よふかしのあじ   作:フェイクライター

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第九十九夜「胸張ってやればいい」

 滔々とお互いに言っておきたい文句も突きつけ終わった頃には、焼けていた空は暗いけれど澄んだ青色に染まり出していた。グラデーションがハッキリとする空を見上げてようやく1日が始まる感覚がしてくるのは、吸血鬼に憧れすぎているだろうか。

 

「それじゃ、俺はこれで」

「じゃあな」

「ああ、じゃあな」

 

 夕マヒル()と応野たちは軽く手を振るだけして別れを告げる。それより踏み込んだことはせずに、ガラガラと横滑りさせたドアを潜り感慨もなく壁を立てた。

 いや、何も思わなかったは正しくない。

 

「応野たち、すっごく驚いてたわね」

「そんな驚くことじゃないだろ」

 

 声からしてニンマリ笑う相手に不満を抱く。好きな人がいること自体が可笑しいと言われて腹が立つのは、誰であれ当然のことだろう。相手に意識がいっている時点でダメな気がする。

 厳しくした顔つきでそちらを見れば、威嚇する険しさすら善い物だと断じる笑みのまま倉賀野理世が隣にいた。

 

「嫌なんでお前いるの!?」

 

 出てきたのは間違いなく俺一人のはずなのに!

 

「ひとまずお疲れ様」

「え、まぁ……うん」

 

 胸の内を叩く衝撃などには微塵も興味を示さない倉賀野は、ピンと人差し指を立てる。

 

「好きな物が一つできるだけで、嫌なことはいくつも生まれてくるわ。そんな些事に翻弄される必要はない」

 

 その癖、こちらの心情には鋭く理解の精度も高いので包み隠すことも出来ないのが悔しい。

 

「好きな人じゃなく言った相手が気に入らないと思うなら、それだけ自分がその人のことが好きだって胸を張ってやればいいのよ」

「いたっ……、強いって!」

「あっ。ごめんなさい」

 

 屈託のない笑いを浮かべて背中を叩く倉賀野に、こちらを蔑む影はなく先ほどの挑発的な笑い方はこちらを揺さぶるブラフでしかなかったのだろう。

 それらを容易く思いつくのは、やはり倉賀野がショウの相方だからだろう。

 

「で、今あなたが思い浮かべてるショウだけど」

「言い当てるのやめてくれる? 怖いんだよ」

「ふふふ、私に隠し事なんて二万年早いわ」

 

 鼻を意味深に鳴らしながら倉賀野は言う。

 

「話したいことがあるらしいから、ドアから少し避けて待ってあげるといいわよ」

 

 話……?

 

 遮られているから届くはずがないのだが、ドアの向こうにいるショウへと目線を投げる。わざわざ倉賀野経由で伝える必要があったのだろうか。疑念を取り払う形で倉賀野が付け加える。

 

「応野たちがいる前で話しかけたら自慢にしかならないでしょ?」

「あぁ……そういうこと」

 

 余計なイザコザを産まないためなら納得できた。

 頷き返していると、理世は役割を終えたとして俺の前を通り過ぎていく–––––目の前で一度こちらを見る。

 

「それと、今からの会話は聞いておいて損はないわよ。貴方にとってメリットがあるわ」

「え……? あ、倉賀野は一緒に帰らないのか」

「私は新しく家に来たペットに飴をあげないといけないから」

 

 それだけ言い残して、彼女は隅に夕暮れの名残がある廊下を歩いていく。

 

 

 

 

「なんかマヒルたちうるさいな」

「どうせ理世がちょっかいかけたんだろ」

「あのふたりって仲良かったっけ。大勢だと遊ぶこともけどさ」

「さぁ? お互い、他人と話すのが下手なタイプではないし」

 

 ドアの曇り窓越しに軽く漫才を繰り広げていたらしきマヒルたちを見届けた吼月ショウ()と応野たちは、ひとまず問題なく終わった話に肩を下ろす。

 

「にしても、マヒルに彼女かあ」

 

 まるで驚きが形を成したかの如く、ごく自然に吐露されるそれに、俺は呆れた調子で眼を細める。

 

「まだ言ってる……もうそろそろ受け入れろよ」

「だってさ! マヒルって、ほら、広く浅くで誰とでも親しいぐらいでしかなかったじゃん? だからなんというか……マヒルもちゃんと男だったんだなぁ……て、しみじみ思う」

「親戚のおっさんかよ。でも、確かにマヒルに彼女は驚いたけど」

 

 驚きも昼間のマヒルしか知らない者にとっては当然のものと言えた。

 

「吼月はあんまり驚いてないんだな」

「元々知ってたし」

「なんでお前の方が知ってるんだよ」

「好きな人ができたから関係断とうとした奴らに言うはずないだろ。その点俺は友達でも仲良くはなかったからな」

「仲良くない友達ってなに」

「俺とマヒルの場合は無味無臭と言えるが……他にはそうだな、いまの飯井垣たちにとっての皆川とかだよ」

 

 俺の指摘に応野たちは苦笑で返す。ハハハ……。ため息混じりの笑いがひとしきり溢れきったあと、応野は項垂れるように身体を長机に預けた。

 

「俺だって付き合いが悪くなったマヒルに文句言いたくなるけどさ、わざわざ関係ない話題乗っ取ってまですることか? てなるわけよ。まぁ、俺もマヒルの反応が不愉快だったから聞くだけ聞いて満足してたけどさ」

「温度差があるよな〜……アイツらって所謂あれだよな。ホタル化?」

「カエル化現象かな?」

「そうだそれ! 元々マヒルに用事があるとムシャクシャするところあったし」

「……」

「どうしたんだよ、黙り込んで」

「なんでもない」

 

 ただ––––ナズナさんと戯れることにしたハツカにゲームという形で歯止めをかけておこうとしたり、ナズナさんに手を出したハツカにムシャクシャしたのかお仕置き強行したり––––自分の中に変な温度があるのだと自覚しただけで。

 

「……。それでこれからも付き合い続けるの?」

「やめるけど。俺が体育の時に混じるの嫌がったの会長は気づいてるだろ」

「まぁな。気づいてなかったら皆川たちも呼んだだろうしな」

 

 三方向で歪み合っていたら収拾がつかないのでやめたが。

 

「応野は?」

「挨拶ぐらいはするつもりだ。マヒルに謝ったから一度両方との関係をフラットに戻したいし」

「ええ……やめときなよ。変に絡んでくるぞ」

「その時はその時だろ。別にアイツらだけが友達じゃないし、皆川のこと嫌ってる友達だっているし」

「やっぱり友達多いと身の置き方が楽でいいな」

「俺としてはマヒルの広く浅くはすげぇなと思ったよ。どこにでも居られるわけだし。浅すぎてすぐ捨てれるぐらいでもあったわけだが」

「そんなマヒルが学校関係全て捨てての恋人だしな。凄いよなぁ……俺もそんな恋がしてみたいな……」

 

 吐露する飯井垣たちに口を酸っぱくするように告げる。

 

「ひとつ忠告だが––––」

「マヒルに彼女がいることを言いふらすな、だろ?」

「よく分かったな」

「吼月が言いそうなことだ」

「え、なんで?」

 

 俺たちの意図が掴めない本人がキョトンと首を傾けた。

 

「噂になったら皆川たちの耳にも入ってマヒルに迷惑かけるぞ」

「……そっか。俺たちに言ったのも不承不承だったし、話したくない奴らに伝わるのは嫌だよな」

「これ以上の面倒事は避けたいしな」

 

 了解した。

 ピシッと背筋を伸ばす飯井垣の返事を最後に、伸びをしながら俺は椅子から腰をあげる。

 

「これで今日のやりたいことは終わったな。うー…はぁ……よし、応野達も出ろ、鍵かけるから」

「なぁ」

 

 ドアに向かい合うと、後ろから妙に重々しい口調で応野が話しかけてきた。呟きにも満たない呼び声なのに、その声色が持たされた空気はマヒルとの会話以上に暗く不愉快な事を口にしようと言うのが伝わってくる。

 別の頼み事と言うわけでもない。

 振り向かなくても俺を探るような視線が纏わりついているのが嫌でもわかった。首だけ動かして応野たちを見つめると、彼らはまるで問いかけが口を衝いてでてしまったかのような申し訳なさを顔に馴染ませていた。

 

「どうした?」

「いや……その……」

 

 意図したわけではないのは分かる。本人も勿体ぶりたいわけでもないが、自然と間を置いてから話し始める。

 

「吼月はその、家族と仲悪のか?」

「……どういうことだ」

 

 彼らの心境に共鳴したかのように俺の返答も微かに怯えたものになっていた。唇が微かに震えている。怖気を隠すために指で触れて、さも思案するかのような素振りを見せる。

 聞けば––––俺とラインでやり取りをしていたとき、傍で言い争いをしていた大人たちがいたと言う。

 聞けば––––『くずき』と呼ばれる男と男女二人が声がした場所にいたと言う。

 聞けば––––話からして片方は警察官、片方は弁護士らしいと言う。それも弁護士は神崎という男で、テレビで見たことがあるそうだ。

 聞けば––––子供について言い争いをしていたとふたりは言う。

 聞けば聞くほど頭が痛くなってくる内容なのは間違いなく、全身はまるで高熱にうなされた夜のボンヤリと思考が、神経の伝達すら容易ではない時のような不自由さに苛まれていた。問題は俺の家庭事情が殆ど応野たちに筒抜けになっていることだが、幸い、他の客に聞こえるほどの騒音ではなかったらしい。

 

「くづきなんて苗字、このあたりだと会長しか見たことないしさ」

「流石にそれはない」

「だ、だよなぁ〜〜!」

 

 下手に勘繰られるよりもキッパリと言い捨てた方がいい。聞いている内に用意していた言葉と態度に、飯井垣が安堵したように間延びした声を出す。かたや、応野は心に引っかかる何かがあり懐疑を抱いていた。

 

「……そうか」

「どうした、まだ疑ってるのか?」

「いや、吼月がそう言うなら正しいんだ。そんじゃ、帰りますか」

 

 応野が疑念を呑み込んだところで、今日は完全にお開きとなった。

 

「吼月も一緒に帰るか?」

 

 途切れた会話を繋ぎ直して、その中にガラガラと扉を開ける音が入り込み、三つの音が混ざり合う。ガヤガヤ。ガラガラ。バタバタ。下校時らしい和やかな音色に慌しい雑音があったから、廊下に出て首を振ってみても誰も見当たらない。

 この辺りは空き教室もあるから、部活動のミーティング終わりの生徒が駆けて行ったのかもしれない––––不確かなそれに無理やり納得するように応野へ返事をする。

 

「いんや、帰り道違うし」

「なんで? 会長って団地住みでしょ」

「蒼の家に寄るから」

「……岡村の蒼?」

 

 飯井垣が訝しむ顔で俺に眼を向けてくる。こうした眼を突きつけられるのは今日何度目だろうか。意に返さずありのままを伝える。

 

「そうそう。いま親がいないから俺が代わりに家事やってる」

「一緒に登校してきたのはそれが理由か」

「通い妻じゃん。そっちが本命?」

「すぐ恋愛に結びつけるな馬鹿タレ」

「だって、てっきり蒼の奴がついに告っ––––」

 

 最後まで言い切れなかったのは、それ以上喋らせないと鉄の意思を帯びた右手であった。握ったのは応野だ。掴まれた顎からは、おおよそ人体から鳴ってはいけない軋みが唸り声と共に耳朶を打つ。

 けれど、流石に–––––

 

「吼月! また明日な!!」

 

 もう片方の腕でヘッドロックをかけた応野はバタバタと廊下の静寂をたった一人で騒音で満たす足取りで去っていった。

 離れながら怒鳴りつける声が聞こえる。

 

 お前さ! ホントさ! そういう無神経なところが嫌われるんだぞ!!

 

 飯井垣は了承もなくマヒルが遊びに来るという餌で––––恐らく本人はそのつもりがない––––他人を誘って、結局は本人に断られるという失態もあり……確かに、確かに無神経な奴ではあるだろう。今日もマヒルの遊び相手について聞いてきたし。

 今後がものすごく不安だった。胸を圧迫する不安感は飯井垣への不信感だろうか。

 

「……鍵を返しに行こう」

 

 やけに大きく聞こえる施錠音は、心の中にも鍵がかかったからかもしれない。

 いつになく駆け足気味になっている身体は自分では制御が効かず、職員室を訪れた時には注意をされるほどだった。その程度で変わるなら問題ないのだが、俺にとっては一大事らしく尚も足音が忙しなく響く。

 唯一落ち着きを取り戻したのは、昇降口で靴に履き替える場面。

 その時、ピコリン、微かなバイブと共に電信音がズボンからメッセージの到来を告げた。片足立になって靴を履きながら、スマホを取り出してラインを表示する。

 先に帰ったはずのマヒルからだった。

 

『倉賀野から話があるって聞いたけど、なに?』

 

 話……?

 間違いなく話したいことはあったけれど理世に言伝を頼んだ記憶はないし、あったとしても理世ではなくコウに依頼する。なんせ星見キク(吸血鬼)がらみのことであるから、一般人である理世に話すつもりはない。

 

『話したいことはふたつある』

 

 しかし、好機と捉えた俺は流れに乗ってメッセージを送る。直ぐに読んだサインが書き込まれたので、俺は吹き出しを追加する。

 

『星見キクさんと会ってみたいんだけど、いいかな』

『どうだろ? いいよって言ったらかな。今聞いてみるわ』

『お願いします』

 

 秒単位でテンポよく会話が進んでいく。

 星見キクに会いたくなった理由を問われれば『ハツカの数少ない友達だから顔を合わせておきたい』という個人的なモノとして伝えたりと、軽く惚気混じりのシャボン玉のように立て続けにメッセージを吹き出した所でようやく、

 

『それでふたつめは?』

 

 本題に入るとなると相手が目の前にいるわけでもないのに凄く肩に力が入っていた。靴を履き終えた両足に力を込めて、背中は下駄箱に預ける。

 

『岡村蒼が飯井垣に恋愛相談すると思うか?』

 

 そこでついにテンポが失速する。既読がついたら適切な速さで返ってきていた言葉が、まるで前輪のタイヤが両方ともパンクしたかのように急激に速度を失う。

 ピコリン。

 あー……、とか、うー……、とか言いながら考え込む間を作った後、遂にきたメッセージ。

 

『もしかして告白された?』

 

 ありがとう。

 それだけでもう十分だった。

 

「……どうしよう」

 

 昇降口を出て、最初に飛び込んできた夜の空は妖艶で美しいものだった。誘蛾灯のように人を夜へとおびき出す星々の輝きは、薄い雲程度であればその輝きで一掃出来てしまいそうだった。

 満天の輝きもいまは心を豊かにはしてくれない。漠然とした不安が星々のように怪しく光っている。

 

 

 

 

 どうやら星見キクからの返事は『OK』だったようで、今日の夜、ハツカと共に逢いに行くことになっている。

 だが、今この瞬間限りはどうでもよい。

 あの馬鹿大人ども含めてどうでもよかった!

 

「やっぱり焼きたての魚は美味しいね」

「ああ、特に塩焼きは格別だ」

 

 食卓に並べられた二匹の魚をそれぞれ箸で裂きながら摘んでいく。じっくりと焼かれた皮からは鯖本来の香りと塩の薫りが醸し出され、口へ動いた箸をまたふっくりとした身に誘う。途中白い湯気を部屋中に食事の心地よさを広がる白米も経由して、俺と蒼は食事をしていた。

 そのはずだ。何度か作って記憶した通りの香り、味が目の前の料理が美味しいと示している。けれど、まったく味が伝わってこない。やはり余裕がない。

 

「このサラダもさつまいもの甘味がすごく出てる」

 

 取り皿によそったサラダを笑顔で頬張る蒼の姿を直視できない。

 自分の手料理を褒めてくれる。昨日までは些細な機微で嘘偽りを見定め、ただ美味しさに破顔しているのだと作り甲斐があったと満足するだけだった彼女の表情は––––もはや何に喜んでいるのか分からない。

 慌しい箸の動きは何を意味するのか。

 猜疑心が膨らむ自分の不安よりも、もっと大きいのは蒼が自ら口にしていない秘めたままの想いを勝手に知ってしまったことだ。

 

「……、どうかした?」

「3日も和食ばかりで飽きないかと思ってな。何か食べたいものはあるか?」

「たくさん食べられるもの」

「大雑把だな……カレーとか?」

「そういうの好き!」

 

 気を抜けば口を閉ざしてしまうのを、その都度話題を産んでカバーするが偽装がいつまで続けられるか分からないのが現状だった。

 理世と同様に個人間で広まっていた噂。

 きっと蒼が俺に告白するかも––––どこで俺が彼女に大胆な行動を取らせると予測されるほどのことをしたのかは覚えがないが、少なくともある程度共通認識として存在しているのは否定しようがないことだった。

 

「ふむ……今度肉じゃがやろうかと思ったが、ビーフシチューに変えたほうがいいかな。蒼はコンロは使えるよな」

「使えるけど、どうして?」

「耐熱皿があったからシチューを作った次の日の朝は、トーストとグラタンでも作れるようにしておこうかなと」

「朝から肉がゴロゴロのグラタンかぁ〜」

「今回のだと、鯖の味噌煮とけんちん汁だな。今日やってわかったけど、平日の朝からこっちに来るのは時間がかかりすぎてな。作り置きも視野に入れた方が無理なく続けられると思って」

 

 これは本心でもあるが、絶対的な理由ではない。

 まずは距離感を整えなければならない。逃げるなと言う人もいるかもしれないが、流石に相手がこちらへ恋慕を向けていると判明した以上、無闇に相手を挑発する行為は控えるべきだ。

 蒼の家族が戻ってからも家事代行をするなんて決してやってはいけない。

 けれども、こちらが蒼の恋慕を知っていることを悟られてはいけない。

 

「……俺の準備ができないからな」

「ご、ごめんね。やっぱり無理言ってたよね」

「ホラ吹きした俺が悪いんだ。けど、夜はキチンと作りにくるから安心して欲しい」

「そっか」

 

 その安堵も生活が問題なく回ることへの安心からなのか、俺に会えることから来るものなのか判然としない。

 請け負った役目を放棄するつもりは宣言した通り俺にはない。途方に暮れているならば助けるのが道理だ。行き過ぎてもまた問題になる。

 もし今、蒼から想いを告げられたとして受け止められる準備ができていない。

 

「蒼は俺の料理、好きか?」

「好きだって前から言ってるじゃん」

 

 些細なやり取りでさえ俺にとっては眩暈がするほどだ。

 ただ料理が美味しいから好きならどれだけ良いか。もし不味いのに俺が好きだから美味しいと嘯いていたとしたら、どれほどの負担を彼女にかけているか。

 だから、時間が欲しいのだ。

 相手の考えや想いをじっくりと自分の中に落とし込む時間が。

 俺が自殺しようとして始まったハツカとの生活。偶然だろうが思わくだろうが関係なく。ゲームをしたり、吸血されたり、いざこざに巻き込まれたりしても。寄り添いながら、時より暴き立てながらお互いを見つめたい。

 だから、急くことがないように。

 いずれ吐き出す言葉を自分で背負うためにも。

 

「だったら、慌てることなくゆっくり食べろ。時間はあるんだから」

「そうだね。これならもご馳走になります」

「金を出すのは蒼だろ。こっちこそご馳走になる」

 

 蒼への配慮に意識が向いていたはずなのに、不意に胸の内でハツカとの生活を想起している自分に身体を動かす心とはまた別のところで驚いた。まるでそこだけ自立稼働しているような不自然さが際立つ。

 

「俺は19時になったら帰るが、何かやってくことあるか?」

「うんん。私もこのあと出かけるから、何もしなくていいよ。皿洗いぐらいなら私でもできるから」

「そうか。風呂は?」

「入ってない」

「なら用意だけしておくから、入る前に追い焚きしてくれ」

 

 蒼は素直に頷いてくれた。その純朴な一面は俺のどこを見て、出したいと思ったのだろう。

 今の俺は好きだと胸を張ってくれた所くらい信じられるようになっているだろうか。

 

「ごちそうさまでした」

 

 少なくとも俺は彼女の居場所ではない。

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