マッサージを受けたいのは
事実、七草ナズナの腕前は確かなものだった。
「ほれほれ」
「––––」
「どうですか〜お客さ〜ん」
「––––––」
指圧される度にじんわりと広がる痛みが、張り詰めていた筋肉の繊維の一本一本を緩ませてくれるのがわかる。緊張していたとしても、すぐに肩の力は抜き取られてリラックスし……安眠に導かれるだろう。
これは吸血に有効だ。
疲れ切った夜に安らぎを与えて、熟睡したのちに血を戴く。
恋愛学一生赤点みたいなやつ。ニコちゃんは七草さんのことをそう評価するし、そこには僕も同意だが、こと吸血に関してはかなり上手なのではないだろうか。
「お客さ〜ん。ベッドに顔を埋めてないで、ちゃんと声を出してください……よっ!」
「ンッーーッ!」
背中の一点をより強く押され、なぜか快感が強く突き抜ける。そういう神経が集中しているツボなのか、新調したばかりのベッドに埋めていた身体が鯱鉾のようにのけぞる。声が溢れ出そうになる口を寸前で手で押さえ込む。
すぐにまたベッドに身体が沈み込む。
「おやおや。手で塞がないといけないほどあま〜い声が出そうなのかい?」
「……」
「次は前から失礼しますね」
挑発的な声が注がれる。僕は何もいえないまま、回り込んでくる七草さんを目で追った。流石に仲間内に恥ずかしい声を聞かれたくないという僕のポリシーでもあった。
それに––––
「一応聞いておくけど」
綺麗な素足が僕の前にやってきた。それは七草さんのサラッとした太ももで、もう少し見上げれば絶対領域のその先まで見えてしまいそうだ。丈短くない?……そんなことを考えて、邪な念が湧き上がるのを見越して再び視線をベッドに埋まらせると、何かが頭を小突いてきた。
指ではない。もう少し硬い何か。
顔を上げてみると、頭上には七草さんがその何かを握っていた。
「吼月となにやってるの?」
彼女が持たされていたのはボイスレコーダー。
どう答えるべきか。答え方がない。
だって……マッサージをされて喘いだらスパンキングされるなんて他人に言えるわけがない! ましてや僕と眷属の関係性を知っている七草さん相手に『実は喘いだら調教されるんです』なんて口が裂けてもいえなかった。
「ま、言いたくなきゃいいけどさ。せっかく受けに来てくれたんだから、気兼ねなく気持ち良くなってくれよ」
そうして、七草さんはボイスレコーダーの録音のオフボタンを押して、胸ポケットに仕舞う。小さくない七草さんの女性らしい胸部が、少なからず圧迫されて形を変える。小さくないは言い過ぎだ。
––––普通にあるな。
「どうした?」
「いや、ごめんなさい」
「おう……いきなりどうした」
すぐに頭を埋めた僕に七草さんはジトついた目で見下ろしてくる。元々下ネタ方面で恥じらいのない彼女だが、間違いなく女性なわけだ。しかも友達だとか仲間だとかの関係の相手にこうした性的な部分が垣間見えてしまうと、余計にいけないものを見てしまった気まずさに責め立てられる。
だから、完全に失念していた。
「隙あり」
「あぁぁ〜〜……ひぁあはあああ〜〜」
再開したマッサージの刺激に耐えられず、だらしない声を響き渡らせる。幸いなのは七草さんが録音を切ってくれたこと。もし拾われていたら地獄の扉が再び開くことになっていただろう。
とはいえ、目の前に仲間がいるわけでして。
「いいですねぇ。たっぷりハートが浮かび上がるような喘ぎ声ですよ、お客さま」
「やめろぉ……聞くなぁ……」
「弱々ハツカ。弱弱、ふふふ……もっとだらしなく声を出していいんだよ」
「あはぁぁああああ」
「ああ、いい声」
ふにゃふにゃに緩み切った声が室内に広がっていく。指圧する強さを、ツボの種類をどんどん変えていく度に、声が敷き詰められていく。顔をベッドに押し付けても減らない声量だ。
そうして、色がつきそうなほど甘い音で部屋が満たされた時、あん摩が終わった。
「くっ……ぅぅ……」
弛緩した身体をなんとか動かそうとして、ようやく顔を上げる。
「ん?」
「ほら」
ベッドの表面を這うような視線が指す先。ほとんど目と鼻の先で脚を伸ばしている七草さんが、太腿を軽くタップする。
……頭を乗せろ、と?
問いかけるような目線を彼女に合わせると、肯定の意を含んだ笑みを返してくる。
「どうせ動けないでしょ? ほら、お母さんの方から行ってあげる」
「いやまっ七草さん」
「七草さんじゃなくてお母さんでいいんだよ」
そのまま顎に手が添えられて、ちょうど太ももが入り込める高さまで持ち上げられた。自然、顎クイの体勢になって七草さんを見上げる。
洗練された顔立ちを仰ぎ見る。吸血鬼の例に漏れず顔がいい七草さんが、うっとりとした優しい笑みを浮かべて……耳の端が赤いのを見つけた。彼女も商売だから【お母さん】をやろうとしているけど、心のどこかでは仲間相手に恥ずかしさを覚えているようだった。
「遠慮なく」
「いらっしゃあ〜い」
膝に頭を乗せて、仰向けになる。七草さんの顔を見た時、ほんの少し身体の起伏で表情が隠れていたのは僕だけの秘密としておく。甘える体勢は記憶にある限りないので、久々の……いや、初めての経験と言っていいだろう。
「ハツカも大変そうだし、仲間内のサービスってことで」
「仲間へのサービスが甘やかしお母さんなのはどうなのさ」
「母子プレイも悪くなかろう。コウくんだって好きだし、男女関係なく疲れた人たちに大人気なのさ」
「疲れた人間多すぎでしょ」
「全人類お母さんが好きなのさ。お母さんはいいぞ。みんな、心地良さそうに体を預けてくれるからな」
「どっちかって言うとママでは?」
「確かに。世間一般ではお母さんは居て当然の相手で、ママは必要な時にバブバブさせてくれる人……なるほど、ハツカの話も一理あるな」
「……」
何を馬鹿なことを真面目に考えているんだろう––––僕はジトついた目で彼女を見る。
これだから七草さんはみんなに変わってると言われるんだ。愛嬌があるとも言えるだろうが、このノリは間違いなく夜守くんにもやってるんだろうな。
恋愛学一生赤点とニコちゃんが言いたくなるのも分かる。
しかし、恥ずかしさを隠すように笑う姿。警戒心を抱かせない微笑みの中にある羞恥に、僕の中の男がザワザワと蠢き出す。
さて、どうからかってあげようか。
「じゃぁさ、お母さん」
「ノリ良いな」
立場としては子供だ。
それを利用して遊ぶなら……
「キスして」
「は?」
「だから、キスだよ」
「いや、え……っ」
七草さんはわかりやすく狼狽し始める。もう一押しだなと、僕は人差し指先を唇に当てて、チュッと投げ渡す。
「家族ならやるでしょ。チークキス」
「そういうサービスは」
「甘やかしてくれるんでしょ? お母さん」
「恩を仇で返すとは卑怯な……!」
「キミだって僕の喘ぎ声を楽しんでいたじゃないか」
「う〜」
彼女の耳の端から熱っぽさが広がっている。熱は広がり、耳から頬へと移り、最後は瞳に流れ込む。その熱は視線にも宿った。熱い視線が僕の唇に注がれているのが分かる。
どうするか悩みに悩んだ挙句、ゆっくりと顔を下ろしてくる。
鼻と鼻が触れ合いそうなぐらいの至近距離で彼女の息を感じた後、頬を微かな柔らかい感触が突っついた。
「これでいいだろ」
「ベロチューしたかったのになぁ〜〜」
「うるせぇ! 吹っ飛ばすぞ!?」
「因みにチークキスは唇つけなくてもいいんだよ?」
「はぁ!?」
恨めしそうに七草さんが尖らせる唇を見つめながらニタニタと享楽的な笑みを溢す。あと、ほんの少し夜守くんへの罪悪感も抱く。
口にした通り、本来ならばやり過ぎなくらいだ。チークキスは空撃ちで終わらせるものであって、本当にキスするものではない。もしこれで気が動転して誘い通りに唇にキスされたら大変だった。
されたらされたでキチンとベロチューまでは済ませるが、夜守くんに申し訳なさが溢れて会話できなかったかもしれない。
そう言うのは早く言えよ!と七草さんから抗議を受けるが、無知のまま突き進んでしまった彼女が負けただけのこと。
「ひとつ、勉強になったね」
「悪戯小僧め……!」
「そんな悪ガキすら抱きしめてくれるのがママでしょ?」
「……まぁいいよ。今は矛を収めてあげよう」
「ありがとう、お母さん」
「腹立ってくるなぁ……今度奢れよ」
「奢って七草さんのキスが貰えるならぜひ」
奢るとしたらやけ酒が予想されるから、クレジットを持っていかなきゃな。
「で、さっきの続きなんだけどさ」
「ん?」
「ほら、吼月の何やってるのって言ったじゃん」
「ああ、うん」
「ボイレコ渡される時に言われたんだよ。『ふたりでキッチリ話してね』て……何かあったのか?」
「めちゃくちゃ重要なこと」
「遊んでる場合じゃないだろ。先言えよ」
なんなんだ重要なことって。
そう目線で促された僕は上体を起こしてから簡潔に答える。
「ショウくんの親代わりが吸血鬼殺しなの」
「は?」
眼をまん丸に変えて呆気に取られた七草さんに経緯を説明する。それは僕が萩凛さんに、ショウくんが神楽さんたちに伝えたのと同様のもの。彼女も初めは驚いていたものの、落ち着いて話を理解していくと……頷きながら僕に問いかける。
「探偵とは……関係あるのか?」
「ないよ」
「そうか」
キッパリと言ってやると、ホッとした様子で再び訊ねてきた。
「話を聞く限り、アタシたちよりミドリの方が危ない気がするんだけど。ミドリには伝えてあるのか?」
「勿論。発覚したその日にね」
僕は懐からスマホを取り出す。銀色のカバーを装着した少し古めの機種で、スマホを見た七草さんは首を捻る。
「ハツカのじゃないよな?」
「そうだよ。はい」
差し出すと、七草さんはスマホと僕の間をメトロームのようにリズムよく視線を動かし始めた。
「前々から話には挙がってたんだよ。連絡手段がないのは不便だし、吸血鬼殺しなんて出てきた以上、せめて仲間だけでも安否を取り合える方がいいってね」
「わざわざ買ってきたのか?」
「その場凌ぎのお古だけどね。少なくとも連絡手段としては十分に使えるよ」
「へぇ……」
まるで未開の古代人が初めて文明に触れるかのように恐る恐る手を伸ばして、掴み取るとまじまじと見つめる。古代人というのはあながち間違いではない。夜守くん曰く、七草さんが持っているケータイは、初期型の重量のある子機のような物らしい。いつの奴だよ。
因みに発案者はミドリちゃんだ。
一通り説明したあと、連絡手段のラインのアプリを開いてもらう。その中にはニコちゃんたちのアカウントとグループのラインが表示されていた。
「事前にニコちゃんたちのラインは入れてある」
そう伝えると、七草さんは悩みながら呟く。
「カブラのは削除しちゃダメ?」
「いきなりは可哀想だよ……」
「だって、最近気持ち悪いんだもん……」
「何があったのさ」
「親の忘形見てことで、異様に距離が近いというか。この前なんか当たり前のように膝に座らせて、なんか髪の匂いとか嗅がれてたし……」
「……様子を見てからブロックしようか」
仕方なしと判断した僕は次の話題へと切り替える。
「因みに夜守くんのアカウントは入れちゃダメだよ」
「え、なんで?」
「秘密会議用でもあるし。それに……君たちにはピッタリのものがあるじゃないか」
僕はベッドのそばの棚の上に視線をやる。そこには外された腕時計型のトランシーバーが置かれている。大事な七草さんと夜守くんだけの繋がり。特別な繋がりの形があるなら、そちらを印象付けた方がいい。
「それもそうだな」
「追加するなら、夜守くんが吸血鬼になった後だね。その時になったら一緒にスマホを見に行って、お揃いにしたらするのもいいかもね」
「ペアルックとか恥ずかしいだろ」
「なんで湯気を出すんだよ」
恋の字なんて口にしていないのに汗顔になるなんて。赤面にじっとりと汗が浮かんでいるのが見ただけでわかる。半月で慣れろとは言わないが、そう一々反応していたら会話も途切れてしまうだろう。
これはまず恋愛ワードへの耐性をつけるための特訓が必要かもしれない。
「アタシたちのことはいいんだよ。そっちは大丈夫なのか?」
ふたりの今後を思案していると、僕が尋ねたかった近況について逆に彼女から訊かれた。僕が本題を切り出すのにピッタリの言葉。
大丈夫かと聞かれたらそれは勿論––––
一呼吸おいてから、おもむろに伝える。
「大丈夫じゃない。どうにかしないといけないことがたくさんある……目代キョウコのこともね」
「!」
あからさまに目の色が変わり、七草さんの視線は僕に釘付けになる。
「やっぱり七草さんの昔の友達なんだ」
「…………なんでハツカが、先輩の名前を知ってるんだよ」
「聞いた。鶯アンコの本名だとね」
次いで旧友と吸血鬼殺しを繋いでみせるが、七草さんに驚いた様子はなく、現れたのは泥沼に沈むように暗澹とした気分で、それが周りの空気を犯している。
確信はなかったのだろう。
そこはいい。口にしたくなかったのか、信じたくなかったのか、どちらでもいいのだ。
ハッキリと二人の過去を知っているのは当事者を除けば、ショウくんとあの般若のみ。僕は本人たち以外の口から聞くつもりはない。ショウくんのように能動的に解決するつもりはないからだ。
そう、ショウくんのようにだ。
彼女が過去に吸血鬼に何をされたとしても、つい最近まで人間だったあっくんが殺されかけた。
だから––––
「ごめん」
何を言うよりも早く、こちらを真っ直ぐと見据えた七草さんは頭を下げてきた。深々と下がった頭の奥。真っ白なうなじまで、しっかりと見える体勢のまま動かない。
まるで斬首を待つ罪人のようにも見えた。
僕が手を振り下ろせば、頭と首を伐り離せるほどの明確な隙。爪を伸ばして、人差し指で皮膚を押し込む。じんわりと滲み出る脂汗が生暖かく、微かに震えているのが分かる。残り四本。一本いっぽん、指の腹でうなじを抑えるが、汗と震えが増すだけで顔を上げることはなかった。弁明することもなく、無言で僕の爪を受け入れる。
そうして、僕は腕を振り上げた。
「ッ」
「…………、ならよし」
「え?」
両手を顔の辺りでヒラヒラとさせる。
驚いたように七草さんの顔も跳ね上がって、汗で濡れた表情が露わになる。怯えた表情が愛らしくて思わずキュンキュンする。
「えっ、じゃないよ。ごめんと思ってるなら許すし、あとはキチンと片付けてくれればいい。でもセリちゃん達にはキチンと謝りなよ?」
「……うん」
隙間風が吹き込んだように淀んだ空気が少しだけ薄まったのを肌で感じ取れた。もう彼女の過去を追求する必要はない。後悔してるのが見ただけで分かるから。理由が分からなくても、それだけで十分だ。
「それで、七草さんはどうするの?」
「どうするって……やることは変わらないし」
「動くならなるべく早くした方がいいよ。ショウくんが突っ走る前に」
僕にとってはそこが一番肝要なのだ。
「なんで吼月が関わってくるんだよ……?」
「キミを除けば鶯アンコに一番近いのはショウくんだ。立場としても、関係も」
ショウくんがまた独り手に走り出すことだけは避けたいし、どう動くかが分からないから制御もしきれないだろう。
「もし、彼女を放置するなら命の保証はないと思うよ」
「は? ハツカか吼月が先輩を殺すって言うのか?」
「どうだろうね」
肯定もしないし、否定もしない。
ショウは救う事は一貫している。けど救うことを諦めた場合、彼がどう動くかは全く想像できないのだ。
出来ないのは……しないと思っている僕の油断かもしれない。
–––––本当にそうだろうか?
「……そうなのか」
七草さんが神妙な面持ちで頷いた。
どう受け取ったのかは分からない。
出来ればショウくん自身の価値観ではなく、僕に誑かされて偏執的な愛を向けた結果の決断だと誤解していて欲しい。
「君たちに何があったかは、また今度教えてくれればいいよ。一番最初に話すべき相手がいるでしょ?」
「ああ。分かってる」
何をするべきか見定めた瞳が真っ直ぐと僕を射抜く。
その眼だけで一先ずは安心できた。
だから、僕は一言の文句を言わずに自身の太腿を軽く叩いてみせた。
「ん?」
「マッサージをして疲れたでしょ。僕の太腿、タダで貸してあげる。ほらほら」
「……分かった」
澄み切った真剣さが途端に弛緩して、怪訝な表情のまま七草さんは僕の太腿に倒れ込んだ。気恥ずかしさも再燃して、耳周りが仄かに熱くなっている。
「立場が逆転したな」
「良いんだよ。好きなだけバブバブすればいいし、甘えていいんだよ。今の僕は七草さんのママだからね」
「お前男じゃん」
「チッチッ。僕はママであり、パパだから」
「良いとこ取りじゃん」
「それが僕だからね。ほら、オデコ出して」
「……ほい」
ポケットから取り出したハンカチで、ベタつかないように面を変えながら顔や首周りの汗を拭っていく。初めは戸惑っていたが、すぐに無警戒になった七草さんは僕にされるがまま。
「うっ……うう、ムズムズする……」
顎下を綺麗にするフリをして撫でてやれば、犬のようにうっとりとしながらくすぐったそうにしている。残っていた身体の張りも無くなって、完全にリラックス状態に陥った。
頭を触っても文句言われないし、これは完全に。
「手懐けたとでも思ってないよな?」
「思いましたが?」
「思ってんじゃねえ!? アタシはハツカのペットじゃないんだぞ!」
「膝枕されたまま言われても説得力ないな〜。ほれ、ゴロゴロ」
また撫でてやれば、抵抗虚しく朱の滲んだ顔になって静かになる。
「それに呼び方が違うよ。ハツカお母様、でしょ?」
僕の言葉に、反抗的な眼を向けながら小さく口を開く。
「……ハツカ……お母様」
「なんか言った?」
「ハツカお母様のペット」
「よろしい」
「最後まで言ってないだろ!? うっうう……」
顎から離した手で頭を撫でてイタズラを辞める。
閉じた唇を波うたせながら文句を考える七草さんの両手は震えている。すぐにでも顔を覆い隠したい。でも、隠したら負けだとして精一杯僕を見つめている。
「可愛い。ベロチューしたい」
「アタシにゃ、お前がモテる理由が分からん……」
「これがかなりウケるんだよね。七草さんだってイヤイヤ言いながらも逃げないじゃない」
「逃げたらそれこそお前の思い通りだろ」
「今のままでも思い通りだよ」
思わずニヤついてしまう顔を抑えながら七草さんを見下ろしていると、心底気まずそうに眉を顰めている。
そんな彼女の頭を撫でながら僕は言う。
「ママじゃなくてもさ。僕らは友達なんだし、気軽に甘えてくれればいいよ。夜守くんのことも、探偵さんのことも」
「……悪いな。手間かける」
「いいんだよ」
数少ない同胞で、それ以上に友達なのだから。
「そういえばさ、吼月にもやってるのか? こういうこと」
不意に気になったと言わんばかりの口調で七草さんが訊ねてくる。
「母子プレイ?」
「そうそう。なんか妙に手慣れてるよな」
「ショウくんにはまだしてないかな」
……まだしてない。
いや、これからもするつもりはない。
彼が親子の想いを望んでいたとしても、吸血鬼である僕がやることは変わらない。ショウくんは僕の
「それに僕の目的は違うから。分かるだろ?」
「恋する前に親子になったらいかんわな」
「でしょ? だから、ママはいいんだよ」
納得して頷く七草さんに、僕の考えは間違っていないのだと安堵する。
「さて。彼らが帰ってくるまで、夜守くんへの甘え方をたっぷり教えてあげる」
彼女の頭をゆっくりと撫でていく。
さぁ……お楽しみだ。
☆
スマホを取り合った
「おかえり、コウくん」
リビングに通されると、コントローラを持ってテレビ画面を見ていたナズナさんがいた。なぜかハツカがナース服に着替えて、本来の持ち主であるナズナさんは適当な薄手のTシャツと極短のズボンを身につけていた。
ここもいい。
そこまで不思議じゃない。
けれど、
「なんか……ナズナちゃん、めっちゃ顔赤いよ?」
「いや! そんなことないだろ! なぁハツカさっ、ハツカ!!」
「うん。いつも通りの七草さんじゃない? さっきお酒飲んでたし」
「買ってきたのに?」
「一本じゃ足りないでしょ」
僕はそこで察してしまった。
ハツカの手癖の悪さを。
想像できないであろうコウに代わって、俺は動かなければならない。
「…………」
「とりあえずゲームしようぜ!」
「別にいいけど」
「マリカーやる?」
「64ならありますよ」
「あとはマイクラ?」
「他だとギャルゲーがあるぞ!」
「アレつまんないじゃん」
「……………」
「吼月はなにしたい! ……お前、何やってんの?」
勢いのまま流そうとしているナズナさんとハツカの目線が俺で停まる。そんな事には気に求めずにスマホを操作していると、数秒後……スタッと床に誰かが着地する音がした。
全員の視線が一気に俺の後方に集まっている。
「だれ」
コウとナズナさんの声が重なる。
それは怪訝を通り越して、不審者を見る眼であった。
ただ……ハツカだけは正体を知っている。だからこそ、視線が辺りをひた走っている。あまりの動揺ぶりで面白い。
振り返れば、俺の真後ろに金髪の女性が立っていた。
それだけなら普通だろう。その普通を取っ払っているのは、彼女が顔面に取り付けている仮面だ。真っ白な口だけがついた仮面である。
その女性が俺に向かってスマホを差し出す。
「ご苦労様、時葉」
「……だれ?」
「ハツカの眷属。今は訳あって俺の子飼いになってる」
「ショウ……そこまで似るのはやめた方がいいと思う」
コウのツッコミを流しながら俺はスマホを受け取る。
その対価として、ちょうど指2本だけ入りそうな仮面の口に指を突っ込む。咥えさせた指にはキチンと切り傷をつけて、血を吸えるようにしてあるのだ。
数秒だけ舐めさせて、今度はハツカへと歩み寄る。
「………」
「ハツカ」
無言のまま冷や汗を垂れ流すハツカの両肩に手を置けば、彼は凍える子鹿のような視線を僕に向けながらビクついている。
彼の耳元に口を近づければ、じんわりと湿っぽさを舌が感じ取る。
「負けたんだ」
ハツカは叱られる直前の子供のように頷く。
「そうか、やっぱり。でも、よくないなぁ……こういうのは……ナズナさんはコウのものなんだよ?」
「……ごめんなさい」
「いいよ。後でお仕置きね」
「……はい」
俺の囁きよりもずっと小さな声で返事をする。
チラリとナズナさんを見れば、彼女も少しだけ恥ずかしそうにしながらコウに迫る。
「ねえ、どうしたの?」
「コウくん」
「え、なに?」
「コウくんは純粋なままでいてね」
「……??」
大丈夫。
無粋な真似をする奴は俺がキチンと排除するから。
スマホを見下ろすと、新たなメッセージが追加されていた。
来週再来週は仕事の影響で投稿できないかもしれないです。
申し訳ございませんが、よろしくお願いします。