「はぁ、最ッ悪だ––––」
あの後、僕は自動車の屋根に乗ったまま小森団地とは反対側へ走っていった。
それは良い。
吸血鬼から一旦身を引くためには仕方のないことだ。
今後の方針を決めるためには時間を作る必要がある。
個人的には運転手との揉め事の方が心配だったが、これも上手く丸め込むことが出来た。
車の凹みや傷は上手く着地できていたからか見当たらなかったことに加えて、映画のワンシーンのような体験ができたことが嬉しかったとのこと。
運転手の顔は、きっと僕があの
特別な事態に巻き込まれてテンションが上がったのだろう。
「じゃあね、お兄さん!」
「おう! 次は気をつけろよ!!」
こうして、帰宅したのが7時前であった。
歩いてクタクタ。
寝不足で身体が重い。
吸血鬼なんてものに出会って脳はパンク。
とても朝食の準備なんてしている余裕と体力はなかった。
踏ん切りをつけて、制服に着替えた後焼くこともせず食パンだけを片手に登校––––
「クソ眠い……」
現在、僕は校門の前に立っていた。
校門を潜り抜けると、人をちらほら見受けることができた。恐らく部活動の朝練か委員会の作業をしている生徒や先生たちだ。
中には、用もないのに朝早く起きてやってくるヤバい奴もいるのかもしれない。
––––朝井アキラが馬鹿みたいに早く登校してるって話だったな……
アイツの話だと、どういうわけだか6時半には来ているらしい。
「キチンと寝なさいよ、まったく……」
今日の僕が言えたことではないのだが。
「ふぁ……」
ため息と共に、大きな欠伸をする。明らかな睡眠不足で目がしょぼしょぼして視界がぼやけて不鮮明だ。
またいつもの日常が始まる。
今日ばかりはそれが非常に億劫だ。
会いづらい奴がいる。立場的に会わざる終えないのもまた面倒だ。
その事実が更に眠気を加速させる。
––––辛いな……
「夜はあんなに冴えてたのに」
深夜という未知に心ときめいたのだろうか。
ある種の魅惑を味わった後の朝は憂鬱は強い。そのことを持っている学生鞄がいつにも増して重く感じることが示している。
「とりあえず、生徒会室にでも行くか」
朝とはいえ、もう人がいる時間帯。
なので裏道を使う。
「よっ……こいせっ!」
校門のそばにある運動場の木に近寄って、もっとも太い枝に捕まる。捕まったまま逆上がりの要領で飛び上がり、その枝の上に着地する。
「流石自然、力強い」
ポンポンと足踏みをしてみる。
何度かこの道を使っているが、かなり太くズッシリとしているため折れる気配はない。
「行くか」
勢いをつけて木と木を飛び移るようにして校舎に近づいていく。
『……あれ、なんか揺れた?』
『鳥でもいたんじゃない?』
「…………」
校舎に一番近い木まで来る。
飛び移ってきた助走を活かして、飛び跳ねる。
「おっ……と、と……」
なんとか校舎の縁に飛び乗ることに成功。
「人に会わないならこの道が良いんだよね〜」
縁に立ったまま運動場で生徒が駆け回る様子を見下ろす。
その気分はまるで街中を駆ける泥棒か怪盗、あるいは民を睥睨する帝王のようだ。
僕がこの道を使う理由はひとつ。
人に見つからず生徒会室に入れるのその一点だけだ。じゃなければこんな変な入り方はしない。
「おはよ〜……っと」
鍵をかけずにいた生徒会室の窓から室内に入る。
靴を脱いで、片隅に並べて置いてあるロッカーの一つから上履きを取り出す。
靴は後で仕舞いに行くとして、
「はぁ〜〜…………疲れたよ–––」
生徒会室の真ん中に置かれた長机からパイプ椅子を引き出して、力任せに身を預ける。
パイプ椅子がガンと音を立てる。
「始業まであと43分……仮眠を取るぐらいならできるか。けど、それよりも––––」
先に考えるべきことがある。
目下の大問題は、あの吸血鬼だ。
さっきは逃げられたとはいえ、小森団地に住んでることは口にしている。
夜になれば探しに来るだろう。吸血鬼は複数体いるそうだから、もしかしたらその伝で僕の部屋番号もバレてるかもしれない。
「ハァ……めんど」
現状、車の中で考えついていた案は三つ。
1、吸血鬼と恋をして、
2、ならずに殺される
3、どこかへ雲隠れして身の安全を確保する
まず3は現実的じゃない。
吸血鬼が居るのは、この街だけじゃないだろう。
彼女から引き出した反応を見る限り、個人主義者の集まりではなく、仲間意識がありコミニティーを作って動いているのは確定だ。種全体のためなら人間の殺害も視野に入れることを考えると、街外のコミニティーが彼女と繋がっていればすぐにバレる。
というか、そんな身を隠すほどの時間はない。
次に2番。ある意味一番現実的。
人外パワー溢れる彼女達なら即刻僕を殺せる。
けれども、死ぬなら死ぬで良い感じに死にたい。
「良い感じに死ぬってなんだよ。––––……なんだ?」
とりあえず、3と2は無しだ。
「結論として……吸血鬼になるための努力をするしかないわけだ」
いや、でもな……
吸血鬼側の意思でこっちを吸血鬼に変えれるならポンと身を差し出すだけなのだが、そういう訳じゃない。
「吸血鬼になる方法は『人が吸血鬼に恋をすること』ね……」
無理難題を呆れた口調で独りごちる。
真祖様よ、なんでこんな繁殖方法にしたんですか?
「恋かぁ……出来そうにないよな……」
薄れる気力に促されるように、長机に倒れ伏した。
そして顔だけを窓側に向けて、昨日の出来事を思い返す。
☆
生徒会室。
日が傾き、遠い空から降ってきて最後まで残った赤い光だけが街を照らしているのが分かる。
最近はこの景色を見るのが好きだった。
綺麗な景色を眺めながら、僕たちは生徒会の作業を黙々と終わらせていた。
「
「まぁ、ボチボチかなぁ––––ショウはどう?」
「こっちも終わる目処はたった……いや、今終わった」
纏めた資料を揃え、ジャンルごとにファイルに綴じる。
他の役員は居なかった。
木曜日は本来生徒会の活動日ではないのだ。
そんな中、何故僕がここに居たかというと目の前の少女––––副会長である
「ほら、終わってない奴を渡せ」
「別に良いわよ」
「そう言うな。俺に回した方が負担も時間も減るだろ」
この誘いを断らなかったのには訳がある。
ひとつは勿論仕事を進めておきたかったこと。
もうひとつは、理世だけと同じ場に居たかった。
面倒な生徒会の仕事とはいえ、理世と一緒に居るのは気分が落ちる事はなかった。
どういう訳か、彼女との会話は他の人より純粋に受け止められている気がするのだ。加えて、共通の趣味もあったので時間を潰すのもやりやすかった。
それは生徒会に限った話ではない。
「……じゃあお願い」
「うん」
学校内で考えるなら––––体育などの時間を除けば––––一番共に過ごしているのは理世だ。
間違いない。
別に男の知り合いがいない訳ではないが、どういうわけか理世と過ごす時間が多かった。
なんとなく、過ごしやすかったのだ。
「ねぇ、この間のドンブラやばくない?」
「今後次第では雉と犬の仲が大変なことになる」
「元々雉は一方通行の愛をしてる感じだったしね……」
「犬はまだ面割れしてないから、戦隊としてはうまく行くだろうけど……獣人の設定めんどくせぇ」
「ドン家厄介なものしか残さないよね……」
このように趣味を交えながら仕事を進めていく。
悪くない関係性だ。
気を遣うようなこともないし、逆に気を遣われるような事もない。無条件の不信感は彼女でも有るけれど、他の人よりもずっと楽なんだ。
理世と一緒にいるのは。人間らしくいられてる。
それもあって相性がいい。ベストマッチと言えるほどに。
「よしっ、終わり」
「こっちも完了……! 疲れた〜」
疲労を取るように伸びをする。
理世が辺りを見渡す。
「?」
他に誰か見て居ないか、聞き耳を立てていないか探るように。
「…………」
そうして真っ直ぐと僕を見据えた。
「––––ねぇショウ……ちょっと良い?」
「なんだ」
「…………」
真剣な表情になったかと思えば、すぐ照れたようなヨソヨソしい態度に変わる。
言い淀みながら、その長く綺麗な金髪を
そのせいでなにを考えているのか読み取れきれない。
「……?」
何かを言い出そうしてパクパクと口は動いているが、声は届いてこない。
「なんだ、ハッキリ言え」
焦ったい。
なにかあるならばちゃんと伝えて欲しい。
「––––うん」
決心した。
芯のある顔つきになる理世。
それほど
「あのね、ショウ––––」
理世が一呼吸、置いた。
こっちも真剣な心持ちになっていく。
「好きです」
突然の告白に頭が真っ白になる。
「付き合ってください」
脳が受け入れるのに数秒。
意味を理解するのに数秒。
「––––」
そうして僕の中に現れたのは、謎の拒否反応。
思考が一気に黒く塗り潰された。
僕はどんな想いを抱いていたのだろうか。
彼女への嫌悪か?
彼女の意思への軽視か?
彼女への不信感か?
それとも、自分への不信感? 不快感?
––––なんで好意を受け取ってこんなことを思う?
僕はどんな貌をしていただろうか。
不理解による恐怖を浮かべていたのだろうか?
見るに耐えない惨烈なものだったのだろうか?
相手の決意に唾棄するようなものだっただろうか?
それとも、なにも響いていない空虚なものだっただろうか?
––––好かれてなんでこんな顔ができる?
この時のことをうまく覚えていない。
汚れた紙に文字が映らないのと同じように、真っ黒になった思考ではなにも記憶出来やしないのだ。
ただ、覚えているのは酷く歪んだ理世の顔。
「ごめん……」
それでも感情だけは死んでいない。
壊れた花瓶から花が倒れ水が流れ出すように、纏まりのない想いを吐き出す。
胸を満たした言い表せない嫌な情動を言葉にする。
「……わかん、ないや………」
僕が言い終わるのが先か、理世は背を向けて走り去ってしまった。
「––––」
沈み、光が欠けていく夕陽は、僕の暗澹とした心を指していた–––––
☆
「振り返ってみても最低だな……」
自身の畜生具合に腹が立つ。
しかも、その翌日に別の人へ恋をしなければならなくなったというのも加味すると最低さが極まる。
だけど、付き合うか付き合わないかで言うならば、きっと付き合わなかった。アイツが僕が好きな理由が全く理解できないのだから。
「断るなら……しっかりと断るべきだよな」
それを『分からない』などと曖昧な返答をしてしまうとは。苛立ちが抑えられず、顔を伏せグシャグシャの髪を掻き乱す。
なによりいけなかったのは、根源が吸血鬼が言うように顔が好きというものであったとしても、最終的には感情の話である恋慕の問題で時間を開けてしまったこと。
冷静になってしまった時に、その時の感情をそのままに語れるかというと無理だ。
出来るのなら教えて欲しい。
「––––クソが」
記憶がある限りでは、この気持ちの悪い不信感はずっとあったのだ。
それでも今までは上手くやってこれた。表に出さずに、誰かに相談することもなく普通に暮らしてこれた。
誰かを完全に信じられることなんてありはしない。
誰にでもどこか知らない
普遍的なものと理解できていたからこそ、この不信感にも折り合いをつけて付き合ってこれた。
「なのに、なんで」
今になって、こんなに
この身と心を犯す病気が悪化したのだと、あの後分かった。
「……このままは嫌だ」
胸にそっと手を当てる。
「理世のことにしろ、
この想いに解を出さなければならない。
そうでなければ理世に顔向けが出来ない。
ましてや、吸血鬼に恋をする可能性なんて露の身ほどありはしない。
「この感情は危険すぎる」
早く、早く対処しなければ。
けれども、出来る気がしない。不可能という初めての予測が、僕を強く締め付ける。
「…………そういえば」
なんで僕は吸血鬼の仲間に対する信頼に深入りしようとした?
そうしたいと思ったからと考えるべきなのだが。
––––でも、確かめよう……なんて感情、今まであったか?
「はっ––––色香にでもやられたか」
馬鹿にするように一蹴する。
最低だ。最悪だ。
それでも––––いつもの不信感とは、違った気がする。
「……ち」
僕は乗せるのは好きだが、乗せられるのは嫌いだ。
一杯食わせられたのなら、こちらが反撃にでなければ気が済まない。
「吸血鬼、か––––」
あのハツカ様と呼ばれた相手のことを思い出す。
綺麗に整った顔から溢れたニヤッとした笑みは魅力的と評するよりも、蠱惑的と呼ぶほうがあっている気がする。
人を惑わす優しい笑み。
その口が僕の首筋を噛んだのだ。
「飲まれたんだよな……血を……」
首筋を撫でる。血は乾きもう指を汚すことはないが、小さい傷痕があの瞬間のことを色濃く想い出させる。
牙を突き立てられ、皮膚を貫かれたあの時の感覚。
血が抜けて身体が色褪せ冷めていくようで、身体中が熱を帯びるような矛盾した感覚。
「……ッ」
気持ちよかった。
恐怖や痛みもあったけれども、現実であることを認識させるそれらがより非日常感を相乗的に増させる。
「いやはや、圧倒されたな」
いつかは会う。
いや、明日には出くわすだろう。
だからこそ、それまでに答えを出さなければならない––––
「せめて、自分が吸血鬼になる目的だけでも掴まないと……」
僕は知っているはずだ。こういった時どうすれば良いのか、どんなことが最高最善なのかを見ているはずだ。
にも関わらず浮かんでこない。
答えが出そうで出ない。この痞えるような感覚は、まるで真上から垂れ下がる綱に寸前のところで手が届かないようなもどかしさがある。
「はぁ……」
溜め息を吐くのと同時に生徒会室のスピーカーからベルが鳴る。
「やばい、もう予鈴か」
さて、乗り気はしないが行くしかない。
ドアに手をかけて、深く、深く息をする。
「さぁ、今日も化かし合おう」
今日も無敗で
☆
「あっ……」
昨日置き忘れた教材などの一式を取りに来た
出てきたのは、昨日自分が告白した相手。
「ショウ……、待」
って––––そう言い切れない。
声も小さく耳に届いていないのだろう。
「……–––ッ」
離れていく彼の背が、今の自分との距離であるという錯覚に陥る。
「やっぱり、告白したのは間違いだったかな……」
きっと、今なら、今の関係性なら……
この考えが間違っていたのだ。
私は––––
「……まだ戻れるかな」
––––1日前の関係性で満足しなければいけなかったのだ。
昼パートは原作だとあまり無いけれど、こっちではある程度書くことになると思います。
よふかしのキャラの名前で、カタカナか漢字かってどうやって決めてるんだろう……?
この二次創作の人間枠である理世は、コウくんで言うところのさくらポジです。