。

 

「目を離してる途中に落とすのはズルいよ!!」

「ゲーム中に気を逸らす方が悪いんだよ」

「いや、一応いま営業中でしょ!?」

「あ〜……看板ひっくり返してなかったな……」

「誤解されちゃうからそこら辺しっかりした方がいいよ」

「いっそのこと引っ込めるか」

 

 メイドの方で結構収入が貰えてるし。

 そんな身も蓋もないことを言いながら、紫色の頭に手を突っ込んで掻き乱す。清澄さんのようなリピーターがいるそれなりに人気のある添い寝屋なのだが、簡単に辞めていいのだろうか。

 まあ、本人の気分だし、俺が言うことじゃないか。

 添い寝屋やらなくたって今は俺がいる。どこの誰かも知らない他人の血を吸わなくたっていい。

 

「今日はコウくんにマッサージやってみるか」

「いやいやナズナちゃんがやりなよ」

「やってくれたら私のマッサージとキスをしてあげよう」

「……………マッサージ師なのは俺じゃないんだし……」

「めっちゃ考えるじゃん」

 

 ニヤりと意地の悪い視線を向けてくるナズナちゃんから逃げるように顔を逸らす。首を振った方が負けな気がするが、もう敗北してる気がする。

 と、そこで俺はふと気になって尋ねてみた。

 

「ナズナちゃんってマッサージの免許持ってるの?」

「免許」

「ほら、なんか専門学校だかなんだか行かないとダメらしいじゃん。てか、吸血鬼で免許取れるの?」

「んー、夜中に知らない誰かと添い寝しに来るような奴が気にすると思う? コウくんだって気にしないでしょ?」

「んっ。まぁ、そうだけど」

 

 否定できない返しを喰らって仕方なしに頷いた。けれど、はぐらかされたが、この店は非合法な怪しいお店ということに––––一瞬、目元を黒線で隠され、手錠をかけられた看護師コスのナズナちゃんが脳に浮かぶ。

 不安ゆえなのか。湧いてきた妄想をかき消そうとしたとき、目の前にズイッと手が伸びてくる。俺はうぉっと声をあげてしまう。

 

「じゃーん!」

 

 突き出された手が見せつけてくるのは、一枚のカード。あん摩マッサージ指圧師と書かれ、その他発行日や氏名が載っている。端にはナズナちゃんの顔写真が。これって。

 

「吸血鬼でも免許は取れんだよ! 無知だったねコウくん!」

「なんで威張るんだよ。てか取れるの!?」

「アタシって天才だから……なんて冗談はさて置いて、そっち方面に繋がりがある吸血鬼がいるんだよ。神楽っていうニコの知り合いなんだけど」

「へぇ……その人もマッサージやってるの?」

「いんや。あいてぃ?の社長らしい」

「え、社長」

「流石に顔出しはやってないみたいだけどね。そいつに研修場所を作って免許取れるようにしてもらったんだ。偽造もできるぞって言われたけど、せっかくなら美味しい血が飲みたかったし」

 

 そう言いながら立ち上がったナズナちゃんはテレビとゲームの電源を落とすと、玄関へと繋がる通路へ足を進める。

 俺はその背中を見ながらどことなく安堵していた。前々から言われていたことだが、ナズナちゃんにとって知らない誰かの血を吸うことは過去のことになっている。

 その事に俺は胸の中に爽やかな風が吹き込んでくるような気分になった。消えた背中を追うように俺もゲーム機を床に置いて、身体を起こした。

 彼女の足取りを辿って玄関まで行くと、「んーー」と唸り声をあげながらドアアイに左眼を擦り付ける。いつの間にかナース服に着替えていて、いつもと違い上の大部分が隠されているからか、殆どが露出している傷ひとつない綺麗な白い脚にどうしても目が行ってしまう。

 

「……。ふぅ、どうしたの?」

「いや、誰も見当たらなくてさ」

「隠れてるんじゃない?」

「隠れる必要ないでしょ」

 

 ふたりで首を捻ると、再び。

 ピンポーン––––いるじゃん。

 

「え、幽霊」

 

 怯えながらナズナちゃんが俺の後ろに素早く移動する。ナズナちゃんは幽霊とかが大の苦手なのだ。

 

「なわけないじゃん、俺の後ろに隠れないでよ」

「だって誰もいなかったし……」

「たく」

 

 焦ったくなって、代わりに俺がドアノブに手をかけた。躊躇いなく扉を開けば、そこにスタンと誰かが降り立った。

 

「ん?」

 

 またふたりして首を捻る。

 黒いゴスロリ姿の少女が目の前に現れたのだ。全身にフリル(ヒラヒラ)がついた人形のような可愛らしい子。頭につけた青いカチューシャと長く鮮やかな紫色の髪を揺らしながら、少女は柔らかい笑みを浮かべて言う。

 

「久しぶり、夜守くん」

 

 いや、

 

「誰ェッ!?」

「え、コウくん……?」

 

 思わず叫んでしまう。いや、本当に誰なのか分からない、俺の知り合いにこんなド派手な服を着て、紫髪の奴がいたら忘れるはずがない! 忘れられるはずがない!!

 頭の中が混沌を極めていると、背後からシクシクと泣く声が背中を叩く。見れば、俺の背について外に出て来ていたナズナちゃんが俯きながら肩を震えさせていた。表情はわからず、声は立派に悲しんでいるのか嘘泣きなのかハッキリとしない。

 

「コウくん……やっぱりアタシとは遊びだったのね、うう……」

「いや、そうじゃ」

「わたしとも遊びだったのね……」

「お前は誰だよ!!」

「酷い……せっかくそこの怪しいお姉さんに合わせて、妖しげな服を着て来たのに。そう、アレは私達が小学二年生のころ」

 

 顔をあげて天を仰ぎ、回想する少女に俺は当惑する。

 

「え、えっ、え……?」

 

 思ったよりしっかりあるのか?

 小学二年生の頃?

 

「アキラやマヒル、理世と遊んでいた時のこと––––」

 

 小学校のころとかそう思い出さないから記憶が–––––そうだ、確か……

 

 無理やり頭の中を掻き回して引っ張り出そうとする。

 困惑の中で思考をなんとか纏めようとして身動きが取れないでいると、ふたりの悲しむ声が……次第に形を、色を変えていく。

 

「うぅ……うっ……うふふふ……」

「ふふふ……」

「は?」

「「あははははははは」」

 

 変化した声は溢れんばかりの笑い声になって俺の意識を押し流す。意味が理解できずにいると、ナズナちゃんが人差し指を天井に向けた。指し示す先に視線を投げつけると、そこにいたのは見知った顔だった。

 そう、顔だ。ひょっこりと、天井から頭部と手だけ飛び出している。

 

「ハツカ……さん?」

「やっほ、夜守くん。キミって結構いいカオするよね」

「……」

 

 そこにいたのは嗜虐に満ちた黒々とした笑みを浮かべながら僕を楽しむ蘿蔔ハツカだった。左手は口を覆って失笑を隠し、右手にはスマホが握ぎってそのカメラで俺を捉えていた。

 彼は吼月ショウの親吸血鬼候補の美少年……である。

 だからこそ、俺は目の前の少女の正体を閃くことができた。

 

「てことは、キミ」

「化かされたな」

 

 綺麗な少女の声から一転、聞き馴染みのある少年の声に早変わりした。顔の横には手で作った狐が鳴いている。

 

「お邪魔するぜ、コウ、ナズナさん」

 

 

 

 

 部屋に通した女装男子ふたりを、俺は睨みつけながら問う。

 

「……で、何しに来たのさ」

「悪かったって」

 

 言葉の冷たさに手を合わせて誠意一杯謝る吼月とは対照的に、もうひとりは絶えず不敵に笑っている。

 

「遊びに来たついでに、僕の眷属の新しい姿を見せてあげようと思ってね!」

 

「へぇ……そう……」

 

 ジャーン、とハツカさんが腕を広げながら女装姿の吼月に注目を集める。吼月くんはやはり恥ずかしそうだ。

 しかし、俺としては吼月が女装していようが関係ないし、好きならばそれでいいと思う。だから俺が送れるのは冷ややかな目だけだ。

 

「夜守くんってかなり酷い目で見るよね」

「酷い目で見られないと思います? ……ナズナちゃんもさぁ」

「え? なにぃ」

 

 隣ではハツカさんのスマホに保存された、慌てふためく俺を見て楽しそうに笑っているナズナちゃんがいた。

 

「気付いてるなら言ってよ!」

「だっていきなり降って来たら誰だって上を見るでしょ。それに……ふふっ……思ってた以上にコウくんの反応が面白くて、ふひっ、あっ」

「削除」

「「あーー!!」」

「あーじゃないだろ、ふたりとも……」

「ハツカも……もう楽しんだんだからいいだろ」

 

 力が緩んだ隙にナズナちゃんからスマホを没収してデータを消し去った。喪失した写真を惜しむハツカさんにスマホだけ手渡して、もう一度訊ねる。

 

「で、本当に何しに来たんですか?」

「さっきも言ったじゃん」

「え? 本当に遊びに来たんですか?」

「本当だ。正しくは遊びに来たついでに、ハツカがナズナさんのマッサージを受けたいらしくてね。ねっ!」

「うっ……ん!」

 

 一瞬だけ素敵な顔をを崩したハツカさんが気になったが、口に出すより先に吼月が一歩こちらに踏み出した。

 

「ですから、ナズナさん。よろしくお願いしますね」

「お、おう! 任せとけ」

 

 グイッと近寄って、鼻先と鼻先がくっつくのではないかと思うほど至近距離になっている。何故そんなに近づく必要があるんだ。

 苛立ちを覚えながら割って入ろうかと考えていると、数回吼月の口が動いた。何を呟いていたのか、俺には聞き取ることができなかった。

 

「–––––というわけで、マッサージコースとオプションで五千円でお願いします」

「おっ。中学生のくせに羽振りがいいね。わかった、やっておくよ」

 

 割って入る必要がないほど、すぐに腕を伸ばしても届かない距離まで離れた。五千円てことは、マッサージに加えて膝枕つきか……。横目でハツカさんを見ると、視線をまっすぐに見据えたかと思えば、すぐに天を仰ぐ。収まりの悪さを感じているのか、いつになくよそよそしい。先程までの余裕がなくなっていて、まるで今度は自分が標的になってしまったかのような顔つきだ。

 変わらずニヤけた笑みを浮かべているのはナズナちゃんで、彼の両肩を掴むと優しい声で告げる。

 

「ほら、ハツカ。うんと気持ち良くしてあげるから行くよ!」

「あっ、お手柔らかにお願いするよ……」

「コウくんは覗いちゃダメだよ」

「覗かないよ!」

「それじゃ」

 

 ハツカさんの背中を押しながら、右手をヒラヒラと振りながらナズナちゃん達は消えていった。数秒後、通路の先で扉が閉まる音がした。

 

「……」

「聞きに行く?」

「行かないよ……」

 

 肩を竦めながら俺は首を横に振る。吼月は俺の返事に目立った反応を示すことなく、逆にそれでいいと言わんばかりに微笑んでいる。

 

「それじゃ、用事を済ませるついでに話そうぜ」

「用事?」

「そうそう、外にちょっとな」

 

 吼月は玄関に向かって歩き始める。

 用事がなんなのか話すことなく通路に消えて行こうとするので、「用事ってなんだよ」て問いかけるが、彼はそれに答えるつもりもないようで、違う言葉を口にする。

 

「お前だって気になるだろ? 探偵さんのこと」

「!」

 

 それは確かに––––––気になってしまった俺はすぐに靴に履いて、吼月が開けっぱなしにしたドアを潜っていく。

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